37. 異端、自分の領域を展開する
レンのお願いで、先ほど蚯蚓怪異にディルクの炎源技で攻撃を仕掛けた。
怪異に傷を負わせることはできなかったが、その火球を尾で打ち払ったことから直撃することは避けるらしい。牽制程度の効果は期待できそうだった。
しかしながら怪異は、攻撃を仕掛けたディルクを無視してレンに攻撃を仕掛けてきた。
「やっぱり、この怪異は―――自分とレイさんをだけを狙ってる」
ダリウス達から離れたことは良判断だった、レンは心の中で僅かに安堵する。
そのことをレイとディルクに伝えて、さらに拠点から距離を取る旨を話すと、
「わかった」
と、カルメンの安全を気にしているレイからは即座に賛同が得られ、
「―――まったく」
ディルクからは、盛大なため息を吐かれた。
怪異の源技能を受けないように細心の注意を払いながら、レンたちは怪異を誘導し拠点から離れていく。
レンは率先して怪異に近づき、主たる囮役を担った。
「レイさん!この怪異は今のところ灰色の炎を飛ばす炎源技しか使ってきません!距離をとって、発現場所である頭の角度に気を付ければ避けれます!」
【レイ。あなたの発現容量がどの程度かは知りませんが、怪異の攻撃はなるべく結界源技を使わず回避し、源技能を節約することを勧めます】
「――わかったわ」
「レン、お前も気をつけろよ。お前の負担が一番大きいんだからな」
ディルクの忠告にレンは返事をしようとしたが、蚯蚓怪異から灰炎が飛んできたため、慌てて“雷閃“で打ち消す。
晴天の空から降り注ぐ光及び、緊張状態により、レンの額に汗が滲んだ。
戦いの場を変えた後は、属性持ち蚯蚓怪異との戦いは均衡状態に陥った。
レンとレイの源技能による攻撃は怪異に対して一時的な効果はある。
だが、怪異は即座に再生するため決定打にはならない。
一方で、怪異の攻撃はレン達には届かない。
殺傷能力はあれど、放たれる灰炎をレンの“翔雷走”やレイの結界源技により避け、防いだ。
レン達は紙一重で回避を続ける。
【持久戦は明らかにこちらが―――不利です】
「うん。わかってる」
脆い均衡状態だ。
怪異の攻撃を一打でも貰えば、こちらが圧倒的に不利になる。そして、こちらの源技能もいずれ打ち止めになる。
レンは心の中でそう判断する。
大地は激しく抉れ、怪異の灰炎やディルクの炎源技、レンの雷源技により地面が変色している。
そして、蚯蚓怪異の攻撃の余波受けた大地は灰色の粒子に侵されているのが、レンには視えた。
「!?」
そんな中蚯蚓怪異の動きが変化を見せた。
「あいつっ!地中に潜りやがった!!」
ディルクが苛立たしげに言う。
蚯蚓怪異はレンたちへの攻撃を止めると、頭から勢いよく地面に潜り込むと、大きな音を立てながら移動を始めた。大地が小刻みに振動する。
レンは感覚を研ぎ澄まし怪異の位置を追った。
(斜め右!下!後方左!――駄目だ!片っ端から侵食されてもう何処にいるかわからない!!)
蚯蚓怪異が地中でこちらを煽るかのように振動を立ててくる。
(まさか、地盤沈下もどきをやろうとしてないよな?)
レンが次の怪異の行動を予測している時だった。
「レン、後ろよ!!」
レイが叫んだ瞬間に、レンの後ろの大地が盛り上がり地中から蚯蚓怪異が出現する。
そして、怪異は即座に灰炎源技を放ってきた。
「っと」
レンは即座に“翔雷走”を発現させ離脱する。
源技の刺すような熱を、レンの肌は感じ取った。
すぐさま、レンは“雷閃“を差し棒から発現させようと試みるが、再度、蚯蚓怪異は地中へと姿を隠す。
(ヒット&アウェイって!?この怪異、知能も高くないか!?)
