23.5. 小話集ーゲムゼワルド襲撃ー
・女の子会話 [デリア・イリス]
デリア達が止まっているゲムゼワルドの宿で、デリアとイリスはお喋りに興じていた。
「見てくださいまし!イリス!これが鉱山都市名物の温泉化粧水ですわ!」
デリアが手のひらに収まる大きさの薄青色の瓶をイリスに見せる。
「えーっとなになに?“乾燥肌にぴったり。フォンドグルバ源水の至高の品”って!これって世の女性に大人気のやつじゃないですか!」イリスの驚く姿にデリアは満足感を覚える。
「ここに来る前には鉱山都市フォンドグルバに観光にいっていたのです!そこで、お父様に買ってもらいましたわ!」
「いいなぁー。っで、それ使ってみたんですか?」
「いえ。折角ですから旅が終わってからゆっくりと試そうと思っていますわ!」
旅の途中で肉体的、精神的負担により、化粧水の効果の正確な評価ができないと考えてのことだった。
「へぇー。この化粧水でさらに綺麗になって、レンさんに意識してもらうわけですね。」イリスがニヤリと笑いながら言ってくる。
「っな、なにをっ!バカなことを仰らないで!わたくしは別にレンなど――」
思いもよらないイリスの奇襲に、デリアは自分の頬に熱が集まるのを感じる。
「っ確かに!レンはわたくしに普通に接してくれる貴重な男のヒトで!わたくしも喋っていて楽しいですが!っそれは―――弟みたいに感じているだけですわっ!!女性に対する配慮も欠けていますしっ!!」デリアは捲し立てる。
「おやおやぁ~。デリアさんホントに興味ないならそんなに慌てないと思いますけどー。」
目の前のイリスはさらに追従をしてくる。
「っっっ!意地悪なことを仰らないで!!」
デリア目の前のイリスの頭にある熊耳を強く撫ぜた。
「あっっちょっと!!デリアさん、そこはくすぐったいですって!!……っっっ……ごめんなさいっ!私が悪かったです!だから――そこは!」
イリスがデリアの指で悶える。
デリアが満足するまで仕返しを果たした後でも、デリアの頬はまだ十分な熱を有していた。
・強者への恐怖 [デリア・ディルク・ダリウス・ディ-ゴ]
デリアの目の前には、レンの鳩尾に強烈な一撃を入れた蜥属と思われる獣がいた。
その灰色の獣はレンを肩に乗せると立ち上がり場を離れようとする。
「お待ちなさい!あなた!」デリアが思わず声を荒げる。レンは緊急を有する危険な状態だ、見過ごすことはできなかった。
獣は歩みを止め、顔を向けてきた。その凶悪な顔に在る緑色の瞳がデリアを射抜く。
「っつ!」
彼は、ただこちらを見ただけだ。そこに敵意や悪意といった害意は感じられなかったが、多少の焦燥や怒りは在る。だが、
体が竦んでしまう。手が震え動悸が早くなる。
(っ!こんなの――お父様を本気で怒らせたとき以来ですわ)
レンをどうするつもりなのか。一体何者なのか。問い詰めたい筈なのに、口が上手く動かない。声が出てこなかった。
そうか、自分は目の前の獣に恐怖を感じているのだ。
デリアは理解した。圧倒的な力の差。絶対的に超えられない壁。
それらを本能で理解しているのだ。
彼の出現は場の空気を一変した。皆が皆、困惑と警戒を滲ませている。
「レンを何処に連れて行くつもりだ」
デリアを庇うように父ダリウスが間に入ってくれた。ディ-ゴも傍に控えている。
二人の表情は険しい。己と同様に、その獣人の実力を肌で感じ取っているのだろうか。
「何処って病院に決まっているだろう!源子欠乏症なら源子の輸送や体温低下を抑える必要があるだろうが!!お前らこそなにぼさっとしてやがる!」
地獄の門番が発したと思われる低い声だが、その内容はレンの身を案じるものだった。
その場の皆が我に戻る。
そうだ、この場にはイヴァンとレンという一刻を争う負傷者がいるのだ。即座に皆が行動を始めた。
・希望と危険の裏表 [ダリウス・ポイスル]
レンとイヴァンをゲムゼワル州立病院へと運んだあと、ダリウスは領主であるポイスルの元を訪ねた。
既に、兵士達から通行門での報告は上がっているだろうが、ダリウスも事情を説明しておこうと考えての訪問だった。
「いやぁ!さすがは“怪異殺しのデュフナー卿”!!兵士達から聞きましたぞ!現場での鼓舞、そして噂に違わぬ対怪異への殲滅力!私も、生で見てみたかったものです!」
ダリウスがポイスルの執務室の扉を開けた瞬間に、応接用の高級そうな革のソファに座っていたポイスルは立ち上がりダリウスの元へと向かってきた。
「けが人を最小限に抑えられたのもデュフナー卿のお蔭です!」
ポイスルの茶色い兎耳はパタパタと揺れている。そして、ダリウスに着座を勧めた。
「それで、今回の件なのですが」
ダリウスも、宿の前でポイスルと別れてからのことを簡潔に話す。
