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82. 月夜の下で異端のヒトが

「――ふぅ」


表子刻、午前一時を過ぎ、町の皆が寝静まったころ、レイはあてがわれた部屋にあるバルコニーから夜空を見上げていた。


月の目立つ夜だ。

夜空には厚く大きな雲が多く、月の光を浴びて青白く輝いている。

視界を少し下げれば広がる雑木林が光る雲を蔭へと隠していく。


昼間の復興に励む人たちの活気のある様子とは一変して、レイの耳には頬を撫でる程度のささやかな風が奏でる木々の騒めきだけが聞こえた。


レイが瞳を閉じながらゆっくりとそれら自然の静寂を感じ取っている時だった。


「――――ちゃんと寝ておかないと、明日が辛いよ」


バルコニーの外からレンが声をかけてくる。

町長の家は小高い丘の上にありバルコニーに立つレイは、夜道を歩くレンを見下ろす形だ。


「そっちこそ今日調子悪そうだったのに、こんな夜遅くなに出歩いてるのよ?」

「………眠れなくてね。充源する為に源粒子を制御し過ぎて、なんか変に目がさえて、少し散歩してた」

外からバルコニーへとつながる階段を上がりながらレンが答える。


バルコニーはウッドデッキであり、町中の民家と同様に至る所に爪痕や噛み跡がついている。そして血と思わしき黒ずんだ飛沫痕が所々にある。


「本当に、不思議な町」レイはポツリと呟く。


「周りは怪異に侵食されているのにここの町だけが違う次元にあるかのような澄んだ雰囲気を持ってる。怪異に襲われて町もヒトもボロボロになった筈なのに、皆希望を持って前に進もうとしてる」

バルコニーの手すりの上で腕を組み体を預けながらレイは言った。


「…………レイさんが言うなら、そうなんだろうね」

レンが投げやりな相槌を打ってくる。レイからレンの表情は見えない。


「あの神獣像が沢山あったら、世界中の大地の穢れを消せるのかしら」


「そうだね。仮にエルデ・クエーレの陸地面積が地球と同じだとしたら、148940000平方キロメートル。あの神獣像の守護源技の範囲は約1平方キロメートルだとすると、神獣像が約1億5000個あればカバーできる」


レイの思い付きにレンが真面目に返答してきた。


(いや、レンも冗談に乗ってきたのか)

それを察すると、レイは思わず口元に笑みを浮かべてしまう。


「じゃあ、駄目ね。その数だけあのクラスの光源鉱石も探さないといけないわけでしょ?」

「…………レイさん。あの神獣像だけど、」




「―――こら!二人とも何してるのっ」


レンと取り留めのない会話をしていると、部屋の方から声が聞こえた。


視線を向けると、アガタが割り当てられた部屋のガラス戸からこちらを見ていた。

両手を腰に当て、いかにも怒っています、という格好をしている。


「子供がこんな遅くまで起きてちゃ駄目でしょうに」

そう言ってこちらに歩いてくる。


(如何にもお母さんってコメント)

最もレイには母親と共に過ごした記憶は無く想像でしかない。


(そもそもレンは自称成人済み―――といっても記憶が弄られているからそれも正しいかわからない)


だが、未成年を成年と誤認させるメリットはあるのだろうか、レイはふとそんなことを考えてしまう。


「すいません、アガタさん。どうも寝れなくて」

レンが苦笑いを浮かべている。


「冗談よ、冗談。大丈夫その気持ち分かるよ。こっちの世界に来て大分立つけど、私も時々向こうのこと考え込んで寝れないもん」

アガタもレイ達の方に来ると空を見上げる。


「アガタさんって、その結婚されてて、お子さんもいるんですよね?」

レンが若干言いづらそうに、アガタへと尋ねる。


「そう。だからこっちに来た時は直ぐに向こうに帰りたかった。私の子供ね、双子の女の子なんだけど、まだ小さくて。だから夫と子供が心配だっだ。いや、今でも心配で心配で仕方ないわ―――――でも、こっちで過ごしていくうちに、もう、戻れないんじゃないかって思い始めて。だったらいっそのこと、向こうのこと忘れてしまった方が楽になれるんじゃないかって思うこともあったわ」

普段は穏やかで明るいアガタが自嘲的な笑いを浮かべている。


「アガタさんって向こうの記憶どれくらいあります?」

「レン君は自分に関する記憶が無いんだっけ。私の場合は君とはちょっと違って、こっちに来た頃は、自分に夫とか子供がいることすらあやふやだっだんだけど、そのことに関して誰かに聞かれたり自分自身で疑問に思うと、その日の晩に夢で見るの。自分の記憶を」

だから一時期寝るのが怖かったなぁ、とアガタが続ける。


(レンとは逆ね。でも、この差には何の意味があるのかしら?)


