015話『山岳探索』
ギルドを出ると、山岳方面行きの馬車に乗って麓まで送って貰った。
途中は別荘地帯のようになっていて、ちょっとした観光気分だ。
ジョロモと言う街には、北に小高い山があり、ジョロモ山と呼ばれていて、外壁に跨がるようにそびえ立っている。
「山を登って外から魔物が入って来ないの?」
「外側は切り立っていて入れないんですよ」
この世界のおおまかな経緯は分かってきたが、こういう細かいことが分からない。
「都合のいい山があったもんだね」
「地形は作るじゃないですか」
「作るの? わざわざ?」
「わざわざ、ってことは無いんですけど、壁を跨がってるのはジョロモさんの趣味なんじゃないかと」
「この街の創造者みたいな言い方するね」
「いや、創造者ですよ? 知りませんでした?」
「い、田舎から出てきたもんで……教えてください」
――街の成り立ちはこうだ。
この時代の土地は殆どが平地で、人は隠れる場所も、逃げる場所も少なかったそうだ。
そこで人々は協力して、魔法で壁を作って中に住んだ。その壁の中に人が集まって、本当の街ができていったのだ。
しかし、ここに問題があった。
それでは、始めに巨大な壁を作るほどの、大きな魔法を作った街の住民は面白くない訳だ。ここで忘れてはいけないのが、魔法=お金なのだということ。
なので、住民税や通行料を取って『経営』するのがスタンダードになった――
「ってことで、ストレンジャーになって一旗揚げて、大金を稼いで街を作るのを目的にしてる人も、少なくないんですよ」
「外でも農家として暮らしている人が居たけど」
「誰でも外で暮らしている訳じゃないですよ、市民税を払わない代わりに、護衛を雇ったりしなきゃいけませんし。それでも急に強い魔物に襲われたり、天災のように現れる魔物の大群が襲って来たりしますからね」
「壁のなかに居さえすれば安心が確保されるってことか」
「それか、ストレンジャーになると税金が免除になります、あちこちの街に行って定住しないので」
「そっか、壁の中では宿や飯屋にエンを落としながら、壁の周りの敵は退治してくれるもんな」
「その通りです」
上手く出来ているもんだな。
壁の修理なんかは、領主が行うみたいだから、巨大なマンション経営みたいなものなのだろう。
そんな話をしながら山道を登っていく。
ジョロモ山は少し登ると、岩がごろごろしていて、草木が減ってくる。登山道のようなものはあるが、不毛な山に生産性は無いように見えた。
「ここも平和ですね」
「川沿いと比べると、見るものもないしね」
高度があがるほどに余計何もなくなってくる。大きな石がごろごろしているだけだ。フィオナちゃんが居なかったら本当に暇を持て余しただろう。
「鳥の鳴き声なんて聞こえないな」
「元々居るんでしょうかね?」
木々もないのに鳥がいるのだろうか?
その時フィオナちゃんが指差して言った。
「あそこ、人が降りて来てますよ?」
確かに人影が見える、俺達のようなストレンジャーかも知れないが。
「こんにちは」
近づくとにこやかにお辞儀をしてくれた。
「君たちはギルドからのお使いかな?」
「はい、山に異常がないかの調査依頼を受けてきました」
通行人は背中に大きな背負い袋を担いでいたが、中身は入っていないのか、軽そうだ。
「おじさんは何をされていたんですか?」
「ん? 苔を集めていたんだよ、山に生える苔は魔素を大量に含んでいて、怪我や病気に効くんだよ」
何にもない山だと思ったが、何かしら人は来るんだな。
「だけど休憩したらベアウルフに威嚇されてしまってね。いまは子育て中なのかな? かなり攻撃的だったんで、あまり長居せずに引き返して来ちゃったよ」
ベアウルフ! 怖そうな名前の生き物だな。
しかし、熊なのか狼なのかはっきりして欲しい。
「君たちも危険だから、ゆっくりしないで早く帰りなさい」
そう言うと一礼して、山を降りていった。
「こんな所にも人が来るんですね」
フィオナちゃんは、おじさんに手を振りながら呟く。
「ベアウルフって怖いのかい?」
「いえ、私は見たことがないてすし、街に出る動物ではないのかもしれませんね」
名前はともかく、魔物ではなくても野生動物にも注意が必要だ。
熊か狼かハッキリしないが、どちらと出会っても危険に違いない。まだレベルも低いしスキルも持っていない。未知数の者との戦闘はまだ避けた方がいいだろう。
「とにかく逢わずに行ければそれに越したことはないね」
「確かに、まだレベル低いですし」
フィオナちゃんは辺りを警戒している、怖いのかも知れない。取り敢えず話をして、気を紛らわそう。
「フィオナちゃんは魔物と戦ったことがあるの?」
「アルミラージくらいだったら一人でも倒せますよ」
戦闘経験なしの俺より一歩前にいた。
そう言えばフィオナちゃんは、一撃必殺の両手武器使いで、大きな斧で戦うんだったな……
と、同時にギルドで見てしまったローブの下を思い出した。
フィオナちゃんも何かを感じたのか、キュッとローブの袷を握った。
や、いまのは下心とかじゃないんで!
「防具屋さんが……」ため息を付きながら語るフィオナちゃん。
「手持ちのお金で買える鎧はこれだけだって言われて、しかも、買わないと出られないような雰囲気で迫ってこられたので……」
どの時代にも悪徳商売人はいるのだな。
今度一緒にローズさんのお店に連れていってあげよう。
「取敢えず持ってたローブを着てるんです」
「それで一日に二個もクエスト受けたりして、お金貯めているんだね」
さて、そうこうしているうちに、山頂付近までやってきた。そろそろ引き返すタイミングだろう。もう4時間ほど上ってきている、降りないと途中で暗くなってしまう。
「さて、異常無し」
「そうですね、特に何もありませんでしたね」
確かに、話しながらでも周りはちゃんと見ながら来たが、これと言って何かの痕跡を見つけることはできなかった。
「じゃぁ降りましょうか」
「そうだね、あがる時には見つけられなかったものが見えることもあるしね」
と、その言葉通り、気になるものを見つけた。岩の裏に焚き火の跡のようなものがある。
「これは苔取りおじさんのものだろうか?」
「他に人とはすれ違ってないですし」
「休憩中にベアウルフにであったって言ってたけど……」
その位置から見渡すと、少し離れたところに岩が折り重なって、洞窟のようになってる入り口を見つけた。確認のために少し近づいてみるか?
「巣、じゃないですよね?」
「俺はベアウルフ知らないんで」
冷や汗がほほを伝う。
洞窟の近くでカラカラっと石が転げ落ちる様な音がした
何かが動いたのか!?
「に……逃げませんか?」
そう言いながらフィオナちゃんが俺の袖を引っ張る
「賛成!」
そっと山道まで戻ると、そこからは一目散に山を駆け降りた。
恥も外聞もないが、今の自分ではベアが来ても、ウルフが来ても倒せそうにない。どっちが来てもアウトだ。
とにかく任務を達成すればいいんだから
戦略的撤退だよこれは。
だが、取敢えずベアかウルフかどっちかだけでも確認したかった!