78. 向上心が紡ぎ、隠し事が始まる
日の光がまだ照り付ける前の早朝、宿に併設された訓練スペースの隅でレンは目を瞑りながら座っていた。
レンは毎朝の日課である源粒子の制御訓練を行う。
(――――)
一月以上継続してこの訓練を行ってきたが、ストレッチや筋トレのようにやればやるだけ制御効率の向上が感じ取れた。
ここ最近は頭から腕、手、心臓、お腹、腰、太もも、ふくらはぎ、足の順に源粒子を集積させるというメニューをこなしている。
全体の源粒子。雷と闇源粒子のみ。外部の源粒子、と種類に応じた制御も始めている。
「よし。時間は―――3分15秒か」
闇源粒子の制御を終えたレンは、手元でセットしておいたスマホのタイマーを見て時間を確認する。
(昨日のタイムよりは早いけど、まだ誤差範囲レベルだ。闇源粒子の制御が甘いな)
レンが自己評価をしていると、小竜姿のディルクが飛びながら近づいてきた。
「こっちの準備はできたぜ」
「ありがとうディルク」
レンは立ち上がり訓練場の中心へと移動する。そしてポケットから差し棒を取り出した。
「さて、じゃあ始めるぞ。俺が今から源技能でお前を攻撃する。それを避けつつお前は訓練場にある的を破壊するんだ――といっても俺の源技能は見かけだけで中身はスカスカにするから直撃してもそんなに傷は負わない。だが―――本気で避けろよ」
「わかってる。自分の戦闘の型的に回避からの攻撃が大事だしね」
訓練場のところどころに置いてある的を見ながらレンはそう答えた。
「そうだ。戦闘経験の少ないお前が真っ向から勝負するのは不利だからな―――じゃぁ始めるぜ!」
ディルクはそう言うや否や即座にサッカーボール程の火球を発現し、レンへと放ってきた。
「いきなりかっ」「不意打ちしないとは言ってねぇ!」
レンは翔雷走で左へと避けると、地面に置かれた空き缶へと差し棒を向け雷閃の放とうとした。
「おっと、そう簡単にやらせるかよ!」
ディルクが小さな翼をはためかせた。
大気中の緑色の粒子がそこに集積する様子がレンには視える。
(風源技か!あの形態と範囲のやつは―――)
突風を発現するものだ。
レンの動きを封じるのが目的だろう。
レンはそう判断すると、逃れるべく再度移動した。
―――――――――――――
ディルクと戦闘を開始してから5分以上は経っただろうか。
常に場を観察し、次の一手を思考し、対応するために発現する。
辛うじてディルクの源技能を避けることは出来ているが、一瞬の時も気が抜けない。
ディルクは土源技や風源技による様々陽動や牽制を駆使しつつ、炎源技でレンを攻撃してくる。
実際の時間以上の長さをレンは感じつつ、最後の的へと標準を定めた。
(これで終わりだ)
訓練場の丸太に括りつけられた表札ほどある板へと、速度重視の雷閃を当てる。
(よし!――――!?)
レンが手ごたえを感じ僅かに気持ちを緩めたが、雷閃が当たった的は無傷だった。
(今までの的はこの雷閃で破壊できてたのにっ)
この的だけ耐久力が明らかに違う。
その事実を認識したとき、後方から炎源技の熱を感じた。
(ここで広範囲の源技かっ!)
既にディルクから放たれたその炎の波はレンへと迫ってくる。
レンはそれを防ぐために左手で闇源技を発現すべく源粒子の準備を始めた。
だが、レンの発現よりも炎の波が到着する方が明らかに先だった。
レンはそれを即座に判断すると翔雷走で右へと瞬時に躱したのち、再度雷閃を発現し最後の的を破壊した。
(―――危なかった)
「っと、終わりか。まぁ初めてにしてはそこそこ良かったんじゃないか?」
レンは疲労により思わず座り込んでしまう。緊張を保っていた意識を緩ませ、大きく息を吐く。
「不測の事態に対する対処は流石だな。初めの不意打ちや硬度の違う的に対しての、判断速度も対応も悪くない」
「まぁ自分自身が翔雷走で不意打ちしがちだからね。あと実践を嫌って程経験したし」
レンは過去の戦いを思い出しながら苦笑いを浮かべる。
「―――だが、雷源技から闇源技の移行が遅い」
「うん」
「お前、俺の炎波を防ぐために闇源技の盾を発現しようとしたが駄目だっただろう?あれが間に合っていればもっと早く的を破壊できていた」
「おっしゃるとおり」レンがげんなりする。
「異なる源技能の同時発現まで出来なくても。瞬時に切り替えて発現できればより手数を増やすことができる。こればっかりは反復練習だな」
ディルクの助言にレンは頷いた。
「そして――もう一つ翔雷走に関してだが」
「あーやっぱり気が付いた?」
「お前と一度でも対峙すれば、ある程度の実力者ならわかる」
「これって結構やばい弱点だよね。今のままじゃ一発芸にしかならない」
