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36. 晴れた大地に灰炎が

(後少し!!後少しで森を抜けられる!!)


鬱蒼とした森は太陽の光を遮っており、薄暗い。

それに加えてモノクロの森は、出口が近いことを意味する無数の光の穴を際立たせていた。



バサバサッ!!



レンは最後の草木を豪快に超え、拠点へと走り込む。


全身に土や葉、枝がくっつき虫のように付着しているのを感じるが、今はそれどころではなかった。


「どうしたぁ。レン、そんな慌てて。さては怪異に会ってビビッて戻ってきたか?」


ゲラルトがからかい交じりでレンに喋りかけてきたことはわかったが、無視した。


「おい、レン?」


レンは素早くあたりを見回す。



先ほどまでは座り込んでいた傭兵達は、今は武器の整備や水分補給、雑談などをしていた。


「おい!!頭領を無視してんじゃねぇ!!役立たずが!!!」

ゴッツの絡んでくる声もどこか遠く聞こえる。


ダリウスやカルメン達は馬車の傍で話し合いを続けており、デリアはゲラルトと話していたらしくレンの近くにいる。


「レン?どうかなさいました?」


拠点のヒト達の視線がほぼすべてレンに向かっている。



(良かった。まだ、怪異は出現していない。いや、そもそもあの螺旋だって別に怪異の出現を表すと決まったわけじゃ―――)


レンは安堵し楽観的になりかけたが、一瞬にしてその考えを改めた。


拠点から僅か30メートル程離れた場所に、先ほど見た赤色と灰色の二重の粒子螺旋の落下地点があったからだ。


そこの地面にどんどんと二色が歪に混合した粒子の塊が蓄積されていく様子がレンには見えた。


レンはポケットの中の差し棒をぐっと握りしめる。


(落ち着け。まだ何が起こっているのか、これから起きるのか、わからないんだ。落ち着いて、違和感を見逃さないようにするんだ)


レンは大きく深呼吸をすると、螺旋が生じていた空を見上げる。


天気は良好。


時折巨大な積乱雲が太陽の光を遮りはするものの、強い日の光は忌々しいほどに、明るかった。



バサバサッ!!



「レン!どうだ!?」

「あなた――速すぎる」



ディルクとレイが到着したらしい。


新しく乱入した二人に、場はまたざわめきを吹き返す。



「ディルク殿も一体どうしたというのだ?それに先ほどの光は一体?」

ダリウスが聞いてきたが、


「ここから離れろ!」とディルクは一蹴する。


「レイちゃん?」カルメンもレイの異常な様子が気にしている。


「カルメン!!お願い!!早くここから逃げて!!」


「どういうことなんだ?せめて訳を聞かせて―――」

ダリウスがさらに追及を試みた。だが、


「何も無かったら後で教えてやる!!早く退避するんだ!!」

ディルクは怒鳴り声で返答する。


レン達三人の様子に、さすがに拠点のヒト達も訝しげな空気を漂わせ始めた。



「―――来る」



ここまで集積が進行すると、もうすぐにでも形作られるだろう。

張りつめていたものが破裂する瞬間、その直前の感覚をレンが襲う。


ダリウス達の退避は間に合わない。

レンは即座に判断すると、すぐに行動を始めた。


くすんだ赤灰色の塊がうねうねと形を作っている。

レンはその地点に向かって走り出した。



「おいっ!そっちなのか!一人で突っ込むな!レンっ!!と、レイ!お前もか!!」

ディルクの様子からしてレイもこちらに近付いているらしい。



ゲル状の動きを見せつつも粒子でできているその物体は、螺旋の供給が無くなると細長い形を保ちながら、ゆっくりとムラのあった色を濃い灰色一色へと変貌させ始めた。


「なんですの?あれは」

デリアがこちらを見て、反応している。


ここまで進行するとレンやレイ以外にも認識できるようになるらしい。


レンは心の中で考えつつも、視線はソレから一瞬も離さなかった。



やがて、ソレは明確な姿を形作った。


「―――みみず?」


レンの視界の先には巨大な蚯蚓が佇んでいた。


昔映画で見た大蛇の化け物ぐらいはある。馬ぐらいなら一飲み出来そうな大きさだ。


これまでレンが見てきた怪異と同じように、いやそれ以上に全身から濃い灰色の粒子を垂れ流している。


形成してから間もないためか、その蚯蚓は不自然なほどに静止していた。



「おい、あれって―――怪異だよな」

「なんだよあんなデカい怪異みたことねぇよ」


後ろから傭兵達の困惑した声が聞こえる。



レンが茫然と体長5メートルはあろうというその怪異を見ている時だった。


蚯蚓怪異の目の前に、赤灰色の粒子が集積するのが視えた。


(源技の発現!?)


