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21. 仮説の検証に伴う代償

血の海に倒れこんでいるイヴァンの姿がレンの目にうつる。


紫色の軍服に液体が染み込んでいき、生地を黒色が侵食していく。



「イヴァンさんっ!」



イヴァンが倒れている馬車の荷台の縁を持ち上げた瞬間、

その下にいた、いやその下で“成った”猪怪異がその牙を、

イヴァンの喉に目がけて突き立てようとしていた。


レンがイヴァンの体を少しでもずらさなければ、一瞬で絶命しただろう。


だが、その牙はイヴァンの右胸を貫いた。


大量の血がイヴァンの体から溢れ出ている。


限りなく黒に近い灰色の粒子も傷口に大量に吸着していた。




レンが、初めてこの街に来たとき。この道を通ったとき。

馬車を引くための“多数の馬”が存在していた。


怪異が出現し初めてこの現場に来たとき。

“多数の馬”と、“多数の猪など”が地面に倒れていた。


レンが怪異を倒し始めたときには“馬怪異”は存在していなかっはずだ。

だが、途中から“馬怪異”が現れ始めた。


そして怪異の殲滅が終わった今、明らかに大地に倒れていた“馬や猪など”の数は減少している。


つまり“馬車を引く馬や食料用の猪、牛、豚などが怪異に成っていた”のだ。



イヴァンは不幸にも、荷台の下にいた食料用の猪が怪異に成るタイミングで、それに気が付かず無警戒に近付いてしまった。


その結果が今の惨状だ。


(もっと早く気が付つけた!家畜の死骸に対して注意喚起ができた筈だったんだ!)



「―――デリアさん!早く!こっちに!!」


レンが治癒源技を発現できるデリアを大声で呼ぶ。


そのレンの声で周りのヒトビトは状況を理解できたのか、一斉に動き始めた。


すぐさま、コニーを含む詰所で見かけた兵士たちがレンとイヴァンの元に駆けつけてきた。


デリアもこちらに駆け寄ってくるのが見える。


「隊長!!!隊長!!!」


コニーが倒れたイヴァンの元に屈みこみ、必死に呼びかけている。


そして腰に掛けた袋から淡く光っている液体が入った瓶を取り出し、その中身を傷口に振りかけた。


「………ぁぁ。…………そう……か。俺…………やられ………」


イヴァンが虚ろな目で空を見ながら、弱弱しい声で途切れ途切れ言葉を紡ぐ。


「…家のツレ……と……イリスに……すまん……と。」


「駄目です!!その言葉は自分で伝えてください!!!」


豹属の兵士がイヴァンを叱咤する。

だがその声にはどこか懇願が含まれている。


振りかけられた液体の中の粒子は傷口に一度は近づくも、すぐに立ち上る灰色の粒子に飲み込まれ空へと消えていった。


「………はっ…………イリスが…………おと……こ……………きた………ぶんなぐ……と」


デリアが駆けより、即座に治癒源技能を発現する。

手から光が溢れ患部を包み込むものの、やはり灰色の粒子は超えられない。


「……あいつ……めい…く……くろう……っぱなし……………だめ……おとこ………おれ」

イヴァンの顔色が青白くなり、体温が下がっている。

典型的な失血性ショックの症状だ。


未だ意識はあるものの、この出血の量ではすぐに昏睡までいくだろう。


そうしたら時間の問題だ。


周りの兵士が必死にイヴァンに声を投げかけている。




「駄目だっ――こんなの」



受け入れられない。レンは心の中で強く思う。


何とかしなければならない。絶対に。



思考しろ。集中しろ。見逃すな。妥協するな。信じろ。


考えぬくことだけは、完全に自分自身の意志に依存するのだから。


(絶対に、今の自分にできることはある)


過程は分からなくても、ぼんやりとしたその結論に確信はある。


スマホの画面を不規則に指で叩く。


そう、このメロディは何時だって自分を奮い立たせてくれる。


レンは自分の耳から入る音が段々と小さくなっていくのを感じた。



デリアの治癒源能は、先ほどと同様に意味を成さない。


レンの目には、治癒源技の発現が淡い光の粒子として視ることができる。


だが、それはイヴァンの傷口にある灰色の粒子によって、完全に隔てられているように見えた。


厳密に言うと、光の粒子は傷口に届く前に灰色の粒子とくっつき、宙に消えている。


「そうだ、源粒子は“色のついた粒子”として今まで視てきた」


「基盤源子は淡い光だから無色。炎源子は赤色、土は茶色、水は水色、雷は紫、光は白、闇は黒。この色の種類はどこかで――――」


レンの脳裏に神獣綬日の夜の、あの幻想的な夜空が浮かび上がる。


赤色の閃光が、水色、緑色、茶色、青色、紫色、白色、黒色が。

多様な色彩の輝点が輝く糸を引きながら、虚空を泳ぐあの光景。


ディルクはあれが、“神獣から授けられし源素”と言っていた。



レンの手に持っている差し棒が纏っている銀色の粒子。

これも、源素だとしたら?


