41. 歪んだ構造に歪んだ召喚
「今後の意志?」レイが不思議そうにレンへと尋ねる。
「そう…です。レイさん」
先ほどの遣り取りの途中からレイに対して敬語ではなくなっていたことに気付いたレンは、取り繕うように丁寧に喋る。
「さっきみたいに喋って。そもそもあなたの方が多分年上」
だが、レイはそれを見咎めてきた。
「わかった。―――で、ディルクから聞いていると思うけど自分たちは“危機を根本的に打開できるヒト”として”勲者達に召喚されたらしい」
レンはそう言うと、少し離れたところに座っている老師を見る。
(そういえば、老師は前第7勲。もしかして、何か知っているかも)
レンが老師に尋ねようとした時だ、レンの視線を感じ取ったのか老師が先に口を開いた。
「我がまだコスバティーアに属していた時に、他の勲者からその計画の草案を聞いたことがある。というても、口頭ではあるが」
老師はそう言うと、口を閉ざした。
(そんなに前からニンゲンの召喚は計画されてたのか)
少なくとも10年20年以上前から、レン達の召喚は考えられていたことになる。
「さっきのスマホの件も含めて、恐らく自分たちのこの世界での役割は、怪異からエルデ・クエーレを救うことだと思う」
そのレンの予想にディルクが大きく頷いている。
「そして、自分たちを選んだのはこの世界の神様ともいえる存在の“神獣”らしい。一体何を基準に選んだのかは定かじゃないけど、自分たちを選別し、スマホを介してこちらの世界に召喚した」
「自分は――それに、神獣や勲者たちの意思に応じるつもりではある」
そうレンが言った瞬間に、ディルクとレイが勢いよくこちらに顔を向けてきた。
「上手く、言語化できないけど、このまま怪異の事を見て見ぬふりをして、ただ日本に帰る方法だけを考えるのは嫌だ。それにもしかしたら、自分たちがこの世界で役割を果たしたときに、日本に帰ることができるかもしれない」
「どういうこと?」
レイが続きを促す。
「単純に考えて、自分たちこの世界にいる理由が神獣から見て無くなった時、自動的に戻されるかもしれない。もっと確実性の高い方法を言うと、すべてが終わってから自分たちを召喚した勲者が“特別な属性“による源技能で、自分達を日本に送り返してくれるかもしれない」
「なるほど。最悪勲者と取引すればいいのね―――この世界をなんとかしてやる。だから終わったら返せ、って」
レイがレンの意図を察したように言葉を続けた。
レンはそれに頷く。
「正直に言わせてもらうとこの召喚は、とても理不尽で非人道的だと思う。だって、こちらに殆ど選択権が無いから」
レンとレイはディルクに視線を向ける。
ディルクの灰色の耳は垂れており、気まずそうにしている。
「―――すまない」
「ディルクが謝ることじゃないでしょ」
レンはディルクに軽く返した。
「私もそれにのる」
レイがはっきりと言った。
「いいの?レイさん。正直とても危険だと思うよ。死んでもおかしくない。だから、安全な場所に隠れていてもいいと思ってる」
レンはあえて脅すようにレイに聞く。
「えぇ。私はカルメンやハイン達を守りたい。そして、必ず―――日本に帰る」
レイの目に迷いはない。水晶のようにキラキラとした瞳だ。
「―――わかった。じゃあそれを踏まえた上で今後どうするかを考えよう」
レンはレイの選択に心の中で感謝しつつ、本題に入った。
「あなたのことだから何か考えがあるのでしょう。聞かせて」
レイは、段々とレンのことを理解してきたのか意見を求めてきた。
「うん。取りたい行動としては主に二つ。一つ目は、残りのニンゲン三人と合流すること。おそらくその人達も、自分やレイさんみたいに怪異に対して特異の力を有しているに違いない。このスマホの位置機能を使えば探すことは可能だ」
レイとディルクがそれに賛同するように頷く。
「そして二つ目は――――勲者に会う」
レンがそう言った瞬間に声が上がった。
「駄目だ!!」
ディルクだ。
ディルクが起き上がり、大声で反対してきた。
「?何故反対するの。あなたは勲者の部下でしょう?」
レイが不思議そうにディルクを見上げる。
「ぐっ、それは―――」
ディルクは動揺しているのか、言葉が上手く見つからないようで、口を開いては閉じたりを繰り返している。
「ディルク?」
レンもそのディルクの様子に、疑問が頭の中に浮かんだ。
次に口を開いたのは思わぬ人物だった。
「竜属よ。言ってやればいい。“勲者がお前たちに危害を与える可能性がある”、とな。」
「はぁ!?」
老師の言葉に、レンは驚きを隠せず声を上げてしまった。
ディルクは何も言わず唇を噛み締め大きな拳を強く握り、震えている。
