赤との戦い
同級生の友達の作品がとても面白かったのを思いだし、
皆さんに読んでもらうために
本人居許可を取って代理で投稿します。
(※あとがきに本人が投稿しているURLを貼ってあります)
少し説明をするので、興味の無い方は本文へどうぞ~
この小説を書いた彼が、《Operation flags》や来年夏投稿の『狂人病(仮)』、
『学校水族館』の主な編集をしてくれている人です。
今作はGoogle+のコミュニティ企画で
半ば強引(?)に書いてもらった作品です。
《OF》の幕間『幕間 チュートリアル編7 ロッテル、チュートリアルを罵倒する。』の
原案者でもある彼ですが、それからの成長が見られます。
(この2作しか書いて無いはずなのに……汗)
今や高校の国語の模試で全国順位が片手に入ったこともある彼。
どうぞお楽しみください。
蛇口をひねると、冷たい水が火照った手を少しずつ冷やしていく。まだ梅雨にすら入っていないが、日差しは夏のようだし、俺もさっき一戦終えたばかりなので水が冷たいのはありがたい。
一口水を飲むと、俺は脇に立てかけていた1mほどの長さの棒の手入れに取り掛かった。これが長年使っている俺の相棒だ。もう使い続けて3年になる。表面にはまだ赤い液体がついているので丁寧に洗い流し、べたつきがなくなるまでしっかりこする。記憶にある通りの少し赤みがかった枯草色に戻ったところで、蛇口をしめる。
「ボコッ」
少々くぐもった破裂音が響き、一戦の終わりを告げた。見ると、少し離れた砂場で長身の選手が大きめのサイズのを割って勝利したところだった。観客から拍手が沸き起こる。
――そう。今日この砂浜で行われているスポーツは「スイカ割り」。そしてこの大会の名は、「長水市西瓜割り地区大会」。
「スイカ割り」がスポーツとなったのは、今から30年ほど前のことらしい。その年はスイカが豊作で、全国各地で多くのスイカがとれた。しかし、スイカの価格が下落し、「スイカ余り」なる現象が発生した。大量の余剰スイカを何とかできないか、ということで考案されたのがスイカ割りをスポーツにするという方法だった。こうすればスイカを処理しつつ大会で人を集めることができる。全国の市町村が次々とこれを採用し、スイカ割りの知名度は上がった。今では余剰スイカだけではなく、スイカ割用に栽培されたスイカも多く使われている。
スポーツになっただけあって昔のスイカ割りと現在の試合でのスイカ割りは全くちがう。昔は盛り上がりを重視していたので、どちらかといえば「当たらなくてもいい」という風潮だったが、スポーツの「スイカ割り」ではどれだけ速く、正確に割ることができたかで勝敗が決定する。より「競技」としての面が重視されているのだ。
しばらくの休憩の後、再び俺の番が回ってきた。相手は隣の中学の3年生。俺はいま中学2年生なので相手の方が年上ということになる。ただ、スイカ割りは体力差が実力差に結び付きにくいスポーツであるので、腕が確かなら中1からレギュラーということも珍しくない。
棒と目隠しを準備すると、俺は砂場へと向かった。競技が実際に行われる場所は砂場と呼ばれ、縦7メートル、横10メートルの長方形である。砂場には3本平行に線が引かれており、外側の2本に選手が向かい合って立ち、試合を開始すると定められている。俺は線まで進んで、目隠しをした。視覚を奪われる代わりに、聴覚と触覚を最大限活用する。
手には、握りなれた竹の感覚が伝わってくる。これはただ「棒」と呼ばれており、使用してよい材質は竹のみで、長さは3尺。しかし、竹の種類や太さ、加工の仕方によって「棒」の硬さや丈夫さは異なっている。一般的にはしなりがよくて細いものが振りやすいが、スイカを確実に割るだけの硬さも必要である。この大会ではまだ初心者が多いせいか、ほとんどの選手が細く軽いものを使っているようだ。もちろん、俺も硬さより振りやすさを重視している。ただし、少し高級な棒なので他のものよりは若干硬い。目隠しをしているので、相手の棒の様子はわからないが、俺のよりは硬くないだろう。軽いのはいいが、柔らかければ棒自体が割れやすいことによって別のリスクも発生する。もちろん、めったにある話ではないのだが――。
そこまで考えたところで、人が近づいてくる感じがした。すかさず試合モードに切り替え、全神経を集中させる。試合はここで8割が決まるといってもいい。今近づいてきている人は、スイカをセットする人である。丈夫な木の枠に半ばほどまで埋まるようにして固定されたスイカは、両選手から等しい距離にある線上のどこかに置かれる。なぜ「線上」なのかといえば、「定位置」を決めてしまうとスイカ割りにならないからである。目隠しをするのだから、どこにあるかが毎回同じであれば意味がない。こういうといい説明にはなるが、実は初期のころの「スイカ割り」では適当にスイカが置かれていて、定位置がないのはそれを受け継いでいるからだということなのだという。
