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7月20日(晴れ) 5日目


「はい、ちゅーもーく」


 広場で行われる朝のミーティングの開始を宣言する鶴崎先輩の声にはいつもの元気がない。

 鶴崎先輩だけではない、程度の差はあれ僕を含め部員全員の表情は暗く沈んでいる。

 二日間の間、僕たちの置かれた状況は何一つよくなることはなく、食料品が減っていっただけだった。


 広場には救助を期待して石を並べて書いたSOSの文字が、すみっこには秋山先輩の黒焦げになったモバイルソーラーバッテリーとスマホがむなしく残っている。

 一昨日のミーティングのあと「この事あるを想定して!」とか自信満々にバッグから取り出してスマホにつないだのだが、パネルを太陽光にあてた直後にスマホは爆発した。

 その時の秋山先輩は燃え尽きちまったぜ状態で「機種変してまだ1か月しかたってないのに」とかつぶやきながら、10分近くも放心しつづけていた。

 ソーラーパネルのケーブルからは今も雷の精霊が荒れ狂っている様子が見える。

 何ボルトくらい出てるのかしらないけど、ソーラーパネルには気を付けよう。


「・・・えー、今後についてですが、最悪の状況を想定せざるを得なくなっています。まず、最初にこのような状況に部員のみんなを置いてしまっていることを部長として謝罪いたします。申し訳ありません」


 立ち上がった鶴崎先輩が九〇度に頭をさげ、4年生の二人と、副部長の川本先輩も同じように頭をさげる。


「・・・・」


 広場全体を支配する重苦しい空気が、先行きの見通しの暗さを表している。

 正直、鶴崎先輩に過失があるわけでもないので僕的には謝罪そのものはどうでもいい気がするのだが、責任を持つということはそういうことなのだろうか。少なくとも鶴崎先輩は部長としての責任を感じているということだ。


「・・・今後についてですが、先日の坂本先輩の提案にあった、このキャンプ場への滞在を軸に検討することになるかと思います。他に意見のある方」


 淡々と話す鶴崎先輩に対し、うつ向いたまま秋山先輩が手を上げた。


「・・・下山、したいです」


 下山。このキャンプ場に缶詰な今の状況ではものすごく魅惑的な響きだ。だけど、下山したあとの保証がない。

 期待していた救助はおろか、崩落現場までだれも来なかった。

 立ち番で崩落現場を見ている部員は総じて難しい顔をし、現場のひどさを知らない1年生は秋山先輩を期待の目で見ている。

 何かが起きていることは間違いないのだ。

 だけど、坂本先輩は電気が使えなくなった理由をまだ話していないので、みんなは事態の深刻さを理解しきれていない。


 このキャンプ場から外界へ通じる道は林道しかない。一方は崩落、もう一方はまるで道が分からない。日本最長の林道を名乗るだけあって、どれだけ歩けば国道へ出られるかわからない.その上、地図なしで進むことになる。あとは山側は急峻な岩場だったり、切り立った崖下には流れの早い谷川があったりと道を外れるのは極めて危険だ。またどこかが崩落している可能性もある。

 登山道へ出て、ほかの登山道へバイパスする手もあるが相当距離があったはずだ。こっちの方が登山の案内看板があるだけマシかもしれない。


 秋山先輩は根っからのゲーマー、コンピュータオタクだから、ネットから切り離されたこの環境に我慢ができないんだろうな。その気持ちは理解できる。


「アッキー、リスクを承知の上で言ってるのか?」


 秋山先輩は黙って頷き、鶴崎先輩の表情は苦い。鶴崎先輩としては無用なリスクを避けるため話の流れを滞在に持っていきたそうだが、いきなり秋山先輩の発言がその思惑をぶち壊している。


「・・・このあいだの話でも言うたが、下山して麓の町がこことおんなじ状況になっていた場合、電気、ガス水道、通信、ありとあらゆるライフラインが止まってるはずや。車も電車も飛行機も動かへん・・・」


 赤松先輩が、独り言のように空をみあげながら言う。


「・・・食料なんかあっという間になくなってるやろ。大災害の被災地みたいなもんやぞ。坂本も言うたが、このおかしな現象がどこまで広がってるかが問題なんや、この山の周辺とか狭い範囲ならええ。影響のない地域がなんぼでも被災地を支えられるからな。もしこれが日本全国、世界的な災害やったとしたら・・・。東京まで1000km近く。安全の保証も食料調達の目途もたたんまま歩けるんか?」


 500kmくらいかと思ってたけど、1000kmもあったのか。


「全国に広がってる保証もないじゃないですか。下の町までいけば、いつも通りかもしれない。俺はその可能性にかけます」


 1年生の何人かは身を乗り出すようにして秋山先輩の話を聞いている。秋山先輩の話にすがりたいのはよくわかる。


「・・・」


 進むも地獄、引くも地獄みたいになってきた。

 鶴崎先輩はますます難しい顔をしている。


「・・・ちょっとみんな下を向いて目をつぶってくれないか?とりあえずの希望を知りたいので下山、滞在、保留の三択で挙手して欲しい。あくまで決定ではなく、希望を知りたいだけなので。あ、4年のお二方もお願いしますね。まず、今現在、下山を希望、検討している人、挙手して・・・」


 下を向いて目を閉じてるので誰が手を上げたのかは分からないが、周りの気配からは挙手している人はそれなりにいるようだ。僕が思っているよりも多いのかもしれない。


「・・・・。次に当面、ここに滞在を希望、検討している人」


 僕も手を上げる。


「・・・残りは保留ですね。はい、ありがとうございました」


 保留組もいた、ということのようだ。


「昼頃まで、各自でもう一度よく考えてもらって最終決定のミーティングでもいいですか?」


 ぐるりを見渡す鶴崎先輩。うなずくものもいれば、表情がどんよりと沈み切った1年もいる。


「最終決定というのは多数決でどちらかにするのか?それとも各人の自由意志を尊重にするのか?」


 坂本先輩が、太い腕を組んだままの鶴崎先輩に確認を取る。


「・・・自由意志で、と言いたいんですが、バラバラになるほうがリスクが高いと思います。なので、多数決で決まったほうに従ってください。それと、仲間内で相談するのはかまいませんが、他の人を無理強いして誘うのは絶対やめてください。みんな自分の意志で決めてください。どちらが絶対安全だという保証もできません・・・こんな選択をさせて本当に申し訳ない・・・」


 鶴崎先輩の表情は暗い。

 改めて先行きの厳しさを突き付けられた気分だ。


「では昼頃に集合と言うことで、いったん解散」


 時計が動かなくなって以来、集合時間がこんな表現になってしまっている。

 席をたちコテージへ歩く者、放心して座ったままのもの、様々だった。数人が集まり沈んだ声で話合うグループもいた。

 そんな声を背中に聞きながら僕は席を立つ。


 部内で浮いているというわけでもないが、僕は性格的に人に相談したり頼ったりというのが昔から苦手だ。顔にはすぐ出る癖に、考えてることをしゃべらないとよく言われた。

 一応、秋山先輩と野村はネトゲ仲間でもあるが、突っ込んだ悩み事を言い合えるほどの仲なのかといわれると甚だ怪しい。

 野村や黒沢がどうするのか気にはなるけど、自分から声をかける気にはなれない。

 踏み込んだ人間関係が築けないのは欠点だという自覚はあるけどなかなか治らない。

 坂本先輩の話を聞いてあるていど覚悟はしていたけど、命に係わると言われると改めて思うところはある。

 何せ、下手をするとこの山中で一生を終える可能性すら出てきたのだから。




「梶浦、ちょっといいか?」


 ゆっくり考えようと広場を出るところで、秋山先輩が声をかけてきた。横では野村が僕に向けて手を振っている。


「おい、お前どうするつもりなんだよ?」


 秋山先輩からいきなり直球勝負きました。


「まだ決めかねてますよ。簡単に決められるわけないじゃないですか」


「LFOの新ダンジョン実装、来週開けなんだ。こんなところでトロトロしてたら出遅れちまうぞ」


 LFOというのは『ラスト・ファンタジア・オンライン』というネトゲで、ここにいる3人でユニオン--よくネトゲでギルドとかクランというグループのことをLFOではこう呼ぶ。を作って遊んでいた。

