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フェリシニアの花嫁  作者: 古都里
第一章
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四 解けていく心

 レントから空っぽの輿と共に使者が来たのは、ケセルトンがやってきてから一週間後であった。

 アーケイディスは国王として彼らを迎える。その隣には正妃のソニアが、そして顔の赤みが引いたケセルトンが、控えていた。


 レントの使者は呆気にとられたような顔でケセルトンを見つめ感嘆し、溜息を吐く。

 呆れが形になったようなそんな溜息ではなく、ただ、その美しさに呑まれての、感嘆の溜息。


 戦装束か日常着での彼女しか見ていないレントの民は、彼女が自らを美しく見せようとすれば何処までも美しく見えるのだという事を知らなかった。


 あの日、ケセルトンとアーケイディス、二人で魚や肉を散々に平らげた日、またこんなことがあると困るからとナーレリアは夜もふけた頃に服飾師を連れてきた。

 それはシニアリードの流行を作るといわれている女性で、マーシュ・レドモンディアと名乗った。


「国王陛下の正妃様や妾妃様方のドレスはレドモンディア夫人だけが作っているのです。やがて、妾妃様という位に上がるケセルトン様ですから、レドモンディア夫人の衣装が相応しいかと」


 そう言うナーレリアは恐縮しきっていた。


 レドモンディア夫人は今まさにドレスの仮縫いをしているところを無理やり引っ張ってきたものだし、ケセルトンに至っては眠ろうとしていたところを起こしての話だったのである。


 ナーレリアは主人であるケセルトンからも、レドモンディア夫人からもどんな厳しい態度を取られるか、想像するだけで胸が苦しかった。しかし、国王が楽園ではなくこちらに来たのはたまたまではないと本能が告げている。

 ケセルトンを、美しく飾らねばならない、ケセルトンからの不興を買ってでもだ。


 しかしナーレリアにとっては幸いな事が起きた。

 レドモンディア夫人は客を選ぶ。自分が他のどの服飾師より優れた腕を持っていると自負する彼女は、気に食わない相手には絶対にドレスを作らないのだが、彼女の瞳が捕らえたケセルトンという娘は……まだ磨かれていないダイヤの原石のようで。


 わたくしならば、この方を最高の美姫として誰も彼も跪かせることが出来るわ!


 レドモンディア夫人は眩暈がする程の興奮に酔った。

 確かに今は日焼けでひどい顔だが、元の顔の美しさを考えるとレドモンディア夫人は歌いだしたいところだった。


「ナーレリア殿、わたくしを呼んで下さった事にお礼申し上げますわ。この方のドレスをわたくし以外が作るだなんてそんなことは許しがたいですもの。わたくしは最高の品を用意して見せましょう。二流三流の服飾師に任せてなるものですか。最先端の流行で作る? いえ、それは馬鹿げていますわ。ケセルトン様が身に纏ったドレスが、最新流行になるのですわ。ケセルトン様は、それだけのお方です、わたくしが、必ずやこの世の最善を作り上げて見せますとも!」