「次はこっちに、来てる!!」
蚯蚓怪異は次の狙いをレイに定めたらしく、数十メートル先でレイに突進しているのが見えた。
「レイさん!少しだけ時間を稼いでください!!」
レイが怪異の突進を躱しつつ、手をレンに向かって振ってくる。
(状況を変える必要がある…………こうなったら、やるしかないか。老師、早速―――“源技陣”使わせてもらいます)
レンは“翔雷走”を発現させると、差し棒を地面に軽く刺しながら、走り始めた。
(直径20メートルの円と、中にクロス!それで大丈夫なはずだ。)
書き終わるまでに10秒もかからない。
レイと怪異を中心に、レンは“陣”を書き終える。
レンの不穏な行動に気が付いたのか、蚯蚓怪異はレイへの攻撃を止め、再度地中に潜った。
レンは、円の中心にいるレイの方へと向かう。
「ディルク!自分の傍に!」
準備は出来た。
レンの声を聞いたディルクが、空を駆けレンの頭へと着陸する。
「どうするつもり?」
レイが問いかけてくる。
「少なくともあの怪異に対して、自分とレイさんの源技能は効果があります。だけど、あの素早さとすぐ再生すること、さらには地面に潜り始めたことで、怪異に連続して攻撃を仕掛けることができません。だから―――」
レンは早口でそう言うと、さらに説明を続けた。
「この陣の中に今から自分の雷源技を発現し、それを持続させます」
【なるほど。源技陣の中であなたの源技を継続発現することで囲い込み、怪異の動きを制限しつつ、連続的に攻撃するのですね】
「上手くいけばこの持久戦が有利になります。少なくとも怪異は地上に出てくるはずです」
レンが説明を終えるとレイが納得したようにうなずいた。
「だが、あんな風に地面に跡を付けただけで源技陣になるのか?」
「うん。この差し棒と自分がいれば理論上、陣は展開できる。といっても簡易版だけど」
老師の源技陣の講義で、簡易源技陣の展開に必要な条件をレンは習っている。
一つは源子密度が濃い陣を作ること。
もう一つは、そこに属性源粒子を安定して供給することだ。
レンの差し棒は豊富に銀色の粒子を纏っている。
そしてレン自身、源鉱石に充源できる程の源子制御が可能だ。
幸運なことに、簡易源技陣を作る条件をレンは満たしていた。
「この簡易源技陣の発現と制御の一般化が、今老師が研究していることなんだ。自分も老師の講義の中で陣の作成まではやったことがある。だから――できる筈」
レンはそう言うと自分を奮い立たせるために、己の指で太ももを叩き集中力を高めた。
「自分が源技を発現してあのミミズが地上に上がってきたら、レイさんの光の矢で追撃をお願いします」
レイが頷き、弓に矢を溜め始めた。
「ディルクは、多少予定が変わっちゃたけど、もう一つの“お願い”を頼む。」
ディルクの返答を聞かず、レンは陣の中心の地面に差し棒を力の限り差し込んだ。
全身から源粒子を取り込み、右腕に意識を集中し雷源技の発現を始めた。
「“砲雷陣”!!」
レンが叫んだ瞬間に、周囲から放射状に青白い閃光が何重にも放たれる。
びりびりと空気を打ち叩く激しい音が、幾多にも鳴り響いく。
雷の閃光は陣が描かれた範囲まで辿り着き止まる。
レンが源技能を発現するたびに閃光は増えていき、最終的には陣を直径とした雷の真球が形成される。
「―――すごい」
「これが―――雷源技の源技陣」
ディルクが驚きで目を大きく開いていた。
「やっぱりっ。まだ発現量の調整が甘いっ、大分無駄があるし、制御も、不安定だっ、でも、陣自体は、正常にできてるっ」
レンは肩で息をしながら、現状を説明をする。
「さぁ、そろそろ。―――来るはず」
レンがそう言った瞬間に、蚯蚓怪異はレンの雷源技に耐えきれなかったのか地中から姿を現した。
レンはすぐに源技陣への発現を止めた。
留まっていた青白い閃光は一瞬で大気へと飛散する。
バシュュッッッッ!!!!!!
