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フェリシニアの花嫁  作者: 古都里
第一章
11/17

十 砂漠の薔薇

 自らも血に塗れ、その生温かさを感じながら、アリステアはまた復讐を誓う。


 その時、赤子がけたたましく泣いて、アリステアの意識はふっと現実へと返った。


 『シャーロット』!! 可愛い『シャーロット』!!


 慌ててアリステアは『シャーロット』の許に向かった。抱き上げると、『シャーロット』は血の匂いが気に食わなかったらしい。アリステアの胸を蹴り、より一層激しく泣く。


「『シャーロット』、『シャーロット』……ああ、どうしたらいいかしら?」


 思って、アリステアの目は先程慌てて放り投げた簪の方にとらわれた。

 赤子の鳴き声が、乳を求めるにしては尋常ではない事に気付いた見張りがアリステアの部屋にたどり着いたとき、彼女は裸で赤子を抱いていた。

 簪の先でドレスを切り裂いて、下着まで破り捨て、血の匂いに窒息せぬようにと、白い乳房までをさらして赤子を抱いている姿は一種異様ではあったが、その実美しくもあった。


 乳房に埋もれて、赤子は泣きながらも先程までの抵抗はやめていた。


「可愛い可愛い『シャーロット』……」


 そういうアリステアはまるでこの世のものではないようで。


 暫く見とれていた見張りは、ジューンの死体に気付くと、息を呑んだ。

 これは陛下にご報告せねば……!!

 見張りは、走る。

 外の同僚に簡単に事情を話し、そして外の警護を固め、見張りは走る。


 ああ、もうアリステア様はお救い出来まい。

 あのお方は狂われてしまわれた。狂気の女神に心臓を握られたに違いない。


 見張りはただ、一直線に王の許へ向かう。

 そして、玉座にある王を見つけ、ご報告があります、とだけ叫んだ。


 走り続けて喉が焼け、汗みずくになっている見張りの様子にただならぬものを感じた王は、そこにいた宰相に下がるように命じる。


 王と見張りは二人きりになった。見張りはたった今見た事を己の感情を入れずに報告する。

 見張りは覚えていた。


 小さかったアリステア。優しいアリステア。

 あんなにも愛らしい姫君だったのに。


 今でこそ臣民はアリステアを糾弾しているが、皆、彼女の事を心から愛していたのに。王女である事を除いても彼女は魅力的な娘だったのに。


 だが彼女はもう此処にはいないのだ。


 今いるのは血まみれで全裸の狂女。返り血に染まった赤子、無残に血だまりに沈む死体。


「そうか、ジューンが」


 幽閉されていた王女のお付きは下級貴族の三男だった。


「アリステアを連れて来い。身なりを整えさせ、余との謁見が果たせるようにせよ」


 サーディシエント国王のお言葉に見張りは跪いて命に応えた。




 そしてその夜、アリステアは再び魔女と契約する。それは彼女をして至尊の位につけるのに十分すぎる力。




◆◆◆

「国王が弑逆されたと?」


 玉座で報告を受けたアーケイディスは一言呟いて、ふん、と笑った。

 アリステアが親殺しをしたという報告を受けての事である。

 玉座の間で、その王の首筋を噛み千切ったという凄惨なる報告。


「は!! かの国の王は頚動脈を食い千切られ、あっという間に命を喪ったと。諜報部よりの確かな情報にございます」


「父親をそのように弑する事が出来るとは恐ろしき事……アリステアはそれからどうしたのだ?」


 居並ぶ文官武官達が声を落として恐ろしき事と囁き交わしているのを制するようにアーケイディスは問う。


「女王として立ちました。今は戦の準備に追われていることでしょう」



 兵士の答えに、アーケイディスは溜息を吐いた。


「よくもまぁ、そのような女が王を名乗れたものよ。戴冠式が行われぬのは民衆の非難を恐れてか? そんな王を戴いたサーディシエントが哀れと言うか何というか言葉にならんわ。王と言うなら親殺しの長女より弟や妹のほうが相応しいと思うが、まぁ、付いてくる人間がいるのならば、恐ろしい事よの。戦とは我が国との戦か?」


