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16. 危険に寄り添う異端と安全を求む小竜の口論

「なんか雷源技って大味な技が多くない?」


レンが次の本、「雷源技能概論―基礎から応用まで―」を流し読みした後、第一に出てきた感想がそれだった。


その本には、雷源技の簡単な基礎理論(雷属性の源粒子とは?など)から、実際に使用されている雷源技能について浅く広く記載してあった。


例えば、指先から静電気を発生させる下位源技や(護身用として役に立つようだ)、天空から雷を落とすといった上位の源技能などがレンの印象に残った。


「こんな落雷の源技とかって日常で使うの?」


レンが後ろのほうに載っている源技能のページを指さしながらヴぃーに聞く。


【その源技能は主に芝居や式典といった見世物の演出に使われます。その規模の雷源技を発現できる者は少ないので需要がありマス】


「なるほどね――他に雷源技能者がなりがちな職業ってある?」


【戦闘職デス。雷源技は対生物に向いています。他には鉱石採掘や芸術分野においても有用です。ですが雷氷光闇の適合は第二属性以降に認められるのが一般的です】


「えっと、、普通は火水土風が第一属性になるってこと?」


【はい。以前ディルクが言いましたが、種属毎に適応属性がありますから】


「ってことは、雷源技能しか使えない事例ってあんまり無いのか、、、習得する源技の優先順位はちゃんと考える必要があるな」


(まぁ、でもこの“雷閃”系は使えそうかな)


レンは本を読んでいる途中に、安全かつ自分でも発現できそうな源技能を見つけると、極力発現量を下げて試し打ちをしていた。

その中でも戦闘用の下位源技能である、指先から雷の閃光を放つ、“雷閃”はシンプルかつ汎用性が高そうということもあって、レンの目に止まった。


(他はおいおい試していくか。それに本には無い源技能、も)


レンの速度上昇の源技能“翔雷走”(結局こう名付けた)と同様に、レンは雷源技能と向こうの知識を組み合わせた源技能を開発することも考えている。


(磁場、回路、筋収縮、神経伝達、化学反応――――考えればもっと出てきそうだな)




――――――――




(?)



レンがそれに気が付いたのは、「雷源技能概論―基礎から応用まで―」を読み終え、次の本「生活源技能集大全」を読み始めようとした時だった。



(?なんか変だな。寒気がする、、のか?)


何となく、空気が寒い。

加えて、伸びきったタコ糸のように張りつめたその感触は今にも千切れそうだ。


レンの背筋に悪寒が走る。


多少のブレはあれど何度か抑揚つけながら、その感覚はレンに違和感を抱かせる。


緊張が収まったと思ったら、数秒後にはまた張りつめる。


それの繰り返しだ。



そしてそれは、ゲムゼワルドの街の南の方向から発せられていた。


(これって、どこかで?)


レンはその感覚に身に覚えがあった。

この世界に来て、どこかでこの感覚を味わった記憶がある。


目を閉じ、自分の意識をその違和感に集中させる。


(そうか、これって―――)


