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男装騎譚  作者: ヤナギ
第1幕 遠征編
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第16話

 ネフカリア途上にある最初の城塞、レークト城に到着したのは出陣から5日後の夕刻だった。

 城市の規模自体はさほど大きくないが、補給部隊を合わせておよそ8千5百人に上る隊をまかなえるだけの許容力はある。

 久々に羽を休めることができるだけあって、皆の表情は明るい。これまで慣れぬ野営で神経をすり減らしてきたエルゼリンデも然り。

 従騎士や一般兵、補給部隊は城塞外の更地に作られた天幕が宛がわれるが、数の多くない騎士は城塞内に招かれる。とはいえ賓客として扱われるのは王弟殿下をはじめとする有力諸将だけで、それ以外の騎士はレークト城の警備兵と待遇に差はないのであるが。

 この城にあってエルゼリンデに割り振られたのは、城内の外れの外れ、にわか作りの兵舎内にある四人部屋だった。

 誰と一緒なんだろう。一抹の不安を懐きながら部屋の扉を開けてみると。



「なんだ、随分なおチビちゃんが来たな」

 明るく、それでいて若干捻くれた声がエルゼリンデを出迎える。狭い室内には簡素な二段式の寝台が二つと荷物を入れる樽が四つ。二つの寝台の下段には、すでに若い騎士が二人、腰かけていた。

 何とはなしにその場に立ち尽くしていると、左側の寝台に座る男が手招きをする。

「そんなとこにつっ立ってねえで、こっち来いって」

 おチビちゃんと言ったのはこの声だった。黒髪に濃茶の双眸、顔立ちははっきりしているが、どこか掴みどころのない男。長身で均整の取れた引き締まった体格は、まさに騎士と言ったところ。年齢はナスカと同じくらいに見える。

「……あ、は、はい」

 エルゼリンデは戸惑いを感じつつも部屋へと足を踏み入れる。

「荷物しまって、ここ座れよ」

 男は自分の隣を軽く叩いた。彼に言われるまま、これから数日着用する必要がなくなる甲冑やこまごました荷物を空いている樽に押し込む。

 腰かけた向かい側には、もう一人の騎士の姿がある。隣の男が濃色だとしたら、眼前の男は淡色だ。色素の薄い金髪に透きとおった水色の瞳、少し冷たい印象を与える端整な白皙。黒髪の男より痩せているが、弱々しくはなく、むしろ細身の剣かなにかを連想させる。

「じゃ、新顔も来たことだし自己紹介でもするか」

 隣に座る騎士は陽気に言うと、親指で自分を指さした。

「俺はギルベルト・シュトフ。所属は第一。で、こっちが同僚の――」

「アルツール・ヴァン・カルステンス。不本意ながらシュトフの同僚だ。よろしく」

 黒髪と金髪の騎士が交互に名乗る。第一と聞いてエルゼリンデは思わず藍色の双眸を瞠ったが、驚きの声を上げるよりシュトフが言葉を継ぐほうが先だった。

「で、お前さんは?」

 エルゼリンデはいったん開きかけた口を噤んで気を落ち着けると、改めて唇を開いた。

「ミルファーク・ヴァン・イゼリアといいます。所属は第三騎士団です……ええと、よろしくお願いします」

 硬い声で告げると、シュトフは黒い髪をかき回した。

「第三ってえと、あのイノシシのとこか」

「イノシシ……」

「ゼルヘルデン将軍は突進するしか能のない御仁だからさ」

 そう説明したのはカルステンスだ。同僚の言葉に、シュトフももっともらしく肯く。

「そうそう。攻撃は凄いんだけど引くことを知らねえからな、あのオッサンは。西方諸国との戦いのときなんざ、イノシシの隊だけ突出しすぎてアスタール殿下の足を思いっきり引っ張ったって話だし」

 第三騎士団の団長であるゼルヘルデン将軍の評を聞いて、エルゼリンデの表情が懸念に曇る。

「だが上層部が無能な分、有能な部下が多いのも事実。さほど心配する必要はないだろう」

 淡々とした声でカルステンスがフォローに入る。ナスカと同様に感情を感じさせない男であるが、こちらはどうやら別段隔意があるわけではないようだ。

「そうだな。第三っつうと、エレンカーク副隊長がいるだろ? あ、今は隊長になったんだっけか」

 初対面の人物からその名を聞いて、エルゼリンデは目を円くした。

「知ってるんですか?」

 彼女の問いをシュトフはあっさり首肯する。

「そりゃ、平民出身初の将軍になるかって目されてる人だし、何より去年まで俺らの上官だったからな」

「ええっ!?」

 図らずも頓狂な声が飛び出てしまう。今の話からすると、エレンカークは第一騎士団に所属していたということだ。第一――黒翼騎士団は少数精鋭を標榜しており、騎士の中でもそこに配属されることは大変な栄誉なのである。その分、いざ入ろうと思っても団長の目に適うだけの実力がないと難しいのもまた事実。

