84. 小竜のバックグラウンド、強さとは
レイはスマホの画面に書いてある文字を見た瞬間に顔を顰めたが、近くにいるフリーダやエトヴァルトは気が付かなかったらしい。
彼らに不審に思われぬように、レイは意識して無表情を作るとレンへの返事を打ち込む。
麗【詳しい情報】
レン【目的の小部屋に続く道の脇に、白骨遺体が一人分横たわってた】
白骨遺体。耳慣れない単語と非日常的な状況にレイの心の中がざわつく。
1週間前の怪異襲撃時の犠牲者だろうか。いや、町長からそんな話は聞いていない。
ということは、もっと前にここに迷い込んだヒトだろうか。
フリーダが2週間前に採掘場を訪れた時は無かったのだろうか。
それとも、奥までは来なかったのだろうか。
レイの脳裏にそのような疑問が次々と沸いてくる。
レン【骨の量から見てこの遺体は小柄なヒト、おそらく子供だ】
麗【子供?町長は1週間前の襲撃時に犠牲者が出たなんて言ってない】
レン【うん。とりあえず、スマホで写真か動画を撮っておく。後で一応町の誰かに聞いてみよう】
レンの写真を撮るというメッセージに多少レイは引きつつ、指を滑らせ返信をする。
「お前、板を持って何してるんだ?」
フリーダたちの会話に参加せずスマホを見続けているレイに対して、エドヴァルトが疑問を抱いたらしい。
「これは音や文字をやり取りする源具よ。今レンとやり取りをしているの」
麗【身元が分かる物とかは無いの?】
レン【普通の服。それ以外の持ち物は特になし。今映像繋ごうか?】
麗【いらない】
レン【わかった。とりあえずフリーダちゃんやエドヴァルト君に見せたくないから、近くに埋めて簡単なお墓を作ろうと思う。だからもう少し休憩してて】
麗【確かにその方がいいわね。わかったわ】
子供であるフリーダに白骨遺体を見せるのは憚られるし、エドヴァルトは騒ぎ立てる可能性がある。レンのその提案にレイは同意を伝える返信をした。
「ねぇフリーダちゃん」
「んーなにー?お姉ちゃん」
フリーダはレイが持っていた小麦の焼き菓子にパクつき口をもごもごしている。
小さな両手を使って一生懸命食べるフリーダの姿にレイの心は和む。
「前にここに来た時って誰か他にいた?」
「んー。フランクお兄ちゃん」
「誰だ?そいつは」
「いつも町の入り口で皆を守ってる」
(あの梟属の青年ね)
レイ達が昨日フェルティグの町に訪れた際に一番初めに話しかけた青年のことだろう。
(さすがにフリーダちゃん一人でここに来たわけじゃない、か)
「ねーねー。お姉ちゃんって怪異と戦う傭兵団のヒトなんだよね?お姉ちゃんも怪異と戦うの?」
「ふん、餓鬼。こいつは治癒専門の源技能者だ。戦うわけないだ「勝手に侮らないで。私も戦うし、怪異も討伐したことあるわ」
レイのことを戦闘要員ではないと思い込んでいるエドヴァルトをレイは遮りフリーダへ説明した。
途端にフリーダは大きな目をさらに開き好奇心でいっぱいの視線を向けてくる。
一方で、エドヴァルトは雷に打たれた金魚のように目をかっぴらき、口をパクパクさせていた。
「え!じゃあじゃあ、武器とか戦いの源技能とかできるの?!」
フリーダが興奮で声が所々裏返るほどの熱い声を出した。
「私は創造源技、物を作り出す源技能で発現した弓を使うの。その弓から源技能を放って戦うのよ」
レイはそう言うと、指無し手袋を嵌めた手に意識を集中してリカーブボウを創成し、フリーダに見せた。
「すごい!すごい!」フリーダがさらに興奮しながら拍手をする。
「…………お前―――まさかあの竜属より強いとか言わないよな」
一連の流れに対して絶句していたエドヴァルトが恐る恐る尋ねてきた。
「強い?」
(ディルクと比べた強さ?)