「じゃあ、自分が扱える銀色の粒子は何の属性なんだ?」


一つの素朴な疑問が胸にストンと落ちる。


レン視る限り、差し棒の銀色の粒子は何故か怪異の灰色の粒子の本流を侵すことが出来る。



そうだ、怪異の灰色の粒子。


傷口に纏わり付くように在る、それ。


治癒源技の源子とくっついてどこかに消えていく、それ。



「そうか―――そういうことなのかもしれない」


レンの頭の中に1つの結論が生じる。


「怪異の灰色の粒子は“属性源粒子と、極めて会合しやすい源粒子”。“源技能基礎概論”にあった多量体化の触媒源粒子?だから、怪異によって負った傷は治癒源技の効果が低い?患部に届く前に、捕まえられているかからか?」


レンは自分の考察を纏めるべく、ぼそぼそと仮説を口に出す。


「だから、怪異の源技能に対する耐久力は高い。その会合しやすいという特性によって、発現した源技能は乖離し効果が減少するから。だから、怪異は物理的な耐久力も高い。基盤源子と会合して多量体化によって源子の鎧を纏っているから」



そして―――


「差し棒が纏っている、銀色の粒子は、“その会合を外す属性源子”だとしたら」


だから、レンの一撃で怪異は屠れる。

怪異の根幹ともいえる灰色の源粒子の会合を壊しているのだから。


「だったら―――」

レンの耳にはもう、微かにしか音は入ってこない。


【レン】


「いや、でももし間違っていたら」


【レン!】


「…………ヴぃー?」


レンの思考がヴぃーの呼びかけによって一時中断する


【あなたの仮説には妥当性があります。わたしにはあなたがしようとしていることが理解できます】


ヴぃーがゆっくりと言い聞かせるようにレンに喋りかけてくる。


【いまのあなたに必要なのは、未知のことに挑戦する勇気です。恐れを抱くことも理解できます。ですがレン、顔を上げて目の前の光景をみなさい。そしてあなたの思うがままに―――動きなさい】



目の前には右胸が抉られ、大量の血を流しているイヴァンの姿が在る。

呼吸が荒い。

近くにいるヒトに、自分の妻と娘イリスに遺すメッセージを必死に掠れた声で伝えていた。


まるで自分の死期を悟っているかのように。


周りにいる部下の兵士達の顔は誰しも真っ青で唇を噛み締めている。

その体は震えており、悔しさが滲み出ていた。


それでも、目の前から目をそらさず、イヴァンの言葉に耳を傾けている。


ダリウスやディ-ゴの顔も険しい。


懸命に治癒源技を患部に発現していたデリアであるが、実りのないその作業を止めていた。


その顔は今にも泣きそうである。


もうイヴァンは、長くは無いのだろう。



(――やるしかない)


レンは決意した。


灰色と銀色の源粒子に関する考察は、只の仮定だ。


的外れである可能性の方が高いだろう。


それでも。


それでも今はそれに賭けるしかない。


レンは目を一度ゆっくりと閉じる。


イヴァンと話した、詰所の世界地図の前での光景を、思い出す。


イヴァンの毛で覆われた大きな手が頭に置かれた感触を、思い出す。


再度指で何時ものリズムを紡ぐ。


そして、レンがその瞳を開けた時には、


レンの世界には音が完全に無くなった。




―――――――――――――――




今まさに目の前でヒトの命が尽きようとしている。

デリアが詰所を訪れた時には元気に部下を叱咤し、良い父親な姿を詰所で見ていたのに。


デリアはまだ目の前の事象を完全に受け入れられなかった。


自分の治癒源技ではもはや意味を成さない。


イヴァンの右胸からはドクドクと大量の血が流れ溢れ出でいる。


怪異に負わされた傷は明らかに致命傷だ。

あの間合いだ。通常なら即死で間違いなかっただろう。


レンだけが唯一気が付いたから、“まだ”イヴァンの命はここにある。

だから、イヴァンは遺言を残すことができる。


もう、デリアにはその時を待つことだけしかできなかった。



その時だった。



デリアの耳に不自然な音が聞こえる。


それの発信源はレンであった。


まさか、生者を天国へと送り出すための鎮魂歌のつもりなのだろうか。

デリアを含めて、そこにいる皆がレンに目を向ける。


そしてデリアは、ぞっとした。



レンの顔からは表情というものが抜け落ちている。



感情も移さないそれは、この状況との対比もあってデリアに恐怖を与える。



「デリア。治癒源技をもう一度イヴァンに」



レンは淡々とした声でデリアにそういってきた。

しかしながら、その視線はイヴァンの傷口から外れてはいない。


「―――ですが。わたくしの源技能では、もう」


「早く」


デリアの言い分も無視して、レンはそう命じてくる。


明らかに今までのレンと雰囲気が異なっていた。


困惑していたデリアだったが、己の父ダリウスがこちらを向いて頷くのを見てレンの要望に従った。


意識を集中して両の掌を患部に突出し、治癒源技を発現する。


(やっぱり…………意味がないですわ)


