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23. 盟友の証を胸に覚悟を決めた

唐突な話題を、唐突に話し始められたレンは思わず声を出してしまった。


「この世界エルデ・クエーレは、今未曾有の危機に直面しようとしている。怪異がこの数十年で爆発的に増加したことは話したな?そしてそれに伴って大地が穢れ、死地も広がっていることも」

レンは黙ってディルクの話に耳を傾ける。


「もう既にこの世界の―――2割以上の土地が穢れているんだ。それは加速度的に広がっていることも報告されている。幸いなことにそれらの死地は殆どが現状、ヒトが住む場所からは離れた未開拓地に存在しているが。だが、このままではいずれ大地の全てが穢れに覆われてしまうだろう」


どうやら、この世界の現状はレンの想像以上に深刻であったようだ。


「各領や王領の討伐騎士や傭兵を使って、各地の怪異を殲滅することで対抗はしているものの、それが時間稼ぎになってるかすら解らない現状だ」


「最も、このことを知っているのは勲者に近しいごく限られた者だけだがな。俺も第9勲に近いところの竜属だからある程度は把握している」


それはそうだろう。


一般人に知られでもしたら混乱は必至だ。情報規制は然るべき処置だ。


「そこで勲者達は、“危機を根本的に打開できるヒト”を特殊な源技能を発現し、呼ぶことにしたんだ」


「特殊な源技能?」


レンが読んだ「源技能基礎概論」に書かれていた、適応者が限りなく限定されている属性のことだろうか。


「神の力と言い換えてもいい―――厳密に表現するなら、神獣の力を直接的に発現することができる属性のことだ」


(神の力?)

この単語だけ聞くと途轍もなく胡散臭いが、ディルクの様子は真剣そのものである。


「普通の源技能を発現するには想像力が重要なのはわかるだろう?自らの経験や記憶、知識が形となって源粒子により発現される。だが、この属性はそれらを―――超越しているんだ」


特殊な源技能に対してディルクの説明がいまいち要領を得ないように感じる。


おそらく具体性が無く想像しづらいからだろう。


「その属性を発現したことと、自分が呼ばれたことの関係は?」

レンが尋ねる。


「さっき言っただろう。“危機を根本的に打開できるヒト”をその属性を発現して呼んだ、と」

ディルクからは再度同じ内容が帰ってきた。


(――そういうことか)

「つまり発現に“想像がいらない”ってことなんだね。」


「ああ。どのような能力を有していれば、どのような特性があれば、この世界を救うことができるのか。またそのヒトは何処にいるのか、といったことを勲者達は、いや誰しもが知らない」


「だが世界を創った神獣に、“この属性を発現し願う”ことで、自分たちが全く想像もできない未知の領域において、最も望むものを得ることを可能としているんだ」


「だから、神獣の力を直接的に発現できる属性ってことね」

レンは続ける。


確かに神の力と言っても過言ではないだろう。


端的に行ってしまえば、神獣にお願いすればある程度はなんでも願いを叶えてくれるということだ。


そしてそれによってレンたちが連れてこられたらしい。

「じゃあ、このスマホもその属性の発現によって与えられたってこと?」

レンは、机の上に置かれていたスマホを手に取るとそう言った。


源粒子によって作動しUser1の方角を示す機械。

まだまだ未知の機能は有りそうだが、今は使用できない。


レンはスマホを操作し麒麟のアプリを起動する。


今も、User1を指し示す方向に変化はない。


「おそらく、な」


ディルクが頷いた。


「でも、解らないことがある。自分は向こうの世界で源技能なんて発現できなかった。その存在も知らなかった―――なんで選ばれてこっちに呼ばれたんだろう。確かに今は怪異に対して特異な力を持ってはいるけど」


