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7月21日(晴れときどき曇り)合宿6日目


 今日の各班の作業内容確認のミーティングを兼ねた朝食を軽く済ませたーー食料が目に見えて心細くなっている、僕たちは秋山先輩たちB班と薪拾い班がそれぞれの作業に出発していくのを見送った。

 今日の僕たち食料調達A班と生活班の最初の作業は、管理棟の中にあると言われる解体のしかたが書いてあったというジビエの解説本と、日常生活もろもろの道具の探索だ。RPGでも最初の武器を手に入れないと話が前に進められない。


「裏口も鍵かかってますけど・・・?」


 当然のことながら正面も裏口も鍵がかかった扉が僕たちの行く手を阻んでいた。生活班は正面側の扉がどうにかこじ開けられないかと格闘してるはずだ。

 こういう時盗賊職がいればピッキングで扉を開けらるのに、ゲームならざる現実ではそうそう都合よくそんな技能を持った人間はいない。


「非常事態だ、鍵を壊してでもはいるしかないだろう」


 あっさりと強硬策を打ち出す班長、坂本先輩。


「そんな、無茶な」


 壊すという発想も無茶だが、道具もなしにどうやって壊せというのか。


「無茶もなにも、鍵開けなどできるわけもない。となれば、壊すしかないだろう」


「いやいや、器物破損ですよ。犯罪ですよ。それに壊す道具もないです」


 力技を主張する先輩と、非常識な状況下でも常識論を口にしてしまう僕。生きていくためには今までの常識は捨て去らないといけない過酷な現状。


「ちょっと、ちょっと、二人とも待ってください。どっか開いてるはずですよ?・・・たぶん」


「だ、そうです」


「ちょっとまて・・・・・・そこの脇の窓のカギが開いてるな」


 細かいところは分からないが、なんとなく勘が働く一ノ瀬と、ピンポイントに絞ると離れた場所が視える坂本先輩。一長一短ではあるが、二人の特技を組み合わせると最強なのではなかろうか。

 先輩が指さした窓に手をかけると、確かに鍵はかかっていなかった。

 鍵が開いていた窓の大きさを見て迷わず僕を見る二人。


「ここは少年の出番だな」


「ですね」


 女性としては長身の坂本先輩。身長は僕とそれほど変わらないが、出るところが出ている一ノ瀬。換気用だろうか、それほど大きくない小窓を抜けるには二人とも厳しそうだった。ちなみに男女通じて部員の中で一番小柄なのも僕だ。

 幸い、格子もないし、部屋側にも特に障害になる物がなさそうなので入ること自体はなんとかなりそうだ。

 少しのやりきれななさを感じながらも二人の手を借りて窓から身体をねじ込む。僕の体格でぎりぎりなのだから、確かに一ノ瀬だとつっかえるだろうと不埒なことを考える。


「汚れ仕事は、男のしごとですよ、っと」


 これって犯罪だよなぁ。

 不法侵入?たぶんこの後窃盗も。器物破損はないか?

 お父さん、お母さん、生きるためなんです。ごめんなさい。

 故郷の方角が分からないので、心の中で手を合わせて謝る。

 中に転がって入って、裏口の扉のサムターンを回して扉をあける。


「カジ、よくやった。一ノ瀬、大至急表の連中に裏口が開いたと伝えてきてくれ。赤松が扉を壊す前に」


 赤松さん、どおりゃぁとか言って、石を扉にたたきつけそうだもんな。


「はーい」


 かわいく敬礼して走っていく一ノ瀬。

 ほどなく裏口へ回ってくる生活班の面々。


「おう、裏口あいたんか。良かったわ、もう少しで扉をぶち壊すところやったで」


 やはり扉に岩をたたきつける直前だったらしい。


「ああ、そこの窓が開いてたので、カジが中に入って開けてくれた。我々は喫茶の方で本を物色するが、いいか?」


「厨房まわりはこっちに任せてください」


 赤松先輩や鶴崎先輩たち生活班に厨房はまかせて、僕たちは喫茶スペースへ向かう。


「お、あったあったこれだ」


 坂本先輩が一冊の本を手に取っている。


「先輩、先輩。食べ物いっぱいありますよ!野菜がいっぱい」


 厨房から生活班の槇原のうれしそうな声が聞こえる。


「冷蔵庫が止まってるから、ダメになってるのもありますけど、常温でも大丈夫なのも多そうです!じゃがいも、たまねぎ、ニンジン・・・。牛乳は・・・やばいかな?冷凍庫はアイスがもったいないことに・・・うう。あ、でも冷凍食品はまだいけそう」


 発掘される食材に一喜一憂しているのがわかる。


「おおっビールもあるやんけ!」


「これでしばらくはしのげますね」


 完全に泥棒だ・・・。

 これも生きるためだと思えばしかたない。


「少年、大丈夫だ。勇者の一行は一般家庭の宝箱やタンスをあさっても罪に問われることはない」


「「・・・・・」」


 誰が勇者ですか?


「冗談はさておき、罪悪感を感じているのかもしれないが、これから我々がしようとしているのは生きている動物を殺して、肉をいただくという行為だ。ウサギや、鳥、シカといったな。殺らなければ、殺られる、ではないが、殺らなければ、生きていけない。いままでの価値観を引きずったままではつらいぞ」


 先輩が開いている本には血抜きの仕方や、皮の剥ぎ方などが図解入りで説明されていた。


「そうそう、早く切り替えないとつらいですよ」


「・・・そう、ですよね」


 頭では分かっていても、いざ行動に移すと躊躇してしまう。僕の頭が固すぎるのか?

 スーパーで豚や鳥肉を買って食べていても、それがかつて僕たちと同じ暖かい血液が流れていた生物だっというリアリティに欠けていた。

 同じように肉を食べようとしているだけなのに、このギャップは何なのだろう。

 それにしても女性陣の切り替えの早さ思考も前向きさには驚かされる。

 気を取り直して本棚を見ると、山歩きのすすめ、ゆるくないキャンプ、アウトドア飯、マスターハンターといった、アウトドア系の雑誌がずらりと並んでいた。僕も今度からは暇を見て読んで勉強したほうがよさそうだ。他にも山野草の見分け方や、この周辺の植生について書かれた本などの実用書もあったので、これからの生活に役立ちそうなのをピックアップしていく。


