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34. 大根役者に相応の舞台は

「うわぁ――これは凄まじい」

レンが遠征先の森を見て、思わず漏らしてもらった言葉がこれだった。


今回で3回目の遠征だったが、ここまで酷いのは初めてだった。


「どうかしたか?」

頭の上のディルクが不思議そうに声をかけてくる。


「ディルクの目には、今何が映ってる?」

「何って不気味な程静けさを保っている森が在るだけだが。」

「うん。見ているモノは一緒。だけどこの森―――」


色がない。すべてがモノクロだ。


つい先ほど前は煉瓦色だった地面は、微妙な濃淡に差は有れど、純粋な黒一色だ。

そして地面からは、濃灰色の粒子が大気へと放たれている。


鬱蒼と茂った草は、生命を感じさせる青々とした緑を失い、只々墨を落とされたかのように、黒と共に在る。


聳え生えている大樹たちも、生きたまま炭へと変換されたかのごとく漆黒だった。


極め付けは、大気すらも灰色の粒子により淀んでいることだった。


(これが、怪異に侵された森)


確かにこんなところに長時間いたら、生物には悪影響を及ぼすであろう。

作物が生育しなくなる、というディルクの言葉が、レンはより実感できた。



「そんなに酷いのか?」

ディルクが通常よりもさらに低い声で聞いてきた。


「エルデ・クエーレの大地の二割がコレと同じ状態で、しかも増大傾向。未曾有の危機といっても過言ではない、って実感するくらいにはね」

レンは思わず、大きなため息を吐いてしまう。


(とりあえず。視察が終わったらできる範囲で浄化しておくか)




「よし!じゃあ。ここを拠点にしよう」


森の手前の少し開けた空間についた時だ。

ダリウスが歩みを止め声を上げた。


「これから、三小隊と拠点待機組に分かれて視察場所の確認をおこなう。小隊は、負傷や不測の事態が生じたら、無理はせずここの拠点に戻ってくるように。集合は一刻後だ、いいな」


ダリウスがそう言うと、傭兵団’狼の牙’の頭領であるゲラルトが、部下たちに指示を出し始める。

そして、五人一組で二つの小隊が別々の方向に森へと入っていった。


「オレ達は正面担当だ。デリア気を入れすぎるなよ」

「もうっ!お父様、そう何度もおっしゃらなくても大丈夫ですわ!」

デリアがぷりぷりと怒りながら、文句を言う。


「レン。もう“それ”は外していいぞ」

「はい」

ダリウスの許可が得られたレンは、腰に携えていたヒトの腕程の長さの剣を外して、拠点脇に置く。


そしてズボンのポケットから差し棒を取り出して右手に持った。


ダリウスの小隊は、ダリウス、ディ-ゴ、デリア、レンとディルクの四人がメンバーらしい。


ダリウス邸下働きである、蛇属のアヒムは拠点担当だ。


「警戒は怠るな。レンは怪異の場所がわかったら教えてくれ。基本的にはオレが前衛として戦い、デリアは隙を見てオレの補助、ディ-ゴとレンはその際周りの警戒だ。オレ達が戦闘中に他の怪異が現れたらレンが即座に迎え撃て。ディルク殿は―――もしもの時お願いします」


「よしっ、行くぞ」

ダリウスがレン達を率いる。

その声は今まで以上に真剣みを帯びていた。





―――――――――――――




探索は想像以上に順調だった。



植物が鬱蒼と茂っているため、歩くこと自体に体力を使うことや、

視界の届かない範囲が多く、気を張る必要があったものの、


怪異に関しては何も問題が無かった。



「右斜め前のひびがある岩の傍に一匹います」


そのレンの言葉に、ダリウスとデリアがその方向に視線を向ける。


ちょうど木の根元にあたるが岩や草木が多く薄暗さもあって、一目ではどこに怪異がいるかわからない。


「ディ-ゴ」

ダリウスが静かに命じた。


「っは。“地隆起”」

ディ-ゴの手に茶色の源子が集まり、そして地面に掌をつけ源技能を発現した。


木の根元の大地が見る見るうちに盛り上がり見やすくなる。


ちょうど土の山頂には、目を真っ赤に充血させた一匹の狼怪異がいた。口からは涎を垂らし、体全身から灰色の粒子を放出している。


ダリウスは狼怪異の姿を認めると、麒麟が描かれた長剣を構え、向かって行った。

デリアも剣を構えそれに追随する。


これまでの戦闘を見る限り、二人で問題ないだろう。

ダリウスの剣戟も、デリアの源技も想像以上に怪異に効果が生じていた。




「ディ-ゴさん。後ろから来たんでやっときます」



(後方に二体、鳥怪異と百足怪異か。確か鳥の中にはムカデを捕食する種類もいたけど)


