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ウワカシ  作者: 螺旋
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boy meets girl

僕は【どこにでもいる何の特徴もない普通の男子高校生】ではない。

漫画、小説、ゲームなどの主人公が冒頭辺りで述べるおなじみのフレーズを自分に当てはめるのが難しいと改めて感じたのは高校一年生の入学式の日だった。高層ビルよりも秋には黄金色の稲穂が色づく畑やら、鬱蒼とした木々が集う、半分森と化した公園といった風景が目立つ僕の地元では大体の子供は公立の小学校から高校へとエスカレーター式に進学する。そのためクラスの大半は九年間という長い義務教育を共にしてきた友人達で構成されており別段目新しさもない訳であるが、それでも中には郊外から進学してきた生徒もいる訳で、ある程度は新たな人間関係を構築しなければいけないということに繋がるわけである。入学したて、思春期真っ盛りの多感な少年少女で構成されたクラスの空気は、各々の新生活への不安と期待が入り混じり浮き足立つ。

そんな中、担任の導きで新共同生活の通行儀礼、通称自己紹介が僕のクラスでも漏れなく行われた訳であり、その際に僕は少々悩むことになってしまったのである。

その理由は、僕の最大にして唯一の特徴である【握力】について話すべきか話さざるべきかという所にあった。


少しだけ遡って高校入学前、受験を終え進路の決まった世の中学卒業生が刺激的に、感動的に……恐らく大多数は怠惰に過ごしたであろう春休みを僕は病院で過ごした。別に病気になった訳でもけがをした訳でもない。ただ当時読んでいた様々な漫画……主に異能力を用いて戦う類の内容に影響され自室で一人、修学旅行で購入した木刀を景気づけに掲げて「我に力を……!」とかやっていたら突如木刀を持つ右手に尋常じゃない激痛が走ったのである。一瞬のうちに僕の右手により木刀の柄が【握りつぶされ】、木片と化して辺りに飛び散った。一方で突然馬鹿力を発揮した僕の右手は指が手のひらに穴が開くほど食い込んでおり、血が滴るどころか血が滝のように床に吸い込まれていく。それと同時に右腕全体の筋肉が千切れるような感触に見舞われながら意識を手放し、気づいたら病院で寝ていたという有様だ。

確かに僕は力を求めていたが力というのはあくまで炎や雷を操るといった異能力的な物であり、こんな情緒の欠片もない極端な物理的力ではなく、さらに言えばそれもただの妄想ごっこであった訳で、本気で異能力などは求めていなかったのである。

何はともあれ意図せず勝手に手に入った力であり、医師の状況説明を問う質問にも満足にも答えられないまま僕の入院生活が始まった。その中で右腕全体が前腕筋を初めとした筋肉及び骨の損傷で満足に動かせないにもかかわらず、握力だけは一向に衰えなかったのを覚えている。神経が伝達しているかどうかも、指の骨が十分に機能しているかも怪しいのに、何故か右手で物を掴んだり握ったりすることだけは出来た。まるで何かが憑りつき、右手だけが操られているように。

とにかく不用意にこの力を発動させてしまうのは非常にまずい。まだまだ右腕には僕の残りの人生を送る上で機能してもらわないと不便極まりないし、握力は木刀を握りつぶしてしまう程には必要ない。林檎を潰している人をテレビで観たこともあるが、普通に日常生活を送る分には蜜柑が潰せるくらいで十分なのだ。

という訳で僕は入院生活中、高校生活に想いを馳せるよりも握力のコントロールに努めた。通常の生活を基準に考えればとんだ無駄な時間である。しかしそうも言っていられないとささやかな努力の甲斐あって、元々の握力に戻すことには成功した。不用意に右手に力を込めなければあの馬鹿力は発動しないようであり、どうしても右手に力を込める必要があるときも(例えば固い蓋を開けるときとか)少しずつ力を解放すれば少なくとも暴走することはないようだ。

ちなみに結局完治は入学式までに間に合わず僕の右腕は数か所包帯が貼られており、恐らく周囲にはエタノール臭をばら撒いていることだろう。


……とまぁこんな出来事があった訳で。この場で僕の特技は超握力です。なんて言ってみようかと考えていたわけだけれど、当然いずれは実際にその握力を見せてくれと言われるのは目に見えているし、仮に血気盛んなクラスメイトに声を掛けられお互いに手を握り合い、握力勝負をしよう(推定、野球部員)。なんてことになったら大変なことになる。高校デビューを通り越し、相手を病院デビューさせた後は傷害事件として少年院デビューまで果たしてしまうかもしれない。

しかしそれを話さなければ僕自身に握力以外特筆すべきところはない訳で。身長体重は平均を少し下回り、学力は中……というか同じ学力のレベルの生徒達がこの場に集っている訳だし、特技があるわけでもない。結果として「趣味は読書です」というド定番染みた自己紹介を終えたのだった。物凄く盛り上がらなかったのを覚えている。

