表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
カフェテラス  作者: 蒼
39/43

カフェテラス 38

それから何事もない毎日をやり過ごしながら

季節の移り変わりを感じる日々が静かに流れていった。。

店の前の金木犀の香りが日に日に強くなってきて

この香りがしてくると秋がきたんだなぁって思う。

私の一番好きな季節。



こんな穏やかな日々が続くとどうしても考えてしまうのはやっぱり彼の事。

いつまでもこんな風に思ってたら駄目だと思う自分と

ただ想うだけならいいだろうという自分がいつも喧嘩してるって感じ。

未練たらしいというか、ほんと私ってだめだよなぁ。


あれから恋はしていない。

お母さんも最初はお見合いだとか紹介だとか言ってたけど

全く靡かない私に呆れたらしく、最近はもう何も言わなくなった。

お店に来るお客さんも年配層が多いので、運命的出会いは皆無に近い。



その日もカウンターの中で、注文を受けたキリマンを淹れてた。

このお客さんは味に煩い人なのでかなり神経を使う。

こないだなんかは味が気に入らなかったのか、半分も残しておかわりって言われたし。

近所の工務店のおじさんなんだけどいつも作業着でやってくるちょっと変わり者。

口数も少なくって、でも美味しいときはちゃんと旨かったって言ってくれる。

フラスコからロートへぽこぽことお湯が上がっていくのを見ながら

タイミング良く火加減を調節して竹べらでぐるぐると回す。

ここが味の決め手で腕の見せ所って感じかな。

回し方で味が変わるから大事なところで・・・・・



その時、ドアの鈴がチリリンと鳴って誰か入ってきた。


「いらっしゃいませ」


私は手を休められず、入り口の方も見ないでそれだけ言った。

その人はカウンターの一番端に座った。


「少々お待ちくださいね」


とその瞬間、そのお客さんの顔を見てしまったばかりに手が止まってしまい

慌てて火も止めてしまって、中身はすーっとフラスコの中に落ちていった。


だめ・・・蒸らしが足りない。


もう、やり直しじゃん。


慌てておじさんにすいませんと謝って

もう一度豆を挽こうとしたらそれでいいよって言ってくれたけど

入れ変えさせてくださいと頑なに言う私に向って、そのお客さんが口を開いた。


「じゃ、俺がそれもらうから」

「そういう訳にはいかないから・・・・・」


とりあえず淹れなおさなきゃ。

もう一度豆を挽いてから、今度こそ集中して。

その人の事は見ないようにして。


「すいません。お待たせしました」

「はい、ありがとう」


おじさんは黙って飲んでた。とりあえずOKなのかな?


