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19. 小竜とスマホと異端の連携

17時を少し過ぎたころ、ダリウスはこの街ゲムゼワルド領の領主との面談を終え宿への帰路を馬車で目指していた。


領主とその妻とダリウスの3人で行われた会食や歓談は、和やかに進んだものの、ダリウス自体は統治者層の堅苦しい“お話し合い”を苦手としていたため、精神的に疲労してしまった。


まだ救いだったこととして、政治的な目的で領主がダリウスとの面談を望んだわけではなく、単に、ダリウスのこれまでの戦歴を聞きたいがためであったことだ。


「ダリウス殿、今日は誠にありがとうございました!怪異殺しの名に違わぬ数々の英雄譚、久々に私も妻の心も興奮で震えあがりました!」


一般的な道にはあまりにも相応しくない高級な馬車がダリウス達の宿の前に止まる。


目の前に座っていたゲムゼワルド領主が、ダリウスとの別れを惜しむかのように捲し立ててくる。


兎属特有の大きく長く垂れ下がった茶色い耳が揺れる。


「いえ。こちらこそ我々の宿まで馬車で送っていただき、なおかつゲムゼワルド領主にお見送りまでして頂いてもらって、感謝いたします。」


ダリウスは頭を軽く下げる。

隣に座っているディ-ゴも主に倣った。


「こんなことで礼を言われては困りますな。ダリウス殿は我々の世代の希望ともいえる存在なのですから!!そうだ!どうです?今からでも私の屋敷に宿泊されては?」


「折角の申し出は嬉しいのですが、市井の宿で過ごすこともこの旅の目的でありますので」

ダリウスは苦笑いを浮かべながら、馬車から降りた。


「そうですか――それは残念」

領主も見送るために馬車から降りる。


そして、ダリウスは領主と別れの握手を交わした。

(これでやっと解放されるな。宿で小休止して露店に繰り出して、デリアやレンと――)


ダリウスが頭の中で今後の予定を考えていた時だ。



「っポ、っっポイスル様っ!!」



領主ポイスルの傍に控えていた部下が、突然の激しい動揺を見せながらポイスルに声を掛ける。


「どうしたというのだ、いきなり大声を上げて。お客人の前で恥ずかしい」


その部下の態度にポイスルが強く叱咤した。


「申し訳ありません!!でっですが!!か、、っか怪異が街に現れたとの報告が!!」


通信源技能か源具のどちらかで、部下はその情報を得たらしい。


(怪異が街にだと?!)


ダリウスが知る限り怪異が街に出現した例は聞いた事がない。


明らかに異常であり、緊急事態であった。


「なんだと!!どこにだ!!状況は?!」


ポイスルも事態の深刻さを理解しているのか、先ほどまでの陽気な様子は鳴りを潜め、統治者層としての振る舞いをする。


「南通行門の馬車道です!――10を超える怪異の群れが確認されています!が、負傷者は出つつも現在なんとか、なんとか、怪異の侵攻をそこで食い止め、持ちこたえています!」

手を耳に当てた部下が大きな声で報告をする。

(―――ゲムゼワルドの兵士はなかなか優秀らしいな)

ダリウスは感心する。


一つの街の警備兵が、無数の怪異の存在に混乱することなく任務を遂行する。

おそらく故郷の兵士ではそうはいかないだろう、とダリウスは判断する。


「っつ!!っ他通行門の兵士に緊急体制指示!街の警備兵にもだ!他の兵士は応援に南通行門に応援に行かせろ!傭兵連合にも通達!怪異と戦闘可能な人材の要請だ!」


ポイスルが声を上げ、報告をおこなっていた部下とは別の部下数名に命令をしていた。


「はっ!」

彼らは即座に連絡と行動を起こし始める。


「怪異が現れてからどれくらいの時間が経った?!南通行門の兵士はもう持たないだろう!」


「いえ、それが――その。現在、南通行門警備兵数名が源技能により土塀を発現中。囮役として、実際に怪異と対峙しているのは――1匹の灰色の蜥属と――1人の小柄な一般人らしいとの情報が」


伝達係の部下が困惑した様子で情報を伝える。



その情報はダリウスに軽い衝撃を与えた。


ダリウスの頭の中に、今日の朝見送った、頭の上に蜥蜴を乗せた青年の姿が映る。


(まさかっ!――――レンか?!)

