コ・ク・ハ・ク
「ごめんなさい」
好きな子に告白したら即断られた。
こんなことは誰にだってあることだと思う。
ポジティブな人は青春の一ページだった、みたいなことを十年後に行ったりするのだろうけ。れど、とてもじゃないが俺はそんな風には思えなかった。
それだけ真剣に彼女のことを思っていたのだ。
「……はあ」
いつも通り授業が終わった放課後。
俺は窓際の席に陣取ると、窓からみえるグラウンドの方へ視線を向けていた。そこでは、野球部やサッカー部の生徒達が必死な様相でボールを追いかけ練習に励んでいる。
そんな中俺は心ここにあらずの状態でため息を吐き続けていた。
「はぁ――……」
また、ため息がこぼれる。
さっきよりも長いため息が。
告白を断られてから、もう数日が経った。
そろそろ気持ちを切り替えて、立ち直らなきゃいけないことは重々理解している。でも、相手が何年も傍にいてくれたアイツだったから、なかなか立ち直ることができずにいた。
――なーに、やってんだかね。
どれだけため息をこぼそうが過去が変わることはない。
ただただ、後悔というものが心の内に積み重なるだけだ。
「あーやめやめ、辛気くさい。さて、帰るか」
これ以上考え込んでいると、変な犯罪者まがいになりそうだ。もう一度だけ深いため息を吐いた俺は立ち上がると、リュックを背負って外に出ようと教室の入り口に向かって歩く。
と、その時だ。扉の取っ手に手をかけた俺は、扉の向こう――つまり廊下側に誰か立っていることに気が付いた。
扉を開くと、予想通り人がっていた。
「あれ……伊織くん?」
「………………菜穂、何やってんだ?」
自分のことは棚上げにして、俺は放課後の教室にやってきたクラスメイトである少女――牧田菜穂に尋ねた。
だが、大したことを尋ねたわけでもないのに菜穂は困ったような表情を見せると、肩まである焦げ茶色の髪の毛を指でいじり始めた。
「ちょ、ちょっと忘れてものがあってね、取りに来たんだよ」
「そっか。なら、良かったな。ちょうどもう帰るところだったから、閉めようとしてたんだ」
「そ、そっか。あははは……よかったぁ」
胸をなでおろして安堵する菜穂。
その態度自体には何の問題はないのに、何故だか俺は違和感のようなものを感じていた。何というか、とても不自然に映るのだ。
――まあ、それも無理はないよな。
何故なら、彼女は俺の告白を断っている(・・・・・・・・・・・・・)のだから、距離の置き方に困っても仕方がない。
精神的にはいまだに立ち直れていないが、こうやって普通に接されている俺のほうが少しおかしいのだ。
「で、忘れ物があるんだろ。さっさと取ってきちまえよ」
「う、うん、ごめんね。あ、そうだ、伊織くん」
「……どうしたんだよ?」
「さっき、昇降口を通った時に誰かが伊織くんの下駄箱に何かを入れてたよ」
「……はあ?」
何かって……何だろうか。
まあ、普通に考えれば悪戯だよな。
ラブレター……とかいうものが入れられている可能性は捨てきれないが……まあ、冷静にないだろうな。
「どうせ悪戯だろ。ほら、呪いの手紙とか何とか言って人を不安にさせる。まあ、押してくれてありがとう。一応ものだけは確認したら、適当に捨てとくよ」
「呪いの手紙って……大分、世代を疑うほどの古いワードだよ。まあ、そう言うと思ったから、はいこれ持ってきといたよ」
一瞬、唇を尖らせたように見えたが、すぐに笑顔を浮かべた菜穂は俺に長方形の何か刺し出してきた。
「お前なあ……一応、俺の下駄箱なんだぞ。悪戯だろうけど、勝手に開けて持ってくるなよ」
「あはは、ごめんごめん。その、何というか、私も気になっちゃってさ」
「はあ……まあ、いいや。何か封筒みたいだな」
ため息を吐きつつ、俺は菜穂が差し出した封筒らしきものを受け取った。そして、迷いもせずに封を切って、中身を確認した。
「何か便箋が入ってるな。こりゃいよいよ、呪いの手紙が入ってるのかもな」
呪いといっても冗談だということはわかっているので、俺は特に怖がることもなく便箋を開いた。
そして、文面に目を通す。
『覚悟をもって放課後、体育館裏に来られたし! そして、わが心の叫びを聞くがよい!』
………………えーっと、俺は何か人に恨みを持たれるようなことをしたかな。
これって呪いの手紙じゃなくて、不吉な宣告だ。完全に予想の斜め上をいっていて、何てツッコミを入れればいいのかさっぱり想像が付かない。
「何だよ、この不吉な文面は?」
「さ、さあ?」
菜穂も困ったように眉根を寄せて、文面を見つめていた。
「マジで嫌な予感しかしないんだが」
「ねえ、伊織くん。どうするの? 体育館裏に行く?」
「いやぁ……」
さすがにこの文面を見て行く気になれない。
殺されることはないとは思うが、その手前のことまではされそうだ。
「これは見なかったことにして帰る」
「えー何かお面白そうだよ。行ってみようよー!」
「面白いって、俺がぼこぼこにされるところか⁉ そうなのか⁉」
「あははは、まさかー。まあまあ、とりあえず行って見ようよ」
