帝国付属高等訓練校 退屈な、けれど大切な日常
シャロル歴704年4の月14
アヴァタイト帝国。ユーロシオ大陸中央に位置する国で他国との交流も盛んであり、東西南北ありとあらゆる物品が流通する。人口4000万人のうち3000万人が女性であり、男女ともに学び、就職できる男女平等の国である。国の中央には王宮が地上175メートルという高さでそびえ立っており、休みなく帝国騎士団が警備をしている。そんな王宮から離れた城下町の一角。
「ユーリ、早く起きなよー。遅刻するよー」
時刻は7時。日が昇り、城下町の人々が開店準備をする中、俺を呼ぶ声が聞こえた。
「うるさいな起きてるよ。それにまだ7時だぜ。始業時間何時だと思ってるんだよアクリア」
家の玄関を開けるとそこには幼馴染の女の姿が。身長は155センチ、年齢16歳。銀髪を肩まで伸ばしていて、上は左胸に帝国シンボルが付いた真っ白なブラウス、首には赤色のリボン、下は茶色の長さはひざ上と少し短いスカートを着ている。今年から帝国付属高等訓練校、通称帝高練に進学している。
「何時って8時でしょ。でも30分前行動が基本だよ。それにユーリは騎士学科なんだから規律を守らないと…って何その頭。ボサボサじゃない。それに髪も長い」
頭を見て怒り出すアクリア。そんなに長いか?ちなみに俺も帝高練の生徒である。
「前髪が目にかかっているよ。それじゃ命がけの任務の時足元をすくわれるよ。それに耳に髪の毛がかかっている。これも任務の時に命令が聞こえなくなっちゃう。全体的に長い。それじゃぁ目を付けられちゃうよ」
余計なお世話だ。そもそも俺は騎士になんてなりたくない。俺は騎士学科でアクリアは治癒学科だ。騎士学科とはその名の通り将来は帝国に仕える騎士を養成する学科で、入学は来るもの拒まず。つまり履歴書を送れば入れてしまうところなのだ。まだ働きたくないが無職では恰好が付かない。ということで家から近くて勉強しなくてもいいところを選んだのだ。
「いいよ別に。追い出されなければ。それよりもアクリア」
幼馴染の恰好を見て指摘する
「カバンは?教科書とかいるんじゃないの?それに足元。それ家のスリッパだろ」
カバンはまぁ忘れてもしょうがない。俺もよく忘れる(意図的に)。だがスリッパは穿いてこないだろう。普通は歩いてて気が付くものだ。
「あっやっ。またやっちゃった」
慌てて家に戻っていくアクリア。アクリアの家は俺の家の真ん前。徒歩5秒のところにある。他人の細かいところは気付くのに自分のは気付かないとはどういうわけだ。まぁヒーラーには必要なスキルなのかもしれないが。
ヒーラーとは治癒学科の生徒が目指す役職の一つで、主に戦地での負傷者を治すことを生業とする。騎士と同じ公務員である。
「しょうがない支度するか」
顔を洗いに洗面所に行く。流しの鏡にはいまだに寝ぼけ面で髪がボサボサの男が映っていた。俺じゃない?誰だ!ということはもちろんなく俺である。身長172センチ中肉中背。黒髪で全体的に長い。前髪は目にかかっており、うっとおしい。だが切るのが面倒なのでそこは前髪を分けることでカバーする。顔を洗い、上に左胸に帝国のシンボルが付いたワイシャツ、赤いネクタイを巻き、黒のスラックス、ソックスを穿く。踵の部分がつぶれているローファーを穿き玄関の扉に手を掛ける。
「おっと忘れ物」
危うくまた忘れるところだった。今度これを忘れたら打ち首だって言われてたっけ。冗談だろうけれどまだ死にたくはない。傘掛けに掛けられていた騎士の魂である剣を掴む。とはいってもそれは学生に配られるありふれた大量生産品。どこかの匠が打った名刀ではない。
「おっそーい」
玄関を開けるとそこにはカバンとローファーに履き替えたアクリアがいた。なんだまだいたのか。
「早くいくよ。遅刻しちゃう」
そう言って俺の前を早足で歩くアクリア。言っておくがここから帝高練まで徒歩30分である。何かが起こらない限り遅刻は絶対にしない。
ほら遅刻しない。
俺たちが帝高練に着いたのは8時20分前、余裕である。
「それじゃまたね」
そう言ってアクリアは3つある校舎のうち、右の校舎へと入っていく。
帝高練の敷地はとてつもなく広い。敷地内がおよそ20キロに渡る塀でおおわれているのである。特徴的なのがその形。校門は狭くせいぜい幅7メートルといったところか。そこに門番が2人立っており、警備をしている。そこから左右に塀が伸びているのである。よって帝高練の形は逆正三角形となり、生徒や城下町住民からは「三角高」などと呼ばれている。