 レドモンディア夫人は寡黙だと聞いていたナーレリアは驚いたが、仕えるべき主人へのこの言葉に感動した。ナーレリアはすっかりケセルトンのものだったのである。


 そして採寸が行われたのだがケセルトンは文句一つ言わなかった。眠ろうとしていたところを叩き起こされたというのに嫌な顔一つしなかった。

 ケセルトンはその時幸せに浸っていたのである。愛しい子への愛情に震えそうになって。

 夕食での会話が忘れられない。

 我が子が抱けるという喜びに胸が熱い。

 故にドレスの採寸など幾らでも付き合える。


 そんなこんなで、ドレスは大急ぎで縫われ、ケセルトンは今そのうちの一枚を着ているのであった。

 柔らかな真紅のタフタを身につけるとケセルトンの紅い瞳の鮮やかさが際立った。


 今まで鬼神としか、戦乙女としか、表現されなかった彼女の価値。

 美を引き出そうとするならば、これほどまでに美しいのだ。

 柔らかな銀髪は赤いリボンが編みこまれ、結い上げられている。

 薄化粧を施し、薄手のヴェールを頭から被った彼女は、美神もかくやと言ったところか。


 よくもまぁ化けたものだと、使者の代表マールは思った。本当に我が妹の美しき事、と。

 そう、ケセルトンは使者代表のマールの異母妹であった。


「事故によりはぐれた我らが長の娘を保護して下さったとの事、恐悦至極にございます」


 いけしゃあしゃあとマールはそう言う。

 赤子の事を考え幾分優しい気持ちになってはいるが、彼女はにこやかな笑顔の裏ではマールの顎を粉砕したい気分になった。


 いや、空の輿を運んできた者達全員をケセルトンは軽蔑していた。


 大体ケセルトンがあっさり行列から抜け出せたのは彼等が余りに低俗だったからだ。

 『抱き納め』『誰から抱く?』『長の娘を抱く機会など今を逃してはあり得ぬ』『子が出来たらフェリシニアの王になるかもしれぬ』


 ケセルトンは阿呆、と小さく口に出して延々と自分を抱く順番を決めている男達の中から逃げ出してきたのである。


 長の娘は普段なら格式高く、強き者しか抱けない。触れることすら許されない。

 ケセルトンは比較的男達と混じって行動することが多く、そして刺青がある以上、レントの民は彼女を女としては見てはおらず、さりとて男でもない為、特例的な扱いがされてきた。


 しかしやはり女なのだ。


 その会話を耳にしたケセルトンは、あまりの侮蔑に一暴れしてこの行列を滅茶苦茶にして、砂漠に彼らの首を一個ずつ並べてやろうかと思った位だ。

 だけれども、結局ケセルトンには理由のない殺生は出来ず、黙って抜け出す事にしたのだが男達は彼女の思惑など知りもしない。


 戦乙女、蓮の花が許された女、神聖なるもの──だが、永遠にシニアリードに行くのなら話は別だ。今陵辱したところで何の問題もないと思ったのであろう。そして恐らくそれを実の兄のマールが許可した。


 何という愚かしさ! 私はこの行列の十から上の者全員の慰み者になるつもりなどない!!


 ケセルトンはあの夜の事を思いながら聖女のような微笑を浮かべている。

 恥を知れ。誇り高きレントの民の名が泣くではないか。


 アーケイディスはその様な事情などつゆ知らず、うむと頷くと言った。


「歓待の席を用意しておいた。ゆるり、逗留なされよ」


「恐れながら国王陛下、長が帰りを待ちくたびれていることと存じます。陛下のお顔と新たな妾妃様として迎え入れられるケセルトン様のお顔を拝する事が出来ただけで十分でございます」


 マールの言葉に、アーケイディスは軽く手を振った。


「皆も疲れておるだろう。シャーディーンのことは気にせずとも良い。あれも我が民草の一人。鳩を送っておくが故に。それより何の歓待もせず帰したという方が誇り高きレントの民を下に見ているようでシャーディーンも良い気はすまい?」


 そう言われたならマールに断るという選択肢はなかった。


 しかし、最後に一つだけ。


「その席にはケセルトン様もいらっしゃるのでしょうか?」


「無論、そのつもりだが。姫さえ嫌と仰らなければ」


 柔らかく微笑むアーケイディスに、ケセルトンは笑みを返し、頷いた。

 本当は嫌だけれども、頷くしかないではないか。これが政治というやつであろう?


