80. 異端、食欲がない
「ありがたいことですじゃ。こんな辺鄙な町の守護に傭兵団の方々が来ていただけるとは」
フェルティグの町の一番奥に建っている大きい家。その客間に通されたレイ達は町長から話を聞いていた。
「で、1週間ほど前に怪異に襲撃されたって聞いたが?」
「えぇえぇ。あれは昼を少し過ぎた頃でしたかの。突然怪異が群れでこの町を襲ってきたのですじゃ。初めは塀の外で撃退に当たっていたのですがの、押し切られ町へと入られて、最終的には教会での籠城戦となりましての」
ベンガルワシミミズクを彷彿とさせる、茶色の毛に黒の斑点を持つ梟属の町長が目を細めながら言う。その声には僅かな哀愁を感じた。
「教会で籠城戦?」
レイが反芻する。
「この寂れた町唯一の誇るべき場所ですじゃ。神獣教の昔の筆頭騎士が若いころ修練した教会と伝わっております。そこには塀のものとは異なる結界源技を発する源具がありましての。それにより凌いだのですじゃ」
「凌いだって、怪異は殲滅したってことか?」
ディルクが町長の話が腑に落ちない様子で尋ねていた。
「いえいえそうではありません。もうだめだと覚悟を決め、最後に皆でその源具に神獣への祈りを捧げた時のことですじゃ。源具が強烈な輝きを放って、怪異が撤退して行ったのですじゃ―――きっと、我々の思いが神獣様に伝わり、救いをくれたのでしょう」
「怪異が―――逃げた、か」
ディルクがレンへと確かめるように目を向ける。
怪異は基本的には理性を失っており、一度標的を定めたら襲い続けるという特徴を有する。
例外は――
「ねぇ。それってアルテカンフであなたを襲ったあの怪異に似た存在ってことは?」
レイが隣に座っているレンに対して小さく意見を求めた。
以前に怪異化したヒトにレンが襲われた際に似た例をレイは聞いていたからだった。
だが、町長の前でヒトに操られた怪異の話をするわけにはいかない。いたずらに不安を誘発するだけであり、レイ達はアガタ達にもこのことを話していなかった。
「どうだろう、わからない。その可能性は否定できないけど、その源具が怪異を退ける効果があることも十分に考えられる」
レンからは無難な返答が返ってくる。レンの目の前に置かれた湯飲みには手が付けられていない。
「あれから怪異が襲ってくることもなく、ワシらは町の復興に当たっているというわけですじゃ。といっても現在この町は完全に孤立しておりましての。外からの物資は入ってこず、完全な自給自足を強いられていますのじゃ。幸いにして、この周りは自然の恵みが豊富での。湧き水や川魚、獣に山菜と、最低限生きていく分には困らんのじゃが」
町長は穏やかにホッホと口ばしを鳴らしながら笑いながらそう閉めた。
(確かに。ここに来るまでの大地の侵され具合を見たら、外からの支援が無いのも納得だわ)
レイはここに来るまでの道中を思い出す。
「町の状況は理解した。では次に依頼内容の確認に入らせてもらう。依頼内容は怪異の調査及び、発見した際の討伐と聞いている。代金は連合に既に支払い済みだそうだな。俺たち‘異邦の銀翼’は依頼期間を終えた後、連合から報酬を貰う。だから俺たちがここで滞在する間の宿と食事を負担してもらうことになっているが、間違いはないか?」
ディルクが事務的に話を進める。
「えぇえぇ。もちろんそのことは伺っておりますのじゃ。部屋はこの家に3部屋用意しております」
「あ、じゃぁ私とテヲさんで1部屋使わせてもらってもいいですか?」
「わかった」
アガタの提案をディルクが了承する。
「町長。本来なら俺たちの担当は3日後からなんだが状況が状況だ。今日から依頼を始めさせてもらう、追加報酬の要求はしないから安心してくれ」
ディルクが胸を張りそう断言した。
「本当に、本当にありがたいことですじゃ」
町長が目を瞑りながら祈るように何度も感謝を述べてくる。
―――――――――
「よし、じゃあ作戦会議を始めるぞ」
町長の話を聞いた後に、各々のあてがわれた部屋へと行き、荷物の整理や軽い休憩を取ることにした。
