プロローグ
プロローグ
「あぁ、今日も疲れたなー」
バイト終わりの俺はそう一人呟きながら家へと向かい自転車のペダルに一回、また一回と足を踏み込む。時刻は夜十時を回る少し前というところだろうか。こんな時間になっても蒸し暑く、もう夏が来るのだなと感じさせられる七月初め。
大学とバイト先と家を行き来する日々。いつもと何も変わらないありふれた日常。いつもの道、いつもの曲がり角、そしていつもの家。光のともっていない、生活感のしない寂しい家。
俺は駐車場の横にある定位置にいつものように自転車を止め、玄関のかぎを開けて中に入る。
「ただいまー。ていっても誰もいないんだけどな。」
父と母は共働きで、父は単身赴任中、母は出張ばかりでほとんど家にいたためしがない。
だが、そのときふと違和感に気が付く。
「いつもと違う…」
俺はいつも家を出るときはすべてのドアを閉めて家を出るようにしているのだ。それは家にだれか帰ってきたときにすぐわかるように自分が決めていることである。
だが、その占めたはずのドアがすべて空いているのである。
リビング、和室、ましてや洗面台やトイレも空いているではないか。
もしかして、母が帰ってきているのだろうか。しかし、予定だと来週あたりまでのはずだった気がするのだが。
「母さんー、いるのー?」
俺は半信半疑で声を上げながら靴を脱ぐ。
「ドンッ」
すると、和室の方で大きな音がした。転んだのだろうか。もういい年なのだからもう少し体を築かってほしいものである。俺はそんなことを思いながら和室へと向かった。
「大丈夫―? なんか、すごい音したk…」
今、目の前で起きていることを説明しよう。なんと和室にいたのは母さんではなく、全部あけられたタンスの引き出しに小指をぶつけ、うずくまっている
――― 猫耳をつけた黒ずくめの女性であった ―――
「ねこみみ?」
俺はあまりの驚きのあまり意味の分からないことを口にしてしまう。
「はっ! みみみつかってしまいました。どどうしましょ。はっ、こういう時は…」
「おかえりなさい! あ・な・た♡」
「あぁ、ただいま」
「 ―――――― 」
「って、だまされるか! どう見たって泥棒じゃねーか!」
「はっ! えええーと、ちちがいますよ?」
「じゃ、こんな人家に勝手に入り込んで何してたんだ?」
「いや、これは…。そう! 脱税調査です!」
「じゃ、どこの支部の人ですか?」
「えーと、脱税調査機関です!」
「そんなものは存在しねー」
「なっ。あっ、そうでした! 私、用事があるんでここらへんで」
そういって立ち去ろうとする彼女の後ろ襟をもちろんしっかり捕まえる。そして、とりあえずリビングの方に連れていき、逃げられないように後ろに手を結束バンドで固定し椅子に座らせた。