もしかしたらレンもこの現実が受け入れられないのかもしれない。


この場にいたヒトの中で、直前とはいえ唯一レンだけがイヴァンに警告の声を投げた。


それに伴う責任を感じているのかもしれない。



あと少し自分が早く気がつけば、という。




そう、デリアが想像していた時だ。


レンが右手に持った差し棒を横に構え、左手の掌を広げその上に置き、イヴァンの患部に向けた。


(何をしようと?)



次の瞬間。



そこから、銀色の光が溢れ出る。


一瞬デリアの視界一面がそれで覆われた。


思わず目を細めてしまう。





「うそ――だろ」

兵士の一人がポツリと呟く。



その光景を皆が茫然と見ていた。




その銀色の光とデリアの治癒源技の光が傷口に触れると、

先ほどまで全く効き目がなかったのが嘘のように、

まるでゆっくりと時を巻き戻すかのように、


傷口の肉が再生を始めた。




「なんだよ………俺……夢でも見てるのか」



ゆっくりと傷口が塞がっていく。


通常の傷に対しての治癒源技でも、ここまでの効果は発揮しない。


傷口が完全に無くなるまでの数分、いやもしかしたらもっと短かったのかもしれない。


その間、その場にいる誰しもが動けず、ただその奇跡の体現を眺めることしかできなかった。


イヴァンの呼吸が浅くなった。


意識を失ってはいるものの、重体状態からは明らかに回復している。


その場にいた誰もが、動けなかった。

それほど今までの経験、知識と照合しても“ありえない”光景だった。




「隊長!――――すげぇ!!すげぇよ!!あんたたち!!!」


我に返ったコニーがそうレンを囃し立てるが、レンは全く意に介さないかのように銀色の光を未だ発している。



周りにいるすべてのヒトが、全力で歓声を上げた。


先ほどまでの悲壮感漂う空気はどこかへと消失し、その場には喜びだけが踊っている。


兵士達が肩を組み、吠えている。

コニーは嬉しそうな、泣きそうな顔をしながら叫んでいる。

ダリウスやディ-ゴも安堵の表情を浮かべていた。


デリアも思わず興奮してしまう。


「レンっ!!やりましたわ!」


デリアは治癒源技能の発現を既に終えていた。






だが、レンに声を掛けてもやはり無反応だった。






「――――レン?」

デリアが不思議に思い。レンを見る。


「ぜっ――たすけ――ったい――ける」


レンが小声でそうひたすら呟いている。

レンの視線は傷口があった場所に向いているものの、焦点はあっていない。


明らかに異常だ。


「レンっ?!レン!!」

デリアがレンの肩を掴み揺さぶっても、レンの反応は無い。

ただひたすら呟きながら、差し棒から銀の光を放っている。


「おいっ!!レン!!」

「青二才っ!!」


ダリウスとディ-ゴもその異常に気が付き呼びかけるものの、やはりレンの反応は無い。



「っ!!体温が低い!!源子欠乏症になりかかってるぞ!!!」

ダリウスがレンの首筋に触れて、そう判断したのか声を上げる。


デリアの背筋に緊張が走る。


源子欠乏症。

戦闘職で源技能に少しでも携わるものならだれでも知っている病気だ。


外から取り込む以上に、体内の源粒子を使い過ぎて、源技能を発現させると陥る。


今まで多数の源技能者が自らの力の過信や無理により、これを発症してきた。

体温を下げたまま意識を失い、二度と目を覚ますことがなく命を失っていく状況も珍しくは無い。



(このままでは!!)

デリアの心の中に焦燥が広がる。



その時だ。


その場にはいなかった、灰色の皮膚を持つ2メートルを超える竜が一匹、レンに近づき、



っどんっ!!!



レンのお腹に強烈な掌打を繰り出した。


それを受けたレンは意識を失って、その体は竜の腕に倒れ込む。



「すまないな。こうでもしないと“ふろー状態”のお前は、止まりそうになかったからな」



その竜は翠色の瞳を細めながら、脳内に染み込むように響き渡る重厚な低音でそう、呟いた。




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