ともかく、スイカの位置は毎回ランダムであるので、集中して位置を把握しなければならない。スイカと自分との距離は3mから5m。数歩は踏み込まなければ届かない距離である。だからこそ、位置の把握が重要だ。
スイカを置く人の足が止まった気がした。砂の上にビーチサンダルで歩いているので、ほとんど足音もしないが、砂の音の感じと動く音に耳を澄ませれば、どこにいるかはわかる。足音が止まったのは、右斜め前、およそ5mの距離だった。続いて、スイカが砂の上に置かれる音。スイカが重いだけではなく、スイカを固定するための木枠にもかなりの重さがあるので、この音は一番の目安になる。置かれたのは右斜め前、さっきより30cmほど手前だろうか。スイカ割りは始めの姿勢が明確に決まっていないので、スイカが置いてあると思う方向に向かって棒を構えて立ち、棒の先はスイカの方向にまっすぐ向けるのが一般的である。
「用意」
踏み込みを意識しながら体を少し前傾させる。
「はじめ」
右足から力強く踏み込む。このとき、剣道とは違って一切の声を発さず、音もたてないようにする。なぜなら、音を立てるということは、相手に大きなヒントを与えてしまうことにつながるからだ。わざと棒で別の場所をたたいて音を出し、相手を混乱させるという手もあるが、地区大会レベルになればまずそのようなだましは通用しない。
ほとんど走るようにしながら4歩進み、スイカとの距離を縮める。
そして5歩目――棒を上段に構えて、右足で素早く踏み込みつつ振り下ろす。見えはしないが、俺には棒がスイカに向かって一直線に吸い込まれる様子がありありとイメージできる。
少しくぐもった破裂音が響いた。
確実な手ごたえがあった。狙い通り、俺の棒はスイカを2つにかち割った。
「やめ」
とりあえずここまでは勝ち残った。目隠しを外すと、相手が悔しそうな顔をしているのが分かった。だが、出るからには勝つ。トップを目指す。俺には強い意志があった。礼をしながら考える。優勝すれば新しい棒が賞品としてもらえるのだ、と。もちろん、今の棒に不満があるわけではない。3年来の相棒であるし、手にもすっかりなじんでいる。ただ、3年も使い続けた棒はその分だけ折れやすくなる。相棒を折るようなことはしたくないので、そろそろ替え時だとは思っている。しかし、いい棒は価格が高い(これは棒の販売で出た利益の一部を、地域の農業の活性化の資金にするためである)ので、小遣いをしっかりためないといいものは買えない。また、「スイカ割り」というのは、まだ親たちの世代ではスポーツとしての認知度が低く、金を十分にかけてもらえないのが現状である。だから、この大会の優勝賞品が5万円クラスの棒であると知った俺は、優勝し、新しい棒も手に入れようと努力してきた。今はそれが試される時だ。
再び棒を洗い、水分補給を済ませる。
「カァン!」
俺は音に対して反射的に顔をあげた。今のは、相手の棒を打って止めるときに出る音だ。地区大会レベルでも、これができる選手はなかなかいない。目隠しをしたうえで相手の太刀筋を見切るのはかなり困難だからだ。スイカの位置さえ分かっていればスイカの上でブロックすることも可能なのだが、そんなことをする余裕があるのなら、スイカを割ってしまえばいい。だから、有効なブロックができるのはかなりの上級者しかいない。俺は地区大会でトップ争いをするくらいの力量はあるが、まともなブロックができたことなど数えるほどだ。この試合の組み合わせはまだ経験の少ない1年生と2年生だったので、それだけの経験者がいるということか。だが、そんな経験者なら、なぜ速攻しないのか。
「パアン!」
再び、音が俺の思考を引き戻す。だが、今度俺が感じたのは選手に対する敬服ではなく、失望と怒りだった。もちろんこの音は聞いたことがある。忘れるはずもない。棒が割れたとき、ひびが入ったときには、こういう音がする。昔、俺もこれで相棒を失っていた。ただし、俺の場合は家での練習の時に狙いを外してコンクリートに思いっきりぶつけてしまったというのが理由だった。しかし今回は、明らかに2年生の方が狙って1年生の棒を割ったのだ。
不幸なことに、相手の棒を割るのは反則ではない。棒を割られた方は試合を継続できないので負けとなる。
剣道の竹刀と同じように、長期間使っている竹は割れやすいので、その気になれば割ることもできるかもしれない。だが、棒を割るためには自分の力と相手の力、てこの原理などを応用しなければならない。これはスイカに単純に棒を当てるよりよほど難しい。
