12. 些細な贈り物と臭う草
「よしっ!折角のゲムゼワルドの神獣綬日の祭りだからな露店をいろいろ巡るといい!」
ダリウスはさっきまでの真剣な声ではなく、少年のように溌剌とした声で言う。
「レン!一緒に見て回りましょう!」
デリアも待ちきれない様子でレンを誘った。
「お、いいな。生憎俺とディ-ゴはちょっと用事があるからな。俺としてもそっちの方が安心だ。ゲムゼワルドは治安が良いとはいえ、祭りで外から来たやつが多いし、みんな浮かれてるからな」
ダリウスもデリアに便乗してきた。
それを聞いたデリアは椅子から立ち上がった。今にも外へと向かいそうだ。
レンも特に断る理由もないので問題はなかったが、露店に行く前にやらなければいけないことを思い出し、デリア達にストップをかける。
「ちょっといいですか?」
「――わたくしと祭りを回るのが嫌なのですか」
レンの静止に、デリアは途端に悲しげな表情を浮かべた。
感情に対応して、虎耳も心なしか折れているように見える。
どうやら誤解を与えてしまったらしい。
レンはそう判断すると、すぐさま否定した。
「いやいやいや!違います。そうじゃなくて」
言葉を途中で切り、レンはリュックサックの中を漁ってから、目的の物をいくつか取り出し、テーブルの上に置く。
デリア達はレンのその様子とテーブルの上に置かれた物を不思議そうに眺めた。
「昨日から皆さんにお世話になりっぱなしですから、お礼としてこれを受け取っていただけないでしょうか?」
テーブルの上のモノは、レンが身に着けていたまたはリュックサックの中に入っていたものであり、レンが意図せず日本から持ち込んだものだ。
ダリウスには銀色の腕時計を、デリアには赤一色のリストバンドを、ディ-ゴには濃紺色の手拭いを渡す。
ダリウスはそれを受け取ると手に取り上下左右と繁々と眺めた。
「ほう――こんなに精巧に源磨された、刻を刻む源具は初めてみるな」
どうやら、時計を源具と勘違いをしたようだ。
日本での機械が、こちらでいう源鉱石を加工したものにあたるのだろうか。
デリアやディ-ゴも手に取り興味深そうに見ている。
リストバンドや手拭いもこちらの装飾品とは大分異なるはずだ。
加工技術もそうだし、これらがエルデ・クエーレでは存在しない素材で作られている可能性も十分ある。
リストバンドの着用場所や使い方を、デリアに教えると、すぐさま嬉しそうに手首に着けてくれた。
これまでデリアが赤色を身に着けている姿を見た事はなかったが、手首の派手な赤が、デリアのファッションにアクセントを与えたようにも見える。
手拭いに関しては頭や腕に巻くヒトもいると伝えると、ディ-ゴはその腕に巻きつけてくれていた。
相変わらずレンに対しては無愛想な表情を浮かべているが、手拭いを身に着けてくれたということは、少なくとも多少は好意的に受け取ってもらえたのだろう。
どうやら、皆にそれなりに喜んでくれたようだ。
(ヴぃーの提案に乗って良かった)
先ほど宿の部屋の中で、これまでのお礼としてダリウス達に贈り物をしてはどうかとヴぃーから言われた。
目の前のことを考えるので精いっぱいだったレンに対してその提案は目から鱗だった
馬車や宿代、夕食代、朝食代とレンは一銭も払っていない。
そもそもこちらのお金をレンは全くもっていないのだが。
お礼に渡せるような物など持って無いとレンは思っていたのだが、お礼に一番大事なものは心であり、なおかつ日本から持ってきた小物には十分な価値がある、とヴぃーが言ってくれたこともあり、それなら、とレンはダリウス達にこれらの品を渡すことにした。
「しかし、本当に貰っていいのか?」
そう言いつつ、ダリウスは腕時計をその逞しい手首にはめている。
「ええ、お礼ですから」
正直これまでのお金を含めた借りを、これらの品物で返したとはレンはあまり思っていない。
「――そうか、なら遠慮なく頂こう」
そうダリウスが言うと、隣にいたデリアに耳打ちをする。
