ある夏の夜噺。
消えたい少年、殺したい少女。
冷たい光を投げかける街灯。
横殴りの雨。
夜の8時。
いっこうにやってこない10分前のバス。
胸中にあるのは「消えてしまいたい」そんな思いだけ。
とうの昔に捨てたオモチャとか、目の前で破られた手紙とか、あるいは今日ゴミ箱で見つけた上靴みたいに、疎まれるだけの僕なんて、消えてしまえばいい。
ぐるぐると考えているうちに、消えるべきは周りか、自分か、わからなくなっていく。
信号の向こうに見えたバスは無視して、雨に濡れて帰ろう。くしゃみをひとつ、回れ右した目の前に、同級生のあの娘が立っていた。
「無意味な人生を、終わらせたくはないですか」
はい。
そう答えた次の瞬間、右眼から光が失せた。夜の闇にこだまする、汚ならしい僕の絶叫。汚染された空気が、どんどん広がっていく。5秒も経たずに、彼女の手によって口が塞がれる。
「叫ばないで」
色のない顔で、彼女は言う。
「目、潰してしまいました。病院、連れてってあげます。詳しいことは、その後話します。だから、騒がないで」
そして、こう続ける。
「貴方の目を潰したのは、私じゃあなくて40代の男。黒い服で、中肉中背の。わかりましたか」
―――はい。
痛みに喘ぎながら返事をする。
「今、救急車呼びました。私はユリコ。築島百合子。ご存知ないでしょうけど、貴方のクラスメイト」
彼女がクラスメイトなのは知っていた。話したことは無かったが。何故、目を、と問う。
「人の心がね、読めるんです。思ってたでしょう。消えたいって。手助けしてあげようと思って」
救急車が着き、彼女は話すのをやめる。そして、担架を持ってこようとする救急隊員を手で制した僕の耳元で、囁く。
「私と一緒に居てくれたら、いずれ殺してあげますよ」