難易度の問題だけではない。選手一人一人が持っている棒はそれぞれの相棒であると少なくとも俺は思っている。相手が強くなりたいという思いを込めて長年使いこんできた棒を割るということなど俺にはできない。たとえルール上に反則でないと書かれていたとしても。
俺は何とか決勝まで勝ち進んだ。途中には厳しい試合もあった。去年負けた先輩とも当たり、ギリギリのところで勝ち残った。それを支えたのはもちろん優勝したいという気持ちだった。
準々決勝あたりから、顔を知っている選手ばかりになった。ただ一人、さっき相手の棒を割った選手を除いては。あの選手は去年の大会には出ていなかった。名前も聞いたことがない。
だが、決勝では対戦することになった。身長は俺より少し低い程度。だが手に握られている棒は優勝賞品と同じ、5万円クラスだった。俺は開始線に向かって歩きながら、考えを巡らせた。ということは、相手の狙いは優勝賞品ではない。勝利する、つまり「勝つ」ということだけだ。悪く言えば優勝賞品という物欲に頼っている自分と、単純に勝つことだけを求めている相手。だが、という声がする。相手はさっき対戦相手の棒を割った。その行為はスポーツマンのモラルに反する。わずかな迷いを断ち切って、俺は開始線のところに立った。
目隠しをする前の一瞬、俺は相手の目隠しに少し違和感をもった。だが、試合前の緊張感がそれを押し流していく。ようやくここまで来た。長期戦になれば、相手は強いだろう。この棒が割られる可能性もある。だとすれば、速攻で決着をつけるのが最も有効だ。
「用意」
前傾する。
「はじめ」
全力で踏み込み、4歩目で棒を振り下ろす。目隠しで視界がないことなど、もはや気にしてはいなかった。タイムロスはない。相手もこれ以上の速さは不可能だろう。これで優勝――。
「カアン!」
手首を予期せぬ衝撃が襲った。振り下ろした棒の動きが止まり、徐々にこちら側に押し返されてくる。相手がかなりの速さで俺の棒をたたき、押し返したのだ。叩かれたのはかなり俺の手に近いところだった。手をはじめ、相手に棒を当てると失格になるので、これはかなりの精度が要求されるはずだ。
だが今はこの状況を何とかしなければ。俺は手首をひねり、棒を上向けた。相手の棒が浮き上がったところを逃さず、右下に叩き落す。
「カンッ」
反動を利用して棒を左上に戻し、頭の上を通して右上に持ってくる。そして円弧を描くようにして右斜め方向からスイカをたたく。相手は押し込まれたので、今は正面に戻そうとしているところだろう。その隙を突くので確実――。
「カンッ」
相手は防ぎ切った。まずい。だが、ここで防御をしては、スイカを割られて終わりだ。防ぐためには、攻めるしかない。あらゆる方向から何度も、何度も打ち込む。タイミングをずらし、方向をずらす。だが、相手の防御は一向に崩れる様子がない。
これではもう見えているとしか――。
――いや。「見えている」のではないか? 俺はあの目隠しに違和感を覚えた。おそらく、光が透けていたのではないか?
だが、それはあくまで俺の推測だ。ただの疑いに過ぎない。だが、もし見えていたとしたら、フェイントは恐らく意味がない。
俺は踏み込みつつ全力で棒を振り下ろす。相手は踏み込む時間がなかったので、下に押し戻されながら耐える。そのまま数秒間、俺たちは拮抗した。だが、俺は少し左方向に足を動かしていた。
「カン!」
手首を返し、全力で相手の棒を叩き落す。相手の棒はスイカと木枠との間に挟まる。もちろん、俺には見えないのでわからないが、木の枠に当たった音はした。
俺は枠ぎりぎりまで踏み込んだ。
少し遅れて、相手も棒を跳ね上げようと引き戻し始める。
だが、相手の棒の先に向かって俺は棒を突き出した。先を自分の棒の手元でとらえる。
引き戻そうと全力で相手がかけていた力はその棒の先に集中し――
「パァン!」
相手の棒を割り、俺は辛くも優勝した。
結局、相手選手の目隠しは視界が隠れないものだった。棒に関しても、置きっぱなしにされていた優勝賞品を使っていたという。つまり、俺はほしかった棒をこの手で割ってしまったわけだが、惜しい気はしない。まだ何年かはこの相棒とともに戦っていこうと思う。
優勝賞品がなくなってしまった主催者側は焦ったのだろう。俺に「スイカ 20個分」と書かれた小さな板を渡し、「優勝賞品は変更になりました」と告げた。その後、親の車にスイカを10箱積み込んだ。
翌日になって俺は気づいた。家に置かれたスイカ、スイカ、スイカ西瓜すいか……。全部大玉なのを20個……食べきらなければならない。
俺の新たなスイカとの戦いが始まった。
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