101話『生きたいと叫ぶ者』
隠れ里と言っても、小さな集落程はあったのだろう。
数十軒の建物が立っていた跡がある。
大きな畑に、家畜も居たようだ。
だがその全てが破壊されている。
建物も畑も焼き払われ、家畜までが殺されている、その徹底ぶりに身の毛がよだつ。
その炎の奥に、純白の羽を広げたあの天使がいた。
「貴様ぁあっ!!!」
叫びながら魔法をキャストする。
『ウオーターブラスト!!』
水の球がいくつも浮かぶと、天使目掛けて飛ぶ。その球を追いかけるように接近していく。
天使は叫んだ俺を見てぎょっとする。
あの深い傷を負って、ここまで移動できる筈がないと考えていたからだろう。
その一瞬反応が遅れた。
いや、そうでなくても奴もボロボロではある。
いまやプライドと錆釘への意趣返しの念だけで動いていた。
そんな奴が攻撃を避けきれる筈もなく、いくつかの水球をまともに受けて、地面へと叩きつけられる。
そのまま抜いた刀を、天使の首もとへと突き付けた。
「貴様ぁあ!」
「ここまで追ってこれたのは驚いたが、一足遅かったな」
邪悪な笑みを湛えながらそう言う天使に対して、今まで味わったことのない憤りを感じる。
胃から何かが上がってくるような感覚。
これが殺意かッ!
その後は躊躇うことはなかった。
突き付けた刀をにそのまま力を入れる。
ズブリと柔らかな感触が手に伝わると、傷口が沸騰し嫌な匂いが漂う。
天使は断末魔さえ上げずに、不適な笑みのまま息絶えた。
それ以上言葉を発するものはそこには居なかった。
ただ辺りの家が燃えるパチパチと爆ぜる音だけが耳に飛び込んでくる。
間に合わなかった。
錆釘が命を懸けて守ろうとしたものを救うことが出来なかった。
怒りに任せて天使を殺した、仇は討った。
だが、この気持ちは何だ。
スッキリなど一切しない!
ただただ空虚な虚しさだけが心を締め付けてくる。
そうか、心はここにあったのか……唐突にそう理解することが出来るほど苦しい。
しかし、この苦しさを埋めるものは、どうやら仇を討つことではなかったらしい。
ガラガラと、燃えた柱が崩れ落ちる音にハッとする。
同時にその奥に聞こえる声に気付いたからだ。
それはただ「生きよう」とする純粋な響きで、頭で考えるよりも先に足がそちらへ向かっていた。
そこは屋根が落ち、建物の様相を呈していなかったが、まだ火は回っていなかった。
声はこの下から聞こえるようだ。
「オギャー! オギャー!」
生命の響に、心が突き動かされる。
「待っていろ!」
風の魔法を使って瓦礫を巻き上げると、そこには女性の姿があった。何かを抱き抱えるようにしてうずくまったまま動かない。
「今、回復魔法を……」
そう言ったが、そんなものではもう間に合わないほど損傷が激しい。
きっと、この赤ん坊を守ろうとする一身で何とか耐えていたというところだろう。
そして助けにきた俺を見ると、安心したような笑顔を見せる。
「あなた……」
それは、代名詞的な響ではなく。
妻が夫に対する呼び名で使うものだった。
「良かった、無事……たのね……この子も……」
力なく倒れ混むように横に倒れると、ずっと守ってきた赤子が、毛布にくるまれ泣き叫んでいる。
「この子だけでも、幸せに……ね」
最期の言葉と共に、涙が一筋流れる。
その顔はまるで錆釘が最後にしたような笑顔だった。
笑顔の意味を問うこともできず、ただ赤子を抱き上げた。
その鳴き声は、ただただ生きたいという意思を表現するかのように、世界で一番力強く耳に響いたのだった。




