山頂に住む少女
おじいさんの家で一泊した翌日、魔力の研究をしている人間に会うため、ユーリとアクリアはヒーラリエ山へと向かう。山頂付近に差し掛かったその時、1人の少女と目が合う。次の瞬間飛んできたのは...攻撃魔法!?
翌朝
「もう行くのけぇ?もう少しゆっくりして行けばいいのにのぉ」
おじいさんが悲しげな顔をする。確かに独り暮らしで周りに民家がないこの環境ではしょうがない。だが
「すみません。俺にはやらなきゃいけないことがあるので」
アクリアの精神を剣から肉体へと戻す。1日でも早く。
「そうかぁ、それならこれをもってけぇ」
おじいさんは家の奥に行き、黒い布を2枚持ってくる。
「現在アヴァタイト帝国があるユーロシオ大陸とこの大陸は国交断絶状態じゃけぇ。アヴァタイトの紋章はめだちすぎるからのぉ。服はあげられねぇが、せめてこの布で隠せぇ」
黒布は上半身を隠せるほどの大きさだった。布を受け取り、アクリアの首に結び、白ブラウスを隠す。
「ありがとうございます。全てが終わったらまた遊びに来ますから」
別れの挨拶をし、アクアの手を引き、北へ向かう。行先はもちろんヒーラリエ山だ。
おじいさんの家からヒーラリエ山までは徒歩で1時間とそれほどかからずに着いた。ヒーラリエ山はそこまで標高が高い山ではなくそこから山頂までは緩やかな上り坂を歩いていく。途中で野生の動物が生息しているのを見て少しほっとしながら登っていたのだが
「おい、ちょっと待て。何でいきなり攻撃してくるんだ!?」
ヒーラリエ山の山頂付近に差し掛かったところ、1人の女の子と目が合った。それだけなのにその女の子はいきなり攻撃してきたのだ。
「うるさい。女性を用いた魔法の使用は国際的に禁止されたはず。それなのにその子、魔力欠乏症と精神乖離の症状が出ている。それに背中のその剣…アンタがやったんでしょ!」
肩まで伸びた茶髪の先が外側に跳ね、髪のあちこちに色とりどりのへアピンをしたゆるふわクセっ毛の少女が、俺目掛けて火・水・岩・氷その他様々な塊を飛ばしてくる。これは攻撃魔法か?
「俺じゃない...とは言い切れないけれど…というかお前、もしかしてここに住む変わり者っていう…」
「だ・れ・が変質者だ―!」
誰もそんなことは言っていない!
「なんだ、それならそうと早く言いなさいよ!」
何とか誤解を解き、少女の家へと招かれる俺とアクリア。少女の家は木造のワンルームで床に様々な参考書や何かの機械の部品が落ち、食卓と思われる机には、フラスコに入った得体のしれない赤色の液体が何本も置いてある。お世辞にもきれいとは言えないくらい散らかっていた。
「まぁ適当なところに座ってよ」
来ていた赤色のロングコートを脱ぎ、座る様に促してくる。そう言われてもどこに?と思ったが少女が参考書を手で払った下から椅子が現れる。その参考書が床に落ちてさらに部屋が散らかる。
「さて、あんたら何者?」
先ほどからツンとした態度で話してくる少女。やはりこんなところに1人暮らしするくらいの変わり者だ。
「俺はユーリ・ナイク。こっちはアクリア・スノーメル。18歳だ。訳あって旅をしている」
簡単な自己紹介をする。余計なことを言ってまた魔法を乱射されるのを避けるため、聞かれたことだけ答える。
「メリル・リーデンライト。14歳よ。その訳っていうのはその子、アクリアの魔力欠乏症と精神乖離のことよね。一体何があったの?」
肩まで伸びた茶髪の先が外側に跳ねているゆるふわクセっ毛で身長148センチの少女改めメリルが詮索をしてくる。勿論、俺としてはアクリアを治す手がかりを探しているので隠す必要はない。
「あぁ、まず説明する前にメリルさん。ユーロシオ大陸のアヴァタイト帝国を知っているか?」
まずはそこを知っていなければ話が長くなる。
「メリルでいい。もちろん知っているわ。ユーロシオ大陸中央部にある帝国でしょう?」
舐められていると思ったのか少しムッとした表情になる。
「じゃぁその国の騎士が女性を連れて戦場に現れるのは?」