「足りない知識を補えそうな本が多いのはありがたいな」


 数冊の本を抱えた先輩は満足そうだ。


「ちゃらららちゃっちゃっちゃー。はせがわはこのあたりのちずをみつけた」


 国民的RPGで使われている効果音とともに一ノ瀬が掲げているのは、このあたりの林道や地元の名所を紹介した観光マップとバイクツーリング用の地図だった。


「一ノ瀬、よくやった!だが、それは宝箱を開けた時の音ではなくレベルアップの音だ」


「ぐ・・・」


 僕が突っ込もうかどうしようか迷ってる隙に、先輩が冷静に突っ込む。意外とゲームもやってるんだな。


「坂本、そっちはどうや?厨房は大漁やったぞ」


 赤松先輩は嬉しそうに瓶ビールのケースを抱えていた。


「ああ、こっちもだ。これで食料確保に少し近づいたと思いたいな。それに地図も見つかった。これからの行動を考えるのに役立つよ」


「地図があるとありがたいですね。チャッキーが調べてくれていた倉庫も今の俺らには宝の山でしたよ」


 黒沢が調べていた納屋、というか物置には様々な道具が保管してあり、当面ここでの生活を余儀なくされるだろう僕たちにとっては重要なものがおおかった。鍬やスコップ、鉈といった簡単な農作業用具も入っていたらしい。


「ほう、塩が多いのは助かるな」


「ですねー。何も考えてませんでしたけど、これだけあれば、当分生活できますよ。コメも精米したのが100kgほどありました」


 鶴崎先輩が抱えているのは塩の5kg入りの袋が4つ。キッチンにストックされていた。漬物かなにかでもするつもりだったのか。

 他にも業務用のカレーのレトルトパウチやら、缶詰なども出てきた。


「食料調達できなくてもしばらくは食いつなげそうですよ」


「ああ、だが保存がきくものは万が一に備えて取っておきたいものだな」


「シャンプーやせっけんのストックもあったよー」


 いつの間にか喫茶店から消えていた一ノ瀬が両手いっぱいにコテージのアメニティの備蓄らしき業務用のパッケージを抱えていた。

 当面はどうにか文化的な生活を維持できそうだった。



 管理棟の家探しを終えたあと、朝に続いて早い昼食を軽くとった僕たち食料調達A班は坂本先輩の「あとは実践あるのみ」という一言で山にわけいっていっていた。初日からうまくいくかどうかも分からないまま。

 やってみないことにはわからない。ともかくダメで元々、やってみようという坂本先輩の意見だった。

 ダメ元と言われると反対する理由もない。失敗する原因になるとすれば、おそらく僕ーー魔法の発動に失敗とか外すとか、なので失敗してもいいからやってみろと言われるのは気が楽だ。


「少年、無理だけはしてくれるなよ。気負わなくていい。どだいダメで元々なんだ、無理だと思ったら素直に言ってくれ」


「ま、できるだけのことはやってみます」


 うん、先輩の役には立ちたいし、僕にできることは頑張るけど、無理なことは無理なわけだし、精霊さん次第だ。。

 そんなやり取りがありつつ、鉈を持った坂本先輩が先頭、2mほどの棒とロープを持った一ノ瀬、しんがりが手ぶらの僕という順番でブナの原生林を進んでいく。

 僕が手ぶらなのは、獲物を見つけた時に確実に仕留める可能性を少しでもあげるためだ。と、説明された。

 体力面で信用されてないとか勘ぐってしまうが、あまり深く考えないことにしてた。

 キャンプ場から少し入っただけでも周囲は原生林というだけあって、立派な木が林立している。樹齢の高い木が多いということは精霊の気配も濃厚に漂っているということで、これでしくじったら立つ瀬がない。


「・・・!、いますよ」


「・・・・・」


 不意に足を止めた一ノ瀬のささやき程度の小さな声に、先輩が無言のまま反応して気配を探り始める。


「斜め左、木が2本生えている影の草むら、ウサギがいるな。でかいぞ」


 精度は低いが長距離を索敵できるレーダーと、正確に敵の位置を探り出す解像度の高い近距離レーダーのコンビ。

 場所を確認して、目を閉じて精霊を感じることに意識を集中する。


「か、風の精霊よ・・・。大空の支配者よ。」


 大きな声は必要ない。たぶん、声に出す必要もないはず。それでも声にして精霊とのつながりを感じながら、思い描く形をより明確にしていく。


「その偉大なる力を貸したまえ。吹きすさぶ風よ、形なき速き風よ、猛き風よ、集たまえ」


 流れるような穏やかな風ではなく、すべてを吹き飛ばす突風でもない。小さく、シャープに日本刀が弧を描くように!


「その姿を鋭き刃となして、切り裂け。・・・・エアカッター!」


 鋭い音とともに、先輩の指示したあたりの草が切り倒され、木の幹にも鋭い傷跡が走る。見えない大きな斧を突き立てたかのように。


「・・・ぶっ」


 僕の後ろで二人が必死で笑いをこらえていた。一ノ瀬は今にも吹き出してしまいそうだ。先輩も口元と目元がひくついている。


「だーかーらー・・・」


 魔法を使う効果的な方法。

 練習の結果、精霊の力を引き出すにあたって頭の中でイメージするだけでなく、引き出す過程とその効果のイメージを口にしたほうが、より意図に近い効果が出せることが分かった。ようするに呪文のようなものだ。

 呪文の内容がこうでなければいけないということはなさそうだが、イメージをより強固にするためにも言葉にしたほうがよいというのが結論だった。

 そして、その試行錯誤の成果が厨二病全開のさっきの呪文だ。何が悲しいって痛い台詞になればなるほど精度が上がっていくという現実だ。ここで問題なのは精度に威力のコントロールが含まれることだ。いい加減な詠唱をするとファイアボールでも小さな火球だったり、人間を丸のみするような大きさだったりとランダムな結果になるのだ。

 練習していた場所に燃えるものがなかったから良かったようなものの、森の中だったら大惨事になるところだった。精霊にまでからかわれてるんじゃないかと勘繰ってしまう。

 あれ以来、火系の魔法は使用禁止をきつく言い渡されている。


 呪文の詠唱も練習に付き合ってくれていた二人の前でなければ恥ずか死んでしまうところだ。死なないだけで泣きたくはなる。

 初めての狩りが成功したんだから、ここは笑うんじゃなくてハイタッチとかで喜ぶ場面じゃないのか?

 なんか釈然としないけど、まだ受けている二人を放っておいて、エアカッターの痕跡が痛々しい木へ向かって歩いていく。

 草をかき分けると真新しい傷が痛々しいウサギが一羽倒れていた。


「・・・初のお肉ゲットか。それにしてもでかいな。本当にウサギなのかな?」


 幸いというかエアカッターはウサギの首元あたりに当たったらしく、大きく裂けている。初めての狩りとしては文句なしの成果と言える。

 僕はもう動かなくなっているウサギに手を合わせる。

 子供のころには田んぼや山でカエルやザリガニを採って遊んでいた記憶があるが、あれはあくまで遊びの延長だった。今から思うと残酷なことをしていたものだ。

 生きるために殺す。これからはこういうことが日常になっていくのか。


「でかいな」


 先輩も大きいとは言ってたが、これはウサギとしては見たこともないほどでかい。ウサギの形をしたウサギ以外のものなんじゃないだろうか。


「先輩、・・・先輩ったら。もういい加減にしてくださいよ」


 まだ、笑いをこらえているらしき二人は歩きながらもお腹を抑えている。


「すまん、すまん。つい・・な」


「ごめんなさい。ほんっと、ごめんなさい」


 二人とも涙目になっているのが一目でわかる。

 昨日も練習の時にさんざん笑ったんだから、いい加減見慣れて欲しい。


「ほぅ・・・こいつはでかいな」


「でしょ、びっくりしましたよ。」


「この大きさってありえなくないですか?ほんとにウサギなんですか?」


 先輩と一ノ瀬も動かなくなったウサギを見て手を合わせている。


「ともかく、持って帰って血抜きをしてしまうぞ」


「その前に、梶浦先輩!やりましたね、イエーイ!]