 特に秋山先輩はのめりこんでいて、バイト代のほぼ全額を課金につぎ込んでいるらしい。野村もそこそこはまっていて、ちょうど合宿に来る直前にメインキャラがカンストしたと喜んでいた。


「そりゃそうですけど、新ダンジョン実装と命と比べられませんよ」


「坂本先輩はああいうけど、何も根拠なんかないんだ。想像の積み上げじゃないか」


 いや、根拠はあるけど口止めされてるんです。


「新ダンジョンに合わせて期間限定で強化石のドロップもあるんだ。課金なしで攻撃装備が+6コンプできるチャンスだからな。責任とりたくなくて、リスク回避するばかりの人に従ってこのチャンス逃がせるかよ」


 秋山先輩、ぶれないな。今の状況の打開に真剣に向き合っている人たちへの配慮とかみじんも感じられない。

 野村はと見ると、ちょっと困った表情していた。


「野村もやっぱり下山希望組?」


「LFOのイベはともかくとして、そりゃ帰りたいよ。バイトの予定だって入ってるし」


 そうだよな。みんな予定あるよな。

 坂本先輩が教えてくれた事実を伝えたら、二人の考えも変わるだろうか?


「梶浦だって、帰りたいだろ?」


「そりゃ、まあ。・・・でもちょっと、考えさせてください」


 僕は逃げるようにしてその場をあとにした。

 あの二人に言いたいことはたくさんあるが、言葉が通じても気持ちは通じるとは思えなかった。



 これから先、どうするか。

 自分の中で一応結論は出ている。

 それでも迷いもあるし、やっていけるかどうか不安もある。

 この間、先輩と話をした登山道へと通じる散策コースに足を向けてみる。

 コテージからベンチのあった東屋まで5分ほど。

 歩道脇に生えてる草を見ては、食べられるのかどうか考えてしまう。

 学校の勉強は残念ながらこういう時は役にたたない。もっとキャンプや登山などに親しんでおくべきだったのだろうか?

 田舎育ちだが、実家にいたころからインドア派の部類だった。

 田舎が嫌いというわけでもないが、都会にあこがれていたので田舎の良さからは目を背けていた気がする。

 そもそも、一体だれがこんな状況に備えて生きていくというのか。中二病全開の人間でも想像するだろうか。


「どうするかなぁ」


 ぼーっとベンチに座り、口に出してみるが、選択肢がないのも分かっている。

 ここまでの状況を整理すると、このキャンプ場がまるごとドッキリの舞台でもないかぎり、坂本先輩の最悪の予想が的中する可能性のほうが高い。

 東京までだと1000kmって言ってたな。一日20km歩いたとしても50日。そもそも一日20kmも歩けるかな。

 自分の都合だけなら、実家が岡山なので実はそれほど遠くない。それでも200kmくらいはあるのか?

 黄門様は一日何キロ歩いたのかな。

 本当に電気がなくなっていれば、途中で食料の調達はきびしいだろう。

コンビニやスーパーで気軽に買っている食料品でも災害のたびに店頭から消えたというニュースで見かける。

 だが、ここで山菜を取って、狩りをして生活していくのも想像の地平線の先だ。


 合宿明けに新刊が4冊発売予定だったんだよなぁ。

 予約してたブレードアートオンラインのフィギュアも今月末には届くはずだった。

 録りためてた夏アニメ。ティザーが公開されたばかりの秋アニメ。冬公開のギャルパンの劇場版。もう全部見れないのかなぁ。

 実家のみんな大丈夫かなぁ。

 ツーピースの連載も最後まで読みたかったなぁ。


「はぁ・・・」


 思考のどうどうめぐりで、ため息しか出ない。


「どうするかなぁ」


 いかんいかん、気持ちを切り替えないと。

 目を凝らして、周りを見渡すと精霊たちが飛び交っている様子が見え、心が和む。

 見れば見るほどに、大きさはほとんどおなじでもそれぞれに色、形が異なっているのも分かってくる。

 水、風、大地、木々は無論、草や、石といった自然にあるものすべてに宿り、息づいている。まるで生命の喜びを讃えているかのように。

 CGをいくら駆使しても表現しきれないほどの非現実的な光景だ。

 自然の持つ美しさを再認識させられる。


「・・・きれいだよなぁ」


「せーんぱいっ?」


「うおぅ!?」


 驚いて声のした方向を見ると、いつの間に来たのか一ノ瀬が横から俺の顔をのぞき込んでいた。

 セミロングだけど、活発でちょっとボーイッシュ系の雰囲気の一ノ瀬は、美形で性格も明るく、上級生間の評判も高い。野村や3年の田端先輩や秋山先輩あたりは本気で狙っているようだが、3次元より2次元で過ごしてきた人間の対女性スキルはお察しくださいといったところだ。3人とも意外と行動力はあるが、いつ玉砕するかという話題にはなっても、口説き落とせるかという賭けの対象にはなっていない。


「い、いつの間に」


 何かに夢中になっていると視野が狭くなるって本当なんだな。


「声かけようかどうしようか迷ったんですよ。考え事してたみたいだから、邪魔しちゃ悪いかなぁと思って」


 一ノ瀬はイラストレーター志望で、繊細でキレイな絵を描く。読むほうも好きらしく、マンガの好みの傾向が似通っていることもあって1年の女子の中では一番よく話す機会があった。

 かわいいなとは思うが、縁のある女性という認識もなくそれ以上の感情は持っていない。


「で、きれいって誰ですか?ずいぶんにやけてましたよ」


 聞かれてた・・・。にやけてたかな。

 まさか精霊がとかいうわけにもいかない。

 彼女は普段の会話でも小気味よいポイントをついたトークが身上だ。


「もしかして、坂本先輩?梶浦先輩、仲いいですよね。コテージで同室だからメガネ外したとこ初めてみたけど美人ですよねー。ああいう女性がタイプですか?」

 見当はずれのポイントからまさかのドストライクだが、はいそうですと認めるわけにもいかない。一ノ瀬にばれたら1時間後には部員全員に周知されてしまいそうだ。


「いやいや、違う違う」


 違わないけど違う。


「景色がきれいだなって」


 なんだか今朝から妙な言い訳をする機会が増えている。


「ふーん。ま、いいです。先輩はどうするんですか?さっきの話」


 明らかに納得してないって表情で、座ったままの僕を見下ろす一ノ瀬。

 痛いところへ突っ込んできながらも徹底的にやらないあたり、みんなからの好感度が高い理由だろう。このかわいい顔で手加減なしでやられたら、精神的に立ち直れなくなる部員が続出する。


「残るしかないでしょ。なんの保証もないのに東京まで歩いて帰るとかできっこないからね」


 そう、消去法で選択肢は残されていない。予想されるリスクを取るほどの勇気も根性も僕にはない。東京に残してきたものに未練がないかというはまた別問題だ。岡山の実家まで歩いて帰るのだって、相当な覚悟がいりそうだ。