「しょうがない。行くか」
足取り重く、3つあるうち中央の校舎へと向かう。校門から向かって右がヒーラー育成の治癒学科。中央が騎士育成の騎士学科。もう一つ、左にあるの...なんだっけ。興味がないので忘れた。とにかく騎士学科には2000人。治癒学科には4000人、左の学科には500人在籍している。
「遅いぞユーリ。君が最後だよ」
そう言って俺を叱ってくるのは騎士学科1年筆頭のブローデ。身長180センチ、体の線は細いが筋肉が程よくついており金髪を短く切り揃えている男子生徒で俺と同じ16歳。家柄は国王の親族という由緒正しいものだとか。だが帝国法では学生の間、全ての帝国民は身分を一律するとしている。つまりこのブローデも今では俺たち城下町民と同じ身分ということだ。
「悪い悪い。っていうかお前ら寮で暮らしているから早いんだろ。俺は実家暮らしだからな。そりゃ遅くなるって」
帝高練の敷地内にはいくつもの寮があり、1万人は居住できる。そして帝高練生のほとんどはこの寮に入るのだ。
「だったらユーリも入ればいいだろう」
平民の俺にも平等に接してくるブローデ。
「そうなんだけれどな。まぁ住み慣れた家が近いからさ。そっちの方がいい」
帝高練は校門から逆三角形の形をしており、両端は長い塀で囲われている。つまりこの学校に入るには小さい校門をくぐるしかないのだ。そのため家から通えるのはその校門周辺に住んでいる学生しかいない。その他の生徒は必然的に寮生活となるのだ。
「そうか、でも遅刻は厳禁だぞ。きつくなったら寮に入れよ」
本当いいやつだ。全員がアイツみたいだったら良かったんだけれどな。
各学科は1年から3年がおり、学年が上がるたびに教室が敷地の奥へと行く。1年が最も校門に近く、2年が敷地中央、3年が敷地最奥部。目と鼻の先に分厚い扉を隔てて魔法騎士団本部がある。その奥には高くそびえ立つ崖の上に王宮があり、帝高練生の意識を高める意図があるらしい。もちろん一律に上がれるわけではなく、昇格には年間を通しての成績と学年末に行われる昇格試験に合格しなければならない。そして3年の卒業試験に合格した者は晴れて帝国騎士団所属となれるのだ。
俺はなる気なんてないけれどね。
何かと黒い噂が絶えないのが帝国騎士団だ。今も同じクラスの男子が話している。
「知ってるか。どうやら今回のリラ共和国戦、ほぼ無傷で勝ったらしいぞ」
「ホントかよ。どうやって戦っているんだろうな。俺らの国には騎士が700万人しかいないっていうのに。よっぽど優秀な指揮官がいるんだろうな」
そう、アヴァタイト帝国の騎士は現在700万人しかいない。対しリラ協和国は騎士が1500万人という軍事国家である。そんな国に対し圧勝したというのはどういうことなのか。
「まぁ犠牲が出ないのはいいことだよな」
「そうだな。俺たちもいずれは戦地に行くんだし。じゃぁこれは?戦争跡地に転がる無数の女性の死体って話」
それを聞いていたブローデの顔は暗い。だがそれに気付く者はいなかった。
毎日が辛く、退屈な訓練の繰り返しだった。体には生傷ができ、夜寝ることが出来なかった。治癒学科の生徒が治すのは3年が優先で、1年の番になるころにはすでに治癒学科生の魔力は枯渇していた。
「いってーよこれ」
全身打撲で体中が痛む。だがこれは訓練でできた傷ではない。剣術は割と得意で、1対1の模擬戦闘では傷となるような攻撃は全て避けれた。
「しょうがないだろユーリ。授業中に寝る君が悪い」
苦笑いで注意してくるブローデ。この傷は全て鬼教官の1人である中年男性、バニッシュから受けたものである。この教官、生徒を叱るときにサヤに収められている剣で叩いてくる。割と本気で。その際に言うセリフが
「安心しろサヤ打ちだ」
全然安心できない。打撃だって人は死んでしまうのである。
「はぁ、これが3年間続くのか」
「3年で卒業できればね」
不吉なことを言うな。
1日の日程が終わり、帝高練生が各々の家又は寮へと帰っていった。
「姉さん...」
闇を月明かりが照らす中、とある学生寮の一室からはるか遠くにそびえ立つ王宮を見つめる帝高練生が1人。彼の目に映る感情は悲しみか、それとも。