第五章 デジャブ(4)
「お、お兄ちゃん?」
俺がその言葉に困惑していると。
「あ、あの。わ、私です。た、高島。ひかり、です」
そう、おどおどしたしゃべり方で言ってきた。
高島ひかり。ひかり。ひかり。
「もしかしてひかりちゃん?」
俺がそうたずねると。
「は、はい」
そういって、また恥ずかしそうに本を盾にしてその陰に顔を隠してしまう。
「久しぶりだね。最後にあったのはお互い小学生の時だっけか」
「うん」
高島ひかりちゃん。名前から分かる通り親戚で、俺の父親の兄の娘で母がロシア人なのだ。小さい頃は
よく麻衣とひかりちゃんと俺でよく遊んでいた。顔は少々幼いが俺たちと同じ十九歳だ。
俺のことを哲人お兄ちゃんというのは、はじめに会った頃、当時背が高かった俺を年上だと勘違いしていたからで、それが癖みたいになってて、同い年だと伝えた後もこの呼び方のままなのだ。
というか、引っ越しってからは全く会ってなかったので全然分からなかった。
てか、十年近く会ってないんだから容姿が変わりすぎて分からん。
「でもどうして俺の家にいるの? てか、どうやってはいったの?」
「えっと。それは、今私こっちで一人暮らししてるの。でも、なんか老朽化の影響で危険だからって急に
追い出されちゃったの。だから、パパに連絡したら哲人お兄ちゃんのところに行けって。鍵はポストに入ってるから勝手に入っていいって」
え、なにそれ。というか、そんなカギの存在、俺知らなかったんだけど…。
あれ、でもこっちに住んでるってことは。
「ひかりちゃん、もしかして大学って…」
そう俺が恐る恐るたずねると、恥ずかしそうにひかりちゃんは答える。
「哲人お兄ちゃんとおんなじだよ」
「まじか」
「うん。お話もしたよ。でも、哲人お兄ちゃん全然気がつかないんだもん」
まじかよ。全く気がつかなかった。あれ、もしかして前に俺のこと起こしてくれたのってひかりちゃんじゃね?
「それに、麻衣お姉ちゃんとは普通に話してたよね。麻衣お姉ちゃんもひかりのこと気がついてないようだったけど…」
「それは、ごめん」
俺はそれを聞くと申し訳なさでいっぱいになってしまった。
俺が明らかに落ち込んでいると。
「それはもういいの。で、でもこれからはひかりとたくさん遊んで欲しいの」
そう言ってとても純粋な、俺にはまぶしすぎる目でこちらを見つめてくる。
くっ、なんという破壊力。
「あぁ、もちろんだよ」
そう言いながら俺はひかりちゃんの頭を撫でる。
「あ、あんたなにやってんのよ! このロリ変態」
すると後ろからいきなり大声でそんな罵倒を受ける。
その声に反応して後ろに振り向くと。
「哲人さん…」
プルプル震えながらたっている麻衣と、涙目になっているみのりがそこにはいた。
「哲人お兄ちゃん、大丈夫?」
顔面蒼白となっている俺にひかりちゃんは心配そうに声をかけてくれる。でも、目の前の二人を見るとなんかヤバそうな気しかせず、固まっていた俺にはその声はほとんど聞こえていなかった。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
「ウソっ‼︎ ひかりちゃん?」
「だからさっきからそう言ってんだろうが」
「びっくりしました。てっきり哲人さんがいけない人になっちゃたのかと思いました」
みのりにまでそんなことを言われてしまうとなんかめっちゃ悲しくなる。
あの後、早速いつものように正座をさせられて尋問を受け、懇切丁寧に説明という名の弁明をしたのだった。
てか、いつものようにって。俺、尋問受けすぎじゃね。
そんなことを思っていると、隣に座っていたひかりちゃんが俺の袖をチョンチョンと引っ張る。
「ん? どうした」
「哲人お兄ちゃん、麻衣お姉ちゃんの隣にいる人は誰なの?」
「あぁ、彼女は…「つ、ふがっ」」
俺がみのりのことを説明しようとしたところ、いつものように余計なことを言おうとしたみのりの口を麻衣がとっさに塞ぐ。
「あんたは黙ってなさい」
「ん〜。ん〜ん〜」
口を塞がれたみのりは必死に何かを言おうと抵抗して、唸っている。
「サンキュ、麻衣」
「いいわよ別に。このまま喋らせるとまた面倒臭いことになると思ったからよ」
「でもありがとな」
そういうと麻衣は頰を少し赤くしてそっぽを向く。
その麻衣の反応にはてなマークを浮かべるが、とりあえず俺はこの隙にひかりちゃんに俺とみのりの関係について説明する。
説明後。
「そうなんだ。まるで夫婦みたいだね」
そう言いながら、なぜか少しふてくされた態度をとるひかりちゃん。
「そうなんですよ。もう事実婚みたいな」
すると、麻衣の拘束から抜け出したみのりがまたそんなことを言ってくる。
「ちょっと! ごめんねひかりちゃん。この子の言っていることは全部ウソだから」
その麻衣はひかりちゃんへのフォローを入れる。
「大丈夫。わかってるから」
ほっ。なんとか納得してくれたみたいでよかった。
そう、一安心していた俺だったのだが、神様は俺にさぞ恨みでもあるのか、俺にそんなものはないらしく。
「だって、哲人お兄ちゃんはひかりと結婚するんだもん」
このように、安息の「あ」の文字も残さず吹き飛ぶのだった。
初めての作品なので読んでいただけるだけで感謝です。