「お、おう」


 一ノ瀬がハイタッチしてくる。こいつ実はニュータイプなんじゃないのか?


「梶浦、よくやったな」


 坂本先輩もハイタッチしてくれた。あ、いかん何か涙腺緩んだきた。


「おいおい」


「す、すいません。なんかここに至るまでの色んなものがこみあげてきて」


「そうだな、私たちにとって初めて自分で仕留めた獲物だ。間違いなく新しい一歩を踏み出した証だな」


 この1週間たらずでいろんなことが起きすぎた。合宿に出発する前、だれがこんな状況を想像しただろう。

 この山中でとにもかくにも自給自足の生活をすると決めて最初の第一歩だ。

 足元に倒れているウサギ。僕たちの最初の獲物。

 とにかくなんとか頑張っていこう。


 先輩は器用なもので、一ノ瀬が持っていた木の棒とロープを使って、手早くウサギを吊るしてしまう。どこでロープのくくり方なんか覚えたのやら。

 出発するときはこんな大荷物必要なんだろうかとも思ったが、意外な大物が狩れてしまった。


「さあ、戻るぞ」


 先輩と一ノ瀬がウサギが吊るされた木の棒の両端を担いで山を下り始める。僕は何か役割分担がやっぱり間違っているような気がしつつもついていく。


「・・・先輩」


「なんだ?」


「僕の魔法のこと、みんなに言ったほうがいいと思うんですが・・・」


 みんなにはまだ僕の能力のことは言っていない。一ノ瀬の能力も。

 先輩が告白したあと、周りのみんなの先輩を見る目は変わった。気味悪がられて距離を置かれているような感じだった。


「ここに残って、一緒に生活していく仲間になるわけじゃないですか。しかも、狩りとか割と重要な部分に係りますよね。なんかそれを黙ってるってのはなんか、他のみんなを騙してるみたいで・・・」


「・・・そうだな。少年がそう思うなら私はかまわんぞ」


 先輩が言葉ほどは気乗りしていないのは、口ぶりから伝わってくる。

 周りのみんなの目が気にならないといえばウソになる。それでも、一緒に生活していく仲間に隠し事をしているのも気が引けるし、先輩だけをさらし者にしているのも自分が卑怯者のようで嫌だ。


「カジ先輩は優しいですね。それより早く帰ってウサギちゃんの料理しましょうよ。昔から歌にもなってるじゃないですか。ウサギ美味しかの山って。たのしみー」


「「違うと思うぞ・・・」」


 僕と先輩の声は完全にハモっていた。





 キャンプ場に戻った僕たち3人を待ってたのはみんなの歓声と拍手だった。英雄の凱旋みたいな扱いだ。

 食料B班と薪班もお昼に戻ってきているみたいだった。


「ほんまにやるとはな」


「お肉ー」


 女性陣からウサギ可哀そうとか言われるかとちょっと身構えていたが、幸いそういう反応はなかった。


「さて、解体なんだがちょっと力仕事になりそうなんで、これは誰か男性陣に手伝ってもらいたいんだが」


「坂本先輩たちは狩りに集中してください。解体は生活班でやりますよ。ウサギ可哀そうですけど、生きていくためですからね」


 鶴崎先輩が名乗り出てくれた。しかし、坂本先輩の中で僕は男性カテゴリに入っていないんじゃないかと心配になってくる。この間の一件も犬とじゃれ合った程度の扱いなんだろうか


「そうしてくれると助かるよ。なにせ技術も知識もない上に道具もあり合わせだからな」


「坂本先輩、俺やってみてもいいですか?ちょっと興味あるので。ツル、いい?」


「おっけー、じゃ、解体はジョニー中心でいくか。そういや、実習で解剖もあるんだっけ?」


 珍しく田端先輩が立候補してる。坂本先輩も一瞬えっ?っていう顔をしていた。


「そ、これなら俺も役に立てそうだしな」


 そっか、そういや田端先輩、農学部だっけ。僕もリアルで役に立つ学部に行っとけばよかった。


「しくじっても構わんぞ。どうせ、みんな未経験だ」


「せやせや。しかし、でかいウサギやな。ほんまにウサギなんか?」


「たしかに大きいですね。見た目はノウサギっぽいですけど、ノウサギの大きさじゃないですよ」


 ウサギの状態を確認する田端先輩の目つき手つきがプロっぽい。専攻まではしらないけど、自分の専門分野なのかいつもより生き生きしてる。


「こんな大きなウサギ、よく仕留めましたね。すごい綺麗な切り口ですよ。これ坂本先輩がやったんですか?」


「ん?ああ。鉈をこう構えてだな。ずばっと」


 逆手に持った鉈を水平に動かして見せる先輩。どこぞの暗殺者か忍者が敵の喉をかききるモーションにしか見えない。それでウサギは狩れないと思います。


「・・・・」


 冗談にも聞こえず、事実にしては無理のありすぎる説明に場がしらけていく。先輩は普段冗談とか言わないから、誰も真に受けてくれていない。


「え、えーっと、僕がやりました」


 えーい、どうとでもなれ。沈黙がつらすぎる。


「・・・・」


 すっごい、覚悟して白状したのに、誰も相手にしてくれない。


「だから、僕がやりました」


 やはり誰も相手にしてくれない。


「坂本、すまんが説明してくれへん?」


 さすがに赤松先輩も不信感を抱いたようだ。


「あー、わかったわかった」


 頭をかきながら、やっぱり面倒なことになったと睨まれる。


「昨日、私の不思議な力については説明したな。ほかの部員の能力については各自の意志で自己申告とも」


 いつの間にかみんな集まってきて、先輩の話に耳を傾けていた。


「で、カジについては本人が了解していたので私が話すがいいんだな?」


 うなずく僕。説明もたぶん僕より先輩のほうがうまい。


「結論から言おう。カジは魔法が使える。あのウサギはカジの魔法で仕留めた。以上」


「「「「「「「「「「「「「はぁ!?」」」」」」」」」」」」」


 説明・・・。


「論より証拠だ。カジ、あの岩に向かってファイアーボールを撃ってみせろ」


 先輩が刺したのは広場の山側に面したところにある50cmほどの岩だった。あれなら外しても、まわりに被害がでなさそうだ。でも外したら、あとで説教されそうだな。


「はい」


 立ち上がって、大きく深呼吸をする。昨日さんざん練習したけど、使用禁止になったやつだ。風系の魔法よりも見た目にわかりやすい分説得力があるだろう。

 みんなきょとんとしてる。いきなりあいつは魔法が使えると言われたら誰だってそういう顔をするあろう。

 見てろよ。オレサマの実力を見せてやるZE!と思える人がうらやましい。みんなの視線が集中して無茶苦茶緊張する。でもちょっとだけ見栄えを意識して岩に向けて、腕を降り出す。


