017『絶望のドラゴン』
「起きるんだトキ君!」
怒号のようなタブラの声に跳ね起きた。
「今すぐ仕度をしたまえ」
そう言うタブラ達は既に仕度を整えているらしい、俺は取敢えずレザーアーマーを着た。
「何が起こったんですか?」
剣を手に取る頃には、二人はもう部屋の入り口で待っていた。
「行きながら話そう、取敢えず君がベアウルフの巣を見たという場所まで連れていってくれないか?」
「嫌な予感がするの」
今から自分が出会うかもしれない危機を、その言葉の響きから感じると、体が自然と震えた。しかし彼らの真剣な眼差しに、無理矢理自分を奮い立たせた。
「分かりました、案内します!」
宿屋の玄関を出ると、タブラがこちらを向いて言った。
「今から俊足の魔法を掛ける、障害物にぶつからないように私の後ろにぴったり付いてきてくれ」
タブラは手をかざし目をつぶる……
ー天駆ける一閃の光
星の命の輝きよ
その速さをこの身に宿せー
『シューティングスター一瞬の煌めき』
手に持っていた丸い玉が消えると、同時に浮遊感に襲われた。
「ついてきたまえ」
その言葉を言うやいなや、タブラの体は薄く輝き、人気の無い街の大通りを滑るように進んでいった。
「さぁ、行ってトキ君」
ラスティに背中を押されると、俺の体も大通りを滑り出した。
体感、時速60kmくらいだろうか。みるみるうちに街の北側に抜けると、夜空を輪郭に、昨日登った山が見え始めた。それは恐怖の象徴みたいに、ただただ黒く尖っている。
「よく聞いてくれ、今しがた一発のノロシリングが上がった、赤だ」
今は消えているのか、山は静まり返っている。
「私たちがこの街に来た目的を話そう――」
タブラ達はこの街の領主であるジョロモに依頼され、この街に起こっている異変を調査していたのだ。
異変を調べると、この街がテロリストに狙われていることが分かった。
街の外でテロリストが潜んでいそうな、ダンジョンや遺跡をしらみ潰しに探っていたところ、俺を発見したというのだ。
「アジトが見つからないから杞憂かもしれない、と思い始めていたがやはり怪しい動きがあったんだ」
ラスティも追い付いてきて話しに加わる。
「ある商人が大量の食材を買っていくんだけど、登録された食品店の人じゃないみたいで」
「トキ君が調べた苔商人と、同一人物だと考えられる」
「もし、その人が帰るときに空荷だったのなら、山で食べ物を消費してるって事でしょ?」
つまり。
「山にテロリストの仲間が潜んでいるって事ですか?」
「可能性は高い」
タブラはこの期に及んでも、まるで授業のような話し方をする、緊張はしないのだろうか?
「ただでさえ見つかりやすい領内でのテロ準備、その場合、最悪のケースも考えられる」
「最悪の……ケース?」
俺の声を遮る様に赤い照明弾が、昨日俺達が逃げ出した山頂付近から上がっている。ノロシリングの赤は、緊急救難信号。ギルドや近隣のストレンジャーへの集合合図だ。
わずかなその明かりに照らされ、辺りを見回すと、幾人かのストレンジャー達がその照明弾に向かっている。
きっとタブラ達と同じように最初の合図に気づいたパーティなのだろう。
そして――
グオォオォオォオォオォオォオオ!!!
大地が割れんばかりの雄叫びが聞こえた。
視線を黒い山のシルエットに戻した時、そこにはさっきまで無かった筈の大きな影を見つけた。
すぐさま周りの、ストレンジャー達が、一斉に赤い照明弾を撃ったことで、その雄叫びをあげる塊が何であるのか、この時代に来たばかりで何も知らない俺でさえちゃんと認識した。
「ドラゴンっ!!」
体長は50mはあるだろうか、左右に広げた羽は山の輪郭を遮り、口はギルドの建物でもひと飲み出来そうな程大きい。
全身が鱗で覆われた姿は、もはや人類が太刀打ちできる生き物ではない、そう本能で思ってしまう程だ。
「最悪のケース、か」
苦虫を噛み潰すようにタブラが唸る。
「呪竜」
「テロリストがドラゴンを?」
「幾人もの高位な魔法使いが、何日もかけて練り上げる術だ、呪いの力で龍を形成し、近くの物を全て飲み込む」
山から沢山の赤いノロシリングが上がったことで街も動き始めたようだ、黄色や青のノロシが上がり、静まり返った夜の街に一斉に明かりが灯りはじめた。
「道案内の必要は無くなったな、トキ君は山を降りてくれ。まだ君では力不足だ」
分かりきった戦力差を感じる。
「確かに敵いそうにありませんね、俺は隠れときます」
と言ってスピードを落とした。
「私たちは少しでも足止めして、街への被害を食い止めなきゃ」
タブラとラスティは、真正面にドラゴンを見据えてもまだ、前に出る!