「坂本先輩の話信じてるんですねー。あ、魚いた」


 一ノ瀬は落ちそうなほど身を乗り出して小川を見つめている。

 無邪気にくるくると動くところが、男心をくすぐる。


「信じてるっていうか、あれだけ不思議なことが立て続けに起きてるから否定できないよ。可能性に賭けて下山する勇気もないし」


 本当の理由は違うが、まだ先輩に口止めされているので一ノ瀬にそれを言うわけにはいかない。


「そっかー、残るんですねー」


 あっけらかんとした一ノ瀬。あまり危機感を感じていないのか、僕みたいに現実感がないだけなのか測りかねる。


「じゃあ、一ノ瀬は下山希望?」


「いえ、私も残ることにします」


「どうして?」


「先輩の意見が聞きたかったんです」


 にっこり笑う一ノ瀬。

 見ているこっちがドキッとさせられる。


「私って結構運が強いほうなんですよ。あと勘がいいっていうのかな?今回は先輩が選んだほうが安全な気がしたんです。なんとなくですけどね。じゃあ私戻りますねー」


 一方的にそういって一ノ瀬は走ると歩くともどっちつかずな速さで広場へ戻っていく。

 その後ろ姿を唖然として見送る僕。

 一体何なんだ。


「モテモテじゃないか少年」


「え゛っ」


 今度は振り返るといつものニヤニヤ笑いの坂本先輩が立っていた。


「一体ど、どこから・・・忍びの術でも使えるんですか」


 再度再度心臓に悪い。でも、今朝のような落ち込んだ表情を見るよりははるかにいい。

「遊歩道を歩く少年を一ノ瀬が追っかけていくように見えたんでな。邪魔しちゃ悪いと思って一応鉢合わせしないように枝道を回ってきた」


「一ノ瀬は残留を選ぶみたいですよ」


「ああ、聞こえていたよ。ところでつかぬ事を聞くが、君の好みの女性のタイプというのはどういうのだ?私ではないらしいが、一ノ瀬か?今年の1年は豊作だからな本田や内藤もなかなか美人だと思うが」


 面白いおもちゃを見つけた先輩のニヤニヤ笑いが最高潮に達している。

「それか川本みたいなおっとりタイプがいいのか?だけど、彼女にはツルがいるからな」

「すいません。もう勘弁してください・・・」

 両手を力なくあげる。無条件降伏以外に選ぶ道はない。粘れば粘るだけひどい目に遭う。この容赦のないあたりが、一ノ瀬との大きな違いだろう。


「君はつくづく面白いな」


 先輩にとってみればそうでしょうとも。


「で、君はどうするんだ?」


 ようやくニヤニヤ笑いを収めた先輩がまじめな表情に戻る。


「聞いてたんじゃないんですか?」


「私に向かって言ってたわけじゃないからな」


「残ります。先輩の話を信じてますから」


 先輩の目を見てきっぱりと口にする。


「それよりも、ミーティングの時にどうしてあいまいな説明ばかりだったんですか?ちゃんと僕の時みたいに具体的に説明すれば・・・」


 この3日間の疑問をぶつけてみる。先輩と二人きりになる機会がなかったので、直接聞けなかったのだ。


「怖いのさ・・・」


 おどけるように、そういって先輩も丸太ベンチに腰を下ろす。


「そう、・・・怖い。前も言ったろう?自分が人間とは思えないって。私はこの先みんなからどう見られるのかが怖いのさ」


「じゃあ、なんで僕に・・?」


 先輩でも戸惑うことがあるんだな。


「少年は優しいからな、それに・・・」


 今度は寂しそうに笑う。はかなげで頼りない。いつものシニカルな態度からは想像できないほどか細い先輩の表情。


「あの日からいきなりいろんなものが見えるようになった。自分を取り囲む状況が一変して、私たちの肉体にも変化が起きたのも見える。精霊の恩恵なのか、部員のみんなも生命の息吹きのようなものが満ち溢れている。おそらくいままでより疲れにくくなったり、体力がついているんじゃないか。ほとんどの者は程度の差はあれ、そう見えた。だがな、君だけは違った」


 先輩の僕を見る瞳は潤いを湛え、わずかだが揺れている。


「君の周りは精霊で満ち溢れていた。キザな表現だが愛されているといっていいほどにな。ほかの部員たちとは比べ物にならない。みんなを1としたら、100どころの差じゃない。それくらいの存在感の差があった」


「僕に?」


 精霊の力。

 そんな力が僕にあるんだろうか。


「そうだ。つまるところ、私はみんなの視線を気にして真実を打ち明ける勇気もない臆病者。そして、年長者としての義務すら放り出して、今この状況でもっとも頼りになるであろう君を抱き込もうとしているどうしようもない卑怯者だということだ。正直言って不安でどうしようもないんだ・・・」


 途中からは声が震えていた。

 こんな弱気な先輩は初めて見る。

 いつも飄々として人を食ったような態度。BLが大好きで、頭が良く、自分の生き方に自身を持った女性。それが僕が憧れる坂本先輩だった。


「・・・先輩」


 衝動的に横を向き、先輩を抱きしめてしまう。

 突然の僕の行動に先輩は身体をこわばらせたのがわかったが、すぐに体の力を抜いて僕のするに任せてくれた。

 先輩の腕もゆっくりと僕の背中に回され、次第にその腕に力がこめられる。

 抱き寄せたその体からは生活の一部ともなっている煙草の香りが漂い僕の鼻腔を刺激するが、不思議と不快なものではなかった。

 自分の心の弱さを吐露して震える先輩はとてもか細く、儚い。


 僕はどうなんだろうか。先輩の言うような力があるとして、この先やっていくことができるんだろうか。

 まだ、放り出されたばかりの新しい環境に対して漠然とした不安しかない。

 分からないことが不安ではあるが、分からないから感じずに済む不安もあるのだろう。

 逆に先輩の場合は、見えて、知ってしまうことによる不安。

 今は嗚咽を漏らし続ける先輩の髪をなで続けることが自分にできる精一杯のことだと思う。


 しばらくの間僕は髪をなで続け、どちらともなく身体を離す。

 さっきまで感じていた体温が遠ざかる。

 かけがえのないものをなくしたような喪失感。

 人肌って気持ちいいものなんだな。

 目の前にはまだ頬にはっきりと涙のあとを残した先輩の顔。

 とっさに僕は再び先輩を引き寄せ、その唇を塞いでいた。

 押し付け合うだけのぎこちないキス。

 やっちゃったと思ったが、今更あとにはひけない。

 再び離れることに名残惜しさを感じ、いつまでも唇を重ね続ける。


「まったく・・・、弱ってる女につけいるとは、思っていた以上に君は下種だな。そもそもこんな年上の燻製女のどこがいいんだ?」


 さっきまでの不安定な表情とは打って変わった落ち着いた穏やかな笑みとともに呆れたように僕を見る。


「わかりません、けど、理屈が必要なんですか?」


 今まで見たことのなかった一面を見れたことで、今まで感じていた先輩に対する憧れの気持ちが自分のなかで少し変わった気がする。


「そういう時はお世辞でももう少し気の利いたセリフを言うもんだぞ」


 苦笑しながら先輩は頭をかいている。


「・・・す、すいません・・・」


「ふふふ、まさか、ファーストキスの相手が君だとはな・・・」


「え゛!?・・・すいません」


「謝るな。我ながら意外だっただけだ。不満なわけじゃない」


 僕の頭に手を乗せ、優しく微笑む先輩。


「それよりそろそろ戻ろうか。おなかもすいたし、さっきから一ノ瀬がこっちを伺ってるぞ」


「!?」


「冗談だ」




 コテージに戻ると食パン、牛乳が僕らの分として用意してあったので、簡単な昼食を済ませる。

 冷蔵庫は使えなくなっていたが、沢の水で冷やしていた牛乳は冷たくて美味しい。確か牛乳は持ってきてたものがそろそろなくなるはずだ。次に牛乳なんていつ飲めるのだろうかと空になったグラスを見つめる。