その様子を不思議に見ていたレンだったが、
「それじゃあレン!行きましょう!」
というデリアの張り切った声に席を立った。
ディルクも既に定位置となったレンの頭の上に乗る。
―――――――
宿から一歩外へと踏み出すと、祭りの活気がレンの身を震わせた。
昨日や今日の朝見た通りの様子とはかけ離れている。
テントはすべて完全に立てられており、その一つ一つに旗が掲げられている。
旗には絵や文字が大きく描かれており、さらにはきらきらと輝いている。
源技能によってそのテントが何のお店であるか、遠くから見てもわかるようにしているのだろう。
(――すごい)
さらに通りは、沢山のヒトで賑わっている。
満員電車を彷彿とさせるこの混雑さでは、自分のペースで歩くことは困難だろう。
(迷子にだけはならないようにしよう)
露店にいる店員が粋の良い声を挙げながら、街行くヒトの興味を引こうとしている。
ヒト達の賑やかな声に紛れて、遠くの方から笛の音や打楽器の音を中心とした音楽も聞こえてくる。
レンの視界に入るすべてが獣人だ。
レンの目から見て一目で何の種属か判断が付く者もいれば、パッと見はニンゲンと変わらないヒトもいる。
レンはその凄まじいエネルギーに圧倒される。
もうすでに時刻は10時を過ぎた頃だ。
神獣綬日の祭りも完全に始まったのだろう。
「――すごいですわ」
隣のデリアも同様のことを感じたのか、感心と茫然が交じった声でそう呟いた。
「とりあえず、この通りを北に歩いて大通りに出ましょう。レン、ディルクを無くさないように気を付けなさいね」
デリアと共に大通りを歩きながら露店を見て回り始めた。
出店の約半分は食べ物関係の店だったが、レンたちはつい先ほど遅い朝食を食べたばかりなので、それらは軽く見て回る程度に抑え、それ以外のお店を重点的に見て回った。
デリアはその可憐な見た目や清廉な立ち振る舞いとはうって変って、武器屋、防具屋に激しい興味を示した。
デリア曰く、どうやらモノの質自体はアルテカンフや王都のデリアご用達のお店の方が良いみたいだが、出店の装備は玉石混在しているらしくそれを判断することが楽しいらしい。
一度レンが、良さそうだなと思った秀麗なレイピアを手に持つと、
「見た目だけですわね。ギリギリ装飾剣として許される程度ですわ」
と辛辣に言い放っていた。
露店で色々な品物を見ていくつかをピックアップしたが、デリアから駄目出しを多くもらった。
どうやら自分には装備の目利きの才能は無いらしい、レンはそう判断した。
装備屋を見て回ってわかったことだが、どうやらデリアは戦闘中に使用するモノにも拘るタイプらしい。
今のところデリアのお眼鏡に適った品は無いらしく一つも購入には至っていない。
そんなデリアが、レンが渡したリストバンドを躊躇せず付けてくれたことに、嬉しさを感じる。
一方で、打合い時に差し棒を構えたレンを見て、デリアはどう思ったのだろうか。
(――でも馬車の中で、デリアさんも差し棒見て武器だって判断してたっけ)
「レン。実は――家族以外からの男性から贈り物を頂くのは初めてで――本当に嬉しかったのです」
装備屋8件目を見ようか、というタイミングだった。
デリアが唐突にレンに感謝の意を伝えてきた。
その顔は仄かに赤付いており、恥ずかしそうであった。
「え、本当ですか?デリアさんくらい綺麗だったらこれまで何度もありそうですけど」
まごうことなきレンの本心だった。
デリアは多少女性らしくない趣向の持ち主ではあるが、風貌や立ち振る舞いは、世の男性の理想の淑女に近いだろう。
「………お世辞にしても微妙に失礼な物言いですわね。――まぁいいですわ」
―――――――
「そういえば、老師やお母様、兄様たちへのお土産を買う必要がありました」
装備屋めぐりも一息ついたころだった。
隣のデリアが思い出したかのように言った。
お土産。まさか、剣や鎧といった物を送るつもりなのだろうか。
もしかして祭りのお土産に関してはそれがエルデ・クエーレの常識なのだろうか。
