神様(?)の日常 いのち短し恋せよ乙女 陽
照彦「乃公の事覚えてる?」
作者「忘れられてそう」
照彦「ひどい!」
照彦様との待ち合わせ場所は街はずれの天神橋でございます。
照彦様の学校は街の外にございます。
わたくしの学校と照彦様の学校の中間地点が天神橋となっております。
「オッペケペー、オッペケペー、オッペケペーのペッポッポ…」
最近流行りの歌を口遊みながら一人車に乗ります。
道中、羨ましげに見られたり、眉をひそめられたりしますが気にしてはなりません。
あまり女性が一人車に乗るのは良く思われないのでございます。
ですが歩くよりも格段に速いのでございます。
わたくしは早く照彦様にお会いしたいので一人車に乗りました。
時には世間体よりも実利を取る方が大事なのでございます。
一人車に乗りながら進んで行きますと、様々な物が目に入ります。
いつもより視界が高くなるので様々な物が目に入り易くなるのでございます。
風車、びい玉、めんこ…。
店を見ると文明開化の世で急速に流行り廃りが生み出されているのが手を取る様に分かります。
ちょっと前まで繁盛していましたのに、今では1人も寄り付かないお店。
ちょっと前まで食べ物を売っていましたのに、今では玩具を売るお店。
前まで更地でしたのに今では聞いた事の無い様な物を売っているお店。
この国が成長していて嬉しい様な、余りにも流行りが過ぎ去るのが早くて寂しい様な、何とも言えない感じがいたします。
夏の空にぴゅう、と風が吹きました。
わたくしの髪が風に揺れます。
それと同時にすぐ後ろから声が聞こえました。
それは、艶やかな女性の笑い声。
「あら…うふふ」
ばっ、と振り返りましたが後ろには誰もいません。
人混みの中に紛れ込んでしまったのでしょうか、それともわたくしの幻聴でございましょうか。
何とも、蜃気楼の様に消えてしまうのは奇妙な事でございます。
なんだか少し怖くなってしまいました。
先を急ぎましょう。
☆☆☆
橋につくと照彦様が既に来ておりました。
わたくしに気づき近寄って来られます。
「やァ、暫くぶりだね夕姫!会いたかったよ!ごめんね、本当は乃公が夕姫を迎えに行くべきだったんだろうけど…」
「いえ、照彦様!お気になさらないで下さい。わたくしは照彦様に会えただけで嬉しいのです」
照彦様は申し訳なさそうに眉尻を下げられました。
そして「あ」と呟きごそごそと何かを探し始めました。
「照彦様…?」
「ちょっとまってね夕姫…ええと、う、つっかえて取れない…ぃよいしょっ!」
照彦様が取り出されたのは可愛らしい兎のぬいぐるみでございました。
わたくしの髪と同じ橙色の兎はこれまたわたくしと同じ柄の葡萄茶式部を着ております。
手には小さな機関銃がくっついておりました。
「照彦様、これは…?」
「これ、夕姫の誕生日祝いだよ!Happy Birthday!夕姫!」
「まあ…!ありがとうございます!照彦様!」
わたくしは嬉しくなってもらったぬいぐるみをぎゅうと抱きしめました。
途端、照彦様が「ん"っ」と言って顔を抑えられました。
「照彦様!?大丈夫ですか!?」
どこか痛い所があるのでしょうか!?
「ん、大丈夫大丈夫。へーきへーき」
照彦様は「気にしないで」とばかりに手を振られました。
本当に大丈夫でしょうか?
唐突に何かを思い出された様にぴくりと動きました。
手を顔から離された照彦様は悲しそうな顔をしておられました。
その顔は、今にも泣き出してしまいそうな、感情をぎりぎり保っている様な顔をしておられました。
「夕姫、落ち着いて聞いてくれるかい?」
「はい、照彦様。…何でしょう」
風が吹き。水面がゆらゆらと揺れます。
「最近我が国は露国と仲が悪いだろう?」
「はい」
「これから…戦争になる」
「っ…それは…」
「そう神力が告げた」
この世には神力と呼ばれる少々変わった能力がございます。
神力を持っていると普通の人には到底出来ない様な事もできる様になるのでございます。
神力を持っている人は神力持ちと呼ばれます。
そして照彦様もまた神力持ちの一人なのでございます。
神力の名は『運命を鑑る者』。
その名の通り人や物の運命を見る事が出来ます。
人なら冠婚葬祭の時の歳だったり、生まれる歳だったり、物だったら誰に使われるかとかいつ壊れるかだったりが分かるそうです。
そして、それが絶対に外れる事は無いそうです。
つまり、『露国と戦争になる』という予知は外れないという事になります。
恐らく照彦様は沢山の人を『観た』結果この事に辿り着いたのだと思われます。
因みにわたくしにも神力は有ります。
『銃器を上手く扱う者』。効果は読んで字の如く銃器を上手く扱えるようになる、ただそれだけでございます。
「そしてその戦争に乃公も行かなくてはならなくなる」
「そういう学校ですものね…」
陸軍士官学校は入学と同時に陸軍に入ったという扱いになります。
戦争が起これば学校どころでは有りません。
すぐに戦場に赴くことになるでしょう。
「そこで」
風が吹く。
みいんみいんと鳴いていた蝉がぴたりと鳴き止む。
その静寂が、酷く苦しく感じられる。
照彦様の目に、悲しさと、悔しさが浮かんでおりました。
歯をぎりりとくいしばって、それはもう、苦しそうに。
「乃公は、死ぬ運命に有るーー」
ごう、と。
一際強い風が吹きました。
木々を揺らし、照彦様の髪を揺らします。
あゝ、その顔は。
嘘をついていない。それでいて、絶望に染まったその顔は。
その事が真実である、という紛れも無い証拠でございました。
「そん、な…嘘、です。嘘に違いありません。照彦様…嘘って。嘘って、言って、下さい…」
周りが真っ黒に染まります。
これが本当の絶望と言う物でありましょう。
信じたく無い。
それでも、照彦様の神力が、目が、表情が。
嘘では無いと告げている。
照彦様は首を横に振られます。
涙がぽたりと地面に染み込み、そして、すぐに蒸発してしまう。
「あ、あゝ、そんな…信じ、られません。嘘です!嘘ですっ!!!」
「あッ、待って夕姫……ッ!!??」
照彦様が追いかけて来ますが構わず走り続けます。
その時のわたくしは衝撃で周りが見えておりませんでした。
視野が狭まっていたのでしょう。
だから。
ヒヒィンッ!?
馬車が近づいて居たのに気がつきませんでした。
馬車は急に止まる事は出来ません。
ドゴォッ
「夕姫ぃいいいいいいいいいいいいいいいいっっ!!!」
鈍い音がして。
わたくしは空を飛びました。
照彦様の叫び声が辺りに響きます。
どちゃり、という音がして体が地面に打ち付けられましたが、全く痛く有りません。
そして、体も全く動きません。
霞む赤い視界が捉えたのは、あらぬ方向に曲がった腕と、広がる血の池と、必死に駆け寄って来る照彦様。
「夕姫、夕姫、夕姫!しっかりしてくれ!」
涙を流しながら照彦様はわたくしの手を握ります。
わたくしも照彦様の手を握り返そうとしましたが手が動きません。
口で何か伝える事すら叶いません。
もう、前も見えません。
白くてぼんやりとしたのが揺れて見えます…照彦様でしょうか。
音も遠ざかって聞こえます。
野次馬が集まって来ているようです。
広がる喧騒、沈み行く意識の中で。
最期にわたくしの耳が捉えたのはやけにはっきりとした艶やかな女性の笑い声でした。