空気が激しく拡散するような音が響き渡る。
レイが放った“光の矢”は、怪異の尾に着弾した。蚯蚓怪異の灰色の粒子の膜を削り取る。
「ディルク今だ!!!」
レンのその言葉に、ディルクは太陽を背に高さ3階建てのビルに相当する土壁を、土源技により発現した。蚯蚓怪異が壁の影に入る。
(よしっ!!予測通りなら―――)
レンは注意深く、怪異の尾を観察した。
レイの光源技を受けた尾は周りの部位から灰色の粒子が流れ込み、再生を始めたが、その速度は先ほどまでとは異なり明らかに遅い。
(―――やっぱり、そういうことか)
レンが自分の考えが当たっていたことを確認すると、必死に頭を働かせ次の一手を考え始めた。
「レンっっ!避けろっ!」
ディルクの叫びが聞こえた。
レンは慌てて意識を戻すと、怪異がレンへと目も眩むほどの速さで突進してくる様子が見えた。
(やばいっ)
差し棒を引き抜き即座に回避行動をとろうとしたが、その一瞬の動作がレンを遅れさせた。
蚯蚓怪異の突進がレンに直撃する。
レンはディルクが発現した土壁の方へと地面を滑りながら飛ばされた。
(くそっ)
衝撃に備えるために体全身に力を入れたが、
予想した衝撃は受けなかった。
土壁に衝突する寸前で、レンの体が光の壁に受け止められていたからだ。
「―――ギリギリ間に合った」
レイが右手をレンの方に手を突き出しながらそう呟いた。
レンの手のひらからは白い粒子が漏れているのが視える。
レイの言葉と動作から察するに、光源技によりレンは助けられたらしい。
(これが結界源技か)
怪異に突進を受けた部位が、ジクジクと痛む。
「予想通りだ。この怪異の再生は“太陽の光”に依存してる。さっき雲と、今の土壁の影の中にいるとき、怪異の再生は明らかに遅かった!」
レンが腹から声を出し、ディルクとレイに己の観察結果を伝えた。
「だからっ!太陽の光が当たらない場所で、自分やレイさんが攻撃して、怪異の源流が感知できるくらいに消耗させれば、倒せる筈だ!」
さらに、考察も付け加える。
「光が当たらないって―――俺の土源技じゃ、すぐに移動されるぞ!」
「私の源技でも無理だわ」
二人の言葉を聞いて、レンは一瞬思考に耽るが、即座に結論を出す。
「ディルク、炎源技で暗闇を照らせる?」
「あぁ。それぐらいは楽勝だが」
「わかった。折角、源技陣が在るんだ。このままここに自分の“第二属性”を発現させる」
「そういうことか!」
ディルクが、レンの戦略を察したかのように声を上げた。
「レイさん。自分が発現したら、地中に逃げられる前に、一気に怪異に攻撃を仕掛けてください!まだこの属性には慣れてないんで、自分は攻撃には参加できないと思います」
「わかった」
レンは差し棒を再度、大地へと突き刺して再度意識を収集し始めた。
―――――――――――――――
ダリウスや傭兵達が属性怪異と戦う決意をし向かおうとする。
レン達は既に拠点からかなり離れていたため、ダリウス達は慌てて後を追った。
道中には、戦いの痕跡である灰炎が未だ轟々と燃え盛っていた。
「この炎には決して触れるな!!怪異の源技だ!!」
ダリウスが周りに叫ぶ。
傭兵達は頷きながら、乱れぬ動きでダリウス達の後方を走っていた。
灰炎以外にも、多数の焦げ跡や大きな穴に、大量の土が盛り上がっているところもあった。
(っくそ!!頼むから、レンの亡骸だけは落ちててくれるなよ!!)
ダリウスが心の中で神獣へと願を掛ける。
蚯蚓怪異の姿が大きく見え始めた時だった。
怪異の姿が見えなくなったと思った瞬間、青白い閃光で形成された円蓋がダリウスの視界に入った。
「閣下!!!」隣を走っていたディ-ゴが叫ぶ。
「ああ!全員止まれ!!」
ダリウスが制止の声を上げ、全員の歩みを止めた。
「あれは、雷源技か―――」
「おそらくは、青二才かと」
(まだ、戦っているのか)
属性持ち怪異に関する情報は一般的な怪異と比較して圧倒的に少ない。
ダリウスが以前王領の騎士職に従事していた時は、多数の仲間の死と引き換えに情報を得てそこからさらに犠牲があり、ようやく属性怪異の討伐に至ったのだ。
いくら回避に特化した源技能を有していたとしても、レンがここまで属性持ち怪異と戦えることは、ダリウスにとって予想外だった。
無論予想外であって欲しいのだが。
「ここからは慎重に進むぞ!」
ダリウスが自身の思いとは真逆の指示を出す。
「っ閣下!!」
「あれはレンの源技なのかもしれん。だが情報が無い以上、あの雷源技の円蓋を警戒する必要がある」
属性持ち怪異の源技能である可能性も、否定はできない。
ダリウスや傭兵達は何時源技が飛んできても対処できるよう警戒しながら進む。
その間にも、ダリウスの視界に映る戦闘の光景は目まぐるしく変わっていく。
そして。
「何だっ?!あれは?!」
先ほどまで青白い円蓋があった場所は、
漆黒の底知れぬ暗黒によって、覆われた。