周りのストレンジャーも鬨の声を上げながら突撃してゆく。ただ見ているしかない俺の頭の上を、巨大な白い矢が物凄い速さでドラゴンに向かって飛んでゆく。
その発射元を見ると、全身白い衣装を纏った魔法使いと目があった。
「ちょっと貴方、こんな所にいるレベルでは無いんでないこと?」
確かにその通りだ。
「すみません、下がります」
足を引っ張ったり、気が散っても困る。ここは素直に隠れていよう。
白い魔法使いは、ドラゴンを向き直り……
ー白刃を紡げ
闇夜を切り裂く朝の輝き
命の始まりの力を貸してー
白い魔法使いがゆっくりと詠唱すると、彼女の頭の上に光り輝く矢が形成されていく。
『サンライズアロー』
最後の言葉で、矢は加速しながらドラゴンに向かって飛んでゆく、それは一瞬で間を詰め、ドラゴンを射抜く!
しかし今度はドラゴンの固い鱗に当たったのか、ダメージはさほど入った感じがない。
「これじゃ駄目ですわッ!」
悔しそうに吐き捨てると、もう一度集中して呪文を唱え始める。頭上に光の矢が浮かぶと、彼女の端正な顔が照らされる。金髪が縦ロールにされていて、かなり良いところのお嬢様のような雰囲気がする。
ー白刃を紡げ 闇夜を切り裂く朝の輝き 命の始まりの力を貸して 白刃を紡げ闇夜を切り裂く朝の輝き……
今度は同じ呪文を何度も繰り返している。その度に頭上の光の矢が大きくなってゆくのが分かる。
彼女の周りに、魔力の渦が沸き上がり、白いローブがはためき、腰に巻いているガンベルトのような装備から、大きな角が光の粉になって消えてゆく。
4度の詠唱を終えた魔法使いは、ドラゴンを睨み付けながら。
「サンライズアロー!!死にさらせ!!」
絞り出すように叫ぶと、巨大な光りはパッと一瞬光ったかと思うと、ドラゴンの肩を貫いた。
「グオォオォオォオ!!」
ドラゴンは大きく叫ぶと、宙に舞い上がった。
前衛職の一部は、地上に取り残されていたが、ラスティは足の辺りに張り付いている。
どうやら、鱗の付け根を攻撃しては、一枚一枚剥がしていっている。そこに振り落とされない、高レベルの剣士が斬撃を繰り出している。
あれは流石に痛そうだ。
「あと一発、撃てますわ!」
舞い上がったドラゴンに対して、白い魔法使いはもう一度構えを取る。
「今度こそガチでキツいのお見舞いしてやりますわ」
手を掲げると、再度呪文を唱え始めると頭上に光の矢が現れる。
それをドラゴンが見つけた、次の瞬間!
羽の向きをこちらへ変え突進してきた。
先程の肩を射抜いた一撃が、ドラゴンの怒りに触れたのかもしれない!
その時「魔法使いが一番死亡率が高い」というラスティの言葉が浮かんだ。
「ゲロヤバですわ!」
白い魔法使いの、恐怖にひきつる顔を捉えた時には、俺は駆け出していた。
岩の影から飛び出し、魔法使いに向かって飛び込んだ
バカな行動だとは思う。50m級のモンスターが迫ってきているのに、ちょっと突き飛ばしただけで救える訳がない。むしろ自分ごと、いや地面ごと、あの太い腕で薙ぎ払われて終わりだろう。
考えれば分かる筈なんだが……
体が勝手に動いちゃった!
白の魔法使いに抱きつくように、タックルすると、そのまま勢いで奥まで飛んだ。
目の前から地面を切り裂くように爪が襲い掛かる。
――こりゃ死んだかも。
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