カフェテラス 40
次の日の朝、早起きしてみんなで一緒に朝ごはんを食べた。
ちょっと二日酔いのノブさんは、またお母さんの糠漬けを美味しいと言って
お母さんは大喜びでごはんのおかわりをよそってた。
「香織お前、仕事はどうするんだ?」
お父さんの言葉に私は迷うことなく答えた。
「今日ママにお願いして辞めさせて貰うつもり。次の人が見付かるまでは働くと思う。でもその後は・・・早くノブさんとこ・・・行きたいから・・・・・」
「そうか。ならいい。そうしなさい」
「ごめんね。勝手なことばっかりして・・・」
「気にするな。お前の思うようにしなさい。秋山さん、あとは頼みます」
「はい、わかりました」
それから私はいつも通り店に出た。
ノブさんは仕事を少し片付けて、夕方また来るからと言って帰っていった。
昨日私を待ってくれてる間にこれからのこと、色々ノブさんと話し合った。
私がここでの仕事を気に入ってることをノブさんも分かってくれて
だからこそ辞めたくないんじゃないかと心配もしてた。
夕方って言ってたノブさんは、なんと三時すぎにはもうやってきてしまった。
「ママ、コーヒー」
「はい。かしこまりました・・・って早すぎでしょ」
「仕事はちゃんと済ませてきました」
「それならいいですけど」
「うちから通えないかなぁ。やっぱ朝と夕方のラッシュがちょっときついな」
「今更そんなこと。昨日話したでしょ。もういいの。私はノブさんの傍にいたいから」
「そっか。じゃもう言わない」
「うん。もう言わないで」
確かに私にとってこのお店は天国だけど
でもここより居心地のいい場所を知ってるから。
ノブさんの傍よりもいい場所なんて他にはないから。
交代の時間になってママがやってきた。
ノブさんと二人でこれまでのいきさつを話して聞いてもらった。
ママは折角のお化粧が剥がれてしまうくらい泣いてくれて
それでも最後には笑顔でおめでとうって祝福してくれた。
それでも店を閉める気がないらしく、昼も自分が出るからと言ってくれたけど
次の人が見つかるまでは働かせて欲しいと私からお願いした。
それからの毎日はとても忙しかった。
休みの日にノブさんのご両親に会いに行った。
かなり緊張したんだけど、とても気さくで優しいご両親で安心した。
ノブさんには妹さんが一人いるらしいけど、もう結婚してて遠くに住んでるらしい。
妹って言っても私よりふたつも年上だけど。
彼のお父さんは温和な人で、信之が決めた人なら大丈夫だろうって言ってくれた。
実はノブさんのお父さんは建築会社の経営者だ。
そんなに規模は大きくないと仰っていたけど
それでもお父さんの会社から仕事が回ってくることが多いので
ノブさんにも切れ間なく仕事が入ってくることになる。
彼はきっとお父さんに影響を受けて建築士になったんだなって思った。
そしてお母さんはとってもお洒落な人だった。
服のセンスが抜群に良くてとても素敵な人。
そんなお母さんは、これまでの私たちの事情を全部知ってるらしく、
「香織さん、辛かったでしょ。信之のせいで・・・ごめんなさいね」
「そんな・・・いいんです」
「結婚式はどうするの?」
「私は特にやらなくってもいいって言ったんですが・・・」
「だめだって。それはちゃんと話したろ。一人娘なんだし。親父さんにちゃんと花嫁姿みせてやりたいしさ」
私はノブさんが一度婚約破棄したことを考慮して、結婚式はしなくていいと思ってた。
だってあれからそんなに日も経ってない。
もしも彼女の耳に入ってしまったら、また彼女を傷つけてしまうかもしれない。
「ねぇ、香織さん」
「あ、はい」
「お式はやっぱり挙げた方がいいと思うのよ。信之の言う様にご両親に大事に育ててもらったお嬢さんをいただくんだし、二人の心構えのためにも、けじめみたいなものかな」
「・・・・・はい わかります」
「じゃ決まりね」
ぽんっと両手を叩いて決定。
ノブさんの強引なところはきっとお母さん譲りだなって思った。
ここはお母さんの言葉に甘えて、結婚式は挙げさせてもらうことにした。
その代わりあまり派手じゃないものにしたいとお願いした。