レンは微かな不安と共に思ったが、デリアの次の一言でそれは無くなる。
「レン。お茶屋を見つけたら教えてくださいませ。ゲムゼワルドの主要な特産品の一つなのです」
そういえば昨日の夕食時にレンはそれを飲んだ。
日本の緑茶とは異なり、渋みが弱く代わりに甘みが強かったと記憶している。
「わかりました。―――って、あれは?そうじゃないですか?」
レンが返事をした時だった。
人々の流れの隙間から、様々な種類の野草が木箱に詰められそれが並べられているテントが見えた。
デリアには見えなかったようだったので、確認の為に2人でそのテントに近づいた。
「あぁ。これは薬草屋ですわね」
どうやらお茶を売っているお店ではないらしい。
レンはニコチアナと書かれた札が付いている木箱の中身を覗く。
そこには白、赤、緑などのカラフルな星形の花弁が入っていた。その隣には手で持てるほどの大きさの茶色い棒が何本か置かれている。
そのレンの様子に気づいた狐属と思われる店主が嫌らしい笑みを浮かべながら声を掛けてきた。
「お、ゲムゼワルド産の葉巻が欲しいのかい?」
「いや、見てるだけです」
レンは特に葉巻や煙草を嗜む趣味は無かったので、即座に断りをいれる。
「お父さんや知り合いのおじさんにどうだい?」
商売魂というやつなのだろうか。
レンの断りを受け、また別の角度から売り込みをしてきた。
「そういえば、お父様は時々吸ってましたわ」
デリアはそう返すと、興味深そうに箱を除いている。
そのまま、デリアと店主が話し始める。
レンはそれを横目で見つつ、隅に置いてある小さな陶器に収められた細かい淡い紫色の葉を見る。
ラベルにはアツミゲシと書かれていた。強烈で独特な臭いを発している。
「あまり嗅ぎ過ぎるな」
頭の上にいたディルクが唐突にレンに注意を呼びかけた。
【アツミゲシは、少量であれば精神衛生を整える草として使われます。しかしながら、ここにあるアツミゲシは源粒子を含んだ葉であるため効果が強まっており、吸い過ぎると認知機能に障害が生じます】
ヴぃーの淡々とした開設を聞いたレンは慌てて顔を遠ざけ、匂いがしない距離まで顔を遠ざける。
(アツミゲシ……ケシ――大麻か!)
そんな危険なものが普通に露店に売られていることに驚きつつ、自分の迂闊さを認識し気を引き締めた。
(早くこの世界のことを知って慣れていかないと危険だな)
―――――――
「――お父様にここの事紹介しますわね」
デリアと店主の話は終わったらしい。
顔をレンの方へと向けると、少し違った雰囲気を感じたのか、
「レン、どうかしましたか?」
と、問いかけてきた。
「いや実地で学ぶことの重要性を感じただけです」
「確かにそうですわね。貴重な機会です!―――でも、この旅行が終わったらわたくし、すぐに学院に戻ることになりますわ」
「学院、ですか?」
日本育ち日本住まいのレンには学院という言葉はあまり馴染みがなかった。
(デリアさん確か16歳だよな。それで教育機関に属している。でも街並みを見るにそれくらいの子供が全員学校に行っている感じはしないけど――デリアさんはやっぱり良いとこのお嬢さんなのかな?)
「えぇ。王都にあるストールズ中央学院です。わたくしはそこの騎士科に所属しておりますの。今は、学院の生誕休暇でお父様たちと旅をしているのです」
そう言って、デリアは大きくため息を吐く。
(騎士科。だから女の子だけど勇ましい感じがするのか。実際、剣とかすっごい慣れてそうだったし。ダリウスさんが騎士の家系なのかな?)
「そうですわ!レンあなたも学院に通いませんこと?―――わたくし、あまり同世代の友達が居なくて、その、あなたがいてくれたら、と」
レンが頭の中で考察しているときだった。
デリアの、可愛らしいかつ、可哀そうかつ、物騒な発言が聞こえる。
「ちょっと待ってください」
昨日の剣術指南といい、デリアは強引なところがちらほら垣間見える。
「冗談ですわ――半分は」