日本では20年以上普通に生きてきた。

こんな超能力みたいなことは一度もできたことは無い。

普通の学生だ。


「そのことなんだが本当にそっちの世界には源技能は無いのか?俄かには信じがたいんだが」


エルデ・クエーレでは源技能が生活に密接に関与している。

その世界の住人にとってそれが無い世界は、あまり想像できないのだろう。


日本でいうと機械という存在なんて知りません、と言っていること同じレベルなのかもしれない。


「少なくとも自分は知らない。だから、力を与えられたにしても、もっと他に適した人間はいたはずだ。なんで自分なんだろう」


ディルクもこの疑問に対する納得のいく答えは出せないらしい。


「呼ばれたのがお前で良かったと―――俺は思っているけどな」


そうディルクがポツリと呟いたのが聞こえた。




考えても、可能性がありすぎて纏まらない。レンは話を変えることにした。


「ところで、さっきから話にでてる勲者って?」


「この世界で最も力の強い意思決定機関コスバティ-アに属している者のことをそう言う」


コスバティ-ア。


それは日本でいう国会と同義なのだろうか。


だがレンは疑問が浮かんだ。


「―――最高意思決定機関?王領が国を統治しているんじゃないの?てっきり王政だと思ったんだけど」


「通常の内政に関してはそうだ。12ある各領がその土地を実質的に管理し、王領がさらにそれらを纏め上げている」


ディルクは、ソファの近くに備え付けられている小箱から水差しを取り出し、グラス2つにそれを注いだ。


「だが、コスバティ-アは“国や領単位ではどうにもならない有事”の際に、主に機能する独立機関だ。現在、エルデ・クエーレの王領の最高位、国王はコスバティ-アにおいては第4勲の地位にいる。」


「順列があるんだ。でも、国王が4番目?それより上に3人いるって―――順列はどうやって決まってるの?」


レンはそのコスバティ-アに関していまいち掴みきれなかった。


「強さ、だ。単純な個の戦闘力で地位が決まる」



(―――強さ)



予想だにしない答えを聞き、レンは思わず心の中で反芻してしまう。


「エルデ・クエーレでは獣時代の弱肉強食の名残か、“強い”ことが本質的に最も価値のあるものと考えられている」


(国王が第4勲ってことは、内政のトップが世界で4番目に強いってことか。)


「国王の他には―――研究者、軍の相談役、執事、貴婦人、代行者、料理人、鍛冶屋などが勲者だな。そしてその勲者達が話し合い――――」


なかなか個性的で多様な職業のヒトが勲者らしい。


「―――特殊な源技能を発現することで、自分たちがこの世界に来ることになった」

レンがディルクの言葉を引き継ぐ。


「でも、どうせなら、もっと遣りやすい場所に呼んでくれたらよかったのに。いきなり草原で怪異もいて―――そういえばディルクはなんであそこにいたの?」


「それに関しては俺の一存では答えられない。ただ、コスバティーアも一枚岩ではない、ということだけは言っておく」


変に誤魔化されるよりは、はっきり言えないと明言してもらえるだけマシだろう。

レンはそう判断した。


「ほら」

ディルクが片方の水の入ったグラスをレンに手渡し、再度ベッドに腰を掛けた。


「ディルク、ありがとう。これもだけど、いろいろ話してくれて。内容からの想像だけどそのコスバティ-アの機密事項や規制されている情報も入ってるんでしょ?だけど、なんで急に自分に事情を教えてくれる気になったの?」


その疑問は、ディルクが話し始めてから一番初めに湧き上がり、

そしてレンにとって一番聞きたかったことでもある。


「そうだな。初めてお前を見た時の印象は―――平和呆けした坊主だった。特異な力を下手に持っていそうだったから、上手く監視し制御しないと危険だとも思った。お前は感情が表情に出てて、不安で不安で仕方がないって様子で、実際子供のように泣いてたりして―――情けなさ過ぎて―――こんな奴が救世主として勲者や神獣に“呼ばれた”のかと思うと正直苛々したぜ」


途中からはほぼ愚痴に聞こえる。


「……ちょっと待って」


レンの質問の答えになっていないのに加え、あまりの自分の評価の低さにレンは思わず静止の声を上げてしまう。


「まぁ聞け。そんな風に思ってはいた。だが、お前は決して考えることを止めなかった。自分が何をすべきか、それには何が必要なのか、今の状況から何が可能性として考えられるのか。お前は不安と恐怖を感じながらも、前だけを見ていたんだ」


厳つい竜の顔がしっかりとレンを見つめてくる。


「そして、それに伴う気高い自分の意志も持っていた。俺がお前の監視を遂行するために脅威から目を逸らした一方で、レン。お前はヒトを、ゲムゼワルドを、しいてはエルデ・クエーレのことを想い、自分にできる範囲での最大限のことを考え、動いてくれたんだ―――正直、その時俺は自分が情けなくなった。異世界人であるお前の方が、現地人の俺よりよっぽど真っ当に生きてるんだからな」