 女の私には男の意に沿う事しか出来ないのだから──さもなくば、あの夜のように逃げ出すか、二つに一つ。

 ケセルトンの唇は笑みを湛えたまま赤く噛み締められていた。




◆◆◆

 話をほんの少しだけ巻き戻すことが許されているのなら巻き戻そう。

 使者が来るまでの七日間は、午前中はゆっくりと眠り、午後からは俄然賑やかになった。


 本来早寝早起きを貫き通していたケセルトンが午餐までゆっくり眠るようになったのは訳があるのだが、それはまぁ後に話そう。


 面会謝絶状態から回復して、ぼんやりしていたところを襲撃、否、見舞いに来たのは五人の妃達であった。

 ソニアは言うまでも無い事ながら、ミスティリカ、エンディア、ティーローゼ、マジェーンが時に集団で、時に一人ずつ、ケセルトンを見舞いに来たのだ。


 最初、ケセルトンは戸惑った。

 自分の男を奪う敵が一人増えて、何故その敵を見舞いに来るのか。


 しかし、悪意の片鱗も見せぬ妃達は笑いを運んできた。


 まだ天守からネストが降りてこない今、女同士の話が楽しめるのは彼女達楽園の小鳥達だけである。

 しかし、刺青持ちのケセルトンは、『女同士の会話』と言うものをした事がなかった。憧れてはいたが自分には遠いものと言う印象があった。


 しかし小鳥達は美しく囀り、ケセルトンにはその囀りが心地よかったのである。


 山羊の乳で顔を洗うように指示したのは金髪が目にも鮮やかなミスティリカである。


「貴女様のお顔はとても肌理細かく美しくらっしゃるけれども、これからどんどん年をとる事を考えたら美しさを維持する事を考えなくてはなりませんわ」


 そう言って皮袋に乳を詰め、ケセルトンの部屋に持ち込んだ。

 乳が勿体無いと言うと、ミスティリカは「これは一種のマナーだ」と言い放った。

 それでも戸惑っていたら、翌日、ティーローゼが白い小さな猫を連れてきたのである。


「母猫が死んでしまって、山羊の乳で育てた仔ですわ。お顔を洗いになられた乳で構いません。この仔に乳をやってくれませぬか? 人懐っこい仔ですし、慣れれば無聊も慰められましょう」


 そうまで言われて断れようか。

 ケセルトンはティーローゼに礼を言い子猫を育てる事にした。


 元々、ケセルトンは子猫が欲しかったのだ。

 だが、父は許さなかった。


『そなたはもうケティではない。ケセルトンだ。男が子猫を飼いたがるなど笑止!』


 父は都合の良いところではケセルトンを男扱いし、都合が悪くなると女扱いした。


 私の本当の性別はどっち?


 小ぶりだが、乳房があるところを見ると女なのであろう。だがこの乳房は常にさらしで潰しておかねばならぬ。月のものの前などは酷く苦痛だった。張った乳房を潰すのが。


「お前はケティだ。可愛い子」


 ケセルトンは取上げられた彼女自身の名を子猫につけて乳をやり、それから少しだけだが乳に浸した餌をやった。


 エンディアは、ケセルトンに刺繍を教えた。

 何色にも染められた糸が針の導くままに一つの図案になるのが楽しかった。

 ケセルトンは不器用で何度も何度も針で指を突いてしまったが、異母妹いもうと達が当たり前のように許されていて自分は許されなかった事をやり遂げると達成感があった。


 マジェーンは、ケセルトンに歌う喜びを与えた。

 マジェーンの夢は王立劇場で歌手になることだった。そして彼女にはその才があった。

 なのに貴族の運命さだめ、許されぬどころか雛の地での婚姻が父によって決められ、劇場で歌を聴くことすら出来ぬと知ったときの絶望。

 その時、マジェーンはアーケイディスに出会い、妾妃になった。

 シニアリードから離れたくなかったマジェーンには素晴らしく良い話に思えたのである。


「ケセルトン様は声域が広くていらっしゃる。素晴らしいことですわ」


 そう褒められたとき、ケセルトンは恥ずかしくも嬉しくてたまらなかった。


 小鳥と謳われる妃達にはそれぞれ仕事がある。

 それを知ったのもこの七日間の間であった。


 たまたま妃達の仕事が重なってケセルトン一人の時間などは、彼女は揺り椅子を揺らし、足元に子猫をまとわりつかせながら、歌い、針仕事に精を出した。


 しかし、それが案外難しい。


 エンディアが針をさすと布の中から命が生まれ出るかのごとくなのに。


 マジェーンの歌を聴いていると幸せになれるのに。


「ケティ、私は不器用なのだろうか?」


 刺繍道具を片付けて、猫に大真面目に問うてみたりもしたが所詮は猫である。抱き上げて答えを待っていてもケティには何のことか解らないのであろう。自分の鼻の頭をちろりと舐めて主を見返した。