 牛乳だけではない。この先、文明的な食事がいつまでできるかも怪しい。

 一体ほかのみんなはどちらを選ぶのか。




「では、ミーティングを始めます」


 開会を宣言する鶴崎先輩と、朝と同じように丸太をぶった切っただけの椅子に座って見つめる14対の瞳。


「今後について。朝のミーティングで議題になった下山か、残留かの結論を出したいと思います」


 鶴崎先輩が一人ひとりの表情を確認しながら見渡していく。


「その前にちょっといいか?」


 坂本先輩が手を上げて立ち上がる。


「最終結論を出す前に、判断材料として伝えておきたいことがある。・・・川本ちょっと来てくれるか?」


 川本先輩に何か耳打ちをしている坂本先輩。

 もしかして、ばらすつもりなのかな?


「先日来のおかしな出来事についての異常性をこれから証明する。川本が私に目隠しをする。みんなはランダムに手を上げてほしい。誰が手を上げているかそれを私が当てて見せよう」


 メガネをはずした--どうもレンズは外した伊達眼鏡のようだ、坂本先輩を川本先輩が目隠しし、ゲームが始まる


「今手を上げているのは、ツル、チャッキー、本田・・・・。今赤松が手を上げた・・・、野村が手を上げ・・・かけてやめた」


 すべてをピタリと当てていく。


「と、いうわけだ。どういう理屈かわからんが、あの日から、この訳の分からんことが出来るようになった。マンガ的表現で言えば感覚が覚醒したとでもいうのかな?ある一定の範囲内であれば、目を閉じていても見えてしまう。おそらく、みんな程度の差はあれ体調の変化が出ているんじゃないかと思う。疲れにくくなったとか、力がついたとかな。以前の常識では測れない境遇に置かれてしまっているということだけは理解してほしい」


 みんな唖然としている。そりゃそうだろう。アニメやゲームの世界のような展開なのだから。

 僕の能力も見せたほうが説得力が出るのかと思って、坂本先輩を見ると無言で睨みつけられた。どうもまだ黙ってろといいたいようだ。

 少なくともこれで、無茶なプランに走る人が減ればいいのだが。


「な、なんかのトリックでしょ?タネがあるに決まってる。川本もグルだとか。下山させたくないからってそんなことまでしなくても」


 信じたくないのか秋山先輩が非難めいた声を上げる。よっぽど下山したいらしい。

 下山したい気持ちが強いのはかまわないけど、自分が今後どう思われるかわからないというリスク覚悟で説明した坂本先輩の善意を踏みにじるような発言には上級生であってもイラっとする。僕を説得しようとしたのも、自分がゲームの新ダンジョン実装に間に合わせたいだけだったし。


 基本的に自分本位なんだよなぁ。


「信じる、信じないはみんなの自由だ。私は、伝えておくべきだったと後悔したくないから言っただけだ」


 サラリと言ってのけてしまう。今朝見た不安と迷いが嘘のようだ。

 逆に聞いたみんなは動揺の色が明らかに隠しきれていない。特に1年はブツブツ言ったり、視線があちこちに動いて挙動不審だったりいろいろだ。


「・・・他にも何かそういった自覚症状のある人は・・・?」


「ツル、これはプライバシーに係わることだと思う。自分から話させるべきだろう。話したくなければ黙っていてもいい」


 鶴崎先輩を制止しながら、さりげなくまた睨みつけられ委縮してしまう僕。


「それも、そうですね。この件について他になにか意見のあるやつは?」


「俺はさっきの件は坂本先輩が下山希望者を増やしたくないための手品だと思います。現実的に考えてありえません。それに仮に不思議な現象とやらで体力が増えているのであれば、下山のほうがリスクは少ないでしょう」


 自分の都合をおし隠して、坂本先輩を批判する秋山先輩にますます腹が立つ。

 秋山先輩は世話焼きな一面もあるし、面倒見もよいのだが、本質的には自己中心的だ。人の気持ちや都合よりも自分の都合を優先するし、押し付けてくることが多かった。

 今置かれている状況と、坂本先輩の覚悟みたいなものを少しは思いやったりはしないんだろうか。

 今朝がたの坂本先輩の表情が脳裏をよぎり、やりきれなさと怒りと哀しさいら立ち、ぐちゃぐちゃした感情が僕の中で渦を巻き、どんどんヒートアップしてしまう。

 ・・・やばい!何かがやばい!

 僕と僕が感じる周囲の何かのボルテージが上がっていくのが分かる。感情が僕の体と心から今にも溢れかえりそうな感覚。

 押しとどめることができない。


「そもそもがですね。この状・・」


 本能的に睨みつけていた視線を秋山先輩からはずし、その延長線上にあった大きなブナの木に視点を合わせる。


「みんな、伏せろ!」


 僕の焦点がブナの木に移った瞬間に、坂本先輩が叫び、同時に空気を引き裂く轟音とともに数十メートル先のブナの木になんの前触れもなく雷が落ちた。

 一斉に悲鳴が上がり、みんな頭を抱えて地面に倒れこむ。

 太い幹が裂けて、黒焦げになり晴天の空に向かってぶすぶすと白煙を上げている大木。

 椅子に座ったままなのは、茫然としたままの僕と、やっちまいやがったという表情で額に手を当てながらも睨みつけてくる坂本先輩。

 すいません、文字通りやっちまいました・・・。



 ブナの大木を黒焦げにした落雷は幸いけが人の一人も出さず、それをきっかけにエスカレートしかけた口論は立ち消えてしまった。いろんな意味で衝撃が大きすぎて、みんな気が抜けてしまったってところだろう。

 僕がやらかしてしまったというのは、坂本先輩以外にはばれていないはずだ。たぶん。


 そのあとはたいした意見もでず、採決になった。


「では、下山を希望する人」


 秋山先輩が一番に手を上げ、同じように挙手する人間が続く。

 3年の田端先輩、三島先輩、2年の野村修、1年の大林龍太郎に槇原慎吾。

 合計6人。


「残留を希望する人」


 赤松先輩と坂本先輩が淡々と手を上げ、やらかしてしまったショックからいまだ立ち直り切れていない僕を含めた残りの7人が控えめにと手を上げる。

 なんのことはない。赤松先輩とまだ意思表示をしていない部長以外はそれぞれ昨日の登山のグループ訳とまったく一緒の顔ぶれだ。

 もともと、体力の自信の有無で分けていたので、それが影響したのだろうか。


「ツルはどうすんねん」


「俺も残留を支持します」


 秋山先輩ががっくりとうなだれ、下山を希望した連中は不安そうに顔を見合わせていた。

 残留を希望したのは、4年坂本先輩、赤松先輩、3年が鶴崎先輩、鶴崎先輩の彼女でもある川本先輩。あとは、黒沢壮太、1年の一ノ瀬玲奈、本田夢乃、内藤いちか、そして僕の合計9名だった。


 先ほどの先輩の衝撃的な告白にもかかわらず、下山を希望したのは6名。それが多いのか、少ないかの判断は僕にはつかない。どちらを選んでも簡単な道ではないだろうし、今の僕たちにはあまりにも情報が少なすぎる。





