定例会1
ようやく本編です。
星暦2016年――最終決戦から約2千年後
ユーラシア大陸の東方、太平洋の西部にある島国―日本。千島列島、日本列島、琉球列島、伊豆・小笠原諸島の4つの弧状列島と6847の離島で形成された国である。
国の首都は東京。高さ200メートルを超える超高層建築物が至る所に建設され、日本や惑星の中枢を担う機関が終結する地球最大の人口を有する都市である。
そんな東京の超高層ビル群の間を埋めるように作られたアスファルト道路を5台の黒塗りのリムジンが走行していた。
5台のリムジンのうち4台が残り1台のリムジンを守るように2台が左右側面、2台が前方と後方の位置についている。4台のリムジンの乗車人数は運転手1人、助手席に1人、後部座席に2人の構成になっている。服装は全員同じで防弾チョッキと耐魔法効果のある小型の魔法障壁発生装置を装着し、その上に上下黒のスーツを着用、懐には拳銃数丁、耳にはインカム用のワイヤレスイヤホンを入れ、ネクタイには小型マイクがセットされ周囲の警戒を行っている。
この4台のリムジンに乗っている者達は護衛対象をあらゆる危険から守るために組織された専門部隊の隊員達だった。
彼らの部隊名はヘイルダル。世界中から集められた防御魔法を得意とする者たちによって組織された部隊である。ひとりで30人規模以上の魔法攻撃や兵器攻撃を受け止めることが出来るほどの防御魔法が使用できなければ入隊することができず、使えたとしても厳正な書類審査や身体検査そして半年間の地獄の研修を乗り越えなければ入隊出来ない。毎年行われる入隊試験を無事クリアできるものは10万人の応募を受けて10~15人ほどだ。各国の要人や王族などの護衛が主な任務になっている。
「各員に連絡、目的地である惑星管理局本部までおよそ10分ほどで到着する。護衛対象は本部に到着後リムジンを降り、建物内に入る。車から本部玄関までの距離は約5メートルほどだ。しかし絶対に油断するな……あらゆる不測の事態を想定し対処できるように後方、右側、左側の配置の者は装備のチェックを行い、運転手以外は軽く身体をほぐしておけ。前方車両にいる俺とウォール2、4、10は到着後、遠距離魔法やスナイパーによる狙撃を無力化するために魔法障壁を展開する。以上」
前方のリムジン――その助手席にいる今回の任務で隊長を務めるガタイの良い男からほかのリムジンの仲間たちに指示が飛ぶ。
「こちら後方、ウォール3、7、8、13、……了解。」
「側面右側、ウォール6、12、14、16……了解。」
「側面左側、ウォール5,9,11、15……了解。」
ウォール1――隊長からの指示を受けた部下達はインカムで応答しつつ、尖らせている神経をさらに尖らせるべく集中し警戒力を高めた。ウォールとはヘイルダルで使われるコードネームのことだ。今回この護衛任務に選ばれたのは全部で16人。隊の中でも特に経験を積んでいる者が選ばれている。
今回のヘイルダルの護衛対象は要人の中の要人だ。もし、この要人に擦り傷でも作らせてしまうものならヘイルダルの信用は地に落ちてしまうだろう。それほどの要人だった。
そんなヘイルダルの隊員たちが乗るリムジンに護衛されながら走行する中央のリムジン。
その後部座席中央に第37代炎帝ローグ・マクレーンがリラックスした様子でタブレットを操作していた。
焦げ茶色の髪をワックスで整えており、顎鬚を生やしているが、それを不潔に感じさせない顔立ちをしている。身長は180センチ前後でその身長に見合う鍛えられ引き締まった肉体。大多数の者が彼を見ればイケメンと思うだろう。
「どうやらこの様子だとちょいと早めに本部に到着しそうだな。もう少し宿泊先のホテルで美味しいモーニングブッフェを堪能するべきだったかー? この先の予定を見ると次日本に来日するのはかーなり先になりそうだ……くそ、しくじった。日本の料理美味しいのになぁ……」
まるで旅行に来ているような振る舞いを見せるマクレーン。乗っているリムジンのドアポケットには日本のオススメスポットが掲載されているガイドブック数冊入っている。彼が持ち込んだものだ。
「マクレーン様……流石に自重していただきたいのですが……怒りますよ?」
