定例会3
二人が入った会議室は比較的広い会議室だった。部屋の中心を囲むように円卓が置かれておりその中心には資料やデータを映し出すためのホログラム装置が置いてある。円卓の大きさは部屋の半分以上を占めるほどの大きさで椅子は18個用意されていた。今回の定例会に参加する人数分きちんと用意されていた。
そして会議室の扉から一番遠いところに用意されていた椅子に黒色のローブを身に着けた男性がタブレットを見ながら座っていた。銀髪をオールバックにしており、鷹のような鋭い目つき、そしてその目つきに似合う紅い瞳が特徴的だ。
そしてもう一人、会議室に設置されたコーヒーメーカーで鼻歌交じりにコーヒーを用意している女性がいた。この女性も黒色のローブを身に着けていた。赤髪のツインテールを揺らしながら楽しそうにコップにコーヒーを淹れて椅子に座っている男性にコーヒーを持っていこうとしていた。
「やあ、お二人さん。今日はいつもより早いな。」
「あ! 炎帝さまとアルベルトさんおはようございます~!」
マクレーンの挨拶に赤髪の女性―冥帝補佐官タナトス・エレオノーレがニコニコしながら応えた。先ほどの職員の男性ようなきっちりとした挨拶ではなく、学校の先生に挨拶するような元気いっぱいの挨拶だった。
「……」
対して男性―第35代冥帝ハデス・シュミットはマクレーンの方をちらっと見たが再びタブレットに視線を戻した。彼はあまり喜怒哀楽を表情に出すタイプの人間ではないようだ。そんな彼の態度にエレオノーレは腰に手を当てて注意する。
「もうシュミット様!もう少しフレンドリーに他の人と接してくださいねと普段から言ってるじゃないですか!」
「……今はデータの確認中だ。そちらを優先するのは当然だ。」
「むー!」
シュミットの言葉に彼女は頬を膨らませて彼を睨んだ。傍から見ると可愛い大学生という見た目の彼女が睨みを効かせても怖いというより可愛く見えてしまう。彼も彼女のそんな様子もどこ吹く風でタブレットを淡々と操作している。
「気にしなくて大丈夫だよノーレちゃん。俺は二人の仲良しっぷりが見えれば満足だからね。」
二人の様子をニヤニヤしながら見つつマクレーンは自分の名前が表示されている席に座った。彼は何時の間にかオフ状態になっていた。エレオノーレの可愛いしぐさに当てられたのだろう。
そんな炎帝にエレオノーレは「茶化さないでくださいよ炎帝様~」と言いながらコーヒーをシュミットに渡してホログラム装置の方で準備を始めた。
そして、炎帝が席に着くのを確認したアルベルトは先ほど炎帝に頼まれた準備をするためにパソコンとタブレットを取り出し炎帝の隣の席に座り操作し始めた。
「……今日の会議に参加したくないなら病院を手配してやるぞ炎帝」
マクレーンの冷やかしとも取れる発言にシュミットはジロリと炎帝を睨んだ。普通の人間なら冥帝の紅い目に睨まれるだけで恐怖で動けなくなる。殺されるのではないかと錯覚するほど怖いのだ。現にマクレーンの隣に座っているアルベルトの身体が一瞬だが震えた。炎帝補佐官として様々な任務をこなしてきた彼でも冥帝の殺気は他のどの人間から向けられる殺気よりも恐ろしいのだ。
しかし、そんなシュミットの殺気を向けられてもマクレーンは平然としていた。
「おー怖い怖い冗談だよ悪かった。それよりも冥帝、今日はやけに早く到着してるな。いつもなら会議開始5分前とかに来てる印象だが……何かあったのか?」
「別に何もない。今日はたまたま早く到着しただけだ。ノーレに確認してみろ。」
先程までとは打って変わって真面目な顔つきになるマクレーンにシュミットは殺気を少しだけ和らげつつも紅い眼光をマクレーンに向けたまま答えた。
マクレーンが作業をしているエレオノーレに顔向けるとジェスチャーでシュミット様の発言は本当ですよ~と教えてくれた。
「なーんだ……俺の気にしすぎだったのね。ならいいや~安心した。」
先ほど会議室までに来る間に想定していた事態が起きていないということが確認できたマクレーンは椅子に深く座りため息を吐いた。
「アルベルト君~さっき話したことは頭の片隅に残しておくだけでいいや~」