無視する訳にもいかないのでさっき来たそのお客さんに話しかけた。


「何にしますか?」

「かおり・・・」

「はぁ?」

「・・・のいいコーヒーを」


その可笑しな会話に、私の前に座るおじさんはくすっと笑った。

普段あまり笑ったことの無い人なのでこっちが吃驚した。


私はまたサイフォンをセットしてモカの豆を挽いた。

一緒にいる時にいつも淹れてた豆でいいだろうと思って。

手が震えて上手には淹れられなかったけど。


「お待たせしました」

「サンキュ」


彼がカップを口に運んで一口飲むのを確認してから話しかけた。


「どうしてわかったの?ここ」

「ん?聞いたから。やっぱ香織が淹れたのは旨いな」

「サイフォンで淹れたからでしょ・・・で、誰に?」

「別にいいだろ。誰でも・・・」


きっとまきちゃんだな。この前心配してたし。

人の事お節介だとか言ってたのに。


「迎えに来た。一緒に帰ろ、香織」

「手紙読んでないの?私、帰らないって書いたよね」

「そうだっけ?」


その時おじさんが席を立って、お金をカウンターにチャランと置いて言った。


「ママ、ごちそうさま。今日は特に旨かったよ」

「あ、ありがとうございました」


おじさんはそれだけ言って帰ってしまった。

そして店の中は私たち二人だけになってしまった。



「ノブさん、私・・・帰れないから」

「帰れないってことはやっぱり俺のとこが香織の家ってことだよな」

「そういう意味じゃなくって・・・・・」

「待ってたんだぞ、ずっと・・・・・シチュー作るからって言ったよな、アスパラぬきの。あんな手紙・・・信じられるかよ」

「・・・・・アスパラはたっぷりって言ったはずだけど?」

「あれは未だに食べれない。あおくさい」


なんだか話の論点が、かなりずれてる気が・・・・・。

だめだ。ちゃんと言わないと。このままじゃいけない。


「ノブさんは帰るとこ、ちゃんとあるでしょ」

「あるよ。だから一緒に帰ろって言ってるだろ」

「・・・・・彼女のとこ帰ってあげてって・・・手紙に書いたはずだけど」

「それじゃ香織のとこに俺が帰るって事か?」

「真面目に話してよ!」


はぐらかしてばっかりのノブさんにちょっとだけ大きな声で言った。

だけどノブさんは至って冷静で


「大真面目だぞ俺は。お前は俺の彼女だろ」

「なんで・・・・・わかってくんないかなぁ」

「俺は別れたつもりは無い。そんなに俺が嫌か?もう嫌いになったか?」


嫌いじゃない。今でも前と同じようにこの人が好き。

こうして会って顔見たら、前よりずっと彼を愛してることに気付かされてる。

会いたくて会いたくて堪らなかった。

何度も何度も想い出して泣いた。



「オネスティの曲の意味、覚えてるか?」

「え?」

「香織だけは 俺に嘘をつかないで欲しい」

「・・・嘘なんて・・・・・ついてない」

「手紙に書いてあったな。俺のことは忘れますってさ。もう忘れたか?もしそうなら、今ここではっきりと別れたいって言ってくれ」


忘れたことなんてない。

忘れようと思っても忘れられなかった。


「正直に言ってくれよ。嘘つくなよ」

「・・・・・そんなに・・・・・苛めないでよ」


私の顔をじっと見るノブさんの目をまっすぐに見ることができない。

だけど下を向いたら涙が落ちてしまうから私は横を向いてた。

もう忘れたって、別れてくれって言えばそれで終わることなのに

どうしても口が動かない。


「あいつの親父さんがさ、香織に謝ってくれって。じゃないとあいつが口利いてくれないらしくってな」

「・・・え?」


あの時電話で、彼女のお父さんは彼女の代理だと言ってた。

彼女がノブさんとやり直したいって言ってるからって

あなたが身を引いてくれれば後は何とかなるからって。

彼女に彼を許す気があれば きっとまた元に戻れると思ったから

彼をお願いしますと言って了解した。

そんなに簡単にいかないことぐらいはわかってたけど

だからこそ、彼の元を離れてここに逃げてきた。

私の気持ちはノブさんにもきっと伝わると思ったから。


「彼女を傷つけて、私だけがノブさんとって訳にはいかないよ。それぐらいわかってくれると思ってたのにに・・・・・」

「わかってたよ。香織が一番辛い思いしてることぐらい」

「それなら・・・もう帰ってよ」


もうそれ以上は無理だった。

我慢していた涙はどんどん溢れてきてしまって

止める事も隠す事もできなくなってた。

お客さんが来るかもしれないのに、気がついたら泣きじゃくってた。


「お願いだから・・・・・もう来ないでよ。ノブさん・・・・・」

「なぁ香織、聞いてくれるだけでいいから、話していいか?」


ノブさんの落ち着きようにちょっと冷静になった私は、おしぼりで顔を拭いた。

お化粧も全部落ちちゃったな。


「お前の気持ちも良くわかるし、正直言うと俺も悩んだ。あいつの事は俺のせいだし、男ならやっぱりこんな時、責任取らないといけないんじゃないかってな。でもさ、香織のこと好きな俺のままでいいのかなって思ってさ」

