変人の天才
夕日が沈む頃、アルバリでの買い物を終え、再びヒーラリエ山山頂のメリル宅。未だに得体のしれない赤い液体が入っているフラスコと共に食卓に食事が並ぶ。
「ありがと。助かったわ。これでチャラにしてあげる」
夕日が沈む頃、アルバリでの買い物を終え、再びヒーラリエ山山頂のメリル宅。俺の腕は長時間の荷物持ちによって動かなくなっていた。騎士生命の終わりである。
「アンタたち、泊まるところあるの?もう夜だし、泊まっていったら?」
まさかの提案。出会って間もないメリルからこんなことを言ってもらえるとは思ってもいなかった。だって
「お前、人間嫌いじゃないのか?」
14歳で山の山頂に1人で住んでいるくらいだ。ディスコミュニケーションの塊だとばかり思っていた。
「馬鹿にしているの?別に嫌いじゃないわよ。ただ、この場所が気に入っているだけよ」
山頂が好きで一人暮らしをしてしまう少女。やはり変質者もとい変わり者である。
「出来たわ」
未だに得体のしれない赤い液体が入っているフラスコと共に食卓に食事が並ぶ。
「良かった。普通の皿と普通の食事だ」
出てきたのは、シチューとブレッド。てっきりフラスコに入ったスープに魔法で爆発させて作ったブレッドが出てくると思っていた。
「アンタ、私を何だと思っているの?」
しょうがないじゃないか。今日会ったばかりだし。こんな変な所に住んでいる人間を普通だと思う人間は少ないと思う。
「いただきます」
スプーンを手に取り、湯気が出ていて見るからに熱そうなシチューを口に運ぶ。
「うまい」
思っていたのと違う。野菜は程よい大きさで均等に切られており、柔らかい。抜群の塩加減が抜群で疲れた体に染み渡る。
「当たり前よ。料理なんて魔法と同じよ。要は配分をきっちり守りさえすれば最適な結果にたどり着くんだから。まぁそこに1つ工夫を付け加えられるかどうかが天才と凡人の差なんだけれどね」
自慢気な顔で話すメリル。自分が天才だと信じて疑わないタイプだ。しかも本当に天才なのだろう。今日見た魔法行使を見ればわかる。
「ほら、アクリア、スプーン」
自分の体を使っての毒見が終わり、アクリアにスプーンを持たせ、シチューをすくい、口まで運ぶ。するとそこからは自分で食べ始める。
「へー、魔力喪失と精神乖離状態にあっても食事は出来るんだ。なるほど。興味深いわね」
食事をする手を止め、アクリアを凝視するメリル。もしかして俺たちを食事に誘ったのってアクリアを観察するため?
「それよりメリル。昼間使っていたアレって魔法か?」
アクリアから視線をそらすため、質問をする。
「もちろん。それ以外の何があるの?」
まるでアホを見るような蔑んだ目で見てくるメリル。これだから天才は。自分の常識が他人の常識だと思っている。
「どうやって使ったんだ?サウスガントの女性は治癒系以外の魔法が使えるのか?」
本来、魔法を使えるのは女性のみで、その種類も治癒のみである。その自然の摂理とも言える状況を女性から魔力を搾取し、クローンの女性に魔力を注ぎ込み、使い捨てにすることで攻撃魔法に変換するという手段で捻じ曲げたアヴァタイト帝国及び騎士団。だが目の前の少女は日中に攻撃魔法を使ってきた。それも1種類ではなく、何種類もの魔法を。
「はぁ?そんなわけないじゃない。そもそも女性が治癒魔法を使えるのは遺伝子レベルで治癒魔法の魔法式が書き込まれているからなの。それ以外だからそれ以外の魔法の行使は無理。天才だからできるのよ。どうやって使ったか知りたい?」
メリルがまるで自分の宝物を自慢したくてたまらないというような顔で聞いてくる。この場合、いいえ結構ですといったところで、相手は遠慮していると受け取ってしまう。
「いいわ、特別に教えてあげる。原理はアヴァタイト製の銀の腕輪と同じよ」
メリルが食卓に置いてあった銀の腕輪2つを指さす。
「昼間も言った通り、この腕輪は魔力を抽出、放出する物とその魔力を吸収、変換して、攻撃魔法として放出する物の2種類存在する。要はその役割を補う物を用意すれば攻撃魔法を使えるようになるってわけ。そのうちの1つ、魔力の抽出と放出は私自身が行うことで解決する」
そう言って自分を指さす。
「そしてその魔力を送る先はこれよ」
メリルは自分の髪の毛から赤い色のヘアピンを外し、手のひらに乗せる。
「このヘアピンはアンタの持っている(降魔の剣)と同じ材質で出来ているの。まぁその剣みたいに高純度でなくほんの少し混ぜるだけなんだけれど、それで十分魔力を吸収できる。後は魔法式を開発、ヘアピンに書き込んで使いたいときに魔力を注ぎ込めばいいっていうわけ。どう、分かった?」
口で言うのは簡単だが、魔法式を開発しようとは常人ならば考えようともしない。なぜなら女性が治癒魔法を使えることを知っていても、どんな手段で、どんな魔法式を用いて発動しているかまでは知らないからだ。いうなれば手足を動かすのと同じ。いつの間にか使えるようになっているのだ。魔法式を考えるというのは自分の手足はどんな細胞から成り立っているのかを1つ1つ調べ、組み立てていき、胴体に接合したうえで動かせるようにすることと同じなのだ。
「お前1人でやったのか?」
やはり信じられない。こんなの国家レベルの研究施設で研究されることだ。だが
「そうよ、おかしい?」
さも当然というような顔で、肯定する齢14歳の少女。やはり変人だ。天才の。