「これからも色々あると思うけど信之のこと、よろしくお願いしますね」
「はい。大丈夫です。私、こう見えて強いですから」
「ふふ、そう?信之は泣き虫だって言ってたけど?」
私は赤くなりながら、隣のノブさんを軽くつねってやった。
それからというもの休みの日だけではなく、仕事が終わってからも忙しくなっていった。
家族同士の顔合わせとか、結婚式の事だとか、決める事がたくさんあって
結婚って本当に二人だけの問題じゃないんだなって思った。
ウエディングドレスを初めて試着した時はなんだか照れてしまった。
一緒についてきて下さった彼のお母さんが次々にドレスを持ってくるので
私がまるで「りかちゃん人形」みたいだってノブさんが笑ってた。
どんなに忙しくってもノブさんはいつでも私と二人の時間をとってくれて
私たちは離れてた時間を取り戻すかのように愛し合った。
一ヶ月くらい経って、やっと次の人が決まってから仕事の最終日。
実家にあるのは、あの時に持って出たかばんひとつだけになった。
二人で話し合って新居に別のマンションを借りることにした。
仕事場とプライベートはやっぱり分けたほうがいいだろうとノブさんが言うし
どちらにしてもあのマンションでは荷物が入りきらないから。
すぐに新居で生活できるように荷物は全部運んである。
そのうち家を建てるというノブさんの計画でとりあえず賃貸マンションにした。
本当は結婚するまでは親元にいるものなんだろうけど
元々一緒に住んでたようなものだし、ノブさんは私の荷物もあのままにしてたし
今時そんなこと言わないからと両方の親が言ってくれて
最後の仕事が終わったらノブさんと一緒に帰ることになってる。
昼過ぎにやってきたノブさんはカウンターでコーヒーを飲んでた。
「なぁ、ずっと気になってたんだけどさ。あの窓のとこにあるの理科の実験みたいなやつ、あれ何だ?」
「あれ?あれはね、ダッチコーヒーって言うんだよ。お湯じゃなくって水をちょっとずつ落として、一滴ずつコーヒーを抽出するの」
「面白いな。旨いのか?」
「ふふ、飲んでみる?」
少ししか取れない希少価値の高いコーヒーを彼に飲ませてあげた。
「うーん。微妙だな、これは・・・」
「コーヒー大好きな私が唯一苦手なコーヒーなんだよね」
「不味くは無いけどなぁ。きっと奥が深いんだろうな」
「極めたらどこまでもいきそうなんだよね。珈琲ってさ」
「決めた。俺、お前にいつか喫茶店やらしてやる」
「はぁ?また唐突な・・・」
「俺が香織のために設計して、香織はそこで俺のために珈琲をいれる」
「ノブさん・・・」
私の夢を知ってる彼のそんな優しい野望はきっといつか叶うだろう。
「だから香織、俺 頑張るからな。待ってろ」
「楽しみに待ってるよ」
「おう。期待してろ」
「ノブさん・・・大好き!ノブさんは?」
「ちょっと待て。その手は食わ・・・・」
「ぶっぶー、答えてないから不正解」
「またかよぉー」
お店の中を綺麗に掃除して、棚のお行儀よく並んでいるカップたちも磨いてあげた。
そしてママとお姉さんから可愛いペアカップを頂いて私はお店を去った。
ノブさんと一緒に一度実家に戻って、お父さんが帰ってくるのを待ってからみんなで食事をした。
お母さんが炊き込みご飯を作ってくれてた。
ノブさんが私と同じ味がするって言ったら、お母さんは嬉しそうに笑った。
車に乗り込んでから窓を開けてお父さんに言った。
「じゃね、お父さん・・・行ってきます」
「おう。気をつけてな。秋山さん、娘を頼みます」
「はい、大丈夫です。安心してください」
車が出てからもサイドミラーにお父さんとお母さんが見えて
泣かないって思ってたけどやっぱり泣いてしまった私の頭をノブさんはぽんぽんと優しく撫ぜてくれた。
新しいマンションはノブさんの会社に近く自宅から歩いて行ける距離にある。
私は以前のように会社の手伝いに時々通いながら、家のことや式の準備など毎日忙しく過ごしてた。
どんなに忙しくてもノブさんの傍にいられる幸せは何にも変えられないと思った。
そしていよいよ私たちの結婚式の日がやってきた。