昨日の七夕の朝。


割れた空間に吸い込まれ、草原で目覚め、ディルクに会い、


そして。


「ディルク。街の中に――――怪異が現れることってあるの?」


レンは目を瞑りながら、後ろのベッドにいるであろうディルクに話しかける。


「どうした、急に。街は守護源技で保護されているんだ。そんなことはありえない。仮に、そんなことになったら街は大混乱だな。そして甚大な被害が――――」


ディルクが不思議そうにレンを見てくる。


しかし即座にレンの言いたいことを察したのか、その顔は驚愕へと変わった。


「――――おいっ!まさか?!」


「確証はない」


レンは前置きをする。


「だけど、あの草原で狼怪異が攻撃してきた時と似た感覚を、今、強く感じる」


レンは手に持っていた本を机に置き、慎重に言葉を選びながら話す。


「もしかしたらかなりの数の怪異が街の近く、もしくは街の中にいるのかもしれない」


レンの根拠は“感覚”だけであり、現状、論理性も妥当性も説明できるものではない。


だが。


「これまでの自分の特異性を考えると、この感覚を無視することはできない、と思う」


ディルクはその灰色の顔に凄みを効かせ、そのエメラルド色の瞳を鋭く輝かせながらレンを見てきた。



「――行かないと」



レンは独り言のように呟くと立ち上がった。


その勢いで木の椅子はギシリと音を立てる。

無意識のうちにポケットの上から差し棒を握る。



「何を言ってる」



ディルクが普段よりもさらに低い声を発しながら、フワリと浮かび上がると、レンの目の前に立ち塞がった。



「何をって。実際にその場所に行って、怪異がいるか確かめる必要があるでしょ?」



「―――馬鹿を言うな、仮にお前のその話が本当で、その感覚も正しいものだったとするぞ」


ディルクがゆっくりと、幼子に言い聞かせるかのようにレンに話しかけてくる。


「だが、お前が行く必要はないだろう?この街にだって怪異をあしらうぐらいの武力はある」


「そうかもしれないけど、ディルク言ってたじゃん。怪異は物理にも源技能に対しても耐久力が凄まじくて、その討伐には小隊で当たるって。ヒトにとって脅威の存在だって!」


声を上げながらディルクに主張した。

そして息を吸うとさらにレンは言葉を続ける。



「自分なら、あの草原の狼怪異の時みたいに簡単に怪異を倒すことが出来るかもしれない!そしたら、ほかの人が無駄な危険に晒されることも無いだろう!?」


「それは!お前が怪異に対して対処できた時の、言えば、最高の状況を想定した時の話だろうが!普通にお前がやられる可能性もある!――お前を危険な場所に向かわせることは出来ない!」



ディルクのその物言いに、レンは全身が熱くなるのを感じる。


もはや会話は、レンとディルクの怒鳴り合いへと移行していた。


こうして言い合っている間にも、レンは緊張と融和の感覚を常に感じていた。


今では、そのサイクルが2重、3重にも重なっており、それはレンに焦燥を与える。



「感覚信じるのであれば、怪異は”群れ”で街にいる!」


そのレンの発言にディルクはさらなる驚愕とそして苦渋の表情を浮かべる。


「それは、、、だが、なおさら、ここにはいられない。鳥行便を使って早くこの街から離れるぞ」


レンはそのディルクの言葉を受けて、さらに自分がヒートアップするのを感じた。


「そんなの駄目だ!それは自分たちが、この街のヒトを見捨てることを意味するんだよ!自分のこの異常な力があれば!怪異からこの街を救うことができるじゃん!!」



「…………」


【――――】


レンの言葉に目の前のディルクは押し黙り、ヴぃーが息を飲む音が聞こえた。


「それにさっき本で読んだけど!この街ゲムゼワルドは、食料の生産地また中継地点としても、世界の食物供給を大きく担うって!」


レンは「エルデ・クエーレの歩き方」のゲムゼワルドの頁に書いてあった情報を反芻する。


「ゲムゼワルドが怪異によって侵されでもしたら、この世界にとって被害は甚大なんだろう!?」



【レン。あなたは――】

「――そうだな、確かにお前の言っていることは間違ってない」


ディルクが声を荒げるのを止めポツリと言う。


先ほどまでの威圧的な低い声はどこかに投げ捨てられたように、今の声は小さく弱弱しかった。



「だが何故だっ?お前はこっちの世界に来てまだ1日だろう?なぜエルデ・クエーレの、俺達の世界のことまで考えて危険に立ち向かおうとする?!お前からしてみたら所詮違う世界のことだろうが?!」



ディルクがレンに叫ぶ。

それは何処か悲鳴にも、泣き声にも似た叫び声だった。


「そんなの自分にもわかんないよ!でも行かないと絶対に後悔する!それだけは確信があるんだ!!」



「てめぇ思い上がるなよ!分不相応な正義感は、只の自己満足の自己犠牲に過ぎない!!結果として何も残らずお前が傷つくだけだ!!」



「自己満足の自己犠牲で何が悪いんだよ!ディルクには関係ないじゃん!―――所詮自分は只の異世界人だろ!?」



「――――だからこそお前を、“こんなところで”、死なせるわけにはいかないんだ!」



ディルクのその言葉により、レンは冷や水を浴びせられたかのように冷静さを取り戻した。



「やっぱりね」


ディルクは己が失言したことにより、苦虫を嚙み潰したような顔を浮かべた。



「薄々感づいていた。あえて聞かなかったけど、もういいや―――ディルクは自分がこの世界に来た理由に心当たりがあるんじゃないの?」



「………それは」



そう呟いた後、ディルクからは沈黙という雄弁な返答が帰ってきた。


「会った時から不思議に思ってたよ。なんで異世界から来たってことを疑わなかったのか。なんでオニギリの礼とか言ってここまで面倒を見てくれたのか。なんで目立たないようにさせたのか。なんで自分に戦闘訓練を行うのか――なんで、時々辛そうな顔で自分の顔を見るのか」


「…………………」


ディルクは何も言わない。

ただ、俯いたまま微かに震えているだけだ。


「その疑いがほぼ確信へと変わったのは、ディルクのした”ある行動”に強い違和感を覚えたからだよ。いや、正確に表現するなら、”ある行動をしなかった”ことに対しての違和感」