そんなマクレーンに助手席で青筋を立てている男がいる。ウェスタ・アルベルト炎帝補佐官である。
薄茶色の髪をジェルで完璧に整えており、炎帝と同じように鍛え引き締まった肉体を持っている。真面目そうな顔立ちをしていて炎帝の振る舞いを咎めながらもヘイルダルの隊員のように周囲の警戒を行っている。
この中央のリムジンの乗車人数は炎帝のマクレーン、補佐官アルベルトそして運転手の3人である。
「アルベルト君はいつも真面目だよねー……少しは余裕を持った振る舞いをしていこうぜー。俺たちは火星の象徴だ。俺たちが余裕と自信を持たなければ母星の民が不安感持っちゃうよ?」
マクレーンはやれやれと首を振りながら、タブレットの操作を続けている。
「マクレーン様の仰っていることは間違ってはいないのですが……流石に自由過ぎます! せめてローブくらいは着用してください!」
アルベルトの言うローブとは帝と帝補佐官のみが着用することが出来る物で惑星によって色が決められている。炎帝とその補佐官が着用しているローブの色は赤。アルベルトはきちんと着用しているが、マクレーンはリムジンに乗った直後すぐ鬱陶しいと言って脱ぎ、座席に乱雑に置いてある状況だ。
「はいはい分かったよ……」
マクレーンは渋々といった様子でローブを着用し始めた。その様子を見たアルベルトはため息をついた。
「いい年なんですからちゃんとしてください……」
「まだまだ若いぜー俺は」
改めてローブを着用し、身なりを整えたマクレーンは後部座席に座り直し、ゆっくりと目を閉じた。
「さてと……まあそろそろ真面目にいこうか。」
そう言って目を開けたマクレーンの顔つきが変わった。先ほどまでは趣味を楽しむイケてる大人のような顔つきだったが、今は惑星の代表者としての威厳のある顔つきに変化している。
「アルベルト。今回の定例会で配る資料の見直しとホログラムで映すデータの確認はさっきタブレットでやっておいた。全員が集合する前に印刷とセッティングしておけ。それと本部前に着いたら今回護衛してくれたヘイルダルの隊員たちにチップを渡しておいてやってくれ。彼らも俺の護衛任務で精神をすり減らしちまっただろう。俺のポケットマネーからでいい。とびきり美味い酒が飲める程度の額を渡してやれ。もちろんこちらの本部の運転手にもだ。」
マクレーンの言葉に運転席にいる惑星管理局本部から派遣された男性は驚きの表情をしたあと「ありがとうございます炎帝様!」と運転に支障が出ないギリギリのところまで深く頭を下げた。それにマクレーンは右手を少し上げて応えた。
マクレーンは真面目になるとアルベルトのことを呼び捨てにする癖がある。以前アルベルトがその癖について炎帝に聞いてみたことがあった。その時彼は「オンとオフをしっかり分けたいのさ」とカッコいい笑顔を浮かべながらアルベルトに教えてくれた。
「分かりました。炎帝様、会議中に口にしたい食べ物や飲み物はありますか? 早急にご用意します。」
ゆえにアルベルトもマクレーンに合わせる。マクレーンがオフ状態のとき、彼は炎帝様とは呼ばず、マクレーン様と呼び、多少のツッコミをいれ、炎帝としてふさわしくない行動をとれば注意する。いわば部活の先輩後輩のような関係を生み出す。しかし、ひとたびマクレーンがオンになると炎帝様と呼び方を変え、彼の命令には絶対に従う。それが例え人の命を奪いかねない命令であってもだ。オンになったマクレーンは火星の頂点としてふさわしい振る舞いや行動を本能的に行う。なのでアルベルトはオンになった炎帝を注意したことがない。
「市販されてるチョコレートとコーヒーのブラックを用意してくれ。アルベルトの好みで用意してもらって構わない。」
アルベルト懐から赤い手帳を取り出し、驚異的なスピードで主からの命令をメモしていく。
その手帳には炎帝の好きなもの嫌いなものから今一番闘いたいと思っている人物などありとあらゆるデータが載っている。この蓄積されたデータと今回の命令内容を確認し最善の行動を導き出すのがアルベルトのやり方だ。
「さーて……行くか。」
マクレーンがそう呟くと同時にリムジンは惑星管理局本部の入口に入っていった。