「立場の違いだよ―――ディルクは自分の為すべきことがあって、自分は何も知らずに愚直に動いた。ただそれだけだよ」


「それでも俺は、そんなお前の姿を見て“監視し利用する”のではなくこの脅威に対して“協力を仰ぐ”べきだと判断したんだ」


ディルクが立ち上がりレンの目の前へとやってくる。

その瞳はしっかりとレンを映している。


「だから、頼むっ、俺たちの世界を救うためにレン、力を貸してくれ!」


ディルクの懇願を聞きつつ、レンは今得られた情報を頭の中で整理する。


(ディルクは嘘はついていないだろう。だけど。“いくつかの重要な事実”に関して意図的に―――明言を避けている。それが、こちらを思ってのことなのか、それとも―――)



それでも。

それでも、やはりディルクの今の言葉、そして思いを信じたい。




レンは立ち上がりディルクの前に立つと、手を差し出す。

ディルクはそれを不思議そうに見る。


「握手だよ、握手」

それを聞いてディルクがゆっくりとその大きな手でレンの手を握ってきた。

爬虫類特有のひんやりとして少しざらついた感触がレンに伝わる。


「この世界の為、ってそんな大層なこと格好よく言い切れないけど、この世界に来て知り合ったヒトビト、ディルクやデリア、ダリウス達と楽しく過ごしていきたいから。だから―――自分にできる限りのことは、やるよ」


レンは自身の言葉の後押しをするかのように、ディルクの手を強く握った。



ディルクはその強面を綻ばせる。



そして、手を放すと、背筋を伸ばし、自身の右の拳を左胸に置いて、そしてそれをゆっくりとレンの左胸に置いた。


レンにはその行動の意味が掴めない。


「こっちではこれが盟友の証っていうやつなんだ」


ディルクが笑顔で言う。



レンもディルクの動作に倣って、右の拳をディルクの心臓のある位置に置いた。ディルクの鼓動が拳を通して、レンに伝わってくる。



「“我らの命は共にある”―――そういう意味を表している」



何となくお互いに気恥ずかしくなった。


日本にいたころでは言わないようなセリフを吐いて、なおかつ恰好を付けてしまったからだだろう、とレンは判断した。


(まったく、異世界にきて本当にいろんなことが新鮮だな)


でも、悪いことばかりではない。



「さてっと。ディルク―――行きたいところがあるんだけど」



レンがそう言うと、ディルクは不思議そうにそのエメラルド色の瞳でレンを見てきた。





―――――――――――――――





レンの目の前には、先日の怪異との戦いが幻であったかのようにだだっ広い空間が広がっている。


レンが意識を取り戻す2日間の間に、ゲムゼワルドの兵士たちは随分働いたらしい。


ゲムゼワルド南通行門馬車道は封鎖されていたが、偶然会ったフリッツのお蔭で通してもらうことが出来た。


レンは痛む足を少し引きずりながら歩く。


「怪異があれだけ出現したからな。ここも、もう死地になっているだろう」

頭の上の獣化したディルクがそう洩らす。


レンは地面を見た。

ヒトや怪異の血を吸った土からは灰色の粒子が所々から立ち上っていた。


(死地からは怪異と同じように灰色の粒子が流れ出ている。だったら―――)


「レン?」



レンはゆっくりと死地を歩くと、地面を切りつけるように手に持った差し棒を振った。


掌から差し棒を通して銀色の粒子を発現するように意識する。


差し棒から発現したその粒子は地面降り注ぐと、灰色の粒子を連れて宙に消えて行った。

レンはゆっくりと歩き回り、それを繰り返した。


レンの周りにはどんどん粒子の軌跡が増えていき、幻想的な風景を映し出す。



レンが差し棒を振るうことで、怪異を屠れる。

レンが差し棒を振るうことで、死地を浄化できる。



それは、自分の身近なヒトの平穏を守ることに繋がる。


そして自分は、“それ”を望んでいる。



(だったら―――自分はこの世界で、差し棒を振るう。この世界で、思うがまま生き抜いてみせる)


レンは心の中でそう決心する。



そんなレンの思いを鼓舞するかのごとく、



周りの粒子たちは、煌びやかに輝きながら、天へと昇っていった。






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