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『エンジェルフェザー』ようこそ既視感ファンタジーへ!  作者: T-time
第3章5節 タブラ=ラサ=タイム
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102話『タブラ=ラサ=タイム』

「その赤ん坊が、ラスティだったんですね」


 激しい出会いを、タブラは淡々と語って聞かせてくれた。


「そうだ、ラスティはこの体の持ち主、錆釘(さびくぎ)の実の娘だ」


「錆釘さんは、その……生きてるんですか?」


 俺の質問にタブラは困った表情をする。


「わからないんだ。もちろん体は生きている。だが心は……微かにそれを感じるような気もするんだが……」


 タブラはその右手を自分の胸に当てて、何かを探るような仕草をするが、やはり何も感じないのだろう。手を離してしまった。


「どうしたのだろうな。この話を君にするなんて」


「本当ですよ、本来だったらラスティにしてあげるべき話でしょうに」


「全くだな」


 彼の秘密を知ってしまったが、俺はこういうことを心の奥にしまうほうだ。

 ラスティに俺の口から伝えることもないだろうし、知ったからといって態度が変わることもない。

 しかし、この内容は彼女も知るべきだと俺は思う。


「ラスティが15歳になったら話そうと思っていた。だが実際に15になってもまるで屈託のないその笑顔を見ていると、話す時ではない気がしてな……」


 珍しく弱気にそんな事を言うタブラに、なんとなく少しイラッとした。

 まるで呪龍との戦いの後に感じたような、理想の彼が(ほころ)びるのを見ているようだ。


 いや、誰も理想どおりな人間などいない。

 弱さや葛藤を抱えながら生きているのだ。

 だがそれだけではない筈だ。


「俺はもう言った方がいいと思います」


 キッパリといい放つ。

 人間の強い面を信じているからだ。


「そうだな、トキ君の言う通りなのだろう」


 そう言うと、青く広がる空を見つめる。


「ラスティには、父親のような人間になって欲しい。誰とも分け隔てなく接して、大事なもののために力を振るえるような強い人間に……だからこそ彼から名前を貰ったんだ」


「なんとなく気付いてましたよ」


 ラスティネイル、それは()びた(くぎ)という意味。


「新品の釘で打った板はすぐに剥がれてしまう。しかし、錆びた釘は板と一体になり引き抜きにくくなるんだと、アイツが言ってたのを思いだすよ」


 その釘は確かにタブラの心に刺さり、二度と抜けることはないだろう。

 それは少しの痛みを伴うが、同時にその存在感を感じさせてくれる。


「そうだ、タブラさんの名前は誰が付けたんですか?」


 先程の話を聞く限りでは、名前のない魔力の塊だった筈だ。


「錆釘が付けてくれたんだよ、怪我が治って帰る前に」


「タブラ=ラサ=タイム……でしたよね」


「古代のラテン語で『何も書かれていない石板』という意味だそうだ」


 俺はその言葉を初めて聞いたが、錆釘が言わんとする事がなんとなく理解できた。


「いい名前を貰いましたね」


「そうだな、トキ君の名前はどう付けられたのだ?」


 まさか自分に振ってくるとは思いもしなかった。

 実はこの名前、あまり気に入っていないのだ……


「実は言葉遊びで……名字が八橋(やつはし)ってのをスマホで打つときに、そのままローマ字変換するとtimeって出るんですよ。そこから『時』って名前を取ったみたいで……」


「スマホはわからんが、古代の暗号変換器か何かか」


「今度説明します」


 いや、食い付かれると思ったけど。


「で、俺が女の子だったら『時雨(しぐれ)』と名付けようとしたらしいんですけど、男だった場合の選択肢を何も考えてなかったらしく、取り敢えず時彦と」


「安直なのだな」


「ええ、深い意味もなく……なんかスミマセン」


 盛り上がるような話題ではない名前に、何故か謝ってしまう。


「その名前が時を司る守護(クロノス)を招いたのかもしれん、この世に意味のないことなど無いんだよ」


 そう言いながら、ずいぶん大きくなった俺のクロノスを見ているようだ。



「さぁ、タブラさん。休憩は終わりでしょ」


 ずいぶん長い休憩を取ってしまったものだと、あわてて腰を上げる二人。


「やることが山盛りだからな」


 そういうとみんなの待っている場所へ戻り始めるタブラ。

 その背中を見ながら、俺は思う。


 彼はまるで人間だ。

 ただ、戸惑っているのだろう。人間との違いに。


 人はいつか死ぬ。

 だが彼は死ぬことがない。

 だからこそ、今話さなくても後で話せばいいという感覚になるのかもしれない。


 錆釘や彼の奥さんが、精一杯生きて、死の間際に誰かの幸せを願う笑顔を、彼が理解する日は来ないかもしれない。


 根本として『希望』という言葉を彼は理解していないのだ。


 それは、推測や予知ほど確実ではなく。

 もっと心の部分で明るい未来を想像する力だ。


 だからこそ錆釘はタブラに名前を付けた。


 『何も書かれていない石板』に、永遠の『時間』。

 どんな物語がそこに紡がれるのか、楽しみにしながら。


 それを『希望』と言うのだと。

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