「……恐らくは」


 兵の答えに、アーケイディスは笑おうとした。

 サーディシエントを攻める心積もりが中々出来なかったのは、シャーリーを案じている自分の心故だとアーケイディスは思う。どんな髪の色なのか、どんな瞳の色をしているが、解らなかった。


 されど愛しい。ケセルトンの娘故。


 そしてもう一つの理由。王との名が長年の親交を考えての事だった。早くに父をなくしたアーケイディスにとって、王は目標であった。温厚な性質でありながら大国サーディシエントを纏める偉大なる王。アリステアの事があり疎遠になっていたが、心の中で密かに崇拝していた、王。


 その王の死に様が、実の娘に喉笛を食い千切られたからなど、笑うに笑えぬ。

 まるで親の仇打ちの気分だなと、アーケイディスは心の中でごちた。


「戦の準備をせよ!! 弓の弦を張替え、矢を数え、剣と槍を磨け!! 軍馬にしっかり飼葉を食ませよ!! 全国民に布告せよ!!」


「ははっ!!」


 その場にいる全員が頭を下げ、左足を後ろに引き、拳と拳を重ねた。


「急げ!! サーディシエントの兵に一歩も我が国土に踏み込む事を許すな!」


 あの王がいないのなら、戦挑む事に何の躊躇いがあろうか。アリステアなど、あくまでどうでも良いのだ。



 シャーリーの事を除いては戦に否定的にはならない。


「今日の朝議はこれまでとする。宣戦の布告は軍備が整いしだいすぐに行う。文官らはその準備を致せ。武官達は兵士達の士気を高めよ。余が宣戦の布告を行うときにはすぐに動く事が出来るように。エンギーゼの指示にとく従え」


「お待ちを、陛下」


 将軍、エンギーゼは声を上げた。


「わたくしめより軍事に優れたお方がおられます」


 一瞬で玉座の間は囁き声に満ちた。

 一体何事か。あの誇り高いエンギーゼ将軍が、そのような事を言うなど!


「……ケセルトンか」


 妃の名を上げると、囁く声はより一層大きくなった。

 ケセルトンがエンギーゼを打ちのめした事は殆ど誰にも知られていない。ケセルトンは完璧に沈黙を守っていたからである。


「はい、お妃様なら、わたくしめより余程優れた働きを見せられる事かと」


「あれには、レントの軍を任せる。正規軍の司令官はそなただ、エンギーゼ。否やはきかん」


「ですがっ!!」


「じい、余を困らせるな」


 その言葉と共に、囁く声は静まった。エンギーゼも深く礼をとり、従う意を見せる。

 アーケイディスはほっとした。


 あまり聞き分けが悪いようならそれなりの罰を与えねばならぬ。


 それほどまでに国王の言葉とは重い。


「謁見の間にシャーディーンを呼べ!! 解散!!」


 幸いな事は、若葉月満月の日より今日で四日、シャーディーンと彼が率いてきた二百騎の兵がシニアリードにまだ逗留している事だ。

 砂漠から一々呼んでいたら使い勝手が悪すぎる。


 しかし、咄嗟に口に出した言葉が余りに重くて、彼は思わず目を瞑った。


 どれ程立ち尽くしていただろうか。

 文官の一人が額づき、アーケイディスに告げた。


「シャーディーン様をお呼び致しました。陛下のお成りをお待ち申しておられます」


「ああ、今行く」


 アーケイディスはマントを翻し、謁見の間に向かう。

 腰の宝剣が重かった。


 昨日、ケセルトンが磨いた剣だ。『陽華月華ようかげっか』はケセルトンには抜けぬが、アーケイディスが抜いたそれを磨く事は出来た。四方山事よもやまごとを話し、笑い興じた時間がとても懐かしかった。


 戦はケセルトンも望んでいた事だ。シャーリーの事と先王の事が無ければすぐにでもアーケイディスは可愛い妃の言葉に従ったであろう。


 何より、今のアーケイディスはケセルトンに子供を生ませたかった。


 自分の跡を継ぐ王太子を生ませたかった。その為にアリステアは殺さなくてはならない。


 だが、戦場で轡を並べる事まで望んでいたか?