「分かりましたマクレーン様。準備が終わったらコーヒーとチョコレートお持ちします。」
完全なオフモードとなったマクレーンを見てアルベルトは少しだけ笑みを浮かべたがすぐに元の真面目な顔つきに戻り作業を再開した。
しばらく炎帝と冥帝そしてその補佐官二人が会議室で思い思いの作業をしていると会議室の扉が静かにゆっくりと開かれ二人の人物が入ってきた。
「ごきげんよう皆さん。お元気そうで何よりです。」
会議室に入るや否や優雅にお辞儀をする美しい女性は第35代水帝セドナ・エルネスティーヌだ。
水色のローブを身に纏い、サラサラストレートロングの金髪を腰のあたりまで伸ばし、肌は降り積もった雪が太陽の光に反射し輝いているかのように綺麗で男性ならすれ違ったときに必ずと言っていいほど振り向いてしまうほどの美しさを持っている。
「皆様~おはようございます。本日はよろしく~お願いしますね。」
そして後から入ってきたのが水帝補佐官の住吉 弓月である。彼女の家系は地球から水星に移住した日本人であるため地球の日本国民のような名前を持っている。
彼女もエルネスティーヌのようなサラサラのロングストレートの髪を肩の辺りまで伸ばし、水色のローブを身に纏っていた。唯一の違いがあるとしたらエルネスティーヌは金髪だが弓月は黒髪というところだろうか。
おっとりとした口調で喋り、エルネスティーヌの3歩後ろを歩き彼女を立てる姿は日本での清楚な女性を言い表す大和撫子のという言葉がぴったりだった。肌もみずみずしくエルネスティーヌとは別の方向での美しさを兼ね備えている。
「やあ、水帝それと弓月ちゃん。今日も綺麗だね~目の保養になるよ。」
炎帝が軽く右手を挙げ、息を吸うように彼女たちを褒めつつ挨拶に答えた。
帝業で惑星各地を回っているときに自分を一目見ようと集まった人々に握手やサインをあげ、熱烈なファンには一言二言会話を交わしたりするなど他の帝よりファンサービスが多めのマクレーンは女性を褒めるのも日常茶飯事なのだ。
「あらあら炎帝さん? 会うたびいつも同じことを仰られては言葉に重みがなくなってしまいますよ。」
そんな炎帝にエルネスティーヌは少し呆れながらも微笑みを返した。弓月も炎帝から綺麗と言われるのは初めてではないのだろう素敵な笑みを浮かべてお辞儀で答えた。
「綺麗以外の言葉が見つからないんだ。適当な言葉を連ねるより一言綺麗って言った方が相手に伝わると俺は思っているからね。」
「貴方らしいですね。それよりも……アルベルトさんがすごい顔して睨んでますけど……?」
「しまった!?」
不思議そうな声のエルネスティーヌの発言を受けて慌ててマクレーンが後ろを振り向くと怒りのオーラをアルベルトが作業を中断してこちらを睨みつけていた。
「マクレーン様ぁぁ……オフになった途端そういうことするんですね…キレていいですか?」
「待て待て待て!! 美しい女性を褒めるのは男として当然のことだろうが!?」
先ほどのイケメンな炎帝はどこに行ってしまったのか……どうにかしてアルベルトの怒りを収めようとする炎帝がそこにいた。どうやらアルベルトはキレれると怖いようだ。
そして何故か蚊帳の外になってしまったエルネスティーヌと弓月はとりあえず自分たちに用意された椅子に座ることにしたようだった。
「自分にはどう見てもマクレーン様がナンパしているようにしか見えません。女たらしですか?」
「違うっての! 今まで俺がそんなことしたことあったか?とにかく落ち着けって!」
知らない人から見ればアルベルトが炎帝でマクレーンが補佐官なんじゃないかという状況になってしまった。
そんな炎帝と補佐官のやりとりをタブレットでのデータの確認の途中でエレオノーレが入れてくれたコーヒーを飲みながら冥帝が見ていた。彼の表情に変化はないがどうやら呆れている様子だ。
しかし、シュミットはひとつだけ気に食わないことがあった。
「……俺が睨んだ時よりアルベルトに睨まれたときのほうが慌ててるな。舐めてるな俺の事。」
冥王星最強の自分の殺気より補佐官の睨みで動揺する炎帝に若干イラつきながら。再び、タブレット画面に視線を落とした。