僕の名簿番号は中頃であるために白けた空気を後続に託したまま自己紹介は続いて行ったが、クラスメイトがたどたどしく紡いでゆく言葉は右耳から左耳へと通り抜けていき記憶に定着することなく、そんなことよりも僕の脳内には入院生活の頃から生じた一つの懸念が渦巻いていた。

僕の右手に期せずして宿ったこの力は明らかに普通ではない。少なくとも自己紹介でクラスメイトにひけらかすのを躊躇う位には。逆に言えば僕はいくら勉強しようと、スポーツが出来ようと、この握力を超える特徴を身に着けることは出来ないのではないだろうか。

というよりこの力に比べれば何もかもが【普通】に見えてきたのである。自分の人間としての器は十分に理解している。運動神経はせいぜい中から中の上、学力も中。漫画の主人公の様に友人や恋人の為に命を投げ出すことも出来ないだろうし、そもそもそんな機会がない。つまりこの先僕が何をしようと、何の努力もせず手に入った上に何の役にも立たないこの超握力に及ぶ特徴を身に着けることは不可能だろう。僕自身は限りなく普通の人間であるためにこの異能技を超えることも、生かすことも出来ない。なんせ発動して五秒で入院だからな。僕が憧憬を覚えていた漫画の主人公の様に自在に能力を操れるのだったらまだマシだったのかもしれないけれども。

こうして僕は高校入学初日、クラスメイトの自己紹介も満足に聞かないままに自分という人間の限界を一人、静かに悟ってしまったのであった。




……そんな時代もあったねと口ずさむ。青臭い悲観に駆られた入学式から早二年、高校生活最後の学年を迎えた四月上旬。春先とはいえ朝方には微かに冬の寒さが残存しており、両手をズボンのポケットに手を突っ込みながら田園風景が混じる程度に田舎な通学路を自転車でゆっくりと突っ切っていく。錆びついたチェーンが軋む不快な音を気に留めることもなくだらだらと

白……というより灰色が目立つ年季の入った校舎は僕の通う高校であり、寂しげな印象を与える校舎とは裏腹に、春の爽やかな空気と校庭に植えられた桜、そしてなにより欠伸交じりの男女入り混じった在学生達の登校により賑わい始めている。


青の塗装が剥げ、所々赤土色がむき出しになったトタン屋根に覆われた自転車小屋に自転車を止め、僕も例に漏れず学ランの黒とブレザーの紺が入り混じるその波に合流し、校門から玄関へ、靴を履きかえたら三年A組……僕の在籍している教室へとだらだらと移動する。特別な出来事が待っている訳でもなく、友人たちと適当に会話して、授業を受けて、昼は購買で購入したパンをかじりつつ友人たちとトランプを用いた遊戯に興じる。そしてまた授業を受けて午後四時には下校。


僕の通う高校は普通科の中に進学コースと一般コースとに分かれており、学力は大きく変わってくる。偏差値でいったら十以上の差だ。冒頭でも触れたが(この際僕の目線から見て何が冒頭だとかそういう野暮な疑問には目を瞑るとして)、中途半端に田舎ということで高校の数が地域に決して多いわけではないために、大体の地元中学卒業生がこの高校を目指して進学してくる。そのため当然生徒内でも実力差が生じるのは必然であり、頭脳に自信がある子は進学コースへ、そうでもない子は一般コースへと2年次のコース選択で分岐することになっている。

進学コースでは毎年県トップの大学合格者や県外有名大学入学者を多々排出しており、それ故郊外から入学して来る生徒も多く、合計で一学年三百人程度、進学コースと一般コースとで大体半分くらいに別れている。

僕の極めて平均的な頭脳と、何より極めて低い向上心では息の詰まるような受験戦争の中で戦死することは目に見えていたために進学コースに進むという選択肢は最初からなく、一般コースを迷わず選択した。一般コースの生徒は進学コースの秀才たちに比べれば学業が少々劣る分、部活動に所属することで青春を謳歌しようとする生徒が様々な実績を残す中、僕は入学三年目の春現在まで帰宅部で通している。まごうことなき底辺であることを今更否定する気にもならないが、かといって流石に三年間プラプラするのは怠惰にも程があると思い直し、最近まではコンビニでバイトをしていたのだけれど、両親にそろそろ進路を考える様言われて辞めてしまった。


「かといってやりたいことがあるわけでもないしなぁ」


一人ごちりながら帰路を辿る。最近になって悩みの大半を占めるようになった進路の問題。

いつも通り少し傾きかけた日に照らされる街路をいつも通りの悩みを抱えながら歩く。

両側に広がるはいつも通りの閑静な住宅街。

それでも比較的新築住宅が連なっている分僕の家周辺ほど田舎じみてはないと思う。この住宅街を抜けると小さな農園ビニールハウスとかのレベルだがを所有する民家が点在する地区に行きつく。僕の自宅もその近くに居を構えているが、町全体を頭の中で俯瞰してみても間違っても賑わってはいないし、かといって大自然もない。