「………なんだと」



ディルクは訝しげにレンを見てくる。


「あの草原からゲムゼワルドの街に移動するときに、ディルクはなんで自分に―――獣化できるか否かを聞かなかったの?」



レンがそれを言った瞬間にはディルクはその意図が理解できなかったのか黙り込んでいたが、直ぐにレンの言いたいことを察したのか、目を大きく見開いた。


エメラルド色の瞳が驚愕を携えて、レンに向かっている。


「こちらのヒトはみんな獣化、獣人化、人化できる。それはこの世界の絶対の常識だよね。異世界人がこちらの世界にやってきたとしても、まずは、ヒトは獣化できるってことを前提に確認するんじゃないかな―――だって仮に自分がディルクのように竜に、ディ-ゴさんみたいに馬になれたら、草原から街への移動が、もっと早く、楽になるからね」


「…………」


ディルクは再度、沈黙する。


「でもディルクはそれを聞きもせず、即座にここから3時間ほど、虎刻ほど“歩いた”ところにゲムゼワルドという街があるって言った。異世界人は獣化できず“こちらの世界のヒトとは根本的に異なる”ということを、そもそも知っているみたいに」


大気の緊張と弛緩の間隔が短く、そして鋭くなっているのをレンは感じる。


あまり時間の猶予は無いのかもしれない。



「だから自分はこう判断した。“子竜ディルクは何かしらの目的をもって、異世界人レンと行動を共にしている”と」




そのレンの言い方にディルクの体がビクリと震えた。





――――――





【――――それぐらいにしておきなさい、レン。二人とも頭を冷やすべきです】




重苦しい沈黙を破ったのはスマホから発せられたヴぃーの声だった。


「ヴぃー?」


【レン。己の主張を通すために、相手にとって触れられたくないことを追求し精神的に優位を得ることは有効です。しかしながら、今後の信頼関係を考えるとそれは愚策と言えるでしょう】


「………そう、だね」


【ディルク。あなたは焦りすぎです。責任感を強く持つことを否定はしませんが、柔軟に対応することを覚えるべきです。そして、レンのことをもう少し信用してあげてもいいのでは?】


「………それは」


【情報が不足しています。実際に怪異がいるのか。いるなら何処にいるのか。その数や種類はどうなのか】


そのヴぃーの主張を聞きつつ、レンとディルクは無言で見つめ合う。


【それらを確認したうえで判断すべきなのです。ワタシたちで対処するのか。他のヒトと共に討伐するのか。街の兵士に警告を告げるのか。何も言わずに街から逃げ出すのか】


【あなたたちには適切な判断ができるだけの力があると、ワタシは確信しています】



遠くの方で神獣綬日の祭りの賑わいを感じさせるヒトビトの活気のある声や楽器の音が聞こえる。


平和の音だ。


レンはそう、思った。



「ディルク、ごめん」


「いや。俺も熱くなっちまったから」


お互いに謝罪をすると、レンは苦笑いを浮かべた。

先ほどまでの心のざわめきが嘘のように無くなり、己の頭が回り始めるのを感じる。


「ヴぃーも、ありがとう」


【いぇ】


レンはヴぃーのことを辞書みたいなものだと認識していた。

己が望むときに知りたい知識を引き出すための道具。



―――だが、それは間違いだった。



声は無機質だが、そこには確かに意思を感じる。


只の道具ではない、生きてる生きていないに係わらず、一人のヒトとしてヴぃーの意思がそこに存在している。


ヴぃーは言葉を発せずに、ゆるく震えていた。

それが、気恥ずかしさを表しているようにレンには見えた。



(よしっ)


レンは切り替えるように大きく深呼吸をすると、ディルクに向かってにっこり笑う。


「まぁ、自分も死にたいわけじゃないから。やばいと思ったら自分の命最優先で逃げるし!ほら“翔雷走”も逃げ用源技能みたいなもんじゃん」


先ほどまでの言い合いの空気を無かったかのように、レンは明るくおどけた風にディルクに話しかけた。



「わかった、俺の負けだ――行くか」



ディルクがどこか遠くを見ながら、呟く。


「よしっ!」


それを聞いたレンは思わずガッツポーズをしてしまった。


「ただ、レン。これだけは約束してくれ」


ディルクが真剣に言ってくる。


「――――無茶だけはするな」


「勿論!」


レンはそう言うとディルクを頭に乗せ、スマホをポケットに入れると、急いで宿の部屋を後にした。





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