 ケセルトンは稚い命に怒ることも出来ずに刺繍を再開するのである。


 そうしてケセルトンの七日間が過ぎて……いく前に夜の話をしなければならない。




◆◆◆

 彼女が城に辿りついた翌日、夜も更けた頃。


「またいらせられたのか、アーケイディス陛下。まだ婚儀も挙げていない女の部屋に通う前に何かすることがあるのではないのか?」


 ぷぅっと頬を膨らませるのはケセルトン。

 もともと彼女が療養中ということで楽園──後宮──ではなく内宮の部屋を借りている状態なので、部屋の持ち主たるアーケイディスがいつ此処に訪れてもおかしくないのだが、顔を晴れ上がらせた翌日に来られると火傷をしっかり笑われた昨日を思い出して憂鬱にもなろうというものである。


 そんな複雑な乙女心には気付かぬようにアーケイディスが言った。


「ああ、そういえば若葉月の望月の日に婚儀を挙げる事になった」


「な……! そういう大事な事は早く教えて頂かねば困る!!」


 狼狽えるケセルトンに、アーケイディスは何が困るのか解らないでいた。

 つくづく女心が解らぬ男である。


「レドモンディア夫人にドレスを注文しておいたから衣装で困ることはない」


「あと半月ではありませぬか」


「深く気にするな。余もそなたも、政治というものの前ではただの駒に過ぎぬ」


「──生気のないお顔をなさっておいでぞ」


 ワントーン低い、アルトといってもいい声音でケセルトンが言った。


「お疲れなら楽園に渡られるがよろしい。私と違ってよく気が利く方々が貴方のご来訪をいつかいつかと待っておいでぞ」


「まるで我が母上の様だな……」


「は?」


ケセルトンはそのさくらんぼの唇をぽかんと開けるしか出来なかった。


「一体どうなさったというのだ、アーケイディス陛下?」


「いや、そなたと母上は似ているところばかりではないのだが……驚く程似ているところもあってだな」


「そうなのか?」


「まぁそういう事だ。時折、母上が目の前におわす気分になる」


「……母上……」


 ケセルトンは胸が痛むのを感じた。


 ケセルトンは長の娘。長は一族総ての女とまぐわう権利を持つ。

 だからケセルトンは母の事を知らない。何一つ。誰も教えてくれなかった。


「余が母上は白子アルビノであった」


 その告白に、ケセルトンの動悸が一拍、とんだ。


「髪を栗色に染め、長い袖とヴェールで姿を隠していた母上が白子であることは殆ど知られていない。だが、余は知っていた。余は母上を沢山困らせたものだ。一番目は、ソニアのこと。何故妾妃では駄目なのかと。その次は、次々に迎える妾妃のこと。妃達はあの性格だから姑根性を出して苛めることも出来なかったらしい。その代わり、余はよく叱られたものだ。夜中から朝まで説教コースなどということも良くあった。だが、愛深き人であった。そなたを求めたのは、それゆえかも知れぬな。シャーディーンの娘など一杯いるのにな」


「そうであられたか……確かリチェル様は去年儚くなられたと聞くが」


 ケセルトンがその喪われた人の名を呼んで、アーケイディスは嬉しくなったらしい。


「母の名を知っておいでか。では今日は余に付きおうてもらおう。酒はお好きか? よく嗜まれる方か?」


「レントの娘が酒に弱いなどと聞いた事はあられるか? 私も嗜み程度なら」


 そして。

 朝までの酒宴が続き、ケセルトンは寝台で潰れたのである。

 アーケイディスはずきずきする頭を抱え、楽園の自室で半刻程仮眠をとった後、朝議に出た。


 そしてその夜。

 ケセルトンの部屋に寄ったアーケイディスはとんでもないものを見てしまった。


「姫は酒屋でも始めるおつもりか?」


 酒の山であった。


 寝台から机の上から卓子の上から、床に直置きされたものもある。

 まるで酒倉だ。


「負けたなど……この私が負けたなどとはあってはならない事。故に再戦を申し込む」


 据わった目で言い募られ、今晩は楽園にいけそうにないなと覚悟した。


 そして二日目、潰れたのはアーケイディスであった。


 そして翌日はアーケイディスが酒を運び込む事になったのである。

 今度は二人とも潰れたのでおあいことすべきか。

 