そして、ゆっくりと口を開けるとディルクは話し始めた。
「あぁ。確かに、その通りだ――――レンにはゲムゼワルドの宿で少し話したが、俺は第9勲“女帝”ヒルデグント・フェルスター一派の構成員だ。俺は神獣綬日の日、あの草原にいるよう女帝に命じられた。そこに現れるヒトと―――会うために」
「やっぱり。ディルクはある程度事情を知ってて、あそこにいたんだ」
そのレンの言葉にディルクは頷く。
「そして、レンが空間を割るようにこちらの世界にやってきた。お前は気絶していたが、その時、俺は即座に女帝に源具で伝言を飛ばした。“召喚されたニンゲンを発見”、と」
「俺はニンゲンという存在がいることも、その特徴も知っていた。だからレン、おまえにゲムゼワルドの宿でそれを追及されたときは焦ったぜ」
ディルクは良心の呵責を感じているかのように、声を潜めた。
「そして直ぐに女帝から、いや第9派から返信があった。“監視をし、もしもの時は処分しろ”とな」
獰猛な顔をしているディルクに物騒な言葉を使われると怖い。レンは単純にそう思った。
「どういうこと?私たちを召喚したのはその勲者。なぜ、自分で呼んでおいて処分なんて命令をだすの?」
レイが嫌悪感を露わにし、眉を顰めディルクに言う。
「そもそも勲者が私たちを呼んだのに、何故勲者は私たちに接触してこないのかしら」
最もな疑問だ。レンはそう判断する。
(そうだ。既にディルクが自分達と接触している以上、勲者達に自分たちの居場所は割れているはず。いや、まてよ。そういえばディルクはあの時)
「ディルク。勲者、コスバティ-アは一枚岩じゃないってゲムゼワルドで言ってたよね。それって―――」
レンの言葉を継ぐように、ディルクが話す。
「あぁ。以前から勲者の中で“ニンゲンの扱い方”に関して揉めていた。俺が女帝にレンのことを報告したが、女帝は他の勲者にその情報を渡していない筈だ。勲者によっては、即座にレン達を殺しにくる可能性もあったからな。だから他の勲者やその一派は、未だ召喚されたレン達を探しているはずだ」
(そうか―――そういうことか)
レンはディルクの説明により、“ある疑問“を解決した。
「殺しに来る?何故。」
レイが、老師が初めに言った言葉に対する質問をディルクに投げかける。
「それは、お前らが―――ニンゲンだからだ」
(回答になっていない。答えたくないのか、答えられないのか。)
そう、レンは思いつつも、便乗してさらにディルクに突っ込む。
「ニンゲンだとどうして?」
レンの言葉に、ディルクは凶悪な顔をくしゃりと歪める。
「―――すまない。俺はニンゲンだからとしか言いようがない。ニンゲンは危険な存在だという教育を受けてきたんだ」
「それじゃあ、納得できないわ!」
レイが吠えた。レンにもその気持ちは十分に理解できる。だが、
「レイさん。答えられないものは仕方がないよ。」
レンはレイを諌めた。
そして、あるヒトへと顔を向ける。
「老師は、ご存じなんですよね。ニンゲンのことを」
レイとディルクも即座に老師へと視線を移した。
「あぁ。伝聞ではあるが。―――昔、ニンゲンの世界とエルデ・クエーレが繋がったことがあったようだ。その際、ある悲劇がニンゲンの手によって引き起こされた、と」
「ある悲劇?その詳細は?」
「そのことを詳しく知っているものは、今は第1勲、第2勲、第4勲ぐらいであろうな。ニンゲンの話題が上がるたびに、彼らは酷く顔を歪めておった。特に、第4勲“帝王”アマデウス・アドラーのニンゲンに対する憎しみは計り知れない。怒気で話し合いの会場が破壊されることもあった」
(エルデ・クエーレの国王がニンゲンを殺したい程憎んでいる)
あまりよろしくない。
いや、今後この世界で行動することを考えた時、最悪と表現しても問題ないだろう。レンはそう心の中で思う。
「あぁ。実際に帝王の派閥、第4派はレン達を捕獲しだい実験動物にするらしい、との情報がこっちにも入ってきている」
ディルクの酷く物騒な言葉に、レンは戦慄を覚えた。
「勲者の中には、危険なヒトもいることは理解した。だったら、ニンゲンに対して穏健派な勲者に会うことは?それこそディルクの派閥の女帝は―――」
「確かに女帝は他の勲者に比べればまだ穏健派だろう。だが、それでもお前たちに、かなり警戒している」
ディルクが言外に、会うことの危険性を示唆していた。
沈黙が、場を支配する。
この話し合いの中で一体何度目であろうか、レンはぼんやりと思った。
「―――でも、この世界の危機を本気で救おうとするなら、いずれ会う必要がある」