そう思った次の瞬間には、轟々と燃え盛る灰炎がレンへと襲い掛かってくる。


「レンっ!!!」ディルクの焦った声が耳に入る。


(くっそ!速い!)

レンはすぐさま翔雷走を発現させると、大きく右へと移動した。


レンのいた場所は夕焼け色の大地があるのみで燃えそうなものは何もなかった。だが、灰炎は地面に被弾すると何故か轟々と燃え上がり、その熱を放っていた。


「地面は燃えない筈なのに!何を酸化して燃えてるんだよ!――って源粒子か!」


【言わなくても解かっているでしょうが、レン。怪異の源技は非常に危険です。決して触れることのないように】


「うん。属性持ち怪異の源技は、通常の炎源粒子に加えて、怪異特有の灰色粒子が混ざって発現してる。だから、多分侵食されやすいんだ」


怪異から受けた傷は物理的なものでも灰色の粒子により、ヒトにとっては負の作用が大きい。

その怪異の攻撃を源技能で受けた時のことを想像すると、レンはぞっとした。



「源技能を発現したってことはまさか―――属性持ち怪異かよ?!」

「そんな!!嘘だろ?!」

「化け物級の怪異じゃねぇかよ!!」


後ろでさらに混乱した傭兵や騎士団の声が耳に入った。



蚯蚓怪異は避けたレンの方を向くと体を一度収縮させると、その反動を使いレンへと突進してくる。


先ほどの源技以上の速さではあったが、辛くもレンは“翔雷走”で避けた。

すぐさま後ろを振り向くと、蚯蚓怪異がレンの想像以上に拠点に近付いているのが見えた。


(やばい!!ダリウスさん達が!!)

レンも即座に怪異を追いかけるため走り出す。


向こうのヒトビトが標的になるかもしれない、と判断してのことだった。


が、蚯蚓怪異は急に方向転換をし再度レンの方へと向くと灰炎源技を何発も発現してきた。


レンは慌てて足を止めバックステップを繰り返す。

足元に小さな灰炎の塊落ちるが、レンは辛くもそれらを避けた。


そこに蚯蚓怪異の尾の追撃が入る。

バックステップによりレンの体が宙に浮いた瞬間を狙われた。

(避けきれない!!)


レンは即座に差し棒を構え防御姿勢をとったが、衝撃をもろに受けてしまい、地面の上を数回転げまわった。


「っつう!!」


腕に痛みを感じつつも、レンはすぐさま耐性を立て直し差し棒を構える。


(腕の痛む所に灰色の粒子が纏わりついてる―――だったら)


レンは腕に集中し、銀色の粒子をもってソレを大気へと飛ばした。


「レン!!大丈夫か!!」

何時も間にか近くにいたディルクがレンの安否を聞いてくる。


「問題ない!普通の傷にしたから!」


それのどこが問題ないんだっ、というディルクの声が聞こえたがレンは知らないふりをする。


(でもこの怪異っ―――もしかして!)




バシュッッッ!!!




レンが思考していた時、丸太程の大きさの光の矢が蚯蚓怪異の横っ腹に着弾した。


怪異は悶え苦しみ、頭や尾を地面へと叩きつけながら暴れる。



「私を忘れないで」



レイの淡々とした声が場に響き渡る。

今のレンにとってそれは頼もしさを感じさせた。


レイの光の矢が当たった部位は灰色の粒子の膜が薄くなり、怪異の肉自体が僅かに見えたものの、数秒もすると再度灰色の粒子で覆われた。


(くっそ、源流が視えない!)


「レイさん!!源流が何処か感じ取れますか!?自分の目じゃ、全身が灰色すぎて視えないんです!!」

「―――駄目。私も同じ。怪異全身の存在が強すぎて、わからない」



大きな積乱雲が太陽とレン達の間を通った。周囲が影に包まれる。



蚯蚓怪異は回復したのか標的をレイに変え、再度灰炎源技を発現する。


「レイさんっ!!」


だがそれらはレイに着弾する前に、光の壁に阻まれていた。


レイが右手を前に突き出している。

光の壁やレイの右手は、大きな雲の影の中ということもあり一際輝いて見えた。


「これがディルクが言ってた―――結界源技」


【レン。怪異の源流を視ることができない以上、これまでの戦いとは異なり今回は長期戦になる可能性があります。場を変えましょう】


「うん―――“雷閃”」


レンがすかさず、差し棒から閃光を放ち、蚯蚓怪異の気をそらす。


若干の灰色粒子を消失させることは出来たが、すぐに回復へと向かっているようだった。

周りから粒子が流れ込んでいくのが、レンには視えた。


(さっきより回復が―――遅い?)


