幕間
遠くもない山の稜線に日が傾いていき、みんなそれぞれのコテージへと引き上げていく。
薪で沸かしたお湯をそれぞれのコテージの浴槽へ運んで順番にお風呂を使い、一日の汚れと疲れを洗い流す。
順番があるのでゆっくりとまではいかないが夕食から就寝までの時間はのんびりできる貴重なひと時だ。
「おやすみー」
今では明りがないので、日が暮れるまでが僕たちの活動時間だ。入浴も食事も日没から逆算するように行動するようになっている。
就寝の挨拶とともに同じコテージの4人もそれぞれ2人部屋の寝室へと消え、初日以来、僕の居室となっているB棟のリビングには僕一人が残された
この間、二人部屋の一年の槇原と大林が気を使って代わると言ってくれたが、かえって気が引けて断った。慣れてくるとリビングのソファ暮らしも悪くないのだ。さて、僕も寝るかと毛布をかぶった時に寝室側の扉が開いた。
「カジ、光を出すような魔法使えないのか?よくあるウィルオーウィスプみたいなやつ」
薄明りの中声をかけてきたのは秋山先輩だった。昼間にあれだけ文句を言っていたのはもう忘れているのか、ノーサイドなのか。分からないようにため息をつく。
しかし、ウィルオーウィスプとは、同じようなことはみんな考えてるんだな。
「やったことないからわかんないですよ」
「ちょっと、やってくれよ。持ってきた小説読みたいんだ」
秋山先輩は相変わらず、人の都合を気にしない。相手がこれから寝るタイミングであるとか、明かりを出して本を読み始めたら、相手の迷惑になるとか一切お構いなしだ。
「練習もしたことないのに無理ですよ」
今僕が使える魔法はまだ5つほど。どれも狩り用なので、日常生活に役に立つものはない。しかも、どれもが覚えるまでにさんざん失敗している。一発で習得できたためしなどないのだ。
「いいじゃないか、やってみたら。俺が付き合ってやるから」
「いやいや、無理ですってば」
「いいから、練習だと思ってやってみろよ」
赤松先輩や坂本先輩がいないと秋山先輩も強気一辺倒だ。あらためて4年生の存在のありがたさが身に染みる。
この様子だと、僕がいくら断ってもしつこく食い下がってきそうだ。
仕方ない、あきらめよう。
「うまくいかなくても知りませんよ?責任持ちませんからね」
「おう、かまわないぞ」
僕は小さくため息をついた。
「光の精霊よ・・・」
夜になると窓から入ってくる月と星の明かりくらいしかない。カーテンを閉めたら真っ暗闇になるので、あれ以来カーテンは開けっ放しだ。
「光の精霊よ・・・。集え、光の精霊よ。来たれ、踊れ・・・」
目を閉じて、精霊の気配を探る。精霊の数が少なくてなかなか手ごたえがない。ポツリ、ポツリと思いつく単語で呼びかける。
「華やかに、軽やかに、光輝ける精霊たちよ呼びかけに答えよ・・・」
ようやく僕の言葉に精霊たちが反応を示し始めた。あとは規模が大きくなり過ぎないように語りかける。精霊たちは集まり始めると際限なくなることがある。
部屋の中央に光の玉を作り出すイメージ。
「永劫の輝きを持つ者たちよ、集いてその灯を与えたまえ」
僕の中を光の精霊が通り抜け、目の前の空間に形づくられていくのが分かる。
よし!うまくいった。
と、思ったその直後、光球がひと際、大きく強くなり、瞼を焼くような輝きを放出するとすぐに消えた。
「目が!目が~」
目を開けるが、明るすぎた反動でまだよく見えない。足元で秋山先輩がのたうち回っているのは見えなくてもわかる。
光の精霊を呼び出すのには成功したが、どうも瞬間的なフラッシュのような効果になってしまった。秋山先輩はそれを直視してしまったらしい。
「せ、先輩、大丈夫ですか?」
また、やらかしてしまったようだ。
「お前ら、何やっとんや!今の光はなんや!」
隣のコテージの赤松先輩が怒鳴り込んでくる。
まずい、お説教コースだ。赤松先輩の説教は長い。ネチネチというような陰湿な怒り方ではなく、叱られている理由を理解してきちんと反省するまでひたすら続く。叱り方に筋が通っているだけにこたえるのだ。一撃できつい言葉がくる坂本先輩とは対照的だ。
「今のはカジか!」
「はい・・・すいません。光をだす魔法を使って失敗しました」
「なんで、そんなん使うったんや」
僕が黙っていると赤松先輩はまだうずくまっている秋山先輩を睨みつけている。そばにはラノベが窓から入ってくる月明かりに照らし出されていた。
「ほ、本を読もうと思って、カジに・・・」
「こんの、ドアホウ!カジもカジや、いちいち秋山の言うこときくんやない」
「そうは言っても先輩ですし・・」
一応とつけかけた言葉を飲み込む。体育会気質の上意下達の厳しかったこの部では先輩に面と向かって反対するのはなかなか難しい。
「なんだ。何があった?」
「どうしました?」
赤松先輩の怒鳴り声を聞きつけたのか、坂本先輩と鶴崎先輩まで集まってきた。都会と違って静かな山間部だ。大きな声は良く響くだろう。
赤松先輩の単独説教よりは楽になりそうで少し安心する。同じコテージの黒沢と1年の二人は扉を開けて様子をうかがっている気配がする。
「秋山が本読もう思て、カジに魔法使わせたらしい。それで目が眩んであのザマや。ドアホウが」
「自業自得だな」
「まったく」
「秋山の言うことを断れ言うても、カジには無理か」
「頼まれごとを断れない、お人よしだからな」
僕と秋山先輩を呆れたまなざしで交互に見つめる3人。
無理もない。使ったこともない魔法を使わせようとした秋山先輩に、勝手に使った僕。
一ノ瀬の話じゃないけど、秋山先輩についてるとろくなことがない気がしてきた。
「赤松、ツル。ちょっといいか」
坂本先輩が二人を呼んで外に出ていった。
「・・・えっ!?それは・・・」
「・・・まず・・やろ」
「秋山と・・・」
「確かに・・・、でも・・・」
「・間違いが・・・・」
「・・・・そんな根性は・・・」
「・・・・・・・・」
「失礼な!」
「・・・手段選ば・・」
気になって耳を澄ますが、会話の内容の半分くらい、それもとぎれとぎれにしか聞こえない。
「もう好きにせー」
最後に赤松先輩の声で相談がおわったのか、三人が戻ってくる。
「カジ、お前今から引っ越しや」
はい?
「坂本先輩たちのC棟の寝室が一つ空いてるから、カジはあそこへ移ってくれ。またアッキーがバカなことしても困るからな」
「そう言うことだ。どうせ部屋は一つ空いてる。今のままリビングのソファで寝るよりはいいだろう」
「不埒なことは考えるなよ。ただじゃ置かんからな」
「少年にそんな度胸はあるまいよ」
もともと多くもない荷物を慌ててキャリーバッグに詰め込み、坂本先輩と鶴崎先輩に手伝ってもらってC棟の空き部屋に持っていく。
「秋山、正座!お前はまだ説教や!」
「ひぃっ」
秋山先輩の夜は長くなりそうだ。
こうして、僕の寝床は住み慣れたソファから、女性二人とひとつ屋根の下のへと移ることになった。