レンはポツリと呟く。誰からも返答はないものの、レンに意見に同意していることは感じ取れた。
「わかった。今度俺が第9派と連絡を取るとき、ニンゲンが会いたがっているという旨を伝えておこう」
「ありがとう。ディルク。でも―――気持ち悪いな」
レンは眉を、顔を顰める。
「何が?」
レイが聞いてきた。
「勲者は自分たちを召喚した。この世界の危機を救うために―――でも勲者達は自分たちを危険人物だとみなしている。それは現状、自分たちを召喚したことが意味のないものになっているし、どちらかというと負の方向に働いている。――――何かがおかしい、歯車が狂っているというか、何かが噛みあってないというか」
レンはそこまで考えると、思考を打ち切った。
「とりあえず、今後他のニンゲンと合流することを第一に考えよう」
「そうね。それを優先すべき」
レイが頷き同意する。
話し合いは上々だった。
レイの意志も確認でき、それがレンと同一のものであり、
そしてディルクからも勲者やニンゲンに対する見方といった重要な情報を聞くことができた。
「レン。ということは、私たちは今後、いろいろなところを旅することになるのよね。」
レイがレンに確認をしてくる。
「うん。スマホの位置情報が手に入る距離まで近づけるように、なるべく移動する必要があるからね」
「だったら、言っておくことがある。どうしても旅をする前にはっきりさせておきたいこと」
レイが再度改まった。
「私は今日初めて怪異の感覚というものを掴んだけど。その感覚と同じものを―― ―――この街に来てから何度か感じ取った。とても弱いものだけど」
「おい!それって!」
ディルクが焦ったような声を出した。
レンの脳裏に、ゲムゼワルドでの記憶とつい先ほどの記憶が思い起こされる。
突如出現する怪異。
「そういえば、ゲラルトさんが街の中で怪異の目撃情報があると言ってたっけ。あの時は冗談だとばかり思っていたけど。こうなってくると―――ゲムゼワルドと同じようにアルテカンフの街が狙われているのかもしれない」
鉛でも含まれているかのように重い声が、レンの口から出てきた。
――――――――――――
話し合いも終わり、山彦庵からダリウス邸に戻ろうとディルク達は腰を上げる。
ディルクの想像以上に体は固まっていた。
足が僅かに痺れているのを今更ながら感じた。
(しかし、こいつらは)
ディルクは、レンとレイを観察する。
二人は、ニホンに関する雑談をしており、ディルクにはその内容をほとんど把握できなかった。
二人とも獣人達と比べて明らかに小さく弱そうに見える体ではあるものの、その身には異端の強さを秘めていることを、ディルクは再度強く認識した。
(正直、罵声を浴びせられても、おかしくないと思ったが―――)
「こういうのを人生ハードモードっていうのかしら。」
「うーん。確かに。そもそもどれくらいハードなのか把握できないことが、一番きついと思う」
「確かに、そうね」
(女帝に、第9派にレン達と会ってもらえるように、頼み込むしかない。俺は俺に出来ることをしてこいつらと共に行く)
ディルクは心の中でそう、決意した。
「―――竜属よ」
突然、老師がディルクに話しかけてきた。
ディルクは驚き、思わず身を震わせてしまった。なぜならこれまで老師は基本的にレンにしか話しかけていなかったからだ。
体を老師へと向けた。
黒のローブを身に纏った老犬獣人は、目を閉じたまま顔はディルクに固定されている。
(ヴァルデマール・ヴィルへルム、か)
老師ヴァルデマール・ヴィルヘルム。ヒト嫌いで有名な前第7勲。
ヒトに対して不信感を常に有しており、彼が認めた者のみだけが傍にいることを許される。今まではダリウス・デュフナーを含む数人だけがそれに該当していた。
第2勲と並んで源技能の研究者としては超一流であり、特に闇源技に関してはヒトの記憶、性格すら意のままに操れるとの噂もあるほどだ。
「そなたが女帝に近しい存在であることは我は理解した。だが、女帝から命を受けたにしては、そなた――――甘いな」
老師の指摘にディルクは一瞬にして頭に血が上り、反論しようとしたが何も言えなかった。事実だったからだ。
「いずれそなたは、自分の主君とベーベ達との間で、苦境に晒されるであろう」
そう言うと、老師は部屋から退出した。
(もし、女帝がレン達を処分しろと命じてきたとき、俺は――――)
「レイさん。こっちの世界って――――使えないよね」
「えぇ。かなり不便で私も初め苦労した」
「自分もそう。意外と頭使うもんだったよ」
(俺は――――)
正体不明で不快な黒い靄が、ディルクの心の中にジワリと広がるのを感じた。