レンは怪異の食物連鎖に大きな疑問を持ちつつ、振り返り差し棒を構えた。



「“雷閃”」

レンが唱えると、青白い閃光が二つ淀んだ灰色粒子の大気を切り裂くように駆けていく。

一つは木の上に、一つは雑草が溢れている、地面へと着弾した。



バチィィィ!



激しくガラスが弾けるような音がした直後、多量の灰色の粒子が大気へと散っていく。

もう、怪異の気配も消失していた。


どうやら、“雷閃”により上手く怪異の中心を射抜くことができたらしい。


「キレも制御もゲムゼワルドの頃に比べると、格段に向上しているな」

頭の上のディルクからレンは褒めの言葉を頂く。


「青二才!返答を待たずにいきなり発現するな!」

一方でディ-ゴは濁声を発しながら、レンに噛みついてきた。


「あー。ごめんなさい」


度々、ディ-ゴはレンに怒鳴られる。

些細なことでディ-ゴが怒りレンが謝るという風景はダリウス邸では日常になりつつあった。


(ディ-ゴさんって自分のこと嫌いなのかな、でも腕には手拭い巻いてくれてるし嫌いだったら身に着けはしないだろうから、うーん、良くわからん)


レンのディ-ゴに対する印象は、ダリウスへの傾倒が大部分を占めている。

ダリウスもまた、老師ヴァルデマールに心酔していることから、ある意味ではディ-ゴとダリウスは似たもの主従であった。


「まぁ。そう言うなディ-ゴ。良くやった。レン」

ダリウス達も怪異を仕留めたらしく、戦闘状態から戻っている。


「気にしないでくれ、レン。これがディ-ゴなりの交流方法なんだ」

ダリウスがニヤニヤしながらレンに言ってきた。


「なっ!!!閣下!!なにをおっしゃいますか!!」

ディ-ゴが顔を赤らませる。


「さた、そろそろ時間だな。拠点に戻るとするか」

ダリウスはディ-ゴの顔を見ずに、帰路への道を歩き出した。


「お待ちくださいっ!!!!閣下!!」

ディ-ゴは頭部の開けた部分や、大きな鉤鼻の先まで色づき始めた



「ディ-ゴったら、あんなにはしゃいで」

レンの隣に僅かに息を乱したデリアが来た。

金色の虎耳も僅かに水気を含んでいるようだ。


「あ、デリアさん、お疲れ様です」


「ええ。レンも。お父様の言ったことは本当ですわ。ディ-ゴは嬉しいのです」


「嬉しい?なんでだ」


レンの頭の中に疑問がグルグルと渦巻く。


「もちろん、わたくしもですわ!!お父様、ディ-ゴ、老師、お兄様、お母様、邸の皆、そして隣にはレンがいて。こんな日々を過ごせることに、とても幸福を感じますの。ずっと続けばいいのに―――」


(平凡な日常こそ幸せってやつかな)


