魔力を持たぬ者はそれでも抵抗する
シャロル歴704年3の月28
「はぁはぁ…クソッ。アヴァタイト帝国の奴らしつこすぎだぞ。もう3日も攻撃し続けてきやがる」
頭に鉄製の兜、体に鎧を纏わせ、右手に剣を持っている中年男性が同僚に愚痴を漏らす。
青々と広がる空の下、どこまでも続く平原には無数の人間が両端に別れ、己が武器を相手に突き刺し、殺し合っていた。彼はアヴァタイト帝国と戦争をしているリラ共和国の雑兵である。
「しょうがない。向こうはこの日のために物資をため込んできたんだろう。それを一気にここで使って俺たちを潰そうって魂胆だ」
こちらも先の中年の男性と同じ格好をしている。彼らは雑兵。常に最前線で戦い、使い捨てにされる駒だ。
「それにしても奴ら本当に俺たちと同じ人間か?いいや違うね。同じ人間だったらあんなことできやしない。悪魔だ!」
アヴァタイト帝国の雑兵とリラ共和国の雑兵は鉄製の兜と鎧、武器は剣というほぼ同じ装備をしていた。ある一点を除いては
「あぶねぇ避けろ!」
こちら目掛けて斜め上から飛んでくるものにいち早く気づいた中年の雑兵が周囲の仲間に声を掛ける。数秒遅れて仲間が気づくが
ドーンッ
中年の雑兵は何とか飛んでくるものを回避できたが、周囲にいた仲間は間に合わず消し炭になる。中年の雑兵が先ほどまで愚痴を漏らしていた雑兵も巻き込まれた。
「クソックソックソックソックソッ…」
中年の雑兵は悪態をついていた。目の前の光景に無意識に口から出ていたのだ。悪態だけではない。涙も出てきた。
「アヴァタイト帝国の奴ら、人間を使い捨てみたいにしやがって」
使い捨てと言うならば彼ら雑兵も同じかもしれない。しかし彼らは自ら望んで騎士の門を叩いたのだ。それは自分の大切な物や人間を守るため。だが目の前の光景はどうだ。
青々と広がる空の下、どこまでも続く平原には無数の人間が両端に別れ、己が武器を相手に突き刺し、殺し合っていた。いいや。正しくはアヴァタイト帝国がリラ共和国を一方的にだ。
「魔法式起動」
アヴァタイト帝国の雑兵の一言で彼の右腕が光りだす。正確には彼が右腕にしている腕輪が。腕輪など戦争には不必要なものである。ならなぜアヴァタイト帝国の雑兵は腕輪などしているのか。
「うっ」
アヴァタイト帝国の雑兵とリラ共和国の最大の違い、それは戦場に女性がいることだった。それは兵として参加しているという意味ではない。恰好は普段着。鎧など着ていない。強いて装備として挙げるならばそれは雑兵と同じ腕輪をしているくらいか。その腕輪が雑兵の掛け声で光りだす。
「数多ある命の灯り」
アヴァタイト帝国の雑兵が声を挙げると共に右手に持っている剣を斜め上に掲げる。恐らく先ほど中年の雑兵の仲間を亡き者にしたあの攻撃が来る。そう分かっていながらも中年の雑兵は正面を見続けていた。正確にはアヴァタイト帝国の雑兵の右斜め後ろにいる女性を。
この世界の男性は魔力を持たず、持つのは女性のみ。その魔力も回復方面にしか使えない。それ故男性には魔法は使えないはずだった。
「なんで、そんなことが出来るんだ」
それが中年の雑兵最後の言葉となった。直後、直径2メートルの火の玉が頭上から降り注ぎ、彼を包み込んでしまう。
「ふぅ、やはりコストが悪い。何とかならないのか」
魔法を使い、リラ共和国の雑兵を殺したアヴァタイト帝国の雑兵が仲間に愚痴を漏らす。
「しょうがないだろ。使っているのは男には備わっていない力だ。それには相応のコストがかかるってもんよ」
返事をしたのは女性ではない。同じ雑兵仲間の男性である。その雑兵にも女性が1人ついている。
「だってよぉこうも早く倒れられちゃ戦いになんねーぜ」
愚痴を漏らす雑兵の目線の先には先ほどまで彼の右後ろに立っていた女性が倒れていた。息はしていない。すでにこと切れていた。
「しょうがない。それで何とかなっているんだからいいだろ。早く補給して来い」
「わかったよ」
愚痴を漏らす雑兵は倒れた女性を助けもせずその場を後にする。彼女だけではない。戦場のあちこちには同じように外傷なしに命を落とした女性があちらこちらに倒れていた。その誰もが普段着であった。
「まったく、女の命を使って魔法を使うなんて、誰が考えたんだろうな。こんなの悪魔しか考えつかねーよ」