「火の精霊よ。力を貸したまえ。火よ火よ、渦巻き、燃え上がれ。炎よ立ち昇れ。ほとばしる灼熱の息吹よ、その業火ですべてを灰とかせ。ファイアー!」


 僕の指先から一筋の炎が走り、10mほど先にある大きな石にあたると、焦げ跡を残して飛び散った。実はこれは威力を抑えるのに散々苦労したやつだ。火系の魔法は少しでも気を抜くと威力、範囲が大きくなって制御が大変だったのだ。練習に使ったここから少し離れたところにある岩場はなかなかひどい事になっている。


「・・・すげー」


「リアル精霊使い降臨」


「・・・かっこいい」


「メラじゃだめなの?」


「エレメンタラー・・・爆誕」


 目の前で魔法を使って見せた僕に対するみんなの反応は目を白黒させながらもすぐにそのまなざしは意外にも憧れに満ちたものが多かった。

 一方、自分の時とあまりに違う反応に憮然とした表情を隠しもしない坂本先輩。


「どうして私の時は化け物でも見るような扱いで、カジだとみんなうらやましがるのだ?」


「そ、そりゃ、効果が見た目に分かりやすいからじゃないですか?」


「漫研部員から精霊使いにクラスチェンジか」


「ね、ね、他にもどんなのできるの?」


 好意的な反応にほっとしていたら、秋山先輩が僕を睨みつけていた。


「梶浦!そんな大事なことどうして隠してたんだよ!」


「隠してたって言われても・・・どうにか使えるようになったの昨日の夕方ですよ?」


「それなら、昨日の夜に教えてくれればいいだろう!坂本先輩もずるいですよ。梶浦にそんな力があるのを知ってたから、自分の班に取り込んだんだ」


「そうだ。私とカジの能力があれば食料調達が可能だと踏んだから、それに賭けたまでだ。食料が手に入るかどうかは我々にとって文字通り死活問題だからな。私としてはカジの能力はまだまだ安定していないから、もうしばらく黙っておきたかったくらいだよ」


「開き直るんですか?汚いですよ。自分さえよければいいんですか!?」


 あの様子だとまだ多数決が坂本先輩のせいで残留に決まったと根に持っているっぽい。


「いらぬ期待をさせておいて、失望させたくはなかったからな。大体自分さえよければと言われても、私に何かメリットがあるのか?この運命共同体の中で食料を効率よく調達するのが目的であって、私個人の懐が潤うわけじゃないからな。」


「梶浦を俺の班にください。その方が女二人とのパーティよりも効率よく狩りができます」


 たぶん、秋山先輩の中での僕の位置づけはレアドロップのマジックウェポンとかそういう扱いなんだろうなぁ。他人が持っているのを見て欲しがっているだけにしか見えない。


「その根拠は?」


「うちの班は男ばかりなのでガンガンいけます。これに梶浦の火力が加われば、確実に獲物を狩れます。梶浦の能力をもっと生かせます」


 秋山先輩、ゲームか何かと混同してないか。しかもサラッと女性蔑視発言混じってる。

 同じB班の野村と大林は困ったように顔を見合わせている。


「梶浦だってそう思うだろう」


「無理です」


「は!?」


「無・理・で・す。今日も坂本先輩が見つけてくれた獲物を仕留めただけです。秋山先輩、前衛職だけじゃ狩りは無理ですよ」


 秋山先輩はLFOでも火力一辺倒の脳筋パーティ好きだった。回復職や支援職がいなくて全滅した回数は数えきれない。パーティバランスの悪さを何度指摘しても聞く耳を持ってくれなかった。


「お前、俺の味方じゃなかったのかよ」


 今回はゲームの話じゃないし、自分含めて他の人の命もかかっているという自覚はあるので、秋山先輩のわがままには付き合えない。


「味方って。部全体での食料確保が目的なんだから、それでいいじゃないですか」


「赤松先輩!坂本先輩の横暴を許してていいんですか?」


「ええんちゃう?今日は坂本のA班はウサギを狩ってきた。お前がいうほどの問題もないやろ」


 秋山先輩は孤立無援だった。


「今日はもう休ませてもらいます!」


 絵に描いたようにプンスカしながら秋山先輩がコテージに引き上げていく。


「話の腰が折れたな」


 坂本先輩が頭をかきながら、丸太椅子に腰かける。みんなも丸太椅子に車座になり、あらためて先輩が確認するように全員を見渡す。


「さっき見た通り、カジは魔法が使えるようになった。そのきっかけについては先日の不思議な現象だろう。あの電気を使うものが一切使えなくなったところにさかのぼる。私の場合、不思議な能力が目覚めた。視覚能力の拡張とでもいうような能力がな。それは昨日言った通りだ。さらに見えるようになったものもある。この世のあらゆるものに精霊が宿っている様子だ」


「精霊・・・?」


 平然と聞いているのは僕と一ノ瀬くらいで、先輩の突拍子もないみんな面食らっているようだ。


「そうだ。厳密には私たちの言葉では精霊としか言い表せないような存在だと思ってくれていい。いまこの周りにも大勢、大勢という表現が正しいかどうかはさておき、数えきれないほどの精霊がいる」


「うさん臭い新興宗教の教祖みたいですね」


「うん」


 隣の一ノ瀬が耳打ちしてくる。息が耳に当たってドキッとするんですが。


「ワイらにも見えるんか?」


「ああ、空を舞う風の精霊。木々に息づく木の精霊。大地の豊かさを支える地の精霊。そういった存在を信じて目を凝らせば見えるはずだ」


 最弱の四天王改め、精霊教の教祖様のお言葉に従ってみんなあちこち視線を動かし始める。


「うぉっ、ほんまや・・・」


「え、うそ、すごい!」


「どこどこどこ?」


 見えたものがあちこち驚きの声を上げ、まだ見えないものに教えたり、目を奪われていた。

 初めて見ると絶対驚くよな。半透明のような精霊が飛び交う様子はそんじょそこらのCGよりはるかに幻想的だし、再現できるものではない。


「さて、そろそろいいかな?」


 みんなが精霊に見とれる様子を5分ほども眺めて、先輩が声をかける。


「ちょっと坂本先輩。私には何も見えませんし、これ以上気持ち悪い話題やめてください」


 三島先輩だけ見えないのか。ものすごく嫌そうにしている。それともオカルト系苦手なのか?


