カフェテラス 6
「実は・・・私ね、お店辞めるの 」
お肉をたらふく食べてデザートのシャーベットがきた時
ママが唐突に切り出した言葉に
みんなの動きが一瞬止まった。
嘘・・・それってどういう・・・?
「オーナーと別れた。お互い他に好きな人できちゃって 」
「知ってるよ。あの印刷会社の人でしょ。」
えみちゃんは微動だにせずにそう言った。
なんで知ってるのよ。
あ、常勤だから私よりも詳しくて当然・・・て事は
もちろんまきちゃんも?
「お店辞めてどうするんですか?もし店なくなるなら他の店探さないと・・・」
こんな時でもまきちゃんはかなり大人な対応ができる。
さすがだなと思った。
決して冷たい訳じゃない。ただこの世界に長くいる分よくわかっているだけ。
他人の心の中まで土足で入っていくような無粋な真似はしない。
彼女はそういう人だ。
「えみはママが辞めるなら辞めるよ。他の人がママなんて嫌だしさ。」
えみちゃんはママ贔屓だもんね。確かにママもえみちゃんの事可愛がってたし。
「実はね。今日オーナーと話し合って決めたの。次のママはもう決まってる 」
一呼吸おいて ママは静かに話しを繋いだ。
「次のママは、なつみちゃんにやってもらう事になったから。」
これには かなり驚いた。
いったい何がどうなってそんな話になってるんだろう。
だってなつみさんは普段はラストまではいないし、お昼の仕事だって持ってる。
それが夜のお店のママと両立するなんて
普通に考えれば無理というもの。
「でもなつみちゃん、昼の仕事辞められないらしくて・・・だからまきちゃん」
ママはまきちゃんの方に向き直して頭を下げた。
「これからサポートしてあげてくれないかな、なつみちゃんの事。
立場的にはチーママみたいになるけど、他に頼める人いないし
せっかく開いた店だからオーナーも辞めたくはないらしくて。
新しい女の子も何人か頼んでるから、暫くはヘルプで入ってくれるし」
話の展開の早さについていけない。
夜の世界にど素人な私としては
ただ黙って事の次第を見つめることしかできない。
「わかりました。じゃ他の店辞めて、ここ一本に絞るしかないですね。」
「そう言ってもらえると助かる。安心して辞めれるよ。」
ちょっと待って。何だかおかしな話だよね。
だってそれならまきちゃんがママでなつみさんがサポートじゃないの?
そう思ったけど、敢えて何も言わなかった。
だってきっと何か理由があるはずだから。
「えみちゃんは?どうするの?」
ママに聞かれて暫く黙っていたえみちゃんにまきちゃんが言った。
「えみ 手伝ってくれない?えみ人気あるし彼氏まだなんでしょ。
他の店行ってもそんなに給料変わんないよ。ね いなよ。」
えみちゃんはまきちゃんの言葉に、はにかんだ笑顔で小さく頷いた。
誰かに必要とされることは本当に嬉しい事なのだと改めて思った。
私にも当然聞かれるであろうと身構えて待っていたけど
「ゆかちゃん、今までどおり宜しくね 」
その一言で片付けられたてしまって、なんか気が抜けた。
吉永さんに言われた事もあるし、聞かれたら本気で考えなきゃと思っていた。
「あの すいません。私、少し考えさせて下さい。」
「え?何考えるの?もしかして辞めるつもり?」
「ちょっと思うところがあって・・・返事 保留してもいいですか?それまでは今までどおり出ますので」
「わかったよ。でも新しいママはなつみちゃんだから、ちゃんと話だけしておいてね。
できたらこのままいてほしいけど事情があるなら仕方ないし、なつみちゃんもわかってくれると思うから。」
ママにそう言われてその優しさが嬉しかったけど
そういう曖昧な答えしかその場ではできなかった。
帰りにタクシーを呼んで待っているとき、ふと思い出した。
今日は週末でいつもなら必ず顔を出してくれる。
「吉永さん今日来なかったね。」
独り言のような呟きに、一緒にタクシー待ちしていたまきちゃんが
「顔だけは出したんだけど、混んでたから座らずに帰ったよ。見てなかった?」
全然気がつかなかった。いつだろう。
一言くらい言って帰ればいいのに。
会えなかったのが悲しくて淋しくて、
何だかとても腹立たしくなった。
家に着いてシャワーを浴びてからすぐ布団に入った。
クーラーの風が気持ちいい。
もう外は明るくなりそうな予感。
今日は本当に疲れた。
何かいろんな事があったな。私、どうしようかな。
元はと言えば吉永さんがママに頼まれたからと始めたバイトだし
ママが変わるとなると働く理由も正直なくなるんだよね。
吉永さんに言われたことを思い出していた。
「バイトやめてほしい」
ちょうどいい機会なのかもしれない。
なつみさんの事は好きだし、他のみんなとも上手くいってるけど
でも・・・・・・・・
ママはこれからどうするんだろう。何も言ってなかったな。
疲れた頭ではもう思考能力が皆無に等しくて
いつの間にか泥のように眠ってしまって
目覚めたときにはもうお日様が沈みかけたころだった。
寝すぎで頭がぼーっとしていたので
もう一度シャワーを浴びて目を覚ました。
近所のコンビニでお弁当を買って、あと他にもビールとかお菓子とか
適当に買い物を済ませてから家に帰ってきた。
携帯の着信ランプが点滅していたのに気づいたのはお弁当を食べた後のこと。
着信時間を見てみたらちょうどお昼過ぎくらいで相手は吉永さんだった。
日曜日に連絡くれることなんて今まで一度だってないのに
・・・もしかして何かあった?