最後にレンがイヴァンを治したことを除いて。
「なるほど。なるほど。」ポイスルはにこやかに頷きながら、相槌を打つ。
「―――それで、報告にあった蜥属とその一般人のことなのですが」
ポイスルの雰囲気が変わり始める。
始めの興奮した様子は鳴りを潜め、領主らしい厳しい表情へと映る。
「あぁ。それは私の弟子ですよ。」ダリウスは軽快に答えた。
「―――弟子、ですか?」ポイスルが訝しげな表情を浮かべる。
そうだろう。“怪異殺しのデュフナー卿”に弟子がいるなんで誰も知る筈がない。
ダリウスが今作ったレンの設定なのだから。
「えぇ。昔拾った身寄りのない子で、見込みがあったので弟子にしました。私の剣技や源技能を正当に受け継いでいますからね。実践は初めてな筈ですが、今回怪異にもある程度対抗できたようで、良かったです」
「そうですか。では、イヴァン隊長の件は?」
ポイスルが新たな方向から切り込んでくる。
「あぁ。あいつは治癒源技の才能もありまして、私の技と組み合わせて怪異の傷も治したのでしょう。ただ、これに関しても今回初めて発現したようですから、偶然の可能性が高いですがね」
「そうですか、私の愚息達とは違って、将来有望な弟子を持たれているようで羨ましい限りです」
ポイスルの表情に親しみが戻る。
「そういえば今回の件に関しては、王領から第4派の近衛兵士が直々に調査にくるようです。まぁ怪異が関わっているにも関わらず、人為的な可能性が高いため、中央も深刻に受け止めているようですな」話題が変わった。
(上手く誤魔化せたか―――いや、見逃してもらえただけか。)
ポイスルに相槌を打ちつつ、ダリウスは思考に耽る。
(レン、か。どっかのボンボンの子かと思ったが、怪異に対しての戦闘、そしてデリアの治癒術と合わせてのあの“銀色の光“による治癒源技。これらのことを考慮するなら、レンの事情はもっと深刻かつ複雑で根深い可能性がある。まだ詳しく事情を知らないとはいえ―――下手に情報は洩らせない)
おそらくは、レンと一緒にいたディルクと呼ばれる蜥属は何らかの事実を知っているのだろう。
「本当に一時我が街は大混乱でしたよ。街に怪異の大群が現れたって皆に伝わったあとは、街からいち早く脱出しようと手続き無しに北門を通り抜ける輩や、鳥行便を無理やり発鳥させたりと――――」
(早急にあの蜥属と話す必要があるな)
ダリウスは目の前で微笑みを浮かべながら喋るポイスルを見つつ、そう決めた。
・小竜と騎士 [ディルク・ダリウス・ディ-ゴ]
病院で源子の輸送の処置後、レンは宿の一室へと移された。
幸いにして源子欠乏症の症状は軽く、部屋を暖かくしてゆっくり休息を取れば、時期に目が覚めるとのことだった。先ほどまではダリウス達が居たが、一時部屋に戻っている。
ディルクが看病役(といってもただその場にいるだけだが)を担っている。
ディルクはレンの枕元の近くに座っていた。
(こうして見ると、本当に成人前にしか思えないな)
ディルクはこの青年が“異端である”ことを知っている。
いや、今回の件で思い知らされた。
怪異に対する特異な力。
差し棒が纏う“銀色の源子”、今までそんな源粒子の報告は無い。
そもそも源粒子を目で認識できること事態が、やはり異常だ。
ディルク達は、局所的に高密度の源粒子が集積した際に稀にそれを視覚で認識することが出来る。
今回のイヴァンに発現した銀色の光はおそらく、そういうことなのだろう。
「―――だから神獣に選ばれたのかもしれないな」
ディルクがぼんやりとそんなことを考えていた時だった。
部屋の扉が静かに開けられダリウスとディ-ゴが入ってきた。
そしてディルクの近くまで来ると、
「話がある」とダリウスが声を潜めながら言ってきた。
(まぁ、当然だろうな)ディルクは頷くとソファへと移動し腰掛けた。
「ディルク、殿っといったか。レンのことだが――レンとは昔からの知り合いなのか?」
ダリウスがディルクの向かい側に座りながら聞いてきた。
虎耳が張りつめていることから相当に警戒していることが察せた。
従者である馬属のディ-ゴも主の後方に立っており、同じく警戒している。
良い従者だ。ディルクはそう評価した。
「いや。俺もレンとは昨日からだ。自由気ままに旅をしている途中で、あいつに出会った―――世間知らずの坊ちゃんかと思い、まぁ、街ぐらいまでは送ってやろうと、レンと一緒にあの街道から少し外れた草原を歩いていたときだ――狼怪異に遭遇した」
ダリウスの顔に緊張が生じる。
「その時もあいつは“あの差し棒”の一突きで怪異を屠った。その力を目にして俺は、こいつには何か事情があるなと思い、同行している」
嘘はあまりついていない。
だが、“勲者が呼び出したニンゲン”ということは機密事項であるため、ダリウス達には言えなかった。