「そうは言っても私としては情報を共有しているだけのつもりだんだがな。すまんがどうしても聞きたくなければ席を外してくれてかまわん」


 しぶしぶそのまま席に残る三島先輩。


「つづけるぞ。カジはこの精霊の力を借りることで魔法が使えるようになった。私の見る限りここにいるメンバーの中でカジが精霊との相性が抜群に高い。精霊のほうでカジのほうにどんどん集まってくる。それが私には見えたから、カジなら魔法が使えるんじゃないかと思った。それに賭けてみたわけだ。要約するとそんなとこだ」


 みんなの視線が僕に集まる。なんか照れ臭いね。


「梶浦先輩、・・・俺にもできないでしょうか?」


「私も魔法使いになりたいです!」


 1年生の槇原と本田は僕に向かって目を輝かせてなんか妙な盛り上がりを見せている。どう答えていいものやら見当もつかず、先輩に助けを求める。


「やれやれ・・・。結論だけ言うと、魔法は程度の差はあれ、ほとんどの者が使えると思われる。ちなみに私も一ノ瀬も練習する時間がなかったこともあってまだ使えない。ただ、カジの適正は私が見た限り別格だ。人間が徒歩で新幹線と42.195kmを競争するようなもんだ。それくらい精霊の集まり方に差がある」


 そんなに違うんだ・・・。


「ただし、比べる対象を我々にした場合だ。下山してみてカジレベルの人間がゴロゴロいるという可能性は否定しきれん」


「なるほど」


「あくまで、サンプル数の少ないここにいる部員の中での比較に過ぎない。さらに言えば適正の傾向が私のように魔法ではなく別方向に--私の場合知覚、観察能力の拡大とでも言おうか、発生している可能性もある。今の判断とて、能力が拡大された結果、精霊の動きからカジの適正が分かったにすぎない。ゲームに例えると、カジのジョブは精霊使いで、魔法に対する適正はみんなの中で一番高いが、まだレベルは1か、2といったところ。私はなんだろうな?占い師、せいぜい偵察役?そんなジョブがあるのかどうかしらんが。まだまだこれから練習して、使いこなしていく必要があるということだ。そして、他のみんなもカジほどの適正はなくとも努力次第で使うことは可能だろう。と、思う。以上、状況証拠に推測、予測、願望を積み上げたような説明だからな。わたしは神でも、ゲームマスターでもない。間違っていても文句いうなよ」


 みんなが僕のほうをジロジロと見つめてくる。


「うん、確かにカジの周りの精霊が多いような気がする。」


「だな」


 おい、野村、黒沢、僕を拝むんじゃない。


「ここまで説明しておいていまさらだが、レベリング、スキルアップの方法も何が正解なのか、そもそも正解があるのかすらわからん。そこは各自で探っていってくれ」


「そんな無責任な」


 三島先輩が文句を言う。


「だから、現状見えている範囲のものに推測と願望を加えて説明しているだけだと言ったろう。やってみなければわからないことだらけなんだ。参考にするのはかまわんが、当てにされても困るぞ。いい機会だから言っておくが、はっきり言おう。私は自分の発言に対して責任は取らない」


「最上級生が責任取らなくてどうするんですか!」


 三島先輩の口調はずいぶんきつく、批判的だ。いつもは明るく部内のムードメーカー的なところがあるけど、納得できなければ上級生だろうがなんだろうが論戦を吹っ掛けることがある。


「では聞こう。どう責任をとればいい?腹でも切れば納得するのか?」


「っ・・・」


 この状況下だと責任って、どう取れるんだろうか?三島先輩も反論に詰まっている。


「しつこいようだが私は私の見聞きしたものに自分の判断、推測を加えて説明しているだけだ。これに責任を持てと言われても、保証のしようがない。私が誰かに保証してもらいたいくらいだ。食料の確保など多少の目途は経ったが、この先長引けば長引くほど状況が悪くなることには変わりない。私も自分が生き延びるために、みんなが生き延びるために善かれと思う行動は取るつもりだ。見捨てるつもりはない。だが私を信じてうまくいかなかったからと言われても責任は取れない。私を信じるという選択をした自分自身を責めろ。自分の責任で自分の判断で自分が生き延びる方法を考えろ。批判していても何一つ変わらんぞ。すまん、ツル。言いたい放題言ってしまった」


「いえおっしゃる通りなのでかまわないです。誰も責任の取りようがないのは事実ですから」


「坂本の言うことは間違ってへんとは思うが、ちょっと極論すぎや。・・・チャッキー、すまんがアッキー呼んできてくれへん?ええ機会やから、もう一度この先についてとことん話そやないか」


「はい」


 赤松先輩に言われて黒沢がコテージへ走っていく。あの二人はコテージでも同室だ。

 二人が戻ってくるまで結局誰も一言も口を開かなかった。みんなそれぞれに思うところがあるのだろう。


 秋山先輩もさっき座っていた椅子の腰掛けるが、憮然とした表情は相変わらずだ。


「すまへんなアッキー。さっき坂本がええこと言うたんでな。坂本が言った私は責任は取らない、と言うことについてや」


 秋山先輩は何か言いたげにしている。


「責任。ワイも取れへん。当然、ツルも、川本も。幹部会の誰も責任取れへんし、取りようがないんや。合宿で四国の山奥まで来て、こないなことになった。ごめんなさいとは言えるけど、それだけや。どうしようもあらへん。さっきおらんかったアッキーのために言うが、ワイらの置かれている状況は長引けば長引くほど悪くなる。たぶん、それはここにおっても下山してもや。電気が使えなくなっただけやったらええけど、精霊や魔法何てもんがある世の中になってもうたら、世界中大パニックやで。まさかこれがこの山の中だけで、下山したら以前のままでしたなんて今更だれも思うてないやろな」


 赤松先輩がぐるりと見回し、特に秋山先輩で一瞬止まる。秋山先輩、また余計なこと言わなきゃいいんだけど。


「残留か下山の決を取ったばかりやけど、次から次へと新しい判断材料も増えてきとる。まだまだ知らん事、分からん事が多すぎるんや。もう一度全員の意見を聞かなあかんと思う。坂本、今お前が気づいとることはさっきので全部か?」


 全部吐けとばかりに坂本先輩を睨む。


「魔法の話か?。あらかじめ言っておく。ここまでもそうだが、このあとの私の発言の語尾にもすべて『思われる』が付く。面倒だから省略するが、各自で補完してくれ。先ほどの話とかぶるがあくまで推測だ。責任は持てない。どう受け止めようと勝手だが、自己責任でやってくれ。繰り返すが責任は持てない」