「―――青二才っ?!」


後ろに控えているディ-ゴも、ダリウスと同じ予想に至ったのか彼独特の呼び名を呟く。


(何故だ?!レンはデリアと一緒にいるはずじゃないのか!?まさかデリアもそこに?!)


そういやな想像をダリウスがした時だった。


「お父様!お帰りになられたのですね!街がなにやら騒がしいのですが。どうかいたしました?」


宿の扉から出てきたデリアが、ダリウスに声をかける。


どうやら既に宿に戻っていたらしい。ダリウスは心の中で安堵の溜息をもらす。

それは、デリアが突っ走って怪異の群れに向かって行っていないことも確認できたことによるものだ。


だがデリアの傍には熊属の娘がいるだけで、レンの姿が見えない。


熊属の娘は、普段関わり合うことのないゲムゼワルド領主の姿に顔が引きつらせている。


「デリア。レンは何処だ?」


デリアがダリウスの問い掛けに不思議そうな顔を浮かべている。


「レンですか?少し前に慌てて走りながら外に出て行ったと宿の主人が言ってましたわ」


(どういうことだ?!やはり報告のヒトというのはレンのことなのか?!)


確かめる必要がある、とダリウスは考えた。


昨日の剣術指南を見た限りレンは戦闘に関して、将来性はあるものの現時点では素人であることは間違いない。


仮に怪異を抑えているのがレンであれば、戦う力も満足にないのに囮役を担っていることになる。


「領主!我々も怪異がいる現場に向かわせてもらおう!」


元々、レンのことが無くてもダリウスは向かうつもりであった。


「本当ですか?!怪異殺しのデュフナー卿のお力を貸していただけるのであれば、これ程心強いことはありません!」


ダリウスのその言葉に、ポイソンは力強く興奮しながら礼をいってくる。


「ディ-ゴ!」

「っは!!」


ダリウスの呼び声一つでディ-ゴは即座に獣化した。

雄々しい焦げ茶色の巨大な馬が一頭、街道に出現する。


ダリウスはそれに跨る。

そして、ディ-ゴが駆け出そうとした時だった。


「お父様!わたくしも行きます!」


話の流れから、状況を悟ったのだろう。

デリアがその申し出をすることは、ダリウスにとって容易に想像ができた。


「――わかった」


デリアの顔に喜色が浮かぶ。


下手に制限するよりも、ある程度近くに置いておいた方が良いだろう。

ダリウスは自分の娘の性格を正確に把握していた。


「ただし、現場での負傷者の治療や、有事の際の後方からの源技能による支援だけだ。それ以外の行動は認めん」

ダリウスはしっかりと自分の娘に釘をさす。


「………わかりましたわ」






―――――――――――――





「レンっ!!右斜め後方!!3歩だ!」



ディルクの指示を聞き、レンはすぐに“翔雷走”で左に移動する。


その一拍後に、レンが居た場所に灰色の獅子怪異が飛び掛かってくるのが見えた。


そして着地した獅子怪異がこちらに体を向ける硬直を狙い、源粒子を纏わせた差し棒を、その横腹に振り下ろした。


銀色の粒子を纏った一閃は、怪異の肉を絶つ。

そして粒子が灰色の源所に浸透し、拡散していく様子がレンには見えた。


それが怪異には致命傷となったようだ。

獅子怪異は歪んだ鳴き声を上げつつ、灰色の粒子へと還っていく。


それを最後まで確認しレンはすぐに周囲を確認する。


「ディルクっっっ!!後方上部と左方!!2拍!!」


ディルクに豚怪異と馬怪異が同時に迫ってきているのが見えたレンが、すぐさま声を上げる。


ディルクが器用に空を泳ぎながら、木の葉のように襲撃を躱した。


そして、自身の尻尾による掌底でレンの方に猫怪異を打ってくる。


地面を転がる激しい音を立てながら、怪異はレンの方に飛んできた。


(よしっ今だ!)