進学にせよ就職にせよ、出来ることならこの何もない中途半端すぎる田舎を出ていきたいところだ。

結局は進路の方面に思考が行きつくのも最近のお決まりであり、本日も起床、当校から帰宅まで……それも思考内容までいつもと全く変わり映えしない毎日を送る。

だからこそ、わずか数分後に僕のこれからの人生を大きく変える出来事が待ち受けていようなどとは全くもって知る余地すら無かったのだ。



「……あれ?」


悩みに没頭していたせいか、僕は辺りの変化に気づくのが少し遅れた。

先ほどまでは周囲に僕以外の歩行者が数人ほどいたはずだが、気づけば歩みを止めた僕独りが街路にぽつんと立ち尽くしている。

だがそれ自体は別に特異な出来事ではない。僕がぼうっとしている間にそれぞれ別の路地に入って行ったのかもしれないし、この片田舎では道路に人が歩いていないこともそう珍しくはない。しかしながらなんと形容すべきか悩むところではあるが、なんだかありとあらゆる「気配」が消えたような気がする。路肩にそびえる数本の電柱も、辺りの住宅もいつも通りのはずなのに、人の気配も、音もない。


思い込み……だよな?

閑静すぎる町並みに不吉な何かを感じ取り、額がじわりと汗ばむ。思い込みと自分自身に言い聞かせてレンガで出来た塀沿いに十字路を右に曲がる。

角を曲がると同時に小さな風と共に僕の目に舞い込んだのは一人の女性だった。


よかった、人がいたと安堵する間もなく目を見張る。僕の七、八メートル先……長い路地の中央で長い黒髪と薄緑のカーディガンを揺らしながら凛と立つその後ろ姿。顔は見えないが、僕が注視するは彼女の風貌よりも、その両手携えられた弓だった。別に弓自体にわざわざ足を止めて凝視するほど興味があるわけではない。実際高校の弓道部員が手にしているのを見たことはある。しかしあくまで彼らが弓を手にしている時は部活中であり、それ以外は弓袋にしまっていたはずだ。いや、仕舞わなくてはならないはずだ。ましてや彼女の様に、道端でむき出しの弓を手に持って構え、弦を張り、矢を引き絞るなんて……。


僕が制する間もなく、というか制するべきかどうか考える間もなく彼女が放った矢は一直線に進んでいく。

彼女+弓のインパクトで気づかなかったが、彼女の先……十mほど離れた地点には一人の男性がこちらを向いて佇んでいた。

風を切って進む矢は彼女と男の距離を瞬く間もなく詰めていき、男性の喉元に吸い込まれていく。

血みどろの惨劇が起こることは容易に想像できたが、驚愕のあまり僕は目を閉じることも出来ず事の顛末を見届けることとなった。


喉元に突き刺さった矢に悲鳴を上げることも出来ない男性がのた打ち回る。おぞましい光景から想像するは鮮血が飛び散る血しぶき。しかしながら予想に反して、何故か血の一滴も流さぬまま男は動かなくなったかと思えば、妙な緑色の光を体から発したかと思うと矢もろとも空間から消失した。


「なっ……!」


思わず挙げてしまった驚愕の声が届いてしまったのか、男性の消失を見届けていた女性がゆっくりとこちらを振り返る。

殺される。

先ほど見た光景が僕の頭の中でフラッシュバックする。流れる汗と恐怖で上手く出来ない呼吸に苦しみながら動転してその場に尻餅を付いてしまった。


早く逃げなくては。尻の痛みなど何処吹く風、頭の中でガンガンと鳴り響く危険信号と裏腹に縺れて上手く動かぬ手足。危険信号が脳内で赤色に点滅しているとはいえ、本当に足を止めてどうする。そんな焦燥感に駆られる僕の目に飛び込むのは、振り返ることで明らかになる女性の顔立ち……。眉のあたりまで伸びた前髪と、すらりとした鼻、紅く健康的な唇……そしてなにより目を引くのは、彼女が先ほど放った矢のように鋭く、視線の先を射抜くような三白眼。


女性は素早く地面に置いていた数本の矢の内一本を拾い弓に番えると、キリキリと音を立てながら弦を引き絞る。

焦燥感。恐怖感。先ほどまで進路について悩んではいたが、何も人生をここで終わらせたい等とは思ってもいない。

「あ……あ、あ」

平常心を失った思考と舌は意味のない母音だけを僕の口から生み出していく。無様な醜態をさらす僕を尻目に、女性のしなやかな腕にこめられた力が解放され、矢が放たれる。キラリと一閃した矢が、僕の、眉間に……。



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