そして半刻程経った後、レンとディルクの部屋に集まった一同は、昼食前に今後の行動方針を固めるべく集まった。
床には破れた緑色の絨毯が敷いてあり、皆で円を描くようにその上に座りながら話始めた。
時刻は既に表戌刻、11時を過ぎている。
「怪異が存在することは確かだから、基本的には探し出して殲滅することになるのかしら?」
「でも怪異って何処にいるものなの?」アガタが素朴な疑問を投げかけてくる。
「……侵された土地?この町を除いてここら一帯全部そうだけど――でも、遠くに探しに行っている間に町が襲われたら不味いわね」
「2手に別れるか?怪異の探索組と、町の護衛組だ。その場合必然的にアガタとテヲは町の護衛組で、レンとレイが分かれる必要があるな」
「まだ町には怪我人がいるそうだから、治癒源技が使える私は残ったほうがいいわね」
「ということは俺とレンが探索組か―――レン?」
レイとディルクの会話が盛り上がる中、黙り込んでいるレンを不審に思ったディルクが声をかけた。
「………さっき町長が言ってた教会の源具ってやつを一度見に行きたいな。守護源技がどれくらいの強度なのかってのと、源鉱石に充源できる型なら自分が源粒子を補充できるから」
レンが両手を頭の後ろに組みながら言う。そこには若干の疲れが見える。
「えっ?!レン君って充源者なの?」アガタが驚いた様子でレンに聞いていた。
「あぁ、そうだぜ。こいつは基本属性ならすべて充源できる。俺たちの傭兵団の充源担当だ」ディルクが誇らしげに答えた。
「ちょうどこの部屋の光源鉱石が切れてるみたいだから――」
レンがそう言いながら壁に設置されている源具に手を当てると、光源粒子が集積する感覚をレンは感じた。そして源鉱石に光が灯る。
「本当に、充源できるんだ……」アガタが茫然とした様子で呟いた。
「レン、後で私の部屋の源鉱石もお願い」
「わかった。あと町のいろいろな源鉱石や源具の充源が切れてるかもしれないから、後で町長に聞いて主要な奴は充源しとこうと思う」レンが目を擦りながら言う。
「よし!なら今日は町の中の整備と調査に集中するぞ!」
「異議なし」「了解」
ディルクの決定に、レイとレンは即座に返答する。
「私もかまいません」「―――」
アガタとテヲも了承の意を示した。
コンっコンっ
本日の行動方針が定まった時に部屋のドアがノックされた。
「失礼しますじゃ。昼食をお持ちしたのですが」
その町長の声が聞こえたので、近くにいたレイは扉を開けた。
そこには料理が乗った2段式の台車を引いている梟属の壮年の女性と町長が立っていた。
「質素で申し訳ないですが、この町の近くで取れる山菜と川魚をふんだんに使った料理ですじゃ」
町長は料理が乗った皿をレイ達が座っている中心に置いていく。
タラの芽の炒め物やアケビの芽のお浸し、イワナの塩焼き、ヤマメのムニエルが並んでいる。
いずれもが食欲をそそる匂いを発しており、空腹感を感じていたレイのお腹を誘惑してくる。特に川魚はレイの好物だったため、テンションが少しばかり上昇した。
ディルクやアガタ達も同様なのか、女性が料理を並べ終えると、町長たちに一声かけて早速食べ始めた。
そんな中レンだけは目を細めたまま、料理に手を付けようとしない。
「ん~どうしたレン。食欲無いのか?お前好き嫌いとかないだろ?」
ディルクが口に料理を含んだまま問いかけていた。
「…………黄泉戸喫、よもつへぐいって知ってる?」
レンが唐突に皆に聞いてきたが、誰一人として答えるものはいなかった。
「レン君、なにそれ?」代表してアガタが尋ねる。
「……黄泉のものを食べるとこの世に戻れなくなる、って意味です。日本や海外の昔の物語に出てくる言葉です―――ふと、それを思い出して」
レンが憂鬱そうに大きくため息を吐いた。
「あなた、それ、今更過ぎない?」
エルデ・クエーレという異世界に来て一月以上経った現在、今更そのことを気にするレンに対してレイは思わず呆れてしまった。