レンはすぐさま目の前で臥せっている猫怪異の流れの源所を探り、そこに差し棒を突き立てた。


怪異に止めを刺したことを確認し、一息呼吸を落ち着かせようと大きく息をする。


【左から来ています】


ヴぃーの言葉にすぐさま意識を緊張状態に戻す。


隙を狙ってか馬怪異がレンに突進してこようとするのが見えたため、咄嗟に左手の人差し指をそちらに向け、“雷閃”を発現する。



馬怪異に命中はしないものの、手前に着弾したことにより馬怪異の勢いを乱すことはできた。


(っくそ!少しも気を緩められない!)



もうかれこれ5分は戦闘している、その間にもレンは数度の危機に瀕したものの、ディルクの絶妙なフォロー及びヴぃーの注意で事なきを経ている。


正直なところ、ディルクやヴぃーがもし居なかったら今頃傷だらけであろう。


一方で、レンは6匹の怪異を差し棒で屠った。


初めに確認した怪異の数は10を超えるぐらいだから、現在では半分近くに減っていているはずである。



だが、


「っおかしい!?怪異の数が減ってない!」


レンの視界にはざっと数えてもやはり10匹以上の怪異の数が見えた。


「そもそも馬怪異なんて初めにいたっけ!?」


そんな違和感を覚えつつも、レンたちは何とか持ちこたえている。


幸運なことは、すべての怪異達がレン達を獲物もしくは殲滅すべき敵と認識したらしく、イヴァンたちの方を気にもしていないことだ。


また、太陽がまだ沈んでいないことも挙げられる。


この状況で、暗闇の中一部の怪異達がイヴァンたちの方にでも向かおうものなら、戦況はさらに複雑にかつ混沌としていただろう。


【レン、今は耐える時です。あなたの戦いの根幹は回避と不意打ちです。視野を広げ、警戒を浮かべ、感覚を吸着させ、思考を舞わせるのです】


そうだ、今は戦うしかない。


レンは気を引き締めなおそうとする。


15分耐えきった後に、即座に最大発現の“翔雷走”で離脱する。

それだけを考えるべきだ。


源技能の発現自体には、まだまだ余力がある。


だが、精神的にはかなり疲弊している。


実際に、自分の心に焦燥が生じ始めたことをレンは自覚した。


それでも、その時を信じて、レンは差し棒を煌めかせ雷源技能を行使した。




―――――――――――




「すげぇっ!すげえっっよ!!」


戻ってきたコニーがイヴァンの前で、目の前の光景に興奮したように叫んでいる。

いや、実際に興奮しているのだろう。


土源技の発現に集中しているイヴァンですら、目の前に広がる戦闘に対して驚嘆と羨望の心を隠すことは到底できなかった。


怪異の群れに対して勇敢に戦う彼らの姿は、幼少の頃読んだ「冒険譚-エルデとクエーレ-」に出てくる、神獣とその原初の相棒であるヒトの姿と被る。


お互いに声を掛けあい補っている。

戦闘にあまり慣れていないヒトを蜥属が手助けしている。


絶妙な連携で怪異に立ち向かっていた。


だが、それ以上に不可思議な現象がイヴァンの目の前で何度も生じている。


詰所では普通の子供に見えた青年は、その手に持つ差し棒のたった一振りで怪異を消している。


その太刀筋は、剣技にあまり馴染みがないことが透けて見えた。


「―――ありえない」

思わずイヴァンは呟いてしまう。


これが、すべて作り物の喜劇だとしても何も疑問は持たないだろう。

いやむしろその方が納得できる。


イヴァンの剣や源技能では、せいぜい怪異の足止め程度の効果しか得られない。

いやイヴァン以外でも一般の兵士や戦闘職ではせいぜい切り傷一つ追わせれば御の字といったとこだろう。


それを、あそこで戦っている一般人は差し棒を振るだけで怪異を屠っている。

一体、彼らは何者なのだろう。


先ほどのフリッツを助けたときの移動もそうだ。

少し視界から居なくなった次の瞬間には、もうイヴァンたちの近くに位置していた。



(っっ今は!土塀の発現に集中しろ!!)