 ……まあこれは、全てザイオンの受け売りなのだけど。

「その反応をするってことは、ミルファークだっけ? お前さんもエレンカーク隊長の世話になったってことか?」

 シュトフの質問で、なかば茫然としていたエルゼリンデは我に返る。

「は、はい」

 それはそれは大いにお世話になったし、今現在もお世話になっている。その思いを込めて端的に返答する。シュトフは一度エルゼリンデを頭のてっぺんから爪先までまじまじと眺めてから、にやりと笑った。

「やっぱり。なーんかほっとけない感じがするもんな」

「あの人はあれで面倒見がいいからな」

 カルステンスも納得顔で肯いている。頼りないと言外に指摘されたようで、エルゼリンデは少しだけ落ち込んだが、いい加減そう見られるのにも慣れてきた。それに、そのような評価はこの先行動で覆していけばいいだけだ。

「にしても、よくそんな身体で遠征に参加しようと思ったな」

 シュトフが感心したような呟きを発する。まあ、エレンカーク隊長が目をかけたってことは筋はあるんだろうけど。そう続けたあとで、不意に顔を歪めた。

「財務卿失脚がらみなのか何だか知らねえけど、今回はやたら使えない、やる気のないボンボンが増えたからな。それに比べりゃ、お前さんは全然マシだ」

 褒められているのかどうかは、比較対象が対象だけに微妙なところだ。

「いくら勝算の高い戦いとはいえ、あんなに経験のないヒヨッコばかり寄せ集めて大丈夫なのかねえ」

「……連中の半分以上はゼーランディアでお留守番だろう」

 シュトフの懸念に対し、カルステンスが苦々しげに答える。

「そうだろうな」

 黒髪の騎士はひょいと肩を竦めてから、エルゼリンデに向き直った。

「ま、同室になったのも何かの縁だ。5日間しかねえけど、お兄さんがしっかり面倒を見てあげよう」

「面倒を見る、じゃなくて迷惑をかける、の間違いじゃないのか」

 胸を張って壮語するシュトフに、カルステンスの冷静な突っ込みが浴びせられる。この二人はなかなか息が合っている。

「仲がいいんですね」

 思わずそんな感想を零す。と、途端に二人の顔が心の底から嫌そうに歪んだ。

「誰がこんなのと!」

 その声も、ぴったりと重なったのだった。





 久しぶりに温かい夕食にありついたあとは、エレンカーク隊長の訓練が待っている。遠征の途上にあってもなお、彼は時間を見つけてはエルゼリンデとザイオン、二人をみっちりとしごいてくれていた。面倒見がいい、という黒翼騎士団員の評価は見事に的を射ている。

「シュトフとカルステンス、だと?」

 剣の訓練を終え、エルゼリンデは今日同室になった二人の騎士のことを話してみた。

 1年前まで彼らの上官だったというエレンカークは、彼女の出した名前に眉を上げる。

「お前、あの二人と同室なのか?」

「そうです」

「え? エレンカーク隊長って黒翼騎士団にいたんですか!?」

 エルゼリンデと同じく、ザイオンもその事実に驚愕の声を漏らす。だが次の瞬間には、「やっぱりな」という表情で何度も頷いている。切り替えの早い男だ。

 エレンカークは褐色の髪をかき回した。

「よりによってあの不良騎士と一緒だとはな……」

 嘆息混じりに落とした呟きを、エルゼリンデは拾い上げていた。

「不良騎士、ですか?」

「性質が悪いとか言うんじゃないんだがな……まあ、朱に交わって赤くならねえように気をつけろよ」

「? 赤くなる?」

 二人とも赤くはなかったように見えたが。不思議そうに首を傾げるエルゼリンデに、エレンカークは呆れを混ぜた嘆息で応えた。

「そんだけ鈍けりゃ大丈夫だろうがな」

 そうして、厳格な隊長にしては稀なほど物柔らかな微笑を閃かせ、エルゼリンデの亜麻色の頭髪を軽くかき回す。

 予想だにしなかった彼の行動に、まずひとしきり茫然とする。

 ――あれ?

 にわかに自分の心臓の音が大きく、激しく脈打ち始めているのを自覚して、エルゼリンデは戸惑った。おまけに顔まで熱くなってくる。夏も終わって、涼しい夜だというのに。

「でも、黒翼騎士団の人と一緒の部屋だなんて、羨ましいなあ。オレなんかむさくるしいオッサン二人と爺さんですよ。四人部屋で三人なら、オレもそっちに移りたいくらいです」

「あほう。いったん与えられた持ち場をほいほいと移動できると思うな。それくらい我慢しろ」

 ザイオンとエレンカーク隊長のやりとりが、どこか遠くに聞こえる。エルゼリンデは一向に鎮まる気配のない自分の心音を持て余しながら、いったいどうしてしまったんだろう、と首を捻るばかりだった。


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