 大事なことなんですね。

 みんな神妙な面持ちだ。


「魔法についてだが、魔法は精霊の力を借りて行う。精霊にこうして欲しいとお願いして、その力を借りて実現される。お願いの結果が魔法だ。お願いは精霊と私たちの心、魂の繋がりのようなものを通じて行われる。さっき、カジは呪文のようなものを唱えたが、口にしなくても心で思うだけで精霊にお願いが通じれば実行されるだろう。カジが呪文を唱えたのは、精霊へのお願いを伝えるにあたってより明確な注文内容を伝えるためだ。火を出してほしいと思っても精霊にどんな火が必要なのかがはっきりと伝わらなければ、魔法の効果もはっきりしない。いわゆる5W2Hみたいなもんだ。いつ、どこで、だれが、何を、どのように、いくらで、どうやって。さらに想いのようなものも必要だろう。精霊に対しての熱意というか、どうしてもこうして欲しい、というような情熱だな」


 みんなどこまで理解、納得しているのだろう?隣の人と先輩の話す内容について小声で相談したりしている人もいる。

 落ち着いているのは話の内容を知っていた僕と一ノ瀬だけだ。坂本先輩はいつの間にかデイバッグから水筒を取り出し、喉を潤している。


「つづけるぞ。呪文もよくあるラノベやマンガのような定型句でなくてもいい。スペルを一文字間違えたからといって発動しないようなことはない。あくまでもお願いだからだ。お茶をください。おーいお茶。お茶を一杯いただけませんか。字面は異なっても意味は同じだ。この場合相手にお茶が欲しいという意図が伝わればいい。ただし、人間でも丁寧語と命令形で受ける印象が違うように、精霊の方でも受け止め方が違うようだな。昨日の訓練を通じての私の理解はそんなところだ」


「ふむ、なんとなくですけど、いろいろ腑に落ちた気がします」


 鶴崎先輩が腕組みをしてうなずく。声も低いから、どんと構えられると安心感があっていい」


「答えがあるかどうかすらわからん未知の研究対象に挑んでいくようなもんやな」


「面白いんじゃないですか?俺は嫌いじゃないですよ」


「赤松も田端も前向きに受け止めてくれて助かるよ。当面は空き時間でトライアンドエラーを繰り返して検証を重ねていくことになるだろうな」


「カジはいきなり、魔法を使いこなせたんですか?」


「まさか。最初は暴発の連発だったぞ」


 一ノ瀬もうんうんとうなずく。その節は大変ご迷惑をおかけいたしました。


「練習でも大変だったんですか?」


「ああ、林道を進んだ先に広いガレ場があるんだが、そこでな。あそこなら迷惑が掛からないからちょうどよかったよ。最初はこぶし大の火の玉を出せと言ったら、10mくらいの火球を出されてな。焦ったよ」


 みんなの僕を見る視線が痛い。


「いや、小さいのを出すのってものすごく難しいんですよ。何ていうんです。精霊の力って小さく自分の思う通りの量と形で実現するのって大変で。勢いよくダムから流れ出る水からコップ一杯汲むような感じ?ともかく、どばっと無制限に開放するほうがはるかに楽なんです」


 とても説明しにくい。が、坂本先輩は神妙にうなずいてくれている。


「魔法を使う時は、自分の中、心で感じるというか。まず周りの精霊の気配を感じるわけです。周りに精霊が多いほうが魔法を使うのも簡単です。水の精霊がいないところで水の魔法を使うのはちょっと難しくなります。ラノベやマンガの定番の自然に存在する精霊の力を借りるって解釈であってると思います。自分の内面と精霊の存在の繋がりを感じて、その繋がりを頼りに僕はこういう魔法を使いたいって気持ち、イメージを伝えます。言葉に出さなくても、使えますけど、言葉に出した方がより思い通りの結果になることが多いです。伝え方を間違えるととんでもない効果が現れることがあります。」


 僕が自分で感じていることは伝えた。あとはみんながどう受け止めるかはみんなの問題だ。僕のやり方や感じ方が正しいのかどうかもわからないのだし。


「あとは私からのお願いだが、魔法の練習についてだ。各自で練習するのはかまわないが、一人では絶対行わないこと。使う場合20m以上の安全距離を保ったうえで誰かが見守ること。練習はさっき言ったガレ場で行うこと。特に火、雷系の効果を得るような魔法は要注意だな。あと何より大事なことは、安全も命の保証もないのでご注意ください、だ」


「カジに使わせておいて今更何言うとんねん」


 赤松先輩が突っ込むと坂本先輩は苦虫をかみつぶしたような顔になっていた。


「はっきり言おう、私の最初の判断は軽率だった上に間違っていた」


 えっ?

 みんなも、えっ?って顔してる。その話は僕も一ノ瀬も聞いていない。


「さっきも言ったが、はじめて精霊が見えるようになった時、カジと精霊との相性は非常にいいように見えた。そして軽い気持ちで魔法も使えるんじゃないかとカジに言ってしまったし、実際に使わせてしまった。私はそのとき思ったよ。カジの力を借りれば、食料調達も可能なのではないか、この訳の分からない状況で生き残っていくための武器になる、とな。そして昨日の午後ガレ場で練習をしたわけだ。まずそこで直後に後悔したよ。この力は本当に制御できるのか、と。それでもカジの努力もあって半日でどうにかこうにか形にはなって一安心はした。カジの力が希望の光に見えていたから、私も必死だったしな」


 また水筒の水を口に含む先輩。


「その時、私は魔法を使いこなせるようになってもらうのに頭がいっぱいで、精霊の力が使用者の肉体や、精神にどういった影響を与えるかという可能性をまるで考慮していなかった。ましてやその力が暴走したときのリスクにも思い至っていなかった。昨日の夜になってそれに気が付いた時は血の気が引いた」


 先輩、そんなことまで心配してくれてたんだ。


「でも、その力に頼らざるを得ないと自分では結論をだしてしまった。カジ、すまなかった。軽蔑してくれてかまわん」


 先輩が深々と僕に向かって頭を下げる。


「坂本先輩、カジ君を使い捨ての道具か何かとでも思ってるんですか!?」


 三島先輩がまた先輩に突っかかる。先輩は頭を下げたまま反論しない。秋山先輩といい、三島先輩といいなんでこうも坂本先輩に突っかかるのか。


「いや、僕は気にしてないから大丈夫です」


「でも、ひどすぎるわよ!人としてどうかと思います」


 三島先輩は僕のためを思って言っているというよりも、純粋に道理に合わないことをしたから批判してる印象だ。批判のための批判。三島先輩のこういう気が強くて理屈にうるさいところがやはり苦手だ。悪く言うとマウンティングを取りに行こうとしているようにも見える。

 三島先輩はこういう気難しいところもあって一部の上級生を除いて人望がなかったため、役付きになれなかったと聞いている。


「先輩頭を上げてください。大丈夫です。全然気にしていないですから。あと、三島先輩。先輩は先輩で一生懸命みんなのことを考えてやってくれてると思います。完全無欠の人間なんていないんだから、見落としも当然あると思います」


 今度は三島先輩が僕を睨みつける。

 悪いことしてないはずなのに、なんで上級生からこんな扱いうけなきゃいけないんだ?