菜穂はツッコミを軽くいなし、強引に俺の手を引っ張って体育館裏へと連行していった。
♪♪♪
「誰もいないみたいんだな」
無理やり体育館裏まで連れてこられた俺は、身をこわばらせながら辺りを見渡した。
言葉通り体育館裏には、俺と菜穂意外に人はいない。ごみ捨て場が近くにあるが、ごみ箱に人が隠れているような様子もない。
まあ、隠れていたら隠れていたららいたらで色々とツッコミたいことがある。そこまでして俺に何かしたいのかと。
「本当にただの悪戯みたいだな。さーて、教室を閉めて帰ろうぜ」
「まあまあ、そう言わずにもう少し待ってみよう。ほら、用事で送り主さんが遅れてきてるだけかもしれないよ」
「あれだけ不吉な文面を送ってきといて、遅れてくるとか考えられないだろ。それに何もないならないで越したことはないしな」
「ま、待ってよ!」
帰ろうと俺は踵を返す。
しかし、菜穂は俺の制服の袖を掴み、必死な表情で俺を引き留めてくる。
「な、ほ?」
「ねえ……お願いだから待って! もう少しだけ、待って……ほんとのほんとにお願いだから」
下から俺の顔を覗き込むように、菜穂はうるんだ瞳で俺を懇願してきた。可愛らしい容姿をしている菜穂にそんな風に見つめられると、素直に頼みを聞きたくなる。
けれど、俺は必死に心を落ち着かせいう。
「あのなあ、家に変え入りたいって言うのもあるが、教室を閉めなきゃいけないし。面倒に巻き込まれることはごめんなんだよ」
「でも………………でも――」
「つーか、何かお前様子が可笑しいぞ」
体育館裏に来る前もどこかぎこちないような違和感があったが、ここに来てからはより顕著になったような気がする。
必死に俺を引き留めようとしている行動が何よりもの証拠だ。
「そ、そんなことは……ないよ」
菜穂はスカートの端を掴んで、俺から視線を逸らしながら否定する。
その様はどう考えてもあからさまに何かを隠している風だった。なぜそこまでして俺をここにとどまらせようとする理由はさっぱりわからん。が、尋ねたところで答えてくれるような気もしないので俺は帰ることに決めた。
「まあ、良いけどさ。本当に俺は帰るからな。そんなに送り主の正体が知りたかったら、お前だけ残ればいいだろ」
「お願い、待ってよ!」
「だから――」
「あーっもう! さっきの手紙は私が書いたの!」
「…………………………はい?」
え、今、菜穂は何て言った。
さっきのあの不吉な文面を菜穂が書いたって?
それはつまり――、
「え、お前なんか俺に恨みでもあるのか?」
ということになる。
けれど、俺にはそういった心当たりはない。確かに菜穂に告白をして困らせたかもしれないが、それはもう解決している。……だって、断られているのだから。
「恨みなんて……ない。むしろ逆だよ」
「逆?」
「うん」
菜穂はゆっくりと頷く。
その面持ちはとても真剣だった。
「私ね、本当は伊織くんに告白された時嬉しかったんだよ」
「ん……ん? 嬉し、かった?」
それはつまり、あれだ。
「じゃあ、菜穂は――」
「うん。私も――伊織くんのことが好きだよ!」
菜穂は顔を真っ赤にしながら頷く。
俺はその言葉を聞いた瞬間、唖然と間抜けな表情を浮かべてしまった。
それもそうだ。だって、俺のことが好きなら何故振られなければいけなかったのか、と思ってしまうのだから。
「でも、俺は断られたんだけど」
「そ、それは――」
一瞬、菜穂は迷ったような表情を作ると、意を決したように一音一音ゆっくりと言葉を紡いでいく。
「私から言いたかったの。でも、伊織くんの方から言われちゃって、それが悔しくて悔しくて」
「……、」
「だから、断った。私の方からきっちりと気持ちを伝えたかったから」
ああ、そうか。
さっきの手紙の内容はそうか。
『覚悟をもって放課後、体育館裏に来られたし! そして、わが心の叫びを聞くがよい!』
心の叫びって言うのは、別に強迫とかそういうことじゃなくて、ただ単に――、
「あははははははははっ! なるほどな、負けず嫌いなだけなんだな」
「も、もう、笑わないでよ!」
拗ねたように菜穂は頬を膨らませるが、俺の笑いが収まらない。
だって本当に馬鹿みたいなことなんだからな。
「いや、だって、これは笑わないほうが可笑しいだろ! はははははははっ!」
「むー……伊織くん、ひどい」
「まあまあ、怒んなよ。さて、俺の返事だけど――」
菜穂が緊張した面持ちで俺の方を見てくる。俺は口の葉を持ち上げ、にやにやとした表情を浮かべる。
「俺も断るわ」
「――え⁉ 何でなの⁉」
「いやだって、そりゃあ、俺もお前に負けたくないからな」
「そ、そんなぁ……」
肩を落として消沈する彼女を見ながら、俺は一つ提案を口にする。
「でも、まあ、何だ。二人同時に言えば、引き分けだから、問題ないんじゃないのかな?」
その言葉に菜穂は目を見開く。
「あははは、なるほどね」
「まあ、だから、何だ」
俺はゆっくり菜穂の顔を見据える。
菜穂も喜々とした表情で俺を見据えてくる。
そして――、
『俺(私)はあなたのことが――』
大切な言葉を紡いだ。