第四章 夏の訪れ(6)
「へったくそねぇ、あんた。なんであんな簡単なのに一つも落とせないの?」
「うるせぇ」
くそー。こいつが実力も伴わずにこういうことを言ってきていたら言いようもあったのに、あんなにうまいとは予想外すぎた。てか、なんでこいつが落とした景品を持たなきゃならないんだ。というか、こんなにでかいクマのぬいぐるみなんてどうやって落としたんだよ。
「じゃ、なんか奢ってよね」
「おい、ジュースじゃなかったのか」
「あれ、そんなこと言ったっけ」
言ったよ、言ってましたよ麻衣さん。
「まぁ、良いじゃない。じゃ、あれ買って」
そう麻衣が示してきたのは。
「ポテトか」
「そうよ」
「スーパーの冷凍のやつならあれの三倍は食えるぞ」
てか、そんなこと言ったら唐揚げも、かき氷も、おそらくここに売られているほとんどがそうなんだけ
ど。
「別にたくさん食べたいからとかで買うんじゃないの。こういうのは雰囲気なんだから。それに、私のお
金じゃないしね」
そういってニコっと少しいたずらな笑みを浮かべる。
そんな、不意の笑顔に俺は着物と雰囲気が相まってかドキッときてしまう。
「…」
「どうしたの?」
「な、なんでもねぇよ」
俺はなんでないようにふるまう。
「ほら、何味にするんだよ。早くしねぇと買わないからな」
「ちょっと、哲~。待ちなさいよぉぉぉ」
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あの後、射的のほかにもかき氷や綿あめ、金魚すくい、いろいろと付き合わされてしまった。だが、別に疲れはしたが、嫌ではなかった。んー、でもなんだろう。何か忘れているような…。
「あぁぁぁぁぁぁぁぁぁ‼」
俺はこの人生で一番の叫び声をあげる。
「ど、どうしたのよ。急にそんな大声出して」
「みのりと鈴木のことすっかり忘れてた」
「よびましたか」
すると、すぐ隣から鈴木の声がしたので驚いてしまう。
「うぉ」
「あれ、いつの間に」
それに気が付いた麻衣も反応する。
そして、鈴木のその手にはいろんな祭りを満喫したであろうたくさんの跡が残っていた。
右手には綿あめとりんご飴。左手には金魚の入った袋、頭にはお面。
「充実しているなぁ」
「それどうしたんですか」
そう言って俺が持っている様々なものに目線を持ってきた。
「これは俺のじゃない。この馬鹿の者だ」
そんな不毛なやり取りをしているとあることに気が付く。
「そういえばみのりちゃんは」
麻衣がそんなことを言うので、周りを見渡す。だが、近くにみのりの姿は見当たらない。
「言われてみれば」
すると、ふと思い出したように鈴木がこう告げる。
「さっきまで隣にいたと思ったんですけど…」
そう鈴木からそのことを聞いた俺は背筋に嫌な感覚を覚える。それが何かは分からなかったが、たまにある嫌な予感がするといった感じだ。
心配になった俺はいつの間にか、鈴木が来たほうへと走り出していた。
「哲っ」「先輩!」
後ろから二人の呼ぶ声がしたが、俺は構わずにただみのりのことだけが頭を支配していた。
俺はまず、鈴木が来たほうの出店のある道を駆け抜け、次に駅の方、次にトイレと思い当たる場所を全力疾走で回った。途中、麻衣達からも連絡があったが発見には至っていなかった。
「はぁ、はぁ、どこにいるんだよ」
初めての作品なので読んでいただけるだけで感謝です。