「改めてよろしくお願いします」


 頭を下げる鶴崎先輩に、「よろしくお願いします」と部員全員の声がそろう。

 声のトーンにばらつきが感じられるのは致し方ないだろう。


「さて、どこから手を付けていくか・・・」


 考えることは山積みだ。衣食住、正直どこから手を付けていけばいいのかわからない。


「やっぱり、まずは食べ物でしょ?今の手持ちだと倹約しても1週間もたないよ?」


 川本先輩が口火を切る。


「現地調達っても、山菜とりくらいしか思いつかないわよ・・・。鶴崎君、山菜の見分け方できるの?」


 下山希望だった三島先輩は面白くなさそうだ。


「三島、俺ができると思うか?それに山菜だけで生きていけるのか?」


「聞いた私がバカだった・・・」


 漫研部員にサバイバルのスキルが備わっていないのはあたり前だった。

 いきなり大きな壁が立ちはだかる。


「管理棟に多少は食材があるんやないか?喫茶もやってるくらいやからな」


「たしかにそうですね。ただあったとしても、この人数じゃどれだけもつやら」


 みんなの視線が管理棟に向いた。

 ここの喫茶室は登山客や、林道を目当てにくる四輪駆動車やオフロードバイク乗りで週末は賑わっているらしい。名物は大きなジャガイモののったジビエの鹿肉カレーだとか。残念ながら僕はまだ食べたことがない。


「・・・狩りはどうだ?鹿とか、ウサギとか。イノシシもいるようだしな」


 坂本先輩の発言にこの人何言ってんの?とみんなが目を剥く。

 以前のミーティングでも話題に上がった気がするが、実際にやろうとするとは思っていなかった。


「確か、喫茶室にジビエとか狩りについての入門書みたいな本が置いてあったはずだ。あれを見ればどうにかならないか?ちらっと読んだだけだが、結構詳しく書いてあったぞ」


 素人がロクな道具も知識も持たずに狩りをする。坂本先輩も無鉄砲なことを思いつくもんだ。


「ともかく、食料調達は大事よ。どれくらいここに滞在することになるのかしらないけど・・・」


「・・・できれば、冬は越したくないですね」


 鶴崎先輩の言葉に全員がうなずく。

 管理棟の喫茶室には銀世界のコテージや山々の風景写真がたくさん飾ってあった。

 文明の恩恵に頭の先までどっぷり浸かって生きてきた僕たちが、知識も装備もたいした貯えもなく冬山で一冬を越すというのは無理ゲーにもほどがある。


「食料が集められへんかったら、冬が来る前にワイら餓死するで?」


 シュールな想像に身震いしてしまう。みんなの間にもどんよりとした空気が漂っている。


「ともかく、狩りは言い出しっぺの私がやってみよう。自信はあまりないがな」


「わかりました。けど大丈夫なんですか?」


「さて・・・な」


 鶴崎先輩は不安そうだが、坂本先輩はいつもの飄々とした受け答えでつかみどころがない。口にするほど、自信がないというわけではなさそうだが、いったいどうするつもりなのか。


「食べ物を調理するのに火はどうするの?ガス使えないよ?」


「薪拾いでもするか。原始的だが、薪で炒め物くらいならできるだろ?」


「!」


 鶴崎先輩の何気ない一言に何人かが息を飲んだ。

 薪を使う!

 ガスが使えないので孤立して以来煮炊きができず、僕たちは火を使わず食べられるものだけを食べていた。BBQ棟はあったが、それはBBQのための設備という先入観があり、普段の調理に使うという発想が僕たちにはなかった。

 BBQはインドア活動をメインとする僕たちにとって、年に一度の合宿の際に行う神聖な一大イベントだった。


「なんて盲点だ。天啓といってもいい」


 力なく坂本先輩が笑っている。抜け目のなさそうな坂本先輩でも見落とすことがあるらしい。


「まずは食料と燃料の確保か。それで多少は目途がつくな。ここにいる限り水に悩まされないだけありがたいな」


 坂本先輩の言う通り、キャンプ場のすぐ近くを沢が流れているし、水道も山水を直接引いているので、水の心配がないのは本当にありがたい。


「そうだ!、今思い出したけど、管理棟の裏に薪がつんでありましたよ」


「チャッキー!なんでそれを先に言わへんのや!」


 赤松先輩が黒沢にげんこつを落としている。このやりとりは部室では見慣れた光景なので、2年以上の部員はスルーしている。


「赤松さん、まぁそれくらいで」


 わざとらしく鳴きまねをしている黒沢を鶴崎先輩がかばう。元々黒沢は赤松先輩と仲がいいんだよな。でも、鉄拳制裁のボケ突っ込みは、事情を知らない1年生が引いてるのでやめて欲しい。


「そういえば喫茶店は薪ストーブ置いてありましたね」


「この林道、冬季は閉鎖やろ?ストーブいるんか?」


「知りませんよ。俺に言わないでください」


「食料と薪はいくらあっても困ることはないだろう。あと女子の立場から言うと風呂もどうにかしたいところだが」


 ため息をつく坂本先輩とうなずく女子一同。

 お湯が沸かせないため、あの日以来お風呂なしの生活だ。できるのは水で濡らしたタオルで体をふく程度だ。


「それは薪でお湯を沸かしてお風呂に持っていけばいいかからどうにかなるでしょ。シャワーは無理だろうけど」


「その手があったか!ナイスだチャッキー!」


 黒沢の発言に目を輝かせる坂本先輩と女子一同。


「今度からお前のことはマッキーと呼ぶで!」


「赤松、それは意味不明だからやめろ」


 実現の可能性が高いミッションに女性陣の雰囲気がいっきに明るくなった。

 女性って現金なもんだと思うが、僕もお風呂には入りたい。

 僕にも難易度が高くてインポッシブルなミッションに挑戦して燃え上がる要素は欠片もない。


「じゃあ、ひとまず食料調達、薪拾い、生活環境の整備って感じで3班にでも分けますか?」


「いいんじゃないか?」


「じゃあ、15人だから、5人が3班ってところか。一年も希望する作業があったら言ってくれ。まずは食料調達班は坂本先輩が班長ということで?」


「かまわんぞ」


「まずは、坂本先輩について食料調達班やりたい奴」


 手を上げる者は誰もいない。さっきの坂本先輩の告白以来、他の部員との間に微妙な空気が流れている。坂本先輩は変わらないのだが、みんなのほうでどうしていいのかわからないのか、やや距離を置くような感じだ。

 坂本先輩のほうでも自覚はあるようで、立候補がいない現状を目の当たりにしてなんだか寂しそうだ。

 僕も坂本先輩を手伝いたい気持ちはあるけど、足手まといになるのは明らかなので躊躇してしまう。たぶん薪拾いでもしているほうがみんなの足を引っ張らなくていいだろう。


「4年が固まるのはできれば避けたいんやけど、希望者がおらんならワイも行ってもええけど?」


「そうですね。できれば、役付きはばらけたいですね。坂本先輩、だれか指名します?」


「・・・そうだな。じゃあ、カジ」


「僕!?・・・構いませんけど、足手まといしかできませんよ?」


「なんとかなるだろ」


 何か考えがあるのか、いつの間にかまたいつものニヤニヤ笑いが復活していた。

 なんとなくだが、坂本先輩がニヤニヤ笑っているうちは大丈夫だろうという安心感が僕にはある。


「二人で行きます?」


「んー、どうするかな」


 それでも先行き不安だ。ついでに二人きりというのは今更だが間が持つかもこれまた心配だ。今朝戻ってきてから、坂本先輩は普段通り僕に接していて、なんら変わったところがなかった。あんなことをしでかした僕としてはどういう態度をとるべきなのか?彼女いない歴18年の僕の対女性のスキルは自慢じゃないが低レベルもいいとこだ。