気になってはいても何しろ今日は休日。
奥さんが傍にいるかもしれない。
いくら携帯だからとはいえこちらからはかけにくい。
着信に気付かないほど眠りこけてた自分が悔やまれる。
とりあえずもう一度かかってくるかもしれないから待ってみようと
携帯を傍においてベッドの上で寛いでいた。
昼間寝すぎたせいで目が冴えて眠れない。もう日付も変わってしまう。
バイト始めてからは深夜に眠るのが当たり前になっていたから
こんな時間じゃ、ちっとも眠たくならない。
テレビはついたまま。一人暮らしを始めてからはいつもそう。
何か音がないと何となく眠れなくってつけたまま寝ることが多い。
余程お気に入りのドラマ以外は集中して見ている事はほとんどない。
深夜番組のバラエティの音声だけど聞きながら雑誌をめくっていると携帯が鳴った。
吉永さんだ!
「もしもし 香織ちゃん・・・俺だけど・・・」
「うん。昼間電話くれたんだよね。寝てて気づかなかった。ごめん。で どしたの?」
「いや、近くにいたから何となく電話してみただけ。」
「なんだぁ、びっくりするよ。何かあったかと思ってたから。」
「何もないと電話しちゃいけないのかな?」
「あは。そんな事ないよ。いつでもかけてきてね。」
「昨日さ、店行ったけど多かったから帰ったよ。」
「知ってるよ。気づかなかったけどまきちゃんに聞いた。」
「今度は夜いつ入るのさ?」
「明日はバイト行くよ。来る?」
「多分行けるかな。ゆかがずっとついてくれるならね。」
「無理言わないの。私だってそうしたいんだから。でも仕事でしょ。」
「嘘々、冗談だからムキになるなって。」
ちょっとぉ・・・これじゃまるで恋人同士の会話みたいじゃない?
「それよりバイト先色々あってさ、京子さんから何か聞いてる?」
「いや。連絡もないし。大変な事なのか?」
「京子ママからなつみママに代わるんだってさ。」
「はぁ?京子どうかしたの?」
また呼び捨て・・・吉永さんが 『京子 』 と呼ぶたびに私の心は軋む。
私の方が嫉妬深いのかな。
「好きな人できたって。オーナーとは別れたらしいよ。」
「まじかよ。まだ店始めたばっかりなのに。」
「だからなつみさんに任せるって言ってたよ。詳しくはよくわからないけどね。」
「そっか。」
どうやら外からかけているらく車のエンジン音が受話器の向こう側から聞こえる。
「今どこ?まさか家?・・・・・・・じゃないよね」
「そのまさか。ていうか家の近所のタバコ屋の自動販売機の前。」
「あはは、随分細かい説明ありがと。」
「ここからうちの窓が見えるぞ。」
きっとたばこ買いに行ってくるとか何とか言ってでてきたんだ。
まるでドラマみたいだなと思ったら可笑しくなった。
「じゃそろそろ戻るわ。明日の晩、行けたら行くから。」
「でもその前に昼ごはん来るでしょ。」
「昼はこんな風に喋れないからな。さすがに疑われるぞ。」
「別に疚しいことしてないじゃん。あ、夜のバイトしてるのは疚しいかな?」
「俺ら昼のママさんには結構きつい眼で見られてると思うぞ。視線感じる時ある。」
あれからママさんには何も言われない。
私が彼の既婚の事実を知ってしまったことで
まさかこれ以上の深入りはしないだろうと思ってくれているんだろう。
「気の合うお客さんだと思ってるだけだよ。だって私、他のお客さんとも同じ様にしゃべってるじゃん。」
「そりゃそうだよな。最近特にあの薬品会社の男と話してるもんな。」
「ああ。あの人はね、転勤してきたばっかりでこの辺の地理とか色々聞かれてね。」
「ふーん・・・ごめん そろそろ帰るわ。またかけるし。」
「・・・うんわかった。またね。おやすみなさい。」
「おやすみ」
もしかして吉永さんすごくやきもち妬きかもしれない。
そういう感情を持たれていることがなんだか嬉しくなった。
よく考えたら私は昼も夜も接客業でたくさんの人と会話をしている。
吉永さんはいつもそんな私の事見てるから・・・。
電話を切った後も暫くは寝つけずに吉永さんの事ばかり考えていた。
自分でも気がついていた。このままじゃいられない。
いけない事だと道理では解っていても彼に惹かれていく自分を抑えることができない。
でも吉永さんは何も言ってくれない・・・。
今ならまだ・・・・・・自分の気持ちに蓋をすることができたなら・・・・・・・
諦めなくてはいけないと思うと哀しくて涙が溢れた。
まだ何も始まってない恋。
なのになんでこんなに泣けてくるのか
私の頭は混乱していた。




