012話『平和な街』
防具を購入してから数日後のよく晴れた平日、俺は一人で街の中を歩いていた。
今日もギルドから簡単な依頼を受けて、練習がてら一人で任務をこなしているのだ。
この世界の街は大きな壁に守られており、基本的にその中は安全になっている。
しかし、たまに羽の有るモンスターが入ってきたり、街の真ん中を横切る川から潜り込んでくる事があるらしい。
そういった不測の事態を避けるためにも、ギルドでは低レベルのストレンジャーに哨戒の任務を与えるのだ。
まぁ、最近受けたクエストと言えば。人探しとか草むしりとか、ただの雑用が多かっただけに、ちょっとは冒険者らしいクエストができている気がしてる。
「それにしても平和だな」
しかし、稀な出来事というのは稀にしか起こらない。
ここまで特に戦闘が起こるでもなく、ただコースをぶらぶら歩いているだけに過ぎない。
「それにしても平和だな」
もう何度目か、この言葉しか出てこない。
とりあえず言われたチェックポイントまで来てみた。
「時間どおりかな」
クロノスの懐中時計はちょうど正午を示している。
街の外れに有る川の向こうには、先に到着したらしい別のパーティがいた。といってもこんな依頼だ、あっちも初心者の独り者パーティだろう。
腰かけていた岩から立ち上がると、懐からなにやら取り出してこっちを向いた。
「こっちは異常ありません」
対岸まではざっと200mくらいありそうなのに、普通に声が聞こえてきた。
「そっか、魔法機構……」
風の精霊の力を使い、遠く離れた相手に声を届ける道具を、クエストを受けるときに借りたんだった。
革鎧のベルトからアイテムを外す。どう見てもメガホンなんだけどなコレ。
「こっちも異常無しです」
届いたのだろうか? うまく使えているのだろうか。
「良かった、聞こえたんですね。この魔法機構初めて使うので、聞こえたか心配で……」
対岸から応答が来る、若い女性の声だ。
ちゃんと聞こえてる? って不安は初心者あるあるなのだろう。
「はい、よく聞こえます。平和ですね、暇ですけど」
対岸の人影はローブを纏っているということは魔法使いなんだろうか。話し方から少しおっとりしている印象がある。
「平和ですよね、あなたも初心者なんですか?」
「はい、まだ一週間程度です」
「うふふ、私もです」
少し対岸の女の子と話した後、ギルドに戻ることにした。
「さて、そろそろ移動しますね」
「あの……お名前聞いてよろしいですか?」
「あ、はい。八橋時彦です」
名前を名乗り合う決まりはないのだけど、せっかく同レベル帯のストレンジャーだ。仲良くなって損はないだろう。
「私はフィオナ=タルトです、お互い頑張りましょうね」
「はは、怪我をしない程度にボチボチやりますよ、では」
怪我をしないようにとは言ったが、モンスターは出てこなかった。伏線回収は無い。
辺りを探索しながら、川のせせらぎを眺め、鳥のさえずりを聞き、木々の香りを嗅ぐ。
心が洗われるなぁ。
排気ガスも、工事の騒音もない。向こうに見える街から、小さく喧騒が聞こえてくるが、それすらBGMに感じる。
退屈とは違うのどかな感覚に、この時代に目覚めて良かったと思える程だ。
街に戻ってくると、活気が戻ってきた。
そうなるとふつふつとやる気が沸き上がってくる。
この時間だったらもう一つくらい依頼が受けれそうだな。