「カジもええこと言うやんけ」


 ようやく三島先輩は黙ってくれたが、不承不承というのが丸わかりだ。


「茶化さないでくださいよ。実際、魔法を使う分には負担は全然感じてないですし。負担があるとすればあの呪文の内容がメンタルにダメージを与えることで・・・」


 早く、無詠唱スキルを覚えたいよ。あるのなら。


「だから狩りで僕の力が役にたつならこき使ってください。役に立つならうれしいですし、食料なくなればどうせ死んじゃうじゃないですか。なので本当に気にしてないです。僕もできる限りのことは頑張ります。けど、力が及ばなかったらごめんなさい」


 ゲームだとMP消耗しても回復することがほとんどだよな。超常的な力を使うと命を削っていったり、次第に人間性を失っていくようなマンガもあった。

 後者の場合は嫌だけど、でも食べ物なくなるとどのみちそれでゲームオーバー。少なくとも今のところは何の違和感も感じない。


「そこのリスクの検証はできてへんっちゅうわけか・・・」


「魔法のリスクか。食料調達にあたっては非常に便利だが、どこまでデメリットが隠されているかだな」


 赤松先輩も鶴崎先輩も腕組みをして考え込んでいる。


「罠とか、他の方法で狩りをするというのは?」


 田端先輩は普段のミーティングでの発言は少ないけど、こういう話題には興味があるらしい。


「それができれば、いいんだが。問題が二つあってな。まず一つは技術も経験もない。今日やったのは、私が見つけて、カジの魔法で仕留める。アウトレンジから隠れている場所が丸見えになったところを、散弾銃以上の威力と範囲で魔法をぶちかます。真面目なハンターからしてみたらチート以外の何物でもない方法だ。次に二つ目。こっちがより問題なんだが、このウサギ、でかくないか。でかすぎないか?」


 さっきから血抜きで釣ったままのウサギを先輩は指さした。たしかにでかい、柴犬の成犬くらいの大きさがある。


「自然や動物にも、精霊の影響が及んでいるとでも?」


 田端先輩の指摘に坂本先輩は空を仰いだ。


「その可能性があるということだ。ウサギでこれなら、鹿や、イノシシ、熊がどうなってるのやら」


 ツーピースに出てくる人鹿や、ばけもの姫の巨大イノシシ、古典マンガに出てくるアカカブトが頭をよぎったが、軽口をたたける雰囲気ではない。


「前途多難やな」


「と、いうわけだ。基本的に私は悲観論者だ。私の話している内容よりひどい結果はそれほどないと思う。さて、私の知っていることと推測はだいたいこんなところだ」


「ツル、ワイ思うんやけどな。下山か残留決めるのもっかいやったほうがええ思うんや。多数決やなくて、各自の判断で、一人でも二人でも下山したいんやったらしたらええ。自分で責任もって行動したほうがええと思う。多数決で負けていやいや従わせるのは酷すぎるで」


「そうですね、多数決にしたのは間違いでしたね。よかれと思ってましたが、責任取る振りしてかえって無責任なことをしてました」


 赤松先輩と坂本先輩が大きくうなずいている。

 こんな状況になって多数決に負けて死んだら恨んで出てきたくなるかもしれない。もしかして死んだら魂がその辺漂ったりするのか?


「さ、すまんけど仕切り直しや。今度はどうするか、自分の意志で、自分の責任で決めてくれ。誰もケツは拭いてくれへんで。掛かってるのは誰でもない自分の命やからな」


「下山したい者はもう引き止めません。残りたい人は残ってください。下山を希望する人には出発時に食料は均等に分けますが、それ以上の期待はしないでください。先輩後輩、男女の差もなく、できるかぎり平等にします」


「また一斉に挙手でやるのか?」


「いえ、上級生から順番で一人ずつ発表する形にしようかと。その方が下級生も考えられる余裕ができるでしょうから」


 赤松先輩と坂本先輩がうなずいた。


「ではまず私の意志を言わせてもらおう」


 坂本先輩が立ち上がり、みんなが注目する。

 坂本先輩はどうするつもりだろう?


「私はカジの選択に従うつもりだ。自分の責任においてな」


 え?僕?


「で、ホンネはなんや」


「決まっているだろう。私には目はあっても力がない。カジには力がある。生き残るために力のあるものに従う。弱肉強食の世界では当然のことだ」


 一瞬期待して損してしまった。いいとこそんなもんだよな。でもあてにされただけでも良かったと思おう。

 今度はみんなが僕のほうを見ている。上級生から順番じゃなかったの?


「えっと、僕は坂本先輩ほど頭がいいわけでも、視野が広いわけでもないので、どちらを選べと言われても・・・。どうしたらいいのかわからないので、僕が坂本先輩の判断に従います!その判断を支えます。その結果死んじゃったとしても、文句は言いません」


「カジ、死んだら生き残った者に余計な荷物を背負わせることになるぞ」


 おっと、怒られてしまった。


「がんばります」


 なかなか難しいな。


「ま、お前ら二人はえーわ。どうせそんなもんやと思うとったしな」


 赤松先輩の視線がなんか呆れたものを見るような目だ。1年生以外の視線もなんだか生暖かい。


「坂本は具体的にはどうするつもりや」


「さて、判断に従うと言われてもどうするかな。最終目的をどこに置くかだ。大学のある八王子まで帰るのか、それぞれの故郷なり身内がいるところを目指すのか、どこかで定住するのか。目的のための手段を考えろと言われれば考えるが、目的は私一人で決めるもんじゃあない。従うと言った以上はカジの意見を尊重する。他にも同行者が増えればその意見も聞くしな。ただ希望としては私も下山はしたい。が、秋口くらいか?」


「その心は?」


「様子が分からないが、混乱に巻き込まれたくないので、下山するにしても町が落ち着くのを少しでも待ちたい。ここは雪が積もるし越冬するには難易度が高いからその前に下山したい。生活必需品などの物資に余裕があるうちに行動を起こしたい。下山した後の行動ができるように準備をする時間が欲しい。下山のルートを確保する必要がある。などなど、もろもろ合わせて考えて、早ければ1、2週。遅くとも夏の終わりか秋口あたりがリミットだろうな」