日本での記憶を完全に覚えている、レイ。

自分自身のことだけ思い出せない、レン。

徐々に向こうの記憶を思い出す、アガタ。


「テヲさんと出会って、一ヵ月。彼に手伝ってもらいながら向こうに帰る方法を探したわ。でも、何の手掛かりも見つけられなかったの。それもあって、諦めの気持ちが出始めていたわ。――――でも、レン君とレイちゃんに会えて、戻れるかもしれない、戻りたいって思えるようになったの。だから、ありがとね」

アガタが周りをも明るくさせるような、眩しいほどの笑みを浮かべた。


「お礼を言われることじゃないです。でも早く、日本に戻りたいですね」

レンも、いつものようにヒトのいい笑顔で同意する。


「そのためにも残り2人と合流したいんですけど……」

レンが黒いスマホを取り出し目線を向けながらそう呟く。


「でも晴信は私らを無視して世界中を飛び回ってそうだし、もう一人にいたっては情報が全くないから、先は長そうね」

レイはやれやれ、という気持ちを表現するようにため息を吐いた。


「―――そうだ、アガタさんのスマホに自分たち以外のUserの名前って登録されてます?シゲとか」


(そういえば確認してなかったわね)


シゲはともかく未だ名前すらわからないUser4とアガタが知らない間に近づいていた可能性は否定できない。

レイはアガタの返答に僅かに期待した。


「ううん、無かったと思う。けど後で一応確認しとくね。今はスマホ持っていないから」

「え?持ってないの?」レイが思わず零してしまう。

「うん。スマホとか財布とか大事な物は念のためテヲさんに預けているの。こっちの世界に来た時に、その、夜盗に襲われたり、街を歩いてたら盗まれかけたりして、だから――」

「そうですか」

アガタの顔が伏せられ表情が沈んだのを見たレイが、会話を中断させるように相槌を打つ。


「私、戦えないから。でも君たちみたいに怪異に対抗する為の特殊な力が、私にもあるのかしら?」アガタが人差し指を顎に当てながら考えている。


「源技はどうですか?」

「うん。テヲさんに手伝ってもらいながら制御訓練を始めたんだけど、まだ何かを発現するにはしばらくかかると思う……」


(あの男に手伝ってもらっている、か)


レイはテヲに関して良い印象を持っていない。

怪しい風貌やコミュニケーションが取れないことに加えて、闇源技の気配が濃いことがレイに悪印象を与えている。


(でも、アガタさんの話の中やこれまでのテヲの行動自体は至極真っ当なのよね)


警戒しすぎているのかもしれない。

アルテカンフでいろいろなヒトの悪意に触れたことが、尾を引いているのかもしれない。


(思い込みは駄目)レイは刻み込むように思う。


「まぁ源技能は焦らずに自分のペースで進めればいいと思いますよ」

「…………」

アガタが気に病まないようにか、レンが明るく気軽にそう言ったが、アガタは穏やかな笑顔を浮かべるのみだ。


「―――明日、レン君とレイちゃんは町の外に行くのよね?」


「ええ。近くに小さな採掘場があるらしくて、そこにある源鉱石の回収に行くわ」

「フリーダさんにもお願いされちゃいましたし」


「そっかぁ。気を付けてね――――さぁ、明日のためにももう寝ましょう!」

夜の会話に終止符を打つようにアガタがそう言うと、己の部屋へと戻っていく。


レイ達もそれに倣い各々の部屋へと足を進める。


生ぬるく重たくも弱い風がレイの肌に当たる。


村全体に広がる澄んだ空気とは真逆に位置するその感覚に、無視できるほどの気持ち悪さを感じながらレイはガラス戸に手をかけた。






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