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カフェテラス  作者: 蒼
17/43

カフェテラス 16

「・・・・・あ、いらっしゃいませ・・・・」


「よう 」


「こんにちは 」









「あらー もしかして奥さん?初めまして 。まー、お綺麗な方ね。モデルさんみたい。」




ほーっとママさんが熱い溜息をもらした。




吉永さんの連れてきたその人は、ママさんの見立てどおり、本当に素敵な女性だった。

背がとても高くって、髪は肩ぐらいまでの長さでフェミニンな感じに

毛先がゆらゆらと踊っていて、薄手のワンピースがとても似合っていた。

お世辞じゃなくって、とても普通の主婦には見えない。




「こんにちは。いつも主人がお世話になってます。前からここ来たくて、やっと連れてきてくれたんですよ」


とても明るい人。

屈託ない笑顔で私たちの方を向いて微笑んだ。



「あら、そうなんですか?これを機に、是非ちょくちょく来てくださいね。」

「はい。ありがとうございます。」


私はメニューとお冷を持ってテーブルに行った。

ちょっぴり不安そうな彼に、大丈夫だからという意味も込めて

努めていつも通りに振舞った。


「吉永さん 今日は土曜日だから日替わりのランチがないんだけど、どうする?」

「じゃミックスサンド・・・にするかな。ナミは?」



・・・ナミさんて・・・・・言うんだ。



「メニューどうぞ。お勧めは・・・・オムライスとか。ここのシェフのは絶品ですよ。私の大好物なんです。」


自分でも驚くくらいに、私はとても冷静だった。


「じゃあ、オムライス食べてみたいな、ね。」


彼に向かってそう言った。

吉永さんは何も言わないで雑誌を読んでいる。



・・・・・返事ぐらいしてあげなよ・・・・・・



「すぐ出来ますから、少々お待ちください。」


私はオムライスのオーダーをシェフに通してからカウンターに入った。

そしてミックスサンドを作り始めた。

土曜日の店内は暇で、ママさんは始めてのお客さんが物珍しいのか

彼の奥さんにずっと話しかけていた。


「今日はどこかにお出掛けされるの?」

「ちょっと買い物してから帰るだけです。この人、買い物嫌いなんで」

「旦那ってみんなそうよね。うちのも一緒よ」


主婦同士の井戸端会議ってきっとこんな感じだろうな。

傍で交わされる会話を聞きながら、私はサンドイッチを作る手を進めた。

サイフォンに火をつけて、コーヒーの準備もした。 


「でも子供さんいないからいつまでも新婚さん気分でしょ?」


ママさんの一言がその場の雰囲気を一変させてしまった。

奥さんが少し寂しそうに・・・・・でも笑顔で


「それがなかなかできなくって・・・・・。欲しいとは思ってるんですけどね。」

「仲が良すぎるとできないって言うから。ね 香織ちゃん」


主婦というのはこんなにも空気を読めないものだろうか。

何も知らないとはいえママさん、私に話を振られても困る。



「・・・・・そういえばそんな事、聞いた事あるかも・・・・・」

「ほら。ね?吉永さん、聞いてる?」




もうやめて欲しい・・・吉永さん苛めないでよ。



「そんなぁ。全然仲良くないですから。主人、営業でしょ。ほとんど毎晩接待で帰りも遅いんですよ。

帰ったらもうバタンキューで。だから私、先に寝ちゃってます。」 

「それもうちと似たような感じだわ。まあ、うちはもうそんなラブラブって年じゃないけど、あはは」


ママさん なぜか今日は妙にハイテンションだな。

何も知らない二人は私達の気持ちを知らず盛り上がっていた。

私は顔を上げられず下を向いていたから彼の表情はわからない。

でもきっと辛い思いしてるはず・・・・・



全部私のせいだ。




「お待たせ。吉永さん、すぐコーヒー淹れるね。」

「サンキュ」

「もう、達也ってば、朝もトーストだったのにー 」

「いいじゃん。ここの旨いんだから 」



・・・・・変なこと言って。サンドイッチなんてどこのだってそんなに変わらないよ・・・・・



「じゃ一つ頂戴。」

「だめ 」

「なんでよ。けち 」

「オムライス食うんだろうが 」

「私のも一口あげるから 」


私を庇って食べさせないようにしてくれたんだろうけど

そのやり取り、端から見れば仲のいい夫婦にしか見えないよ。


「オムライス出来ましたから、食べてみて下さい。」


私は奥さんの前にそれを置いてから、またカウンターに戻った。


「あ、ほんと。美味しい。」


彼女はわざわざ振り返って私にそう言った。


「でしょ」

「私が作ったらこんなに上手に卵が巻けないもん」

「あは、私もです。それは芸術ですよね」



なぜこんなに普通に彼の奥さんと喋ってるんだろう。

自分でも全く理解できない感情だった。

でもきっとこの人はいい人なんだと思う。

初対面だからよくはわからないけど

もし違う立場で出会ってたら友達になれたかもしれない。

こんな風に考える私はどっかおかしいのだろうけど・・・・・。



オムライスをペロリと平らげた奥さんは

もう一度振り返って私に言った。


「主人がね、あなたの淹れるコーヒーがとても美味しいって。私にも下さいね。」


一瞬、彼女の表情が変わった気がした。


気のせい?