予想外の問いにレイは思わず反芻してしまう。
「戦ったことはない。考えたこともなかったわ。でも、怪異に対する殲滅力なら今のディルクには負けない自信はある」
これまでのディルクが戦う姿を思い出して、レイはそう推測した。
「なっ?!お前―――」
エドヴァルトが再度驚き言葉を失っている。
「純竜属より強いだと……」
「別に強いとは言ってない。それに純竜属って何?」
「お姉ちゃん!本当の竜は強いんだよ!おとぎ話でも皆を救ってかっこいいの!」
フリーダが声を弾ませながらレイに教えてくれる。自分が知っていてかつレイが知らないということが嬉しいようだ。
「竜属は最も神獣に近い種属だと言われている。実際に源技能の制御精度も密度も明らかに他の種族と比べて上だ。だが竜属の絶対数は少なく、さらにその中でも竜属の血脈だけを受け継いでいるのを純竜属と言って、さらに希少な存在となる。その殆どが第九派に属し、ドラッヘ州か王領で要職に付いている」
「ディルクがその純竜属だって言いたいの?」
確かにディルクのこれまでの話とは特に矛盾していないが、ディルクの姿を思い浮かべるといまいち実感がわかない。
「ああ。お前らと初めて会った時は想像と違い過ぎで気が付かなかったが、今日、注意深くあの竜を見たら直ぐにわかったさ」
「想像と違うってどういうこと?」
「純竜属は己らが神獣に最も近い存在だと思っている誇り高い種属だ。だから仲間意識が強い、言い換えるなら排他的なんだ。あの時、お前らと軽口を言い合いながら行動を共にしているディルクという奴が竜属だとは思わなかった」
「これまで彼、そんなこと一言も言わなかった」
ディルクの種属の思いもよらない背景を知ってしまい、レイは少しばかり憂鬱な気分に陥ってしまう。
「お姉ちゃん」心配そうにフリーダがレイの腕に触った。
「っまぁ。あいつもお前らと上手くやっていきたいから、あえて喋らなかったんだろう。そ、それに変わり者の純竜属も時々歴史に出てくるし、話にも聞く。確かタージアにも一人いた筈だ」
エトヴァルトが焦りながらフォローするような情報を教えてくれた。
「――――あなた、良い所が無いわけではないのね」
「なんだ!その言い分は!ヒトが折角―――」
「ごめんなさい」
憤慨したエトヴァルトにレイは直ぐに己の失言を謝り頭を下げた。
「ま、まぁ、わかっているならいい」
エトヴァルトが狼狽し顔を恥ずかしい所を覗かれたように顔を赤らめる。
「でも!お姉ちゃんが凄いってことなんだよね!」
フリーダが話を戻すように、レイのことを単純に褒めてきた。
「そう、なのかしら?」
「ふん。何だったらお前ら“異邦の銀翼”を僕のお抱えにしてやってもいいんだぞ」
調子を取り戻したエトヴァルトが尊大に提案してきたが、レイは直ぐに断った。
「いいなぁ。お姉ちゃん強いし怪我も治せるから、皆を守れるんだよねぇ。私も強くなって、町の皆を守りたい!」
フリーダが良いアイディアが稲妻のように閃いたが如く身を乗り出し主張する。
「ふん、子供が何を言ってるんだ。それに強さは社会的地位を上げるのに大事なんだ」
「違うよ!皆を守るためだよ!―――お姉ちゃんもそう思うでしょ?!」
そろそろそちらに向かっても大丈夫か、とレンに対してメッセージを送ろうとスマホを触っていたレイに二人の期待に満ちた視線が集中した。
「私は自分の力を使いこなすために力を付けたから」
レイの返答が望むものではなかったのか、二人の勢いが線香花火のように萎んでいく。
「でもフリーダちゃん、私でよければ町にいる間に簡単な源技能教えてあげようか?」
レイのその提案にフリーダの目が喜びでキラキラと光った。
「ありがとう!約束だよ!お姉ちゃん!!!」
レイの息が一瞬止まるほどに強くフリーダがぎゅっと抱き着いてくる。
そのぬいぐるみのような体の柔らかさにレイは心地よさを感じた。
「レイ。ま、まぁ僕がお前に指南してやってもいいんだぞ」
エトヴァルトがレイの方をちらちら見ながらそう言ってくる。
「……気が向いたら」
そんなレイの返答でも満足だったのかエトヴァルトがにやにやしている。
レン【終わったからそっちに戻る】
震えたスマホに映った通知を見ながら、町に戻ってからも確実に騒がしくなることが想像できたレイは、ふーっと疲れを外へ逃がすように大きく息を吐いた。