イヴァンは己を叱咤する。


彼らは、自分たちの作戦の為の時間稼ぎを行なっているのだ。


彼らの奮闘には自分たちが応えなければならない。


イヴァンは体全体に力を込める、全身の毛が逆立つのを感じる。

そして地面に付けている両手に力を伝えた。


馬車道の端から端50メートル程を横切る様に土壁は既にゆっくりと地面から盛り上がってきている。イヴァンの軍靴の下にそれは出来始めている。


(30センチってところか。一番跳躍力のありそうな怪異は猫怪異、3メートルあれば大丈夫だろう。)


まだ目標の高さまで足りないことに、イヴァンは焦りを感じてしまう。


「頼む、、、なんとか持ちこたえてくれ」



(………50…………1…………)


イヴァンの額に汗が滲む。


これ程までに源技能を酷使するのはいつ以来だろうか。全身に倦怠感が襲ってくるのをイヴァンは感じた。


おそらく自分だけではないだろう。同じく土源技を発現している他の兵士もそうだ。


(………150……………2……………250)


目の前でイヴァンたちの最終防衛として立っているコニーも、フリッツに庇われたことで奮起し頑張ってくれている。


だが、こちらに怪異が襲ってくるかもしれない、その時は自分が戦わないといけないという恐怖と戦っているのだ。


(260……270……280………よしっっ!!)



「完成だっっ!!!退いてくれ!!!」


土塀の上に立ったイヴァンが腹の底から叫ぶ。



それが聞こえたらしい青年は差し棒を持っていない手を、イヴァンの方に大きく振ってきた。


後は、彼らが無事にこの土塀まで来てくれることを祈るだけだ。


「コニーお前もそこの穴からこちら側に来るんだ!」


イヴァンが下方にいるコニーに声を掛けると、すぐにコニーは飛び込んできた。

やはり、相当の緊張と恐怖を感じていたらしい。


街の方をみると、応援の兵士やら援軍の傭兵たちが駆けてくるのが見えた。


(戦況はこちらに傾きつつある)






―――――――――――




レン達の戦闘は変わりなく続いていた。


何匹の怪異を屠ったかを数えることは途中でやめた。



(まだなのか!!)


ちらりと、後ろを見ると、数メートルはある巨大な土塀が発現されているのが見える。

だが、まだ完全に構築できているわけではないらしい。



腕と足の筋肉疲労が蓄積している。

小休止を取ればすぐ回復するだろうが、この状況では常に筋肉を働かせ続けなければならない。



デリアから習った上段の防御の構えで、先ほどとは別の獅子怪異の黒光りした太い爪を受け止める。


獅子怪異が体重を掛けてきたため、軽い鍔迫り合いの硬直状態に陥った。


【この状態はまずいです!】


ヴぃーの焦る声をレンは初めて聞いた。


(早く何とかしないとっ)


今別の怪異に襲われたら回避が遅れる。


レンはそう瞬時に判断する。



「レン!後ろに下がれ!!」


ディルクの指示に従い、即座に後ろにバックステップする。


その一拍後に、ディルクの炎源技と思われる火球が着弾し、火柱が生じる。

中で獅子怪異が悶えているのが見えた。



その時、待ちに待ったイヴァンの後退の合図が聞こえた。


レンが飛び掛かってきた猪怪異を差し棒で吹き飛ばしつつ、土塀の方を見ると、地面に一部分だけヒトが通れる穴が開いているのが見えた。


あそこを目がけて駆け抜ければいいのだろう。


「ディルク!!」


そのレンの声にディルクは上空に昇り、炎源技の発現に取り掛かる。

レンもそれに合わせて、差し棒を怪異達に向けた。


「“回炎槍”!!!」「“雷閃”!!!」


巨大な炎の槍は青白い電撃を纏いつつ怪異達の中心に着弾する。



ドンッッ!!!!



レンは砂埃が舞い、怪異達の注意がそれる


そして、ディルクがレンの頭に乗ったその瞬間に、


(“翔雷走”!!!)


最大発現の翔雷走で、土塀の穴へと駆けて行き、数秒も待たずにレンはその穴にたどり着いた。


その瞬間。


「“岩盾”!!」


イヴァンの声が響き渡り、土源技能ですぐさま岩を発現し穴を塞ぐ様子が見えた。


レンは座り込み、息を整える。


戦闘中には感じなかった、肉体的な疲労感や、煩いほどの心臓の動悸を感じることができる。


自分は生きている。


レンは強くそう実感した。





2000PV達成しました!

皆様ありがとうございます!

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