 坂本先輩、やっぱりいろいろ考えてるんだな。言われたらわかるけど自分で考えろと言われたら、行き当たりばったりになりそうだ。


「妥当な判断やな」


「坂本先輩の故郷ってどこなんですか?」


「私か、私は生まれは福島だが、震災で身内はみな亡くしたから、どこへ行っても同じだな」


「すいません」


 僕の想像もつかないような苦労があったんだろうな。


「かまわんさ。ただ、災害で理不尽な死にかたをした身内のためにも、残された私としては生きることを簡単に諦めたくないだけだ」


 最後先輩は少し遠い目をしたように見えた。


「わ、私も先輩たちについて行ってもいいですか。足手まといにならないよう頑張ります」


 一ノ瀬だ。


「僕はかまわないよ」


「私も大歓迎だ」


 なんとなくそうなるような気はしていた。3人で一緒に行動した時間はまだ短いけど、一緒にいてフィーリングが合うというか違和感がなかった。


「食料調達A班は元通りだ」


「そのようやな。ワイも坂本達の判断を支持する。当面は行動を一緒にさせてもらいたい」


 赤松先輩。


「俺と川本もいいですか?」


 鶴崎先輩と川本先輩。この二人もやっぱり一緒にいるんだ。


「おなじく、坂本先輩とカジに同行させてほしいです」


 黒沢もついてきてくれるらしい。


「俺も同行させてください。先輩は状況判断が的確だし、運もいい。故郷に戻れなくとも、長生きできそうな気がしますから」


 すこしおどけて田端先輩。


「・・・死亡フラグ」


「確定ですね。倒したはずのイノシシに後ろからやられる奴です」


「うるさいな!一度言ってみたかったんだよ」


 僕は知らないが、何か元ネタがあるようだ。川本先輩と、黒沢が突っ込んでいた。こんな時でもネタに走るとは、オタクとは業の深い生き物だ。


 結局、ここではっきりと意思表明できたのはここまでだった。

 以前下山にこだわっていた秋山先輩をはじめとする下山希望者も、さすがに今の状況を受けて思い直したのか、発言しない。


「今すぐに決めなあかんわけやない。簡単に決められることでもない。考えておいてくれたらええ」


「ともかく、夕食の準備にかかりましょう。今日はカジたちが大物を仕留めてきてくれたんだ。あと何が起きるかわからないから、基本的に2人以上で行動すること」


「ツル、夕食後に限らずだけど、食べ残しの管理を徹底した方がいい。生ごみなんかが残ってると、イノシシや野犬なんかが餌をあさりにきかねない」


 なんか田端先輩が生き生きしてきた気がする。

 言われてみると残飯の始末とか、これまで無頓着なところはあったかもしれない。


「そうだな。みんなに徹底させよう。いいね」


「はーい」


 少しぎこちない雰囲気が残る中、川本先輩が元気に返事をする。いつもほがらかで、周りを明るくする。どちらかというと慎重な坂本先輩とはある意味対照的な感じだ。


「生活班以外は食事まで休んでてください」


 生活班がウサギを管理棟へ持ち込んでいる。田端先輩の提案もあって、管理棟の厨房で解体するつもりのようだった。

 野生の動物が寄ってくることを考えたらその方がいいんだろう。


「カジ、すまんな。負担をかけて」


「いえ、ほんと大丈夫ですよ。なんともないですし」


 坂本先輩と二人、なんとはなしに歩いているといつものあずまやに足が向いていた。

 いつものベンチに坂本先輩と2人で座る。

 気が付くと、日が少し傾き始めている。3時か、4時くらいだろうか。

 普段ならまだまだこれからの時間だが、電気がない以上、日が沈むと明かりがないので、日の出とともに起床、日没と共に就寝しようというルールが昨日のミーティングで決められた。

 魔法で明かりも出せたりするんだろうか。と、ふと思ってしまう。古典的なところだとウィルオーウィスプとかが定番だ。あれって光の精霊だよな。今度こっそり試してみよう。

 先輩はいろいろ心配してくれているが、ほんとに体に不調とか変化は感じないんだよな。

 ちらっと横を見ると先輩は遠くを見ているようだが、ちょっと思いつめてる感じだ。できれば、いつものニヤニヤ笑いのほうが似合っていていいのだが。


「先輩の心配するようなこと何もないですから、大丈夫ですってば」


「そうは言ってもな。君の命を削っているという可能性を考えると無責任なこともできん」


 無用な心配だということがどうにかして証明できればいいんだけど、何も方法がない。


「いいじゃないですか。どうせ人間いつか死ぬんですし」


 と、三国時代の強い人も言ってた。


「それに、何もしなかったらすぐに餓死するだけですよ」


「それはそうだが。生きていくために他人を犠牲にするというのはな」


「先輩が先に死んだら、たぶん僕たちもあとは長くないから大丈夫ですよ」


 僕の頭では先輩ほど先のことは見通せないし、考えられない。行き当たりばったりで行き詰るのが目に浮かぶ。


「逆もそうだろう。私が長生きするためにも君には長生きしてもらわないとな」


「よく考えたら先輩だって、遠見の力使ってるじゃないですか。お互い様じゃないですか」


「それもそうだな」


「一蓮托生ですね」


「文字通りな」


「やっぱりここにいた。せんぱーい、ジュース貰ってきましたよー」


 キャンプ場のほうからコップを3つ抱えた一ノ瀬が小走りに駆け寄ってくる。


「一ノ瀬も含めて運命共同体だな」


「はい」


 ジュースやアルコールも今やすっかり貴重品なのだが大事に取っておいても仕方ないということで、全員に割り当てにして少しずつ消費している。管理棟の厨房のストックがなくなったら、当分どころか二度と拝めないかもしれない。同様に塩はたくさん残っていたが、砂糖はそれほどでもなかったので甘味自体が貴重品になってしまった。戦後の日本もこんな感じだったんだろうか。


「坂本先輩、どうぞ」


「ありがとう」


「カジ先輩も、はいどうぞ」


「ありがとう・・・」


 今日のジュースはオレンジジュースか。もうあと少ししか飲めないと思うと感慨深いものがある。


「カジ先輩、ちょっとそっち詰めてください」


 おいおい。

 強引に僕を押しのけてベンチに腰掛けてくる一ノ瀬。

 三人掛けのベンチで坂本先輩と一ノ瀬に挟まれてサンドイッチ状態の僕。一ノ瀬に座る場所を開けるために腰をずらすと必然的に坂本先輩のほうに密着するようになる。

 ジュースの味が分からない。もったいない。


「坂本先輩、カジ先輩は大丈夫ですよ」


 ぽつりと一ノ瀬がつぶやく。


「坂本先輩が心配してるようなことはないと思いますよ。例によってなんの根拠もないですけど」


「三島先輩はああ見えて真面目ですからね。僕たちがいい加減に見えたんでしょう」


 悪口にはしたくないし、そうとしか表現のしようがない。


「そうだな」


「とにかく僕たちはやれるだけのことをやりましょう。でも無理は禁物の方向で。誰かが誰かの犠牲になることなんかないですよ」


 坂本先輩と一ノ瀬がうなずいて、ジュースに口を付ける。





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