「あー、学院に戻りたくないですわ!」


デリアが怪異に侵された白黒の森を色付けするかのように、声高らかに主張した。




――――――――――――――――




レン達が拠点に戻ると、既に’狼の牙’の小隊二つは帰還していた。

それに加え赤銅色を基調とした鎧に身を包んだ一団と、馬車が一つ増えていた。


どうやら、領主であるカルメン達が着いたようだ。


傭兵のほとんどは地面に座り込んでおり、何人かは負傷したのか包帯が巻かれている。

フランが忙しく働いているのも見えた。


「よう。戻ったか―――ったく、何なんだこの森は、怪異が多すぎるだろ」

ゲラルトが疲弊した様子でレン達に声をかけてきた。


「やっとこさ怪異を仕留めたと思ったらすぐに新手が来たり、思わぬとこに潜んでたりと、気が休まる時が無かったぜ」


ダリウス隊は、レンの対怪異の感知能力があったため常に怪異に対して先手を打てたが、ゲラルト達はそうでも無かったのだろう。


「って。なんだ。あんた達は怪我どころか、疲れた様子もなく、服すらあんまり汚れてねぇじゃねえか。怪異があんまりでなかったのか?」

ゲラルトはレン達の様子に疑問を思ったらしい。


「いや。それなりに遭遇したが―――」

「27匹ですぞ!!!閣下!!!」

ディ-ゴが主の功績を崇めるように、大声で叫ぶ。


「っにっ!!さ、さすがは怪異殺しのデュフナー卿ってことか」

ゲラルトが目を真ん丸にしている。


周りの傭兵達も、ディ-ゴの言葉を聞くと、驚いたらしくざわざわと騒がしくなった。


そして、相も変わらずゴッツは地面に座り込みながらも、レンの方を睨んできている。




馬車から三人のヒトが降りてきた。



壮年の虎属の女性。アルテカンフ領主カルメン・バルマー。彼女も赤を基調とした軽鎧を着用していた。


カルメンはダリウスの方に歩いてくる。

その後ろを、ダリウスの息子、エーベル・デュフナーが着いてくる。


「なんだ。お前が来たのか、エーベル」

ダリウスが嬉しそうに、エーベルに声をかける。


「はい。父さん。今朝になって今回の記録係に任命されましたので」


そんな、親子の会話を周りの傭兵達は窺いながら、ひそひそと話していた。


(エーベルさんもやっぱりこの街じゃ有名なのかな?)


「領主様も来ましたし、視察を開始ってとこだと思うんですがね。ウチの連中がバテバテでして。少し休憩する時間をいただけねえでしょうか?」


ゲラルトが申し訳なさそうにかつしっかりと主張をする。


「えぇ。もちろんです。では一刻後で如何ですか?」

カルメンが微笑みながら言う。


「十分すぎますわぁ。ありがてぇ。お前ら、一刻後に視察開始だ!!それまでしっかり休んどけや!!」


ゲラルトはそう言うと、カルメン、ダリウス、そして来た騎士団のトップと思われる人物達と話し始めようとする。


「―――今だな」

ディルクが頭の上から言ってくる。


「うん。えーっと」


「あっれー!財布が無い!どこで落としたんだろう!森に入る前はあったのに!そうか!ダリウスさん!自分ちょっと―――森の中に落し物したんで探してきますね!!」

と苦しすぎる理由で、離脱の意をダリウスに告げた。


周りのヒト達にも聞こえていたらしく、何を言ってんだコイツは、馬鹿か?といった視線が一斉に集中した。



そして、そこに


「カルメン様。私、は世話役ですので、レン、さんに着いて、いきます」

とハスキーな声が追随した。


「演技が下手!」

レンはポツリとこぼすものの、


「お前が言うな」

とすぐさまディルクに突っ込みを入れられた。



そんな大根役者二人の演技ではあったものの、


「おう」

ダリウスは気にした様子もなく了承し、


「えぇ。くれぐれも気を付けてね、レイちゃん」

と事情を知っているカルメンも許可を出す。


「え”、おい!いいのかよ?!」

ゲラルトだけが困惑した様子を浮かべていた。


レンは森へと向かう、隣にはレイと呼ばれた少女がいる。


「なんですの!あれ!!もしかして逢引というやつですの?!」

「お嬢様!!申し訳ありませぬ!!このディ-ゴその方面はからっきしでございまして!!」

「ヒヒヒ、だとしたらとても刺激的な場所ですぜぃ」

デリアが何故か取り乱し、アヒムがそれに乗っかっている声を後ろに聞きつつ、レンは隣にいるレイに目を向ける。


黒髪のショートヘアー、白のパーカーの上に灰色のテーラードジャケット。

青いデニムパンツに白のスニーカー。


特徴的なのは、両手にぴっちりとした指空き手袋を着用している所だ。


こうして服装を見ると、やはりこの世界のヒトたちとは明らかに異なった格好なのに、周りは違和感を覚えないらしい。


森に近付くにつれ、隣を歩いていたレイにもこの森の異常性がわかるのか、顔を顰めている。



(この娘が、自分と同じように召喚された日本人の―――トウドウ・レイさん、か。)





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