103話『必要なもの』
ごたごたした後片付けは、全てミケーネ商会に任せることにした俺たちは、タブラの住み処に戻ってきていた。
もちろんクロネは悪態をついていたが、タブラは意に介さない。
「お土産を受け取れば気が変わるさ」
火薬の事だろうが、本当にそうだろうか……持っているだけで天使に狙われる厄介事、そのものなのではないだろうか?
まぁ、この二人の関係性の問題だ、放っておいてもいいだろう。
「さぁ、次の行く先はタイガ地方だ」
もう付いていくのは決まっているらしい。
確かにタブラと一緒に行動できるのは嬉しいことだが、堕天使教の戦いの精鋭が待ち構えている思うと気が重い。
「確か、知り合いの領主が困っているって事でしたね」
「そうなんだ、彼は変わり者でね。領主と言ってもそこには殆ど人間は暮らしていないんだ」
「アミラックさんっていう優しいおじさんなんだよ」
領主といえばハウスベルグ家やモナンヘーゼル家のように、民を危険から守るようなイメージがあるのだが。
殆ど人間がいないとはどういうことだ。奇人変人の予感がする。
「急ぎたいのはやまやまなんですけども、もう少ししたらうちのパーティメンバーが到着する手はずになってるんですよ」
もちろん、カリンとバッシュの二人だ。
きっと馬車ではなく早馬で来るのだろうから、そう時間はかからないだろう。
もし、懸念があるとすれば、カリンがジョロモの街を出られないかもしれないということ。となり街ならいざ知らず、早馬でも数日かかる道程だ。
こういうとき携帯やメールが使えないのは辛い。
「それにこの街でしか手に入らない情報も欲しいですね」
そこにウノが助け船を出してくれる。
「俺も少しだけ準備に時間が欲しいんです」
急ぐ旅だとは理解している。
こうしている間にも、堕天使教は力を蓄えているのだろう。
「判った、準備もあるだろう。それに、君の仲間だったらきっと大きな手助けになるはずだからな」
快諾してくれた。
そうと決まれば、やりたいことは山ほどある。
早速指示を飛ばす。なかなかリーダーも様になってきたんじゃないか?
「ウノとピノは組んで情報を集めてくれ。堕天使教のメンバーや、教主の現在の居場所など判る限りでいい」
情報量として、使用できるように崩した1万エンを持たせる。
ピノは苦笑いしながら受け取ると。
「これに見合うくらいは働いてきますよ」
と言い、早速出ていった。
「フィオナちゃんは、武器を新調してくれ」
俺が地下に潜っている間に、かなり敵を倒したのだろう。斧は刃をすり減らしては研ぎを繰り返し、だいぶスリムになっていた。
それでも斧頭だけで15キロくらいはありそうだが、これからは切れ味も必要になってくるだろう。
杖等は消耗が少ないが、近接武器や鎧は消耗品だ。
「そうですね、名残惜しい気もしますけど……」
「ラスティ、良かったら付いていってくれないかな」
「いいよー、どんなの買う?」
「フィオナちゃんのレベルで出会う敵なら、全てにダメージが通るくらいの武器で、精霊の加護があるやつがいいかな」
これから出会う敵はその上をいくかもしれない。しかし、無理に大きな武器を背負っても戦える訳じゃない。
「うえ、結構高いと思うけど……」
俺鞄から虎の子の、ドラゴンの牙を取り出した。
そう、雷の魔法を撃ったときのあれだ。
価値で言うと2万エン……つまり日本円で200万円程の金額。
「足りなければ、これを担保にあとで残りを払うよ」
まるで大富豪にでもなった感覚だ。
しかし、自分の欲求のために使おうとは思わないし、今はそんな余裕もない。
「わかった、色々見て回ってくるね」
ラスティはその金額に物怖じすることもなく受け取ると、お使いを頼まれた子供のように玄関を飛び出して行く。
遅れてフィオナちゃんがそれを追いかける。
誰が誰の買い物に行くのか判ってるんだろうか……
「さて?」
タブラが、満を持して俺に次の言葉を催促する。
「少し付き合って貰えますか?」
そういうと、俺達は近くの人の少なそうなダンジョンへと移動した。
鬱蒼とした森を分け入ると、急にぽっかり口を開けたダンジョンが出現する。
前にも説明したとは思うが、ダンジョンは個人で製作できるもので、街の外であれば許可すら必要ない。
ただし、収入のエンが消費エンを下回ると、大地に吸収され消えてしまうため、放置し過ぎて誰も来なくなったダンジョンは勝手に無くなるのだ。
「ここなんか良い感じだな」
寂れて、今にも消えてしまうそうな雰囲気を醸し出している。
「推奨ランクとかの看板壊れちゃってますけど」
多少の不安が残る。
「まぁダンジョンでは死にはしないからな、負けるのも良い経験だぞ」
その口振りから、タブラを負かす存在が居るのかと冷や汗が流れた。昔の話だろうか? 今の姿からは想像できない。
「入場料は高くないですし、そう強いモンスターも出てこなさそうです」
そう言いながら二人分の料金200エンを放り込むと、扉が開いて中に吸い込まれていった。