 考えながらアーケイディスは歩く。


 謁見の間まではほんの僅かな距離だった。

 そこに、レントの長は用意された椅子に座っていた。だが、王の来訪を知るとそっと椅子から立ち上がり跪く。


「シャーディーン、我が妃の父よ。椅子へ」


 アーケイディスは言うなり自分も壇上の玉座に座した。

 シャーディーンは立ち上がり一礼すると椅子に座る。外戚ゆえの待遇である。


「戦が起こる」


 アーケイディスの言葉にシャーディーンは静かに頷いた。


「存じておりまする。我等は貴方様の手足。存分にお使い下さい」


「今、シニアリードにいる二百騎を貸して欲しい。指揮官はケセルトン、総大将はそなたぞ。戦に見事勝利したならば、食糧支援を七十年に延ばそう。望むのなら貴族の称号も用意するが」


 アーケイディスの言葉に、シャーディーンはにやりと笑った。


「貴族の称号など要りませぬ。儂はただ、レントの長である事に誇りを持っております故に……しかし、ケセルトン妃を戦に用いられますか」


「何か問題があるのか?」


 アーケイディスは思わず問う。


「立場の違いを兵に叩き込まねばならぬと思いましてな。今までのケセルトンではなく、国王陛下のお妃様である事を。たとえ妾であっても、汚してはならぬと」


「あれは妾ではない。戦を平定し終えた後、正妃の冠を授ける」


 シャーディーンは青い瞳を零れ落ちそうな程目一杯見開いた。


「ソニア様は……」


「病で死んだと発表するがそなたにまで嘘を吐くのは忍びない。あれは尼僧院に入った。シャーディーン、そなた、余に嘘を吐いたであろう。シャーリーはアリステアの手許におる。風読みが読み解いた。だが、余は嘘を吐くまい」


「シャーリーが、アリステアの許へ……!?」


 呆然とするシャーディーンに、アーケイディスは黄金色の瞳を向ける。


「シャーディーン、何故そなた嘘をついた?」


「……シャーリーは、儂にとっては可愛い孫にございます。初めて抱いた子でした。沢山の子を成しながら、今まで子を可愛いと思うた事が儂にはありませんでしたから、それは驚きで。それ故、レントの掟から開放したかったのです。長の孫となれば、初潮を迎えるか迎えないかのうちに男とまぐわう事になる。娘の意志とは関係なく……。そんな風な目に、あわせたくは無かった。ですがこの手にかける事も出来ず、儂はあれを逃がしました。これ以上情が移らぬうちにと。まさか、あの狂うた女の許へ行くとは思わず……本当にございます。アリステアの許に行く位なら……!!」


「生きているなら取り戻せる。助け出せる。ケセルトンの娘なら、未来のフェリシニア王の姉だ」

 

 歯噛みしていたシャーディーンはアーケイディスの言葉に顔を上げた。呆けたような表情が、やがてはっきりと光を取り戻す。


「国王陛下……」


 シャーディーンの心は暗闇から開放されたように澄み渡った。


 嗚呼、シャーリー!