「だから私がノブさんのとこから離れたの。そしたらいつか忘れられるだろうって」

「きっとそれが、香織が色々考えて出した答えなんだろうな」

「これでも一生懸命考えたんだよ。一人でさ・・・」

「そこだよな、俺と香織の間違いは」

「え?」

「何でちゃんと香織と話さなかったんだろうなって思った。俺も一人で悩んでて・・・でも香織のこと本気だったから、そんな情けない姿見られたくなかったのかもな」

「ノブさん・・・・・」

「俺だけの問題だと思ってたけどそうじゃなかった。香織ともちゃんと話すべきだったな。今回のことは俺が香織を追い詰めたんだと思ってる。」


ノブさんの言葉をじっと聞いてた。

ノブさんの辛さもわからないで自分だけが我慢すれば済むと思ってた。

彼が言うように、もっとちゃんと向き合うべきだったのかもしれない。

でも、正直怖かったというのが本音。ノブさんが私から離れていくんじゃないかと。

それならいっそ私の方からと思ってたのかも。

そんな私は本当にずるい女だ。


「・・・・・彼女は?元気なの?体の方は・・・・・」

「もうあれからだいぶ経つけど何ともないらしい。もう仕事もしてる」

「そう。良かった。でも体はよくなってもきっとまだ・・・・・」

「あいつ言ってた。もう来なくていいからって。香織にも伝えてくれって。一度駄目になったものは元には戻れないからって」

「でも・・・私は・・・・・」

「信之はもういらないってさ。新しい職場で他の男探すからって笑ってた」

「・・・・・ほんとに?ノブさんはそれでいいの?」

「なぁ香織、ほんとに俺が嫌になったんなら正直に言って欲しい。あれからだいぶかかったしな。お前探すのに。その間にもしかして他の男、好きになってるかもって思った事もある」


ノブさんの目はとても真剣、で言葉はとても誠実で・・・


「もしそうなら・・・・・」

「・・・・・なことない」

「え?」

「そんなことないから。私だってずっと、ノブさんの事・・・」

「俺の事、なに?」

「ずっと会いたくて・・・うぇっ・・・・・会いたくて・・・」

「香織・・・」

「・・・大好きで・・・・・前よりも、もっともっと大好きで・・・・・」

「もうわかったから泣くな。仕事中だろ」

「・・・そうだけど・・・ 」

「ていうか・・・ここで抱きしめたくなるから、泣くな」


それは困ると思ったけど、私の涙はその後お客さんが来るまでの間ずっと止まってくれなかった。

私の顔を見てそのお客さんが、どうしたの?って言ってた。

きっと凄い顔してたんだろう。

みっともない。



ノブさんは私の仕事が終わるまでずっと待っててくれた。

その間もカウンター越しにノブさんとずっと話してくれてた。



ノブさんともっと一緒にいたくて、遅くなるからと家に連絡してから二人で食事に行った。

近くにある創作料理のフレンチレストラン。

初めて来たけどテーブルのひとつひとつにキャンドルが置いてあって

とても雰囲気のいい素敵なお店だった。


「ずっと外食ばっかりでもう飽きた。香織の料理が食いたいよ」

「また何か混ぜちゃうよ。それでもいいの?」

「アスパラはやめてくれ」

「絶対いつか食べさせてみせる」


何に混ぜてやろうかなって笑いながら言う私にノブさんが言った。


「香織、俺まだ聞いてない。プロポーズの返事」

「ノブさん・・・」

「俺の気持ちはずっと変わってない。香織だけずっと愛してる。俺と結婚して欲しい。」


あれから半年以上経ってる。

一度は逃げ出した私を変わらず愛してると言ってくれるノブさん。

私の手を握ってじっと私の返事を待ってる。


「・・・ほんとに私でいいのなら・・・・・私、ノブさんのお嫁さんになりたい」

「香織以外はいらない。お前の代わりはどこにもいないから」


嬉しかった。そんなこと言われたことなくって、また泣いてしまった。

握ってくれてたノブさんの大きな手が私のほっぺたを優しく撫ぜた。

その手が彼のポケットに入って、飛び出してきたのは茶色の毛並みの可愛い小さなテディベア。

そしてその子の腕にはルビーが乗っかったシルバーリングが光ってた。


「これって・・・・・」

「受け取ってくれるよな。そっちの手、貸して・・・」


ノブさんは差し出した私の小さく震える左手の薬指に

くまさんから外したその指輪をそっと嵌めてくれた。

思いがけない彼からのプレゼントに胸がいっぱいで・・・



「やっと渡せたな」

「・・・ってなんでクマさんに話しかけてんの?」

「こいつずっと俺のポケットに入ってたから、なんか親近感っての感じるんだよな」


そういうノブさんとクマさんの取り合わせが可笑しくて

私は涙目のままクスッと笑ってから、しばらく自分の指に光るリングを眺めた。



「なぁ、今から香織の家、行ってもいいか?」

「え?今からって・・・」

「早く俺だけのもんにしたいから、親父さんに会っときたい」

「今日?今から?」

「こういう事は急いだほうがいいだろ。なんだ?気が変わりそうなのか?」

「そうじゃないよ。私も早くノブさんとこ戻りたいけど」

「じゃ決まりな。行くぞ、覚悟しとけ」


ノブさん、こんな突然で心の準備できてるんだろうか?

今日再会したばっかりで、もう婚約って何かすごい事になってる。

お父さんもきっと驚くだろうなぁ。

腰ぬかすかもね。でもきっとノブさんの事 

気に入ってくれると思う。









評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