「・・・私もやります!」


 さすがに二人では厳しいと思っているのか、他の候補選びで迷っているらしき坂本先輩と鶴崎先輩の視線が黒沢のところで止まりかけた時、一ノ瀬が名乗りを上げた。


「よし、じゃあ一ノ瀬頼む。とりあえず3人でやってみよう」


「ほんとにそのメンバーで大丈夫ですか?」


 鶴崎先輩が心底心配そうに坂本先輩に問いかける。

 それはそうだろう。狩りをしようかというのに、坂本先輩に1年生の女子。男子とはいえ、どうかすると女子以下の体力の僕。しかし、一ノ瀬はなんで立候補したんだろう。

 さすがに坂本先輩も考え込んでいるのかと思ったが。


「ま、なんとかなるだろ」


 軽い・・・軽すぎる。ほんとに大丈夫なのか、それとも何か奥の手を用意しているのか。


「ツル、大丈夫や。御前様なら考えなしに無茶はせーへんやろ」


「赤松!」


 坂本先輩、今の言われ方が気に障ったのか声が怖い。赤松先輩も逆鱗に触れたと思ったのか肩をすくめて小さくなっていた。


「俺も行きます。けど、坂本先輩とは別行動班でお願いします。」


 秋山先輩が手を上げていた。なんかいろいろため込んでそうだな。坂本先輩に対する反発は分かるんだけど、残留で手を挙げたのを根に持たれたのか、今度は僕まで睨まれてる気がする。


「野村と大林を連れていきます。いいよな?」


 指名された二人は黙ってうなずいている。野村もそうだが、大林も入部して以来、秋山先輩と絡んでることが多かった。


「わかった。えーっと、これで食料調達班が2班で6名か。次に薪拾い班」


「わたしやるよ」


「私もやります」


「わたしも!」


「・・・じゃぁ」


 薪拾いはお風呂というモチベーションに釣られたのか女性4人が一斉に立候補した。薪拾い班は川本先輩がリーダーとなり、三島先輩、内藤、本田がつくことになった。


「じゃあ、わいら、ツルとチャッキーに田端、槇原は生活班やな。最低限、今日中に風呂の湯が沸かせるようにはせなあかんぞ」


「責任重大ですね。りょーかいしました。」


 なんか激しくバランスの悪い班分けになった気がするのは気のせいだと思いたい。


「あとは各班で打ち合わせでいいですか?」


「せやな。川本、薪はくれぐれも乾いたのを集めてくるんやで」


「それくらい知ってますよー。わたしだってちゃんとお風呂入りたいですもん」


 川本先輩がぶーぶーと口を尖らせている。


「じゃ、管理棟の薪の確認してから山へ行ってきます。三島さん、内藤ちゃん、本田ちゃん、いくよー」


「あまり遠くまでいくなよ」


「はーい」


 鶴崎先輩の心配そうな声を背に4人は管理棟へ向かって歩いて行った。


「BBQの設備はBBQのためだけにあるわけじゃない。とんだ盲点だったな」


「本当に恐るべき事態です」


「だが、これで多少は食生活が改善されるな」


「やっと暖かいもんが食えるわ」


 本来予定していたBBQのための食材は冷蔵庫が止まってからも、クーラーボックスに山水で冷やしたペットボトルを入れ替えながら保存してある。


「そうですね。さすがに暖かいものが恋しくなってきました」


「はい。といっても普通に食べて2,3日分。がんばって節約して1週間ってとこです。」


「そのあたりは赤松と打ち合わせてくれ。さて、食料調達班の責任も重大だ・・・。カジ、一ノ瀬、打ち合わせするぞ」


「はい」


「はーい」


 揃って返事をして、先輩についていく。

 振り返ってみると秋山班も3人連れ立って逆方向に歩いて行ってた。







「えーっと」


 坂本先輩を先頭にどこに向かうのかはしらないが、広場を離れたあたりで、何か言いにくそうに一ノ瀬が小声で僕に話しかけてくる。


「・・・さっきの雷・・・あれ、梶浦先輩・・・ですよね」


「え゛!?」


「!?・・・」


 足が止まる、僕と坂本先輩。


「ですよね?」


「くぁwせdrftgyふじこlpど、ど、どうじで、ぞう思゛うのかな?」


 一ノ瀬を見るのが怖い。


「・・・やっぱり・・・。なんとなくですけど」


「見えて、いるのか?」


「そんなんじゃないですけど、どう言ったらいいのかなー。そう感じるとしか言いようがないです」


 首をかしげる一ノ瀬。無意識の何気ないしぐさがつくづく男殺しだ。


「ちょっと、向こうで話そうか」


 聞きようによっては、ちょっとツラ貸せや的なセリフだがそこまでの威圧感はない。

 坂本先輩を先頭に遊歩道を歩いて、無言のまま例の沢沿いのあずまやのあるベンチへ向かう。


「さて・・・と」


 三人掛けの丸太ベンチが一つ。三人で仲良く座れば、肩が触れるかどうかというような距離感。女子3人であれば些細な問題でも、ここに座るのは僕にとってなかなかハードなミッションだ。


 女性二人がベンチに座ったあと、ヘタレな僕は当たり前のようにベンチの前の芝生に体育座りをしていた。


「一ノ瀬がそこまで気が付いているなら話は早い。カジ、さっきの雷はお前だな?」


「・・・はい」


 二人を見上げるように座っていることもあって、気分はまるで被告人だ。


「・・・秋山先輩の発言にイラっときて、気が付いたら・・・」


「ふぅーー、・・・頼むからコントロールしてくれ」


 確かにあれが秋山先輩に直撃していれば、会心の一撃、クリティカルヒット、ポイント全損ってことになるだろう。殺人犯になってしまうところだったと思うと寒気が走る。

 魔法が使えるようになったとしても、復活の呪文も死に戻りもできないのだから。たぶん。


「秋山先輩ねー。なんであんな言い方するんでしょね?私もワリとしつこく誘われましたよ。一緒に下山しようって」


「各自の自由意志を尊重するという話だったのに。それは悪い事をしたな・・・」


「いえ、いいんですよ。って言うかー。あの言い方まずいですよ。本っ当にやばい。死亡フラグ立てまくり?あれじゃ、そのまんまやられキャラじゃないですか。申し訳ないけど、秋山先輩について行って無事で済む気がしないです。失礼な言い方ですいません・・・」


「・・・・」


 返す言葉もない。秋山先輩の言動は一ノ瀬の言う通りだ。坂本先輩は苦笑いを浮かべている。


「ここってOBが遊びに来た時でも上下関係とか、言動の空気読め的なメリハリが厳しいですけど、3年の秋山先輩と田端先輩だけ雰囲気違うのは何かあるんですか?会議でも自分の意見を言ったり、会話に入ることないですよね」


 言われてみればそうだな。2人とも、部の運営会議でも発言をすることはほとんどなく、あとで文句を言うタイプだ。違うのは田端先輩は他人に干渉するのもされるのも嫌いで一匹狼的な点と、秋山先輩は手下を作って群れたがるところだろうか。


「そういやそうだね」


 坂本先輩は何か知っているのかと思ってみたら、露骨に目をそらされた。

 これは何か知ってるんだろうなぁ。


「先輩?」


「・・・く、黒歴史なんだ」


 珍しく何か言い淀んでいる。

 はい?