 妾妃であれど、子供は要らぬといわれる。ましてや正妃に迎えるという言葉が本当ならシャーリーは邪魔なだけであろうと思われる。


 それなのに、アーケイディスは未来の王の姉といった。

 その言葉の持つ意味とその深さに、一瞬シャーディーンは瞳と瞳を合わせた後、アーケイディスに、深く深く頭を垂れた。




 ◆◆◆

 戦が始まる。

 城の中はひどく賑やかであった。


 フェリシニアはレントの国境線でのいざこざ以外でここ百年、戦を知らぬ。

 不安がるものが大勢いてもおかしくないのに、皆、黙って戦の用意をしている。

 はしゃぐでなく、恐慌を起こすでなく、まるで日常の事柄のように淡々と準備をする。

 それでも、常に比べれば随分と賑やかだ。


 模擬戦ではなく実戦となれば、慣れぬ者……というより経験した事が無い者達が殆どである。

 エンギーゼが弱音を吐いて見せたのもそこにあるだろう。


 一対一の剣技を競うのとはまた訳が違う。乱戦になれば誤って味方をも手にかけてしまいかねない。


 誰も何も言わないが、空気が張り詰めていて重いと、ケセルトンは感じていた。

 彼女は静かに剣を研いでいた。


 玉座の間で宣戦を布告する旨、話し合われた事は耳に届いている。

 ケセルトンは言われずとも己も出陣するつもりであった。


「そろそろ剣を振るわねば、腕がなまるな」


 腕もだが脚も問題だった。城での平凡な毎日では脚の筋肉が落ちてしまう。彼女の戦い方、『レントの舞踏』で大切なのは剣を振り回す事もさながら、安定した腰と軽やかに踏まれるステップなのだ。


 女の身で指揮官を務める事に誰も異存が無いほどの強さを発揮できるのはケセルトンの剣を振るう速度にあった。軽い剣でも、まるで目に見えないかまいたちのように襲い掛かる刀身は軽々と大抵のものを切り落とした。剣圧だけでも人を殺せるほどの速度の剣を振るうケセルトンを、レントの民が『戦乙女』と呼ぶのはある意味当然かも知れぬ。


 長剣を研ぎ終わると、扉が叩かれる音がした。


「誰ぞ?」


「ケセルトン様に、アーケイディス様のお言葉をお伝えする為に参りました」


 答えた声は意外なことに男のものだった。

 楽園に、後宮に、男?


 ケセルトンは咄嗟に胸元と太腿に手をやった。胸には懐剣が一振り、太腿には左右で短剣が八振り。

 何を確かめているのか、私は。この平和な王城で武器を帯びている事こそ、異様なのに。


「陛下の伝言であるのなら謹んで」


 ケセルトンは答えた。


「扉を開けてもらえませぬか?」


 男は囁くような声で言った。伝言に後宮に男を遣わすほど切羽詰った何かがあるのなら、それは外に漏らすわけには行かないものなのかもしれない。

 後宮の部屋は、内宮の部屋に比べると音が伝わりやすい。


「待たれよ」


 言いながらケセルトンは扉を開けた。

 男は素早く部屋に入ると扉を閉め、跪いた。


「ケセルトン妃様におかれましてはご機嫌麗しく……」


「奏上は良い。用件を述べよ。砂漠に旅立つような格好をして」


 ケセルトンは相変わらず宮廷風の長ったらしい挨拶奏上に慣れていなかった。

 それでも平常時であるのなら彼女は微笑みの仮面を作ったであろう。


 だが、このタイミングで男の使者が来る。


 じっと男を見やった。

 男は背が低く、フード付きの外套を着込み、黒く長い髪を胸元に垂らし、まるで女のようだった。実際喋らなければ性別がわからなかったに違いない。


 男は軽く咳払いをすると顔を上げた。

 その顔は大半がフードに隠れていて解らない。

 男は畳み込むように行った。


「そうなのです、ケセルトン様。アーケイディス様はケセルトン様に先にレントへ行かれる事をお望みです。レント砂漠に残った兵達で我らの正規軍が到着するまでに道を切り開く為に今すぐご出立を、と」


