彼女のいる病室
窓から見えるのは、薄曇りのどんよりした空。
入院生活ももう3日目の僕は、暇を持て余している最中だった。
右眼は完全に失明した。残された左眼で、母が持ってきてくれた本を読む。
ふと顔を上げると、築島百合子が来ていた。手術後目覚めてすぐに母に名簿を調べてもらい、近所に住んでいることを突き止めた。彼女は、昨日から見舞いに来てくれている。
「こんにちは。体調はどうですか」
自分が目玉を潰したんだろうがと思ったが、その気遣いには素直に感謝しておく。すると彼女は少し驚いて、
「ありがとうなんて、言えたんですね」
なんて言うものだから、てっきり彼女なりのジョークだろうと思った僕は、声を立てて笑った。
「笑った顔、初めて見ました」
と、彼女はさして表情も変えずに言う。
「僕、そんなに笑うイメージなかったかな」
少しショックだったので聞いてみると、どうやら僕は万年仏頂面でつまらない男だと思われていたらしい。それがクラス全体的の意見だと言うのだから笑わせる。
「今日は、ノート、持って来ましたよ。テストも近いので。コピーですけど、よければどうぞ」
ありがたく受け取り、目を通す。綺麗ではない。が、読みやすい字が並んでいる。その間も彼女は話し続ける。
「失明はしてしまうだろうと思ってましたけど、まさか入院するほど大事になるとは…誤算でした。勉強に支障が出るような形になってしまってごめんなさい。ああ、そうだ。さっきお母様にお会いしました。もうすぐ義眼が出来上がるからと伝えておいてほしいとおっしゃっていましたよ」
そうだ、義眼。僕が入院生活を始めてから唯一、いや、築島が見舞いに持ってきてくれるクッキーの次に楽しみにしていたも の。
「義眼、どんなでしょうね。私、もともとの貴方の目、割と好きだったので、ちょっと残念です。どうしても本物の目玉とは違ってしまいますものね。どれくらいもとの目に近いか、気になります」
自分が潰した目玉の持ち主に向かって、顔色ひとつ変えずそんなことをほざく彼女。
「自分が潰したくせに」
と言うと、
「私、綺麗なもの壊すの、大好きなんです。だから、つい」
なんて答えを平気で返すのだから、いい性格をしている。
「ああ、そういえば」
僕は呟く。
「あのとき言った、殺してくれるって話、本当?」
一瞬、きょとんとした表情を浮かべた彼女だったが、すぐに理解したらしく、
「ああ」
と頷いた。
「もちろんです。約束は守るべきですから」
何かが間違っているような気もするが、これが彼女の「普通」であり、「誠意」なのだろう、きっと。