「まさか、坂本先輩と付き合っていたとか?」


 ぐはっ、それは勘弁してほしい。


「それはない!」


 坂本先輩の迷いのかけらもない返事に、内心胸をなでおろす。


「あれは・・・話せば少し長くなるんだが、聞くか?」


「「はい!」」


 坂本先輩はゴソゴソとポケットから煙草を取り出してくわえた。こっちに向かってアイコンタクトを取ってくるが、僕は首を横に振る。ライターが火炎放射器になってからは怖くて持ち歩くのを止めてしまっていた。

 坂本先輩は仕方なさそうにタバコを箱に戻してポケットに収める。


「・・・うちの部には代々、四天王とよばれる役職があった」


「いわゆる、ボスを倒したと思ったら、次のボスが出てきて『やつは四天王の中でも最弱!四天王の面汚しよ』とかいうアレですか?」


 うちの部に四天王がいたとか言うのは初耳だ。


「そう、まさにそれ、そのセリフを言いたいがために作られた役職だ。基本的には部長、副部長、会計、庶務がなることが多いんだがな」


 中二病全開か。


「なんだ」


 あからさまに残念そうな一ノ瀬。


「そうバカにするな一ノ瀬。作った動機としては最低だが、もともとは実力のある部員しか名乗れなかったということもあって、部外者には理解不能のモチベーションになってたんだ。うちはもともと実力派ぞろいの伝統のある実戦派漫研で通っているからな。ほんっとうにバカみたいな話だが、四天王を名乗りたい一心でTwitterでマンガを投稿し続けて、商業誌の編集の目に留まったなんて話もあったんだぞ」


 たしかに僕が知ってるOBやOGにもプロやセミプロが何人もいる。しかし、ノリがいいというか、痛い人たちが多かったんだな。


「で、代々実力のある部員が四天王を引継ぎ、名乗ってきた。実力がないとして、四天王のいなかった代もある」


 実力のある人が多かったら八部衆になったり、少ないと三銃士になったりしないのか。


「そして、私が最後の最弱の四天王だ」


 それ、威張るようなことですか。


「すまん、たのむから二人ともそんな目で私を見ないでくれ。これでも四天王はセミプロ以上の実力を持っているか、見込みがあると元老院--OBOG会が認めた人間しかなれなかったんだからな」


 元老院って、OBOG会にそんな影の名称があったとは。つくづく中二病のノリだな。


「でも先輩、何か作品描いてましたっけ?」


 僕の知ってる限りでは坂本先輩は読み手専門だ。


「ああ、2年のころまではな。私は絵ではなく、文芸のほうだ。2個上だった先輩の原作を手伝ったりしてたんだ」


「そうなんですか、今度見せてくださいよ」


「かまわんが、BLだぞ?」


「私読みたいです!」


「すいません、僕は結構です」


 男同士の絡みを全否定するほど、心がせまくはないが、あえて見たいとも思わない。


「部室の書棚にあっただろう。綾小路綾姫先輩のやつ、原作が静御前になってるやつがそうだ」


 あれだったか。表紙絵がきれいだったのでパラパラっと見たが、中身はコテコテのBLだと一目でわかるような内容だった。坂本先輩のあだ名が静御前だったというのも初耳だ。って一応あれ商業誌だったじゃないか。


「プロデビューしてたんですか!静御前が先輩のペンネームってのも初耳です。」


「あれ1冊だけだ。もともとは同人向けの原作だったのを綾姫先輩がうまく手直ししてくれただけだ。あと、少年、口は禍の元という言葉をしっているか?長生きし

たければ、あまり口にしないことだ」


「はい・・」


 おっと、ペンネームは特大の地雷っぽい。気を付けよう。


「えっと、綾小路綾姫さんって、最近ラノベのイラストとかで見かける絵師さん?うちのOGだったんですかー?」


「綾小路先輩の代はレベルが高くてな、もう一人は週刊もるげん!で神楽坂ゲロウというペンネームで最近、連載もつようになったぞ。こっちはギャグ専門だったな」


「すごいですねぇ」


 うん、この二人の話は知ってる。ゲロウ先輩の由来は下郎ではなくゲロ男。酒が好きなくせに缶ビール1本で、吐いてしまうところからそのあだ名になったという。ひどい話だ。ゲロオではなく、ゲロウになったのかは謎だ。

 その上の世代も含めて、ノリと勢い、マンガの上達と面白い事をするためなら努力も労力も徹夜も惜しまない暴走機関車。そんな伝説的な世代だったらしい。


「で、綾姫先輩とゲロウ先輩の話と、秋山先輩と田端先輩がどうつながるんですか?」


「ここまでが前段階だ。ツルたちが入部したときの四天王が4年の綾姫先輩、ゲロウ先輩。その次の3年は候補なしということで、残り二人が2年の赤松と私だった。ツルたちの代は割と入部者が多かったんだが、その中でも、秋山と田端は特に有望株でな」


 そうだったんだ。


「一ノ瀬は秋山と田端の二人をどう思う」


「ごめんなさい、あのアプローチは無理です」


 ばっさりだなぁ。


「・・・いや、中身ではなく見た目だ」


「そうですね。見た目もセンスも私的には好みではないですね。でも黙って立ってればそこそこイケてると一般的には言われるレベルじゃないですか?」


 二人とも同性の目から見ても身だしなみに気を使ってるし、ファッションも僕みたいにファストファッション一辺倒ではない。


「そう、本来見た目も才能も素材としては悪くないんだ。入学当時、画力もまだまだだったが、可能性は感じられた。だが、ここで問題になるのはあのころの二人は揃って押しの弱い、おとなしい感じの子だったということだ」


「それがどうしてあんなになっちゃったんですか?」


 うん、確かに気になる。秋山先輩はオレサマ系、田端先輩はそこまでではないけど、気取った感じがある。


「綾姫先輩とゲロウ先輩がいたくあの二人を気に入ってな。次の四天王候補はあの二人だ!なんて言い出したんだ。挙句の果てにあの二人を『アッキー&タバタ』というBLコンビで売り出すんだとか悪乗りまで始める始末だった」


 うわぁバッタもんくさいコンビ名が出てきた。


「それ、刺されるレベルですよ?」


 僕もそう思う。


「だが、性格があまりに大人しい。それで始まったのが改造人間プロジェクトだ」


「「改造人間?」」


「次期四天王の一角を担うには力不足。実力は本人たちの努力次第で伸びるが性格はなかなか変わらない。だから、もっと自信を付けてもらおうと。部員全員であの二人をおだて挙げ、持ち上げ、自分に自信をつけさせた。君はできる。君はすばらしい。かっこいい。何をやらせても才能がある。やればできるんだ。そうみんなで言い続けて1年後に完成したのが今の二人だ」


「「・・・・」」


 慢心マシーン完成か。遠い目をする坂本先輩。なんか背中が黄昏てます。


「ほとんど洗脳に近いんじゃないですか?」


 一ノ瀬の口調も非難めいている。


「すまん。たしかに、そうとも言える。あの二人には申し訳ないが、あのプロジェクトはうちの部の黒歴史と言っていい。暗部そのものだ。今となっては止められなかったことを赤松も私も後悔している。そのあと元老院でも問題になってな、こっぴどく叱られたよ。その反省もあって四天王制度は私たちの代を持って途絶えさせた。あだ名、ペンネームを上級生がつける習慣もツルたちの代で終わったよ」


「鶴崎部長がツルさん。、川本先輩がミッキーさん、田端先輩がジョニーさん、秋山先輩がアッキーさん、三島先輩がマミーさんですよね。なんで鶴崎先輩だけ路線が違うんですか?」