「俺は竜属だからな。目立つのも煩わしいから、レンの所有する蜥蜴としてあいつと一緒にいた」
「竜属か―――なるほど。」ダリウスが納得したような顔をしている。
竜属は個体数が少なく、戦闘力が高い。名門の一属も多数存在するため目立つ種属だ。
「レン自身も自分の特異な力に昨日初めて気が付いた。レンは自分のことをあまり話さない。出身地や家族構成、なぜ常識が無いのか。いや、もしかしたら―――話せないのかもしれない」
闇源技能には記憶を弄る源技や契約で言動を制限する源技も存在する。
それを匂わしてのディルクの嘘だった。
「なるほど」ダリウスが痛ましそうに顔を歪ませる。
「レンは、お前たちと一緒に傭兵都市アルテカンフに行く意思がある。それは常識を知り、力をつけて、この世界を巡るためだと言っていた」
「それは良かった。いや。嬉しいと言った方が適切か――ディルク殿は?その力から察すると傭兵だろうが」
「俺も一緒にアルテカンフに行くさ。自由に旅をしているんだ。問題ない。ここまできたら、あいつのことが気になるからな」
レンの事情に関しては多数の嘘を吐いたが、最後はまごうことなきディルクの本心だった。
・人為性 [レン・ディルク]
ディルクと共闘の関係を結び、レンが現場に出るための準備を宿の部屋でしている時だった。ディルクがレンに質問を投げかけてきた。
「そういえば、あの時お前はどうしてイヴァンが危ないとわかったんだ?」
レンは街についてから、戦闘中、終了後に感じた違和感に関してディルクに話す。
それを聞いたディルクは、成る程な、と感心していた。
「とはいえ。あと少し早く気がつけたら良かったのに」
レンが後悔の念を吐露する。
「関係あるかどうかは定かではないが、お前に言っておくことがある」
「なに、改まって?」レンはディルクを見上げた。
「通常、大きな街には怪異は近づかないし、侵入してくるなんてありえない。というのも、この規模の街になると、光属性の源技能での守護源技が常時発現して守っているからだ。だが、今回はそれが―――破壊されていたらしい。しかも怪異が出現する直前にだ」
「―――それって」
レンの頭に1つの嫌な可能性が浮上する。
「あぁ。今回の怪異の出現及び襲撃は、人為的かつ計画的におこなわれた可能性が非常に高い」
どうやらいろいろと一筋縄ではいかなそうだ、レンは心の中で大きくため息を吐いた。
・立ち入り禁止区域近くで [レン・ディルク・フリッツ]
(まだ、土塀は残っているのか)
レンは、怪異との戦闘があったゲムゼワルド南通行門の馬車道に来ていた。
ディルクはいつも通りの大きさになりレンの頭の上に乗っている。
通行できないことを除けば、もうあの騒音の影は何処にもない。
「ここは立ち入り禁止だ」
土塀の穴の前には紫色の鎧を装備した豚属が立っていた。
立ち入り禁止区域に迷いなく歩いてくるレンを見て、威圧的に警告を促す。
(さて、どうしようか)
レンの目的地はこの土塀の向こう側の領域にある。
隙をぬって“翔雷走”で駆け抜けるか。
いやそんなことをしては色々なヒトに怒られそうだ。
この後、レンがやろうとしていることを考えれば、なおさらだ。
「こいつらはいいんだ―――通してやれ」
レンが思案している所に、軽装のフリッツが歩いてきた。
左手と足首には包帯が巻いてある。
「フリッツさん!大丈夫なんですか?!」豚属の兵士が先ほどとは打って変わった口調でフリッツに話しかける。
「まあ、ずっと寝ていなければいけない程の傷じゃない。完治には継続的な治癒源技が必要らしいが」
そしてフリッツはこっちに顔を寄せると、
「坊主が隊長の時見たく治してくれるなら話は別だけどな」
とレンの耳元で言ってきた。
「―――冗談だよ。聞いたぜ、隊長の時は倒れたんだろう。後で俺も見舞いに行くつもりだったんだが、向こうに用があるのか?」
「はい」
「そうか」フリッツは何も聞かない。
「じゃあ自分は行きます。ありがとうございました」
「おう。また後でな」
フリッツが手のひらをひらひらと振る。
レンは穴に向かって歩き出した。
「いいんですか?一般人を通してしまって」
豚属の兵士が訝しげにフリッツに尋ねているのが後ろから聞こえた。
「いいんだよ」
「なんせ俺の――――英雄なんだからな」
フリッツが誇らしげに言っていた。
・ヴぃー [ヴぃー]
【なぜ他のニンゲンではなく、レンだったのか。これが代償なのか。でももう――賽は投げられたのだ】
第2節開始です!
PV3000 ユニークアクセス1000を突破しました!ありがとうございます。
第0節と第1節は如何でしたか?
感想や評価を頂けると幸いです。
テコ入れとかした方がいいのかな?




