絶望。希望。魔力の行方
「あっ…あっ…あああああああああああああああああああっあああああああああああぁ!ああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!」アクリアを救うことが出来ず、絶望するユーリ。そんな彼の元に1人の男性が現れる。「君はこのまま、絶望したまま後ろを見続けるのかね?」
「ここだな…」
通常、騎士団員であろうとも立ち入るどころか、その存在すら知るものは少ない王宮50階、通称〈女神の楽園〉。そこに1人の男が妖精の扉を通り、降り立った。男は細い通路を通り、部屋への入り口の前に立つ。そして左胸のポケットを探り、1本の鍵を取り出す。
「ふむ」
扉が音もなく開く。白いワンピースを着た女性が球状の宝石に閉じ込められ眠っている。それも1人2人ではない。数えるのも恐ろしいほどの球状の宝石が中央の円柱を取り囲む。そんな光景を目の当たりにしながら、男の顔には驚愕の色はない。まるで部屋の中がどうなっているかを知っていたかのように。
男は周囲を見渡す。部屋は無数に存在する球状の宝石によって視界が遮られている。男はその部屋にとっての〈異物〉を探す。胸を刺され、死んでいる帝高練生。瞳に光がなく、倒れこむ女子学生。そして
「見つけた」
男は目当てを見つけ、そこに向けて歩き出す。
「ユーリ・ナイク」
男は1人の帝高練男子生徒の前へ立ち止まり、声を掛ける。だが返事がない。ユーリはへたり込み、俯いてしまっている。その手には銀色の剣が力なく握られている。
「君は今、何を思い、何を考えている」
そうユーリに語り掛けるのは年齢60後半と思われる白髪の男性。170センチ後半の身長にやせ細った体。世間一般だったらもうすぐ定年である。黒の燕尾服を着ており手には白色の手袋をはめている。まるで執事のようだが左胸に輝く数々の勲章がこの男性の半生を物語っている。先ほど国王との謁見の際、ユーリたちを案内した男性、クルート・ヴァイデリッヒである。
「恐らく何も考えてはいないだろう。今の君の瞳は彼女よりも深い闇に覆われている」
ユーリからアクリアへと目を移し、再びユーリを見据える。
「深い闇が見据える先には絶望しかない。絶望は全ての可能性を覆い隠してしまう」
まるで彼自身が経験したような物言いで語り掛ける。
「君はこのまま、絶望したまま後ろを見続けるのかね?」
その言葉を最後にヴァイデリッヒは黙り込む。ユーリの言葉を待つように。長い沈黙。静寂がその場を支配する。
「...ないか…かったんだ」
今まで沈黙を続けていたユーリの口から言葉が紡がれる。しかしその眼には今だ光はなく、深い闇に覆われている。
「しょうがないじゃないか。俺に力がなかった。アクリアを救うだけの…もうどうにもならない...」
その声は小さく、例え口元に耳を近づけても聞き取れないくらいの大きさだった。しかし
「それで?君は諦めてしまうのかね。力がなかったから。どうにもならないと決めつけて」
ヴァイデリッヒは聞こえていたかのように淡々と会話を続ける。その態度がユーリの行き場のない負の感情を露わにする。
「どうにもならないんだ!アクリアは消えてしまった!攻撃魔法と共に!どうしろっていうんだ…もうどこにもいない人間をっどうやって助けろっていうんだよ!」
ヴァイデリッヒに当たるのは筋違いだろう。しかし今のユーリには分別が付かない。不甲斐ない自分への怒りが言葉となり、また涙となってこぼれてくる。
「俺には何も出来なかった。アイツがいなくなるのを黙って見ていることしか出来なかった。それなのにアイツ…アクリア、最後まで人のことばっかり考えやがってっ」
言葉に詰まる。涙が言葉の代わりにとめどなくこぼれ落ちる。恐らく今まで人前で泣いたことはなかったはずだ。
「彼女を助けたいか?」
ヴァイデリッヒが短く質問をする。
「当たり前だ。俺の命に代えても」
間髪入れず答える。
「そうか。では結論から話そう。彼女、アクリアはまだ生きている」
俺の聞き間違いか?だってアクリアは
