第四章 夏の訪れ(1)
「助かった…」
俺は携帯の画面を見ながらそうつぶやく。今日は八月十三日。そして携帯で俺が確認していたのは大学のホームページからアクセスできる個人ページにある成績通知である。
うちの大学はS・A・B・C・Dの五段階評価で、Dが付くと単位を取得することができない。そして、俺の成績画面には見事にCが一直線に並んでいる。
「哲人さんどうでしたか」
リビングで携帯とにらめっこしているとそんな声がすぐ耳元でしたので俺はびっくりして椅子から落ちそうになってしまう。
「うぉっ‼」
「だ、大丈夫ですか」
俺は何とか態勢をたて直しどうにか転ばずに済む。そして、声の主は俺を心配そうに見つめている。
「だ、大丈夫です」
「そうですか。それで、成績のほうはどうだったんですか」
そういって、また俺の携帯を覗いてくる。
「あぁ、ぎりぎりですがなんとか」
「それはよかったですね」
俺が結果を告げると嬉しそうにほほ笑むみのり。俺としてはあんまり喜べる成績ではないが、まぁ、落とさなかっただけ良しとしたい。
「そういえば、おぼんには哲人さんのご両親はおかえりになられるんですか?」
「あれ、そういえばそうですね」
俺はみのりに言われて初めて気づいた。本当ならもうとっくに母さんは帰ってきているはずなのに帰ってきていない。たとえ、連続で出張っだとしても連絡くらい来てもいいはずなんだが…。
というか、俺って親のことをわすれてるってなかなかに最低ではないだろうか。まぁ、みのりが来てからというもの、ずっとバイトやら勉強やらで忙しくてゆっくり時間を過ごせなかったからな。
「ちょっと連絡してみます」
そういって俺は家の電話に手を伸ばす。
prrrr。prrrrガチャ。
二回目のキャッチの途中で電話はつながった。
「もしもし母さん、今どこにいるの?」
「あぁ、哲。久しぶりね、実は仕事があんまりうまくいってなくていったん家に帰らずに次の場所に向かったのよ。連絡しないでごめんなさいね」
「いや、別に大丈夫だけど」
「…」
ここで、変な間が開いた。
「母さん?」
「ごめんね」
「どうしたの母さん、なんか変だよ」
急にどうしたのだろうか、いつもいつ帰るのなどの連絡を交換した後はちゃんとご飯食べてるのかとか、ちゃんと勉強してるのかとか口うるさく聞いてくるのに全くそれがない。
「ううん、何でもないわ。とにかく、家は任せるわね。お父さんもまだしばらく帰れそうにないみたいだから」
「わかった」
「それじゃぁね」
「うん、じゃあ」
そういって受話器を元に戻す。
いったい何だったんだろうか、今日の母さんはいつもと雰囲気が全然違った気がしたが。まぁ、そういうこともあるよな。
そうやって自分の中で考えに区切りをつける。
「お義母様は何と」
ん? なんか今、変なニュアンスがした気がしたが気のせいだろう。
「なんか仕事が忙しくて帰ってこれないみたいですね」
「そうなんですか」
なんだか少し残念そうな顔をしているが気のせいだろうか。
「あぁ、挨拶ができれば一歩ほかの人達よりリードできると思ったのに…」
「なんか言いましたか」
「い、いえ。何にも言ってないですよ」
気のせいか、でもなんか言っていたような気がしたんだけど。最近耳が変だなぁ。耳鼻科でも行ってこようかな。
そんな心にも思っていないことを考えているとチャイムが鳴った。
ピンポーン
「はーい」
チャイムが聞こえるとすぐにみのりがそれに反応し玄関へと向かった。
もう、みのりがこの家に来てから一か月以上がたつのか。この光景も慣れたものだな。
そんなことを思いながら、みのりが用意してくれたお茶をすすっているといつまでも慣れない奴が近ずいて来た。
「哲ぅぅぅぅぅぅ」
あぁ、俺の落ち着いた日常が崩れていく。
「叫ぶな。近所迷惑だろうが」
俺の名前を叫びながらリビングへとやってきたのは麻衣であった。
「ごめん、ごめん」あはは。
まったく気持ちの伴っていない謝罪の言葉を聞きながら、麻衣の後ろにいたみのりに目をやる。
「なんで入れたんですか。こんなうるさいの」
「うるさいとはなによ」
ぷんすかぷんすかと怒っている麻衣は無視してみのりの返事を待つ。
「ダメですよ、哲人さん。友人をそんな風に言っては」
んー、みのりが言っていることは当然のことなんだが。麻衣が家に来るとろくなことが起きないんだよな。まぁ、そうそう何か起きるとは考えにくいし今日のところはしょうがないか。
「そうですね、すまん」
「ふ、まぁ、私は心の広い人間だから許してやらなくもないわ」
はぁ、いらいらする。
だが、俺は何かと運に見放されているらしく俺の希望とは裏腹にまたもやチャイムが鳴り響くのであった。
初めての作品なので読んでいただけるだけで感謝です。




