サウスガント大陸 アルバリの村
100年後に飛ばされていたことを知るユーリ。だが、とりあえずアクリアの症状を見てもらい...なぜか買い物の荷物持ちをやらされる羽目に。
シャロル歴810年4の月14
「率直に言って無理ね」
旅の目的や経緯を聞いたメリルが結論付ける。
「その子、アクリアの魔力が完全に(降魔の剣)にくっ付いちゃってる。魔力欠乏症なら魔力を外部から複数回に分けて注ぐことで治るんだけれど、精神が丸ごと移っちゃってるとなるとただ魔力を注いでも肉体には留まらない。そもそも魔力っていうのは精神を消費して生み出すもので精神がない肉体に魔力そのものの…」
メリルの話は結論から講義へと脱線していく。
「つまり、最先端の魔法治癒と魔力回路に関する知識とまとまった医療機材があるならまだしも、私個人での治療は無理。医療器材もないし、そもそも治癒系魔法は不得意だから」
包み隠さずきっぱりと言うメリル。むしろありがたい。下手に希望をもってダラダラするよりは
「そうか、ありがとう。邪魔したな」
席を立ち、アクリアの手を引き、家を出ようとする。その時
「はぁ、バカ?ちょっと待ちなさい。診察料がまだよ」
そう言い右手を出してくるメリル。
「えっ、金取るの?」
「当たり前でしょ。こんなところに住んでいる少女が生きていくためにはあらゆる方法でお金を得る必要があるのよ」
だったら引っ越して働け。そう思いながらも早く逃れるためにお金を払おうとズボンの後ろポケットに手を入れる。そこには帝高練に入学する際に購入したくたびれた二つ折りの黒財布があった。
「それで、診察料っていくら?」
恐る恐る聞いてみる。もし法外な値段を吹っ掛けられたらダッシュで逃げよう。
「んーアンタお金持っていなさそうだし、1万フールでいいわ」
良かった。1万で済んだ。財布からなけなしの1万フール札を出し、震える手を必死に抑えて渡す。
「アンタ、ふざけているの?」
だが、メリルはお札を受け取るや否や、受け取った右手でクシャクシャに握りつぶし、そこらへんに放り投げてしまった。
「あっ、俺の所持金の半分が!」
何がいけなかったのか。まさか診察代の他にチップもご所望なのか。
「これ、いつの紙幣よ。80年前には使用中止になった紙切れじゃない」
うそ、これってもう使われていないの?じゃ。ぁ俺の持っている残りのお金も。
「なにこれ、いつの時代の紙幣よ。何でこんなものを沢山持ち歩いているわけ?コレクションか何か?」
一気に所持金がゼロになった無一文な俺。
「どういうつもりなの。お金も持たないで旅をするなんて。死ぬ気?」
しょうがないだろ。準備する暇もなく100年後に飛ばされたんだから。
「はぁぁ、しょうがない。ちょっと手伝いなさい」
そう言って、赤色のブラウスと黒色のスカートという格好の上から薄手の黒色フード付きロングコートを羽織る。
「何を?」
まさか人体実験だろうか?だとしたらやはり逃げるべきか?
「ただの買い出しよ」
「ちょっとぉ落とさないでよー」
現在、俺たち3人はヒーラリエ山から向かって東にある村、アルバリに買い出しに来ていた。メリルの手伝いである。
「つったってお前、この量は無理があるだろっ」
俺の両手は買い出しの荷物で塞がっており、腕にも買い物袋がぶら下がっている。さらにその塞がった両腕にのしかかる様に巨大な骨董品が乗っかっている。最早キャパオーバーである。そのためアクリアはメリルに連れられて歩いている。
「あっ、これもお願いね」
骨董品の上にさらに買い物袋が積み重ねられる。もう前が見えない。
「腕がヤバい」
こんなに疲れたのは、「バニッシュ教官の地獄の4日間」以来だ。
「なっさけないわねぇ、それでも男?」
もちろん男である。
「しょうがないわねぇ、ほらよこしなさい」
そう言ってメリルは骨董品の上に置いた買い物袋を取ってくれた。勿論それをアクリアに持たせるほど非道ではなかったようだ。
「何だか、思っていた街並みと違うな」
見えるようになった視界で改めて周囲を見渡す。サウスガント大陸。ギルドと呼ばれる自治団体が大陸を統治している。帝国がないため法が存在せず、代わりにギルド条約が存在するが、その条約も曖昧な点が多いと聞く。そのためもっと無秩序な町や村があるものだと思っていたのだが。
「城下町とそんなに変わらないじゃないか」
もちろん帝国城下町とアルバリでは規模が違う。アルバリは人口400人程度の小さな村である。大人は主に個人商店を出店したり、農作で生計を立て、子供は村にある小さな学び舎へと足を運んでいる。歩道を挟んだ両端には、食材を扱う店、武器や防具を扱う店、得体のしれない商品を扱う店が所狭しと並んでいた。得体のしれない商品はアヴァタイトでは一発アウトだが、他の商店はアヴァタイトで出店しててもおかしくない。村の中央には時刻を知らせるためだろうか。時計台が建てられていた。
「城下町?アンタどこかの帝都出身なの?」
しまった。口を滑らせてしまった。現在このギルドの大陸はアヴァタイト帝国と国交断絶状態にあるらしい。それなのに「アヴァタイトから来ました」なんて言ったらどうなるかわかったもんじゃない。
「いいや、俺たち世界を旅しているからさ。いろんなところを見てきているんだよ」
とっさに取り付くろう。だがメリルの目は半眼になって俺を見てくる。なにかうさん臭さを感じたようだ。
「ホントに?それにしてはアンタの身なりってそこそこきれいよね。そのぼろ布以外は」
ぼろ布とは先日、親切なおじいさんがくれた黒の布のことだ。この下には帝国紋章入りのシャツを着ている。
「まぁ身なりには気を使っているからな」
さらに目を細めるメリル。すごい怪しまれている。万事休す。その時
「誰か、私の娘を見なかったか!今朝から行方不明なんだ」
俺たちが歩いている道の先で大声を出している男性が。歳は30代前半と言ったところか。相当慌てているのか、寝間着のままである。
「またか。今月で何人目だ?」
その光景を目の当たりにした食品店店主がボソッとつぶやく。
「そんなにいなくなっているのか?」
上半身でただ1つ自由な部位、首を左に限界まで回しながら、つぶやいた店主に聞く。
「あぁ、大体10人くらいか。不思議なものでよ、誰も彼もが寝静まった夜から朝方までの間に姿が見えなくなっちまうんだ。それが全員女性だっていうんだからな。見たところアンタも女性を連れ歩いているじゃないか。悪い事は言わない。早くこの村を出た方がいい」
周囲をよく見ると、その男性以外にも同じように娘や妻、恋人の行方を捜している男性の姿があった。女性だけという言葉に嫌な予感がし、ある光景が脳裏に浮かぶ。恐らく一生忘れることはないだろう、アヴァタイト帝国王宮50階での球状の宝石に閉じ込められた女性たちだ。
「まぶしっ。なんか光が反射したような...って、どうしたの?」
俺の異変に気が付いたのか、メリルが振り返る。
「いいや、何でもない」
胸のざわつきを無理やり抑え込み、買い物へと戻っていく。