 ちなみにその日、アーケイディスが再戦を申し込んできたのはケセルトンの予想通りである。あの誇り高き黒竜王が、ケセルトンに潰されておとなしくしているはずが無いと彼女は考え、楽園に文を出した。そしてアーケイディスがしっかり午睡を取っている事をソニアに確かめておいたのである。


 ケセルトンは睡眠不足の体調優れぬ王に、勝負を挑むような女ではなかった。


 一週間後、シャーディーンからの使者を迎えたアーケイディスは酒の勝負では三勝三敗一引き分けであった。

 小鳥達の間では話題になっているのだが、二人とも意地っ張りで酒が強くて、似た者同士である。微笑ましいと妃達は思う。


 そしてケセルトンは、刺繍をさしたり、歌ったり、猫と遊んだり、ミスティリカに化粧を施されたり、ソニアとお茶を楽しんだり、その傍から見たら遊んでいるだけのように見える一週間で、学べることは学んでしまった。


 作法や何かから、誰が敵で誰が利用できる人物で誰が信用の置ける人物か。


 フェリシニアの始祖王からの系譜もそらんじることが出来るようになった。それは酒を酌み交わしながらのアーケイディスの昔話によるところが大きい。


 酒を飲んでも乱暴にならず理性を保っている男というのはケセルトンには珍しくあった。

 レントの男達は酒が入ると冷静さを失うものが多かったからだ。だから嬉しい珍しさでもある。


 少しずつ。少しずつ。

 ケセルトンは楽園の小鳥達にも楽園の唯一無二の王者にも心を許せるようになりつつあった。


 何時の間にか逃げるという算段を考えることはやめていた。

 本能が告げていたのだろう。此処以上にケセルトンがケセルトンらしく、否、ケティらしくいられる場所はないと。


 心配なのはネストだった。

 何を読もうとしているのだろう? 一向に天守から降りてくる気配がない。


 ネストは心臓が悪い。


 風読みの最中は風の精霊が守ってくれると言っていた以上何もないと思われるが、それでも、ケセルトンは嫌な事ばかり考えてしまう。


 そして、七日経ち、ケセルトンはアーケイディスの隣で使者を迎えていた。

 辞去する使者達に、ケセルトンはもう二度と会いたくなかった。


 レントの民が嫌いなのではない。

 レントの男の性が嫌いなのだ。そう、ああいう、女を性欲の捌け口としか見ていない男達が。


「ケセルトン様、大丈夫ですか? お顔色が宜しくございませんわ」


 ソニアの言葉に、ケセルトンははっと顔を上げた。


「大丈夫、です。この七日間があんまり楽しかったものですから、昔を思い出す者達に会って少し、少し動転しているようです」


「無理はするなよ、姫」


 この時、何故かケセルトンはアーケイディスに心配されたことが嬉しくてたまらなかった。ソニアの心配は有難いが、アーケイディスの心配は嬉しかったのだ。


「有難う御座います、アーケイディス陛下」


 素直に、ケセルトンは頭を下げた。


「今日は久々の夜会ですわね。ケセルトン様の歓迎の宴でもありますのよ。わたくし、仕事が残っていますからお先に失礼いたしますわ。アーシュ様、ケセルトン様をちゃんと送って差し上げてくださいませね」


 そう言うと、ソニアはそこから慌しく退出した。


「夜会とはどのような事をするのか?」


 ケセルトンの質問に、アーケイディスは驚いたような顔をした。


「レントでは夜会はないのか? 歌って踊って飲み食いするだけなのだが」


「それは男衆の宴だ。私達女は、料理がなくならないか、酒が尽きていないか確かめる……この城で言うなら侍女のような事をしていた。さもなくば男衆の欲求のはけ口に娼婦のような事をさせられる女もいた。長の娘ということで私は娼婦役からは逃れることが出来たが」


 思い返すとむかむかする。

 彼女の功績を自分のものにして更に祝いの宴まで開く男達。

 誰からの誘いも全て聞き入れなくてはならぬ娼婦役からこそ逃れる事が出来たが、その夜の相手は決まっていた。彼女の次に功績を挙げたものに彼女は否応無しに身体を開かせられる。


 眉をしかめるケセルトンは、アーケイディスが何か壊れそうで愛おしい物を見ているような視線でこちらを見ているのに気が付いた。


 困ったようにケセルトンは視線を落とす。


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