「レイさん、こっちに来てください!」

レイは一瞬考えたが、すぐにこちらに駆け寄ってきた。


「お前ら!!突っ走るな!!」

ディルクも飛んできたらしい。


「ディルク!良いところに来た!確かめたいことが二つあるんだ!」

そう言うと、レンはディルクにあるお願いをした。




――――――




突如現れた怪異が、属性持ちだとわかった瞬間に拠点は大混乱に陥った。



数々の怪異と戦ってきたダリウスですらも、今の状況を受け入れるまでは多少の時間を有した。


目の前であの属性持ち怪異とレン達が戦っている。


一撃必殺といっても過言ではない属性怪異の攻撃を、ギリギリで躱しながら時折反撃をしている。



「レイちゃん!!」

「いけません!!カルメン様!!」


カルメンが叫びながらレイの元へ走り出そうとするのを、騎士隊長が必死に抑えていた。


「カルメン!!落ち着け!」

ダリウスが檄を入れる。


「っ!!すぐさま!!王領の騎士隊に要請を!!!」カルメンが冷静さを取り戻し指示を飛ばし始めた。


「―――なんであんな化け物がこんなところにいんだよ?!」

ゲラルトが叫んでいる。


それもそうだろう。

属性持ち怪異は、火口や氷山といった属性粒子が濃縮されている場所においてのみ確認されている存在だ。


このような普通の荒野に現れることはありえない。


「騎士団はカルメンを連れて、一刻も早くここを離れるんだ。―――’狼の牙’の皆も。これは明らかに契約外の事態だ」

ダリウスが伝える。


そのダリウスの言葉に傭兵達の顔が厳しくなる。


(まさか不満だとでも言いたいのか?)


「じゃああんたたちはどうするんだよ!!いくらあんたがあの“怪異殺しのデュフナー“だとしても、あんたたちだけであの属性持ちをヤれるってのか?!」

ゲラルトが叫びながら聞いてくる。


「属性持ち一匹を討伐するのに、あの王領の騎士、二十人が死んだのを、あんたなら忘れてないだろう!」


そんな時、


「行くぞ。あいつらだけに戦わせる訳にはいかん」


‘狼の牙’の後方支援担当である、狼属のフランが澄み渡る声で傭兵の皆に伝えた。


その瞬間、傭兵団’狼の牙’全員の顔が、一気に覚悟を決めた顔になる。

どうやら、傭兵団の意志の統一は終わったようだった。




「お父様!!わたくしも―――」

「お前は駄目だ!!!カルメン達と退避するんだ!!」


デリアの一言に、ダリウスの頭に血が一気に昇る。


「エーベル!アヒム!デリアを連れて行け!」

ダリウスが息子と使用人に命じた。


「そんな!!」

デリアは尚も反論しそうであったが、


「デリア、行こう」

エーベルに連れられ、その場から離れはじめる。



ダリウスは己の背にある剣を抜くとしっかりと握った。


「不肖ディ-ゴ、閣下にどこまでも付いていきますぞ」

「ああ。まさか―――また属性持ち怪異と対峙することになるとは、な」

ダリウスが、過去の苦い経験を思い出し、顔を歪める。


今度も生きて帰れるという保証はない。



「では、行くぞ!!―――?!」


ダリウス達が、傭兵達が、まさに今蚯蚓怪異に向かって駆け出そうとした時だ。



戦いの場にいたレン達が、拠点とは逆の方向に急に走り始めた。



「何をして―――まさか!!」



蚯蚓怪異もレン達を追って、すぐに移動を始める。



「おい!あいつらもしかして、俺たちを巻き込まないために遠くに移動してないか?!」

ゲラルトもダリウスと同じことに気が付いたらしい。

慌ててダリウスに声をかけてくる。




「っっあの!馬鹿野郎が!」




ダリウスの口から、数年来使っていない罵倒が飛び出した。






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