「君の持っている剣。それは〈降魔の剣〉と言って、その名の通り、魔力を吸収し、宿すことが出来る剣だ」
剣について説明しだすヴァイデリッヒ。一体何を言いたいんだ。
「魔力とは元来女性にのみ宿るもので、女性にとって魔力は生命力と同義となる。つまり魔力が尽きるとき、それは死を意味する。現在、アクリアの体には魔力が宿っていない。ゼロと言っていい」
アクリアの虚ろな目を見つめるヴァイデリッヒ。
「だが、それはその女性自身の魔力がこの世から完全に消え去ったときにのみ言えることだ」
要領を得ない。だがらなんだ。
「彼女の魔力は尽きてはいない。現在、彼女の魔力はそこに宿っている。君のその剣に」
そう言ってヴァイデリッヒは俺の右手に握られている(降魔の剣)を見据える。
「この剣に、アクリアが」
右手に握られている剣を見る。特に変わったところは見受けられない。普通の剣だ。だが、もし本当にこの剣にアクリアの魔力が宿っているとしたら
「その剣に宿っている魔力を再び彼女に戻すことが出来れば、彼女は元に戻る」
決定的な言葉が紡がれる。
「その話…本当なのか!」
話し始めて、初めてヴァイデリッヒの顔を見る。
「本当だ。君は魔力の中にアクリアを感じなかったかね」
魔力にアクリアを感じる。そう言えば
「俺、話したんだ。アクリアと。あの攻撃魔法を降魔の剣で受け止めた時。確かにアクリアと話した!」
言葉に力が戻る。瞳には闇を晴らすように光が宿り始める。
「ならば問題はあるまい。確かにその剣にはアクリアの魔力が宿っていると言えるだろう」
足に力が戻る。俺は立ち上がる。
「なら、どうやったらこの剣からアクリアの体に魔力を戻すことが出来るんだ!」
一刻も早くアクリアを戻してあげたい。そして言ってやる。お前の夢はお前が叶えやがれと。
「残念ながら、それは私にもわからない」
今まで無表情で話してきた顔に初めて表情が現れる。それは悲しみとも後悔とも見てとれた。
「そうか、でも助かる可能性があるんだな。だったらやってやる。例え何年かかっても。ありがとうございました。ヴァイデリッヒさん。もう少しでアイツに諦めるなって言った俺が諦めるところでした」
希望が見えてきた。今、俺の体は軽い。恐らく生きてきた中で1番。
「ふむ、それでこそ君だ。では、早速始めるとするか」
そう言って俺から距離を取り始めるヴァイデリッヒ。
「何をする気ですか?」
思わず質問をしてしまう。
「決まっているだろう。君たちの旅支度だよ」
ヴァイデリッヒは右手を左腰へと伸ばし、何かを掴む。それは柄。剣の柄だった。国王謁見の案内の際には剣は携えていなかった。つまりここに来るときに持ってきたのだ。
「いったい何を?それにその剣」
一気に剣を抜き放ち、地面に突き刺すヴァイデリッヒ。彼が持っている剣は直径1メートル、赤色の柄に黒色の鍔。刀身は銀色に輝いている。ところどころに綻びが見え、年季が経っているその剣は俺がブローデから譲り受けた剣と瓜2つだった。
「君たちを王宮から遠い場所へと飛ばす。なに、案ずるな。苦しみなどはない。一瞬で終わる」
そのセリフがまるで殺される前に言われる言葉のようだったので身構えてしまう。
「ユーリ君、最後にこれだけは言っておこう。絶対に選択は間違えるな。私のようになりたくなければな」
「えっそれってどういう…」
俺が聞き終える前にヴァイデリッヒは詠唱を始める。だが男性は魔力を持たない。腕輪も付けていない。即ち魔法は使えないはずなのだが。
「魔法式起動。神への冒涜たる時間との戯れ」
ヴァイデリッヒが詠唱を終えた途端、彼の所持する剣から部屋全体を包み込むほどの強い光が生じる。やがて光は俺とアクリアを包み込むように収束して行き。
「行ったか...」
(女神の楽園)から無事ユーリとアクリアが去っていったことを確認し安堵するヴァイデリッヒ。
ピキッ
突如、地面に差した彼の剣が音を立て、そして砂となって崩れ去った。ヴァイデリッヒは静かにその様子を見つめる。
「すまない。助けられなくて。もう1度お前と話したかった」
部屋には再び静寂が訪れる。その世界にヴァイデリッヒは存在しない。