「弱点というか改善点だがな。だが、俺には具体的な助言はできない。お前自身が何とかするしかない。それだけお前の翔雷走は特殊な源技能なんだ」
ディルクのその言葉を受けてレンは、はーっと大きなため息をつく。
自分の至らぬ所が露呈したことにより若干憂鬱になった。
「まぁそう気を落とすなよ。もともとこの訓練は直すべき所を見つけるためのものなんだからな」
レンの肩の上に移動したディルクが軽く言った。
「うん―――あ、そうだ」
「どうした?」
「ディルクが源技能を発現した際の、自分の動き出しってどうだった?」
「どうだったって――そうだな。こっちがまだ発現途中なのに、使う源技能が完全にバレてるから、やりずらいったらなかったぜ。お前の目で視えてるんだろ?」
レンの質問にディルクが顔を顰める。
「まぁそうなんだけど。そうか………少なくとも源技が可視化できる状態になってから動くべきだな」
レンが口元に手を当てそう呟く。
「?どうしてだ」
「自分が源粒子を目で認識できることをなるべく隠しておきたいんだ。自分のこの力は本当に特殊だ。汎用性が高すぎる。戦闘での先読みはもちろん、源技能や源具が日常的に使われているこの世界において、ありとあらゆることの分析に応用がきく」
「なるほどな。確かにさっきのお前の動きだと、何かしらの手段で先読みをしていることはバレバレだな」
レンはベンチのところまで移動すると、リュックの中から水筒を取り出して水分補給を始める。
ディルクもタオルを取り出し、己の体を拭き始めた。
「俺の方はどうだった?お前を見習って牽制をしてみたんだが」
「そうだなぁーー初めの不意打ちの炎源技は―――」
そして、再度戦闘訓練の細かいフィードバックをレンとディルクで始めた。
――――――――――――――
「――――どうして、私を、誘わなかったの?」
ベンチに座ったレンたちの前で、レイが凄みをきかせながら睨んでいる。
瞳は細められ、眉間には皺が寄っている。完全に目の前のレイは怒っていた。
「い、いやぁ。思い付きで決めたし、朝早いから、申し訳ないなって」
「そ、そうだ。決してお前のことを忘れていたわけじゃねぇ」
「それに、この後怪異が出るっている町に行くじゃん。力は蓄えておかないと」
レンとディルクが目の前の少女の怒りを鎮めるために必死に言い訳をする。
「次は、絶対に、声をかけて」
レンの肩をぎりぎりと掴みながら、一言一言を区切りながらレンたちに叩き込むようにレイは言ってきた。
戦闘訓練に関して意見を出し合っていたレン達だったが、暫くした後に朝の散歩をしていたレイが、レンたちに近づき声をかけてきた。
だが訓練場の荒れた様子にレイはすぐに何かを察したらしく、レン達に詰め寄ってきた。
そして、レンとディルクは戦闘訓練を行っていたことを喋った。
「私もしたかった。これまで基礎的な訓練ばかりだったし、対人の訓練なんて一回もしなかったじゃない」
レイの不満ももっともだった。
「仕方ないだろう。連合の立ち上げと依頼達成の為の準備や訓練、旅に必要な源技能の取得といろいろやることがあったからな。今回は思い付きだったんだ」
「………わかったわ」
レイは絞り出すように声をだすと、ようやく表情を和らげた。
「レン。あなたとの訓練は絶対に為になる。だから近いうちに絶対にやりましょ」
「いいけど、なんでそう思うの?」
「あなたの反応速度と移動速度は正直凄い。そんなあなたに源技能を当てることができれば、素早い怪異にも余裕をもって対応できる」
「的扱いだな、レン」ディルクがレイの考えに笑う。
「――やっぱりレイさんもそういう認識なんだね」
「?だってあなた源粒子を視れるし、翔雷走があるじゃない?」
レイが不思議そうに返答してきた。
レンはレイのコメントを受けて黙り込む。そして、何かを決めたように顔を上げた。
「お願いがあるんだけど―――自分が源粒子を視れることはこの3人だけの秘密にしてほしい」
「それは、いいが」ディルクが困惑しながら同意する。
「―――あなた、あのテヲって男を警戒しているのね」
レイの発言にレンは頷く。
「念のため。テヲさんの見た目と闇源技の印象がちょっとね。様子をみたいんだ」
「アガタにも隠しておくのか?」ディルクが疑問を投げかけてくる。
「アガタさんはテヲさんを信頼しているから、喋っちゃうかもしれないし―――まぁ大丈夫そうだと思ったら、折を見てちゃんと言うよ」
レンはそう言うとリュックサックを背負い宿へと歩き始める。
「さあアガタさん達と合流したら、依頼を受けた町“フェルティグ”に行こうか」