 そうか、一ノ瀬は知らないのか。


「鶴崎先輩のペンネームはツルじゃないよ。ほんとはくっきぃ。あ、字はひらがなだからね。くは鶴=クレインから取ったんだって」


「くっきい?・・・・っぶ、くっきぃ。鶴崎部長がくっきぃ・・って、じゃぁ部誌にあったあの少女マンガ描いたのが鶴崎部長・・・」


 一ノ瀬がきょとんとし、何を想像したのか笑いをこらえるのに必死になったり茫然としたりと忙しそうだ。


 あの巨漢でくっきぃはないよな。描いてるマンガも王道の少女マンガだし。


「ペンネームはくっきぃだが、呼び名は周囲が呼びやすいほうで定着しただけだ。ペンネームはツル自身もギャップ萌えがあっていいとか言って気に入ってるみたいだぞ。ともかく当時上級生がつけたペンネームは絶対だったからな」


 坂本先輩が大きなため息をついた。よほど、自分につけられたペンネーム嫌いなんだな。


「改造人間だなんだとしているうちに、あの代ではノーマークだったツルがメキメキ実力を伸ばして部長の座をかっさらったというわけだ」


「はぁ、そんなことがあったんですね。僕が入った時には二人ともあんなだったから、昔からそうなんだとばかり思ってましたよ」


「君らにも迷惑をかけてすまんな。取返しのつかないことをしたと、かかわった人間一同深く反省しているよ」


「でも、おだてられてそんなに変わるもんですかね?二人ともタイプは違いますし、下地はあったんじゃないですかー?」


「そういってもらえると、多少は気が楽だよ」


 僕もどちらかというと自己肯定感がそれほど強いタイプではない。一年間「改造人間プロジェクト」をうけたらもっと前向きになれるのだろうか?


「少年はその顔はバカなことを考えてるな」


「ばれましたか」


「やめておけ、アレは麻薬と同じで人間を良くすることはない」


「悪の秘密組織が作り出した改造人間なら、正義のヒーローになってるはずなんですがねー」


 他意はないんだろうが坂本先輩がダメージを受けてるから、これ以上はやめてあげて欲しい。


「赤松先輩もいるから、秋山先輩が暴走してもなんとかなりますよ」


「はぁ・・・暴走前提か。少年もさりげなくひどいな」


「ですよねー」


「話は変わるが、一ノ瀬はあの時から何か変わったことはあるのか?」


「んー、もともと勘はいいほうだったんですけど、前より鋭くなったかなー?あとは漲るー!みたいな。なんか体がハツラツとしていて爽快ですね。ところで先輩、先輩、なんかスキル覚醒!みたいなの誰にでもあるんですかね?」


「さてな。私はいろいろと見えるようになった。体調がよくなったのは同じだな。視力がよくなったのはありがたいな。一ノ瀬は?」


 相変わらずかけてるセルフレームの眼鏡はレンズを抜いてあった。


「あ、私は伊達眼鏡なんで」


 笑いながら、こちらも真っ赤なセルフレームの眼鏡をはずして見せる。少したれ目気味の目元が印象的だ。


「僕は精霊魔法が使える・・・らしい」


 使える、らしい。まだ2回しか使えてないし、まるでコントロールのしかたがわからない。さっきの落雷もいい例だ。そもそもどうやって使うのかもよくわからない。RPGのように敵を倒してレベルアップしていく必要があるのだろうか?

 実は魔法が使えるなら練習してみたかったのだが、単独行動禁止令が出ていたこともあって、常に誰かと一緒だったのでできなかったのだ。


「チュートリアルもヘルプもない。ステータス一覧もスキルリストもない。運営への苦情窓口があれば、罵声を浴びせてやりたいところですよ。あるのは山積みになったクエストのみときたもんだ。どうすりゃいいんですか?」


「流行りの異世界転生ってやつですねー」


「本当にそうだな。私個人の感想としては異世界というより、これまでの世界の法則が書き換えられたような印象を受けているが」


「書き換えですかー?」


 癖なのだろうが一ノ瀬が口元に手を添えて考えるように首をかしげる。このしぐさはなかなかのキラーコンテンツだ。写真を撮ってツイッターかインスタグラムにでも上げればあっという間にフォロワーが増えるだろう。


「今までの科学で説明されていた事象が、精霊の存在によって成り立つようになった。と予想している。あくまで予想だ」


「精霊・・・そんなものがいるんですか?」


「昔の日本では子供にだけ妖怪が見えたという寓話もあったが似たようなもんじゃないか?よくあるだろう?妖精や妖怪を信じる子供には見ることが出来て、常識に凝り固まった大人には見えない。ピーターパンもそうだな。それと同じだ。今、この周りにはたくさんの精霊がいる。いると信じれば、一ノ瀬にも見えるさ」


 半信半疑な様子ながらも、一度目を閉じ、大きく息を吸って吐いてを繰り返してから周囲を見渡す一ノ瀬。表情は驚愕から歓喜へと激しく変わっていく。

 一ノ瀬って表情に出やすいからわかりやすいな。


「すごい、すごい、すごーい、すごいー。おとぎ話の世界みたい!私こんなの憧れてたんですよー。すごいー」


 頭よさそうだけど案外語彙は少ないのかもしれないと思うが、信じられないものを目の当たりにした人間はこんなものなのか。

 立ち上がって、沢を覗き込んだり、相当な樹齢を重ねてきたであろう大木の周りなど精霊の集まっている場所を興奮気味に見て回り始めた。

 一ノ瀬が興奮するのも無理はない。キャンプ場と比べてもこのあずま屋周辺は精霊の気配が濃厚だ。


「大喜びですね」


「ああ」


 無邪気に精霊に戯れようとする一ノ瀬がほほえましい。


「さて、君には魔法を使いこなせるようになってもらうぞ」


「はい?」


 なんですと?


「当然だろう。狩りをするのに銃もワナもないのにどうやって獲物を捕まえると思ったんだ?仕留められるのは君の魔法以外あるまい」


 僕の肩に手を置き、めずらしく真顔の先輩が僕を見つめていた。


「君が我々の最後の希望の星だ」




 僕たちがキャンプ場に戻ったのはやや日が傾き始めたころだった。

 スパルタな坂本先輩には叱られ、なじられ、呆れられ、へこんだところを一ノ瀬が、宥め、おだてる。事前に申し合わせていたかのような役割分担。おかげで僕の精神状態は急降下と急上昇とを繰り返すジェットコースターだった。これも一種の改造人間プロジェクトなんじゃないだろうか。

 魔法を使うためのマジックポイントとかいうような数値化されたパラメータはなくとも、集中して何かをするということは非常に精神的に負荷がかかる。文字通り精神力をすり減らしながらの練習だった。

 精霊魔法が思い通りに使えるようになったとはまだまだ言い難いが、多少はましになったと、思いたい。


 さしあたり、「梶浦大和は精霊魔法レベル1を覚えた」といったところだ。

 ぼーっとする頭と、ふらふらする足元。三人そろってキャンプ場に戻るとすでにバーベキューの用意が進んでいた。

 残っていた部員のみんながせわしなく動いて食器やテーブルを準備している。

 合宿のバーベキュー、当たり前だけど今となっては貴重な穏やかな日常。もうこんな光景は見ることはないかもしれない。


「なんか、こういうのいいですね」


「・・・そうだな」


「ですねー」


 ある意味、最後の晩餐か・・・。

 本来のバーベキューのために持ち込んでいた食材を奮発した夕食は豪勢だった。

 ここ数日、暖かいものを食べられなかったのだから、そのうまさはひとしおだ。

 さらに、沸かした熱湯を風呂に持ち込むことで、交代でお風呂を使えた。これも到着日以来のことだった。


やはり、人に読んでもらう小説を書くというのは難しですね。

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