この質問はアクリアの症状を説明する重要なワードになる。
「それはヒーラーとしてっていう意味?じゃないわよね、その子の様子を見る限り。もちろん知っているわ。さっきも言ったじゃない。女性を用いた魔法の使用は国際的に禁止されたはずって。女性の魔力を特殊な腕輪を使って攻撃魔法に変換し、魔力を持たないはずの男性が魔法を使用する。考えたのはアヴァタイト帝国でしょ。ちょっと待って」
そう言ってメリルは席を立ち、床に散乱している参考書や機械の部品を雑にかき分け、何かを探し始める。
「あった。これよ」
探し物を見つけ、それを机に放り投げてくる。そのはずみで机に置いてあったフラスコの何本かは床に落ちて割れる。だがそれを気にせず話し続ける。
「これは…」
机に投げられた物の正体は銀色の腕輪だった。随分と劣化が激しく、錆ついている。だが間違いない。あの時、アクリアを助けに向かったとき、アクリアとネロク・バイグスが腕に着けていたあの腕輪だ。
「この間骨董商で偶然見つけてきたんだけれど、この腕輪には魔力を吸収する機能がついていてね。あとこっち」
またもや机に何かを投げつけてくるメリル。幸い今度はフラスコに当たって落ちることはなかった。
「こっちも外見はさっきのと同じ銀色の腕輪だけれど、ここを見て」
そう言って腕輪の内側を見せてくるメリル。そこには
「アヴァタイト帝国の紋章?」
そこには4枚の花弁が上下左右に咲いており、その中央を交差するように剣が2本掘られていた。間違いなくアヴァタイト帝国の紋章であり、俺とアクリアの上着の左胸部分にも同じものが縫ってある。
「そう、この腕輪は2つで1組なの。紋章なしが女性用。有りが男性用。なしの方はただ魔力を女性から吸収し、提供する機能が、有りの方がその魔力を吸収し、変換、放出する機能がついているの」
知らなった。てっきりどちらも同じものだと思っていた。そもそもその腕輪の存在を知ったのもつい先日の事なのだが。
「そしてその機能を開発するきっかけとなった元凶がアンタが背中に背負ってる(降魔の剣)だって言われているんだけれど…やっぱりアンタがその子の魔力を奪ったんでしょう…!」
再び話をぶり返すメリル。何だか面倒くさい。だがメリルは立ち上がりまたもや俺目掛けて何かを飛ばして来ようとしていた。早いところもう1回誤解を解いた方が良さそうだ。
「違う!これはある男がその腕輪を使ってアクリアの魔力で攻撃魔法を使って、それを俺がこの剣で受け止めたらこうなったんだ...」
最後の方は声が小さくなってしまった。やはりまだ話すのは辛い。
「...そう。アンタのその態度、どうやら本当みたいね。でもおかしな人間もいるものね。まだこんな骨董品を使う人間がいるなんて」
メリルの言葉に先ほどから違和感を覚える。机に転がっている腕輪は確かにところどころ汚れ、錆びている骨董品だ。だが帝国で使用されているものは違う。恐らく現在も使われているであろう最新式だ。それが骨董品呼ばわりとはどういうことだ。
「だってこの腕輪、アヴァタイト帝国が行っていた女性を用いた魔法の使用が世界に発覚して国際法で禁止されて製造中止、現物廃棄の判決が下されてから100年は経っているのよ。それをわざわざ使うなんてどうかしているわ」
何だって?100年経っている?そんな筈はない。現に俺の目の前ではつい先日、ネロクが腕輪を使っていた。それが原因でアクリアがこうなってしまったわけだが。
「メリル。今って何年?」
俺の質問に正気を疑うような表情になる。だが答えてくれた。
「はぁ?バカ?大丈夫なの?今は810年。シャロル歴810年4の月14よ」
耳を疑うような発言をするメリル。嘘だろ。ヴァイデリッヒさん、「王宮から遠い場所に飛ばす」って、俺はてっきり場所のことを言っているのだとばかり…それがどうだ。まさかの時空間移動。未来に来てしまった。
「アンタ、本当に大丈夫?」
アクリアと同じような表情になった俺を見て本当に心配しだしてしまった。