私の淹れたコーヒーを吉永さんに急かされながら飲んで

そして二人は帰って行った。




それから私は、いつもと同じ様に仕事して、いつもと同じ様に家に帰った。

一人になるとつい色々考えてしまう。


週末はやっぱり嫌い。


後悔してる訳じゃない。

私が頼んだことだし、泣いたりもしない。


ただ・・・・・なんだろう、この感情は。



なつみさん、どうしてるかな。あれから一度も会ってない。

何となく連絡するのが躊躇われてしまって・・・

それはきっと、自分とよく似た彼女の恋の終わりを見てしまったせい。



久し振りに会いたいな。少しは元気になったかな。

そう思ってなつみさんに電話したら思ったよりも全然元気で

また飲みに行こうかって話になって、着替えてしっかりとお化粧もして出掛けた。



「お久しぶりー」

「元気だったぁ?すっごいご無沙汰だったね」

「なつみさんこそ、元気そうで何よりだよ」


ケンジさんのいる、あのお店で待ち合わせした。

あれから二人はどうなったんだろう。

もしかして付き合ってるとか?



「ゆかちゃんたら全然連絡くれないから嫌われたと思ったよん」

「あはは、なにそれ」

「うっそ、冗談。まじで仕事忙しくてさ、夜もバタンキューよ。今は仕事一筋って感じ。資格も取ろうと思ってさ。」

「すごいねー」

「時間があるうちにね。次の恋に備えてスキルアップってやつ?」

「恋に資格は必要ないと思うけど?」


そう言ったら確かにって、なつみさんは笑っていた。



「ゆかちゃん明日休みでしょ。いいな。私は平日休みだから。」

「喫茶店って日曜日開けても人来ないからね。」

「うち不動産屋でしょ。だから水曜しか休み無いんだよね。」

「・・・私はその方がいいな。」

「そっか。そうだよね。」


なつみさんには何も言わなくてもわかってしまう。


「私、馬鹿なことしたかも・・・・・」


訝しげななつみさんに今日の事を話した。

こんなこと、なつみさんにしか話せない。








「ゆかちゃん、ほんと馬鹿だねー」

「やっぱ そう思う?」

「自分で自分の首絞めてどうすんの。ま、気持ちはわかるけどさ」

「やっぱそうだよね・・・・・・」


溜息つきながら店内を見回したら

ケンジさんは他のお客さんの肩を抱いて煙草を吸っていた。


・・・・・・・それが仕事だもんね。


「場所変えよ」

「え?」

「ここはハイエナがいっぱいいるから、そんな顔してるとすぐ食べられちゃうよ」



なつみさんはくすくす笑ってお兄さんにチェックを頼んだ。



それから夜の街をうろうろ歩いて

結局缶コーヒーを買って公園のベンチに座った。


「なつみさん、あのさ。聞いてもいいのかな」

「ケンジの事?」

「・・・付き合ってる・・・とか?」

「まさか、あの時だけだよ。一回だけ」

「そっか。そうなんだ」


何を安心してるんだ、私は。


「あれからさ、健吾から電話あってね。奥さんの実家に引っ込むらしい。

結局、そっちで借金返してもらったみたい。健吾の親ってお母さんだけだから」

「そう。」

「私ね、ちょっと焦ってた。そういえば知ってた?京子さんあれから子供できて、例の彼とすぐ籍入れたらしいよ」

「そうなんだぁ。知らなかった。」

「なんかさ、本気ならうちの親に会ってとか言ったりして・・・・本当、今思えば嫌な女だよね。」

「そんな事ないよ」

「悪かったって言われたから頭にきてさ。だって謝られたら今までの事全部嘘だったみたいじゃんねー。だから・・・・・」


なつみさんは大きく一回、深呼吸して言った。


「もう別れましょって言ってやったさ。すっきりしたよ。」

「なつみさんはそれでいいの?」

「いいもなにもって感じでしょ。もう想い出よ。いい想い出にしたいもん。」

「そ・・・・・だね。」


こんな関係だって恋愛には違いないのだから。


「ね。もう一回付き合ってくれない?」

「え?また行くの?」

「あはは、違うよぉ。お店、見に行ってみない?どうなったのか」

「うん、興味あるね。まだそのままかな?」

「さあ、もう違う店になってたりしてね」



二人で店まで歩いた。

なつみさんにとっては、きっと決別の意味もあるんだろうと思った。

店は看板の明りが灯ってないことを除けば、そのままだった。




「健吾の夢もここまでって感じだね。」

「ん・・・・何だか淋しいけど・・・」

「よし、いこっか 」

「うん 」



なつみさんのすっきりとした顔を見て安心して歩き出したその時

店の脇の暗い隅っこで人の気配がした。

私はちょっとだけ怖くなって

なつみさんにそこを指差しながら、小声で誰か居るよと伝えた。

なつみさんが気がついて少し近づくと・・・・・




「・・・もしかして、えみちゃん?」

「え?えみちゃん?」



私達はそこにうずくまっている人物を確かめるべくもう一度

今度はちゃんと聞こえるように声を掛けてみた。




「えみちゃんなの?」





その人物はゆっくり顔を上げた。


・・・・・・吃驚した。



えみちゃんに間違いはなかった。



だけど・・・・・・・・・














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