「そうか。それなら何故、顔を隠す? そなたは本物の使者か?」


 ケセルトンの低い声に男は慌てたように言った。


「失礼致しました。諜報部員として王の御前以外では顔を隠していたものですから」


 ばさりと男はフードを払いのけた。

 そこには、黒髪と紫の瞳の美しい……。


「ソニア様……?」


 思わず、ケセルトンは男をそう呼んでいた。


 先程までの苛立ちも忘れ、ただ見つめる。

 長い長い睫毛で縁取られた紫水晶の瞳。その美しさはケセルトンが密かに憧れたものではなかったか。


「似ていますか、やはり」


 にっこりと笑む様まで、男はソニアにそっくりだった。


  優しい笑顔。

  瓜二つというには、男と女の違いがあったが、他人というには余りにも酷似していて。


「ソシエル・ファーカランです。レントまでの護衛を努めさせて頂きます。ソニア・ファーカランは私の姉に当たります」


「姉……ソニア様の弟君か……?」


 成る程、それなら納得がいく。血が近いのなら似る事もあるだろう。

 ソシエルは一点の曇りもない微笑で続ける。


「はい。どうぞ『君』などとはお呼びにならないで下さい、ケセルトン様。ただソシエルと。私は貴女の護衛なのですから敬語も必要ありません」


「解った。急ぎ、出よう。陛下に受命を報告して……」


「なりません、お妃様」


「え?」


 その時、ケセルトンは思わず声を上げた。


「これは密命にございますれば、万が一にも他の臣下の方に気取られる事があってはなりませぬ。ただ、机に証としてこれを置いていきます」


「それは……『砂漠の薔薇』か」


 ピンクとも肌色とも取れる不思議な色合いでしとやかに咲き誇るような石膏の花。


「はい、お妃様、左様にございます。これを御覧になれば陛下はケセルトン様が誰の命に従って動いたか、しかと解って下さいます。ケセルトン様にはただ、急ぎご準備下さい」


「剣は研ぎ終わったところだ。急がねば」


 ソシエルの笑みが深くなった。


「金子などは総てわたくしめが準備致します。さぁ、急ぎましょう」


「相解った」


 ケセルトンは神妙な面持ちで頷くと、着替えだけさせてくれといい奥の部屋に引っ込んだ。このケセルトンに与えられた部屋は応接室と居間が兼用になっており、その奥が寝室である。全体的に銀と赤で装飾されているのはケセルトンの髪と瞳の色ゆえだろう。


 ソシエルは机の上に置いた『砂漠の薔薇』をつつきながら微かに目を眇めた。


 誰の命に従ったか、これを見れば一目瞭然……陛下は賢くあらせられるが故に。


 さて、自分は出来うる限り急がねば。


「待たせた」


 ケセルトンがすっと寝室から出てきた。茶色のフード付きの外套に、腰から剣を下げて。


「そなたは見つかると困る事になるな。侍女の振りをしや。この王城からまずはソシエルとケセルトンが、ではなく二人の女が出て行ったことにしなくてはならぬのであろう? 戦の準備に追われた者達が気付くとは思わぬが、身分を問われたら私はレントの民の一人、そうだな、ケティと名乗ろう。そなたはアーダ、口が利けぬ侍女だ」


 立て板に水とばかりにケセルトンが話す。外套の下はチュニックとズボンに長靴のようだ。その衣服も外套を前で止めてしまうと長靴の先が見えるだけにとどまる。


「お妃様、助かります。その通り、致しましょう。しかし手慣れてらっしゃいますね」


「経験がない訳ではないからな。どんな状況でも対応出来ねばと父に叩き込まれた。ではこれより口をきくな。とりあえずは城から出よう。大丈夫だ、何かあれば私が守るから」


 ケセルトンは言い、右手の中指の指輪に口づけた。


 レントの民が、恋人や伴侶から贈られた指輪を右手の中指にはめ口づけるはその相手への絶対の忠誠を意味する。

 ケセルトンはこの一連の流れが奇妙だとも思わずに、ただ、アーケイディスの役に立ちたくて、ルビーの蓮の指輪に口づける。


 アーケイディス──。

 貴方の望みなら何でも叶えよう




◆◆◆

「してやられたわ!!」


 後宮でアーケイディスが机の上に拳をたたきつけた。その衝動で『砂漠の薔薇』が転がり落ち、欠ける。薔薇の紋はアリステアの紋だ。アリステアがどうやってか、ケセルトンを手中に入れたのだ。それを証拠にケセルトンの姿が何処にも無い。


 ケセルトンは砂漠育ち故に『砂漠の薔薇』を見飽きる程見ていた。故に単純に自分が拝命の上砂漠に旅立つという事を告げるものだと勘違いしていたが、アーケイディスにはただただ、手中の玉が奪われたとしか認識できないでいる。


「ケセルトン……」


 アーケイディスのその声は、手負いの獣が唸る様にも似ていた。




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