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20. 見学と違和感と観察と

土塀が完全に発現し、レンとディルクが街側に戻ってきてすぐに状況は好転した。


援軍が到着したのだ。


イヴァン達と同じ街の兵士が20名弱。

皆、手に同一の槍を携えており、紫を基調としたブリガンダインに似た鎧を装備していた。

イヴァンたちの装備と比較して重装備だった。


(やっぱり。イヴァンさんたちは緊急で対応していたのか)


傭兵連合からの助っ人と思わしき戦士たちも10名ほどいた。


こちらは兵士とは異なり、1人1人の格好や装備が異なっていた。

槍を手にしている物もいれば大剣や、斧といった獲物のヒトもいた。


しかし、この討伐に傭兵が参加する意味はあるのだろうか。


レンがそれをディルクに尋ねると、


「怪異討伐に貢献したら、街からそこそこの報奨金が出るからな。」


との回答が得られた。



兵士の中で責任者と思わしき猪属がイヴァンに状況を聞いている。


レンは数メートル先のその光景を見ながら、地面に足を投げ出していた。


戦闘中での肉体的及び精神的に緊張を保ち続けることは、たった15分といえど、相当に負担になったらしい。


「あー。これは明日筋肉痛不可避だ」


何気に今日の朝も激しい運動をしている。

日中は露店巡りをしている。


とどめの、先ほどまでの戦闘だ。


(エルデ・クエーレに来てから、非日常の連続だ)


心の中で溜息を吐きつつも、いずれこれらが日常になる日が来るのかもしれないと想像すると、苦笑いが零れた。



そんな風にレンとディルクが大地で休憩している時だ。

猪属の兵士との話を終えたイヴァンがこちらにやってきた。


「我々はこれから、塀の向こう側の怪異の殲滅に当たるが――君たちは」

イヴァンが言いづらそうに言葉尻を窄める。


「自分も少し休憩したら、また参加【レン】」

すぐさま参戦の意を伝えようとしたレンの言葉をヴぃーが遮る。


「こいつはもう限界だ。それに――――ここからはお前たちの仕事だろう」

さらにディルクが被せる様にイヴァンに言い放った。


「……あぁ、確かにその通りだな。すまなかった」

イヴァンが向こう側へと歩き始めた。


「っちょ!じゃあ土塀の上で休憩がてら監視してます!」


「―――てめぇ」


ディルクがヒトを殺すような顔でこちらを見てきたが、レンは意味無く差し棒を服で拭い、気が付いていないふりをした。



熊獣人のイヴァンはその様子を、テディベアのように黄色瞳を真ん丸にして見てきた。




――――――――




「なるほど。怪異に対して通常はこうやって対処するんだね」


レンの眼下には、5人の傭兵と思われる部隊と怪異との戦闘が映っている。


土源技で作った直径2メートル程の穴に、一匹の豚怪異を落とし、身動きを封じた後で、剣や槍、炎源技で攻撃をしている。


【はい。耐久力が高く攻撃が危険なので、対怪異の作戦としては基本的に搦め手が用いられます】


左手に持ったヴぃーが説明をしてくれる。


「向こうも同じだ」


ディルクが示した方向には、土の中に足が埋まっている馬怪異がいた。


「あそこだけ地面がどろどろしているだろ?土源技で土の密度を減らし、水源技で水分を大量に含ませることで、あの馬怪異の足を封じたんだ」


ディルクが多少不機嫌になりながら、レンに対怪異の解説をしていた時のことだ。



街側から、パカラッパカラッっと強烈な蹄の音がレンの耳に入った。


レンがそちらに顔を向けると、雄々しい茶色の馬に乗った男性がこちらに向かってくるのが見えた。


その男性の腰にしっかりと両手を巻きつける形で少女も乗馬している。


ダリウスとデリアとディ-ゴだ。


一陣の風がレンの横を吹き抜ける。

ディ-ゴに乗馬したダリウス達は、3メートルはある土塀を飛び越え、怪異と戦闘が行われている領域に侵入した。


そして土塀側でディ-ゴが人化する。


ダリウスの顔はレンがこれまで見てきた大らかな笑顔とは大きく異なり真剣な表情をしている。


その背には、一本の鏡を想起させるほどに磨かれた銀色の長剣が在った。

柄の部分には麒麟と思わしき複雑な獣が描かれている。


「デリア。其処の穴から向こう側に行って、お前の治癒源技で怪我人の治療を手伝うんだ」


ダリウスがデリアに指示を出した。


(デリアさんは治癒源技が発現できるのか。っていうことは属性は、風、水、治基盤源技の治癒)


そして次にダリウスは、


「そこに座ってるレン!!後でお前からはしっっかりと話を聞かせてもらうからな!!」


と、こちらを見上げて声を荒げた。


心なしか虎耳の毛が逆立っているように見えた。


「うわぁ、ばれてた」

【怒っていますね】

「当たり前だな」


仮にもお世話になっている身で、無茶をしすぎたようだ。

ダリウスに心配をかけてしまったのだろう。


少しばかりレンは意気消沈する。


終わった後のことを想像してレンがため息を漏らした時だった。


「おい!あの剣っ!!あれって“怪異殺しのデュフナー”じゃあないのか!!」


1人の傭兵がダリウスの方を指差して、興奮したように声を上げた。


「怪異殺しのデュフナー?」


とても直球な呼び名だと、レンは率直に思った。


それが傭兵や兵士たちに伝搬していくと、ざわめきと興奮が広がっていく。


「平静を保て!!!我こそはダリウス・デュフナー!!!今こそ!我々の大地を脅かす穢れた獣を、神獣の名の元に浄化するのだ!!!」


ダリウスが剣を掲げ、そう宣誓する。



ぅうおおおおおおぉぉぉぉぉ!!!!!



雄々しい叫び声が通行門に響き渡った。


士気が先ほどまでとは段違いに上がっている。


元々の戦況はこちらに傾いてはいたが、それを後押しするかのような勢いだ。


兵士たちや傭兵が今まで以上の連携で怪異に立ち向かっている。


怪異を倒すまでの時間も先ほどまでと比べて明らかに短くなっていた。




その中で、ダリウスの活躍は素人のレンから見ても明らかに目覚ましかった。

レン程ではないにしろ、他のヒトの攻撃と比べて明らかに怪異に傷を負わせている。


ダリウスの剣の一閃で怪異の肉が断たれ、限りなく黒に近い灰色を纏った血が地面に飛び散る。


【さすがダリウスですね】


これが、“怪異殺しのデュフナー”の名の由縁なのだろうか。


ディ-ゴが土源技で怪異の動きを制限し、ダリウスがその特徴的な長剣と風源技や炎源技で数度攻撃すると怪異は消滅していく。



3メートル程の土塀から見下ろす戦闘風景はまるでゲーム画面のように映る。


だが、これは現実だ。つい先ほどまでレンはあの中にいたのだ。




――――――――――





半子刻程して、レンの視界に映るすべての怪異が倒された。



兵士が勝鬨を上げている。


傭兵が喜びで吠えている。


その光景を見ても、レンの心には何の違和感も生じなかった。


(あぁ。こちらの世界に馴染んできたなぁ)


多少の切なさを心に感じつつ、レンは目を閉じゆっくりと顔を伏せる。





怪異の殲滅が終わった大地には、悲壮が溢れていた。



レンはディルクを頭に乗せて其処を歩いていた。


1時間程前、レンがフリッツを助けた時とは異なり怪異の姿は無い。


しかしながら倒壊した馬車や柵がそこらに散らばっており、所々に負傷者や怪異から噴き出た血液と思しき赤い液体が大地を彩っている。


また視界には、多数の商人の馬車の積み荷であったニンジンやジャガイモ、レタス等の野菜類や麦が大量に地面に投げ出されていた。


そしてぽつぽつと牛や豚など家畜の死体が数匹。



「ん?」



何かかがおかしい。


レンの心の中に言葉にし難い気持ち悪さが生じる。


其処に在る筈なのに、今の自分では届かない距離にあるしこり。あと少しで届くはずの遺物だ。


確かに目の前の光景は気分の良いものではない。

だが、そういったものとは全くベクトルの異なった違和感が生じている。


レンは直感的にそう判断した。



怪異と戦った勇敢なる戦士たちは、戦いの爪痕が残る大地とは裏腹に皆笑顔を浮かべお互いの健闘を湛え合っていた。


傭兵や冒険者の風貌をしたヒトビトは各々の武器の確認や、怪異を屠った場所で何か作業をしている。


(怪異を殺すと何も残らないと思ってたけど、違うのかな?)


レンは彼らの行動を見ながらそう考察するもすぐさまそれを頭の片隅に追いやった。


「レン、どうかしたのか?」


ディルクの言葉をスルーしつつ、違和感の正体を探すために周囲の観察を続ける。


イヴァン含む紫色を基調とした制服や革鎧を装備している兵士たちは、現場の片付けに移っていた。


レンの目の前を馬車の車輪を持った兎属の兵士が通り過ぎる。


デリアはダリウスやディ-ゴと会話をしつつ、散らばった農作物を掻き集め籠に入れていた。


自分の父親の勇姿に触発されたらしい。

デリアは遠目に見ても高揚しているのがわかった。


さらに視界を広げると、コニーが豹属の先輩と一緒に“馬”の死体を運んでいるのが見えた。


一か所に集められ、焼却処分されるらしい。


炎源技で発現した大きな火柱に、コニーがその死体を放り投げているのが見えた。



馬。



(―――もしかしてっ!?)


レンは自分の心臓の動悸が急速に激しくなるのを感じた。


頭の中に、キーーッンとした耳鳴りも感じる。


自分の大きな呼吸に伴い肩が上下している。



初めてゲムゼワルドに来た時。

怪異が発生して、レンがこの現場に来た時。

ディルクが炎源技で炎の波を発現した時。

そして、平穏な状態に戻った今、この時



それらの時の馬車道の風景が、レンの頭の中に鮮明に蘇った。


そして、その“可能性”に至った時、レンの体に被雷した時の様な衝撃が走る。


「なんで気が付かなかったんだっ」


そうだ。


違和感はずっと心の中にあったのに。


「だけどっ!そうだとすると―――」


レンは慌てて周りを見回す。

すでに、馬車を引くための馬や、食料としての猪、牛、豚等の“動物”はすべて焼却処分されたらしく、地面には見当たらない。


そのことに、レンはとりあえず安堵する。


肩の力が抜けるのを感じた。


だが。


ある一画の様子が視界に入った瞬間に、レンの緊張感は再度引き上げられた。


左前方10メートル程のところだ。


イヴァンが倒壊した馬車のワゴンを持ち上げようとしている。


レンはそこを注視する。

枠は木材が使用されている。

そして屋根の部位の布は地面を広く覆っている。


車輪や土台が乱雑に積み重なっており、小人用のテントのように、その布は地面の下に空間を作っていた。


レンにはその空間を透視することはもちろんできなかった。


だが。


そこから薄く“灰色の粒子”が布を透過し大気に浮いているのが、視える。



(やばいっ!いる!いや!!“成った!”)


イヴァンは既に両手で縁を握り、腰を落としている。



「そこから離れろ!!!」

レンは吠えた。



周りで作業している大多数のヒトの視線がレンに集まるのを感じる。



だが、イヴァンは既に太腿に力を入れて、持ち上げていた。


駄目だ。


ここからの呼び声では遠い。


間に合わない。


10メートルという距離が、計り知れないぐらい遠く感じる。


即座に最大の翔雷走を発現し、差し棒を構えた。


レンの目にはすべての光景がスローで流れているように感じた。




バチィィィ!!!




レンは、目の前に現れた猪怪異を差し棒の一突きで葬り去る。


“翔雷走”の勢いが乗ったその一閃は、今までのレンの攻撃の中で一番鋭かった。



レンの両足に刺すような鋭い痛みを感じる。


反動無視の、まごうことなき最大発現での“翔雷走”だ。


足が焦げ、速度に筋肉が耐え切れず鬱血しているのだろう。


最悪筋繊維が完全に切れているのかもしれない。




だが、そんなことは今のレンにはどうでもよかった。


目の前で、イヴァンが血塗れになって倒れている、という、その事実と比べてしまうと。



「――――間に合わなかった」


レンの中の後悔の念が急速に心を侵していく。






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