018「脅威への対応」
ドラゴンの爪が地面と共に俺達を薙ぎ払った。
筈だったが、意外と死んでいない。
鉤爪のついた指と指の間を、運良くすり抜けることが出来た。数十センチずれていたら、危なかったかも知れない。まさに間一髪、命拾いしたのだ。
「今のは危なかったね」
ドラゴンの足から素早く降りてきたラスティが、俺と魔法使いを抱えて、さらに遠くへ飛ぶ。俺とは距離も速さも段違いだ。
ドラゴンもこちらを追おうとしたが、振り落とされていた前衛職が駆けつけて、先程ラスティが剥いだと思われる、鱗の下に向かって攻撃を繰り出している。
「乱舞・閃光甚剣!!」
一人の剣士が何らかのスキルを発動したのだろう、目に見えない程の、剣撃を両手で繰り出し、みるみるうちに肉を削ぎ落としていく。
その攻撃に流石のドラゴンも片ヒザをついて叫んでいる。
その隙に俺達は、視界から外れた岩の裏に飛び込んだ。
「もうすぐ終わるから待っててね」
ラスティちゃんはそう言い残すと、俺達を置いて再びドラゴンの足元に飛び込んでいった。
「死んじまうかと思いましたわ」
顔面蒼白の魔法使いは、荒い息を整えきれずに呟いた。
「終わったかと思いましたね」
心の安寧を求めてか、薄ら笑いで俺もそう答える。
「助かりましたわ、お礼を言いたいのですがお名前を……」
「八橋時彦と言います、お礼なんて」
「トキヒコ、私はカリンです。本当に助かりましたわ」
カリンは息を切らして下を向いている。流石に戦意喪失したのか、魔法を再開する気は無さそうだ。
もう、狙われることはないだろう。
俺はこのドラゴンとの戦闘を目に焼き付けておきたかった。さっきまでの戦闘だが、あのドラゴンに人間が戦えているのが信じられない、これがこの世界の戦いなのだと。
「フラッシュライト」
魔法使いが叫ぶと、ドラゴンの目の前に閃光が焚かれる。
怯んだ隙にラスティは肩口まで飛び乗り、そこらじゅうの鱗を剥がしたり、弱そうな場所を蹴ったりしている。攻撃前衛職もそれに続き、首などの致命傷が出やすい場所を攻撃し続ける。
ドラゴンは攻撃というよりも、虫を払うように手を振り回す。そして尻尾で地上にいる鬱陶しい魔法使いへ向かって、一撃を放った。
「鉄城籠!」
叫びと共に魔法使いの前に、大きな盾を持った鎧の戦士が滑り込み、その巨体から繰り出された一撃を、なんと一人で受け止める!
「ファイアーディスポース」
ドラゴンの次の攻撃を悟った魔法使いが、その盾の戦士に魔法を掛けている。
そこに、攻撃を受け止められたドラゴンは、怒りと共に口から炎を吐き出した。炎は魔法使いと戦士を焼きつくすかと思ったが、戦士を先頭に炎が二つに割れ、魔法使い達を守っている。
「魔法使いが炎耐性の魔法を使ったのか」
高度な戦闘は見てるだけで勉強になる。
俺もいつかはあんな戦いをしたいと思えた。
そして、どこからともなくタブラの声が聞こえる。
ーその一歩は湖を
そのひと掻きが大山を
大地を生成しせり神の片鱗よ
ここに姿を現せー
その瞬間「みんな、離れて!」ドラゴンの足元で、ラスティが叫んだ。
前衛職も一瞬でその声に反応すると、示し合わせたようにドラゴンから離れた。
『でぃだらの足音!』
タイミングを見てタブラが魔法をキャストする。
地響きと共にドラゴンの上に、黒く渦巻く銀河のようなものが広がってくる。ドラゴンも異変に気付き羽を広げて飛び去ろうとするが、間に合わない。
その空間からドラゴンと同程度の大きさの、巨大な足が現れ、容赦なくドラゴンを踏みつける。
その光景は人間が起こしたものとは思えない、奇跡や神の力に近いものに感じられた。
ドラゴンは抵抗する間もなく地面に伏した。そして大量の血を吐いて、動かなくなった。
「倒した……倒したぞ!」
「うぉーおぉ!」
あちこちから声が上がる
人間があんな巨大なモンスターに勝った!
自分がその戦闘に参加した訳ではないが、この場所で立っているものは同じ高揚感を感じているのだろう。
しかし……
いつの間にか白らんできた空に照らされたドラゴンの死骸、同時に明らかになるその被害。
飛び立つ前にドラゴンがいた場所には、人間が折り重なって倒れていた。ドラゴンの沈黙と共に、他の医療系のストレンジャーが駆け寄り、治療をしていく。この有り様だ、幾人かは息を引き取っているかも知れない。
俺は見ているだけだったが、彼らは壮絶に戦っていたのだ。
「お嬢様、お怪我は!」
黒い服の男性が二人、カリンのそばに駆け寄ってきた。
「ええ、大丈夫よ。この方が助けてくれたわ」
黒服の手を取り、力無い足取りで立ち上がったカリン。まだ足に力が入っていないようだ。
「トキヒコ、またの機会にお礼はしますわ」
そう言って、貝殻を渡してきた。
「これは、カイフォン?」
「受け取って下さらないかしら」
「お礼は必要ないよ、体が勝手に動いただけなんだ」
「それでは私の、気が済みませんの!」
すごい剣幕で切り返してくる、我が儘お姫様か? 仕方ない……
「では、預かります、一応」
勢いに負けてしまったが、カリンはにっこり笑って丁寧にお辞儀をすると、黒服に連れられ山を降りていった。
「トキ君大丈夫?」
いつの間にかラスティが近くに来ていた。
「怪我してたら治すよ」
「いえ、転んで擦りむいた程度です、それより向こうの人たちを……」
まだ向こうに倒れている者がいる。
「私の回復魔法で、回復できる怪我の人はもう居ないよ」
悲しそうにラスティは俯いてしまった。そういうことなのだろう。
まるでファンタジーなこの世界でも、死んでしまうと生き返ることは出来ないのだろうか?
「トキ君も災難だったね、初めての敵が呪竜だなんて」
タブラもこちらに戻ってきた。
「まったくです、アルミラージも倒してないんですけどね、ハハハ」
「ところで、君はもう少しで死んでしまうところだったぞ? 無茶をするんじゃない」
「いやもう、本当に反省しております、運が良かったから生きてるだけで、もし運が悪かったらと思うと、ゾッとします」
冗談めかして言ってみたが、笑ってくれない。確かに本当に危ないところだったのだ。しかしタブラの反応は、怒っているというよりも、むしろ考えているような感じに見えた。
「運というものとは少し違うかもしれない」
確信が有る言い方ではなかったが、なにか引っ掛かるものがあるのだろう。
しかし、運でも必然でも、
生きているという事実が大事